中国の文化:天地人

2015.10.28 Wednesday



武当山(中国、湖北省)にお稽古に行っている間、お茶の作法を習いました。

そのときに蓋碗(gài wǎn、がいわん)という茶器を指して、「これは天地人をあらわす」と
教えてもらいました。

蓋碗とは、蓋(ふた)付きの茶碗で、茶托(受け皿)を含めた3点セットです。
上の写真の、手前にある青い茶器が、そうです。
この蓋を天、托を地、碗を人として、天地人に見立てるそうです。
この小さい茶器に、宇宙の調和が表現されています。

「中国の文化はみんな、天地人だよ。」

古琴もそうです。世界無形文化遺産にも登録されているこの楽器には、
天の音、地の音、人の音があります。
(詳しくはこちらから→http://blog.minminkung-fu.com/?eid=68


太極拳も、同じです。
64式武当太極拳の最初には、宇宙の調和という段階が入っています。
1は、まず心を落ち着けること(身收心 Jìng shēn shōu xīn
2で、呼吸をしながら自分のバランスを取り、それから自分と天地を調和させます(吐故新 Tǔgùnàxīn
ここまでは動かない動作で、次の3から動く動作になります。

日本人のわたしが中国の文化について話すのもおこがましいのですが、
わたしは日本と同様に、この中国の文化にも育てられてきました。

ひとつ面白いな、と思うころがあります。

お茶の作法を教えてくれた人が、蓋碗の碗を指して、
「いつも人が一番大きい(笑)。」と言うのです。

古琴も、同じです。人の音は、左手を左右に動かしたりして、
右往左往、上へ下へと大きく動きます。

太極拳はどうでしょうか。
64式武当太極拳の3は、立っている姿勢から足を横に開く動きで、
混沌から2極に分けることを表現します(混沌初分 Hùndùn chū fēn)。

下記の写真にもある太極図が示す陰陽のように、すべては2極で成り立っています。
天地、男女など、質が違うものが対になって存在します。
どちらかが欠けると成り立ちません。
人が生まれるときもそうです。混
沌の状態から精子と卵子がくっつくことによって、命が生まれます。
生まれたら吸う、吐く、がある呼吸を始めます。心臓の動きも2極です。
太極図は静止図ではなく、実はぐるぐる回っています。ひとつ(黒)が大きくなると、
もうひとつ(白)が力を増してきて、白が大きくなりすぎる前に
黒が大きくなり始める、を繰り返します。



同じことの繰り返しですが、生まれた命が育っていくように、そこには発展があります。
このため3という数字は、「発展」を示すと言われています。

太極拳でも、天地との調和をもったまま、ずっと動いていくのは人です。
そう思うと、やっぱりここでも一番大きいのは人なのかな、と思います。

大きいことが、いいとか、悪いとか、そういう話ではなく、
いろいろあるよ、ということなのかな、と理解しています。

いろいろある”人”としての命を生きることは、なかなか味わい深いです。
あんなことも、こんなこともありますが、すべてよし、です。

心をやわらかく開く

2015.10.27 Tuesday















太極拳のクラスに続けて通ってくださっている方には、最初にお会いしたときに比べて
表情がやわらかくなる方が多いです。

太極拳の効果というより、単純に「慣れ」の問題だと思います。
誰でも初めての場所、初めての人に会うときは、緊張しますものね。

この緊張、必要だから存在するのだとは思いますが、
”緊張の鎧”で必要以上に自分をガードしてしまうこともあります。

人は成長期のいつのころからか、自分と他人、自然を”別もの”と思い始めるようです。
未知のもの、不思議なものは、怖いと思うのは当然です。
怖いから防具で補強するのですが、鎧だらけの人を見ると怖いので、逆に攻撃の
対象になってしまうこともあります。

太極拳を学ぶことは、こんな風に硬くなった心を開くプロセスでもあります。

わたしも”緊張の塊”でした。心も体も、きゅっと閉じていました。

「やりたいことがあったら自分で動かないといけない。人に頼ってはいけない」とか、
「結果を出さないと意味がない、自分の存在価値がない」とか、
自分ひとりで頑張って立たなければならないと思っていました。

でも太極拳を続けるうちに、物理的に”立つ”という意識が変わりました。
いらない緊張を外して立つと、大地と天から力をもらって「立たされている」と
いう感覚を覚えるようになったのです。
それまで自分ひとりで頑張って立っていたことが、すごく愚かに思えました。
(愚かでも良いのですけど。それはプロセスのひとつですので。)

こんなに助けてもらえるのに、
心と体を閉じていたら、それを自分から拒絶していることになります。

それまでは、ゆだねたら自分がなくなってしまうと思って、必死に鎧を着て守っていたのだと
思います。でも実際には、ゆだねたら楽で、でも自分がなくなるわけでもないのです。

緊張の塊だった頃のわたしに、こんな言葉を言ってくれた人々がいます。
「なんでも自分でやらないとできないと思っているでしょ。待っていてもいいんだよ。」
その言葉が腑に落ちるまでには、何年もかかりました。
でも今、自分の太極拳のクラスひとつをとってみても、誰かの協力なしには成り立っていません。
友人の紹介や主催で始めたクラス、お借りしている場所のオーナーさまのご配慮、
そして通ってくださる生徒さん、みなさんがいなければ、クラスはできていません。

緊張をとるためのプロセスは、わたしの場合、体の緊張に気づいて取っていく、の繰り返しです。
心が閉じているときには体の緊張として現れるため、体から気づいて心をほぐすこともあります。
心をやわらかく保つことも、意識するようになりました。

クラスで生徒さんを見ていると、たいていの場合は自分が緊張していることに気づいていません。
”放松(ファンソン)”というワークでは、ペアになって、ひとりが相手の体をもみほぐしながら、
押したり引いたりして緊張をとっていきます。
でもまず、相手の体に触ることに緊張する人も多いのです。
”別もの”という認識があると、当然です。
(放松について、詳しくはこちら→http://blog.minminkung-fu.com/?eid=84

この”別もの”という意識を変えてみます。
触っている人は、相手の体が自分の延長だと思うと(思えると)、わかることが増えます。
触れている人も、別ものだと思っている間は触られた場所に意識が集中して緊張し、自立という
安定性を失って、押されると軽く倒れてしまいがちですが、自分の体の延長だという意識を持つことで、
安定性を保ちやすくなります。
自立とは言っても、ひとりで頑張って立っていることとは違うのです
相手も認識しています。そこから力をもらって自分のものにすることもできます。
それは、お互いさまです。

関わることによってエネルギーが循環して、みんなで元気になるというイメージです。
自分も楽ですし、相手を怖がらせることもなく、平和な世界が広がっていくと思います。

以前からの太極拳友達に、「顔が優しくなったよね」と言われます。
鎧を着て、競争の中で生きていたわたしの顔は、険しかったのだろうなあ、と。

生徒さんの柔かくなった表情を見ていると、「これだよなあ」と思うのです。
今でもきゅっと硬くなることはあって、気づいたらほぐす、の繰り返しです。
鎧を脱いで武器を捨てて、自分と戦わない、そして人とも戦わない、ですね。


(武当山で、放松のワーク中)
 

【講座のお知らせ】みんみんの青空太極拳教室(11月・代々木公園)

2015.10.25 Sunday















青空の下、風を感じながらの太極拳は、また格別です。

緑いっぱいの代々木公園での、青空太極拳教室です。
はじめての方も、経験者の方も、ご参加をお待ちしています。

☆日時: (注:雨天の場合は、残念ながら中止です)
11月1日(日)10時〜12時
11月8日(日)10時〜12時
11月14日(土)10時〜12時
11月22日(日)10時〜12時
11月28日(土)10時〜12時

☆場所:
代々木公園 ※詳しい待ち合わせ場所は、参加希望の方にご連絡します。

☆参加費:2500円(1回)

☆内容:
基本功、気功、呼吸、武当太極拳(はじめての武当太極拳)など
(「はじめての武当太極拳」画像はこちらからhttp://youtu.be/DLACoQ-bLHs 

☆服装:
動きやすい服(ストレッチのきいたトレーニングパンツなど。寒い場合のために上着もお持ちください。)
靴(上履きのような、底の浅い靴がおすすめです)
※お着替えは、トイレなどで各自お願いします。

☆持ち物:
タオル、飲み物

☆お申し込み方法
メールでご連絡(minminkungfu☆gmail.com (☆を@に変えてください))いただくか、
facebookのイベントページで参加ボタンを押してください。
※お申込みいただいた方には、場所と緊急連絡先をお知らせします。


 

【講座のお知らせ】11月〜1月の自由が丘クラス

2015.10.25 Sunday


















自由が丘の住宅街にある、風情ある民家、シェア奥沢は、
アートや食など、共通の興味のある人が集い、交流する場でもあります。

柔らかい床の先には縁側があり、その先にはお庭と空が見えます。
静かな空間で太極拳をすることで、自分の体と心にじっくり向き合う時間が持てます。

お稽古するのは、「はじめての武当太極拳」です。
太極拳発祥の地という伝説もある、中国 湖北省の武当山で育まれたもので、
丸く円を描くやわらかい動きが強さを発する、まさに柔が剛を制するものです。
それは自分自身、自然と人、人と人との調和のもとに、生まれます。
(武当太極拳について、詳しくはhttp://blog.minminkung-fu.com/?eid=31

動きながら血流を良くし、筋肉の緊張を取り、呼吸を安定させ、心を落ち着かせ、五臓を育てて
体と心を再構築していきます。


☆日時:
 いずれも15分前開場です。終了後は、中国茶とお菓子があります。
【11月】
 11月7日 (土)  14:00-15:30
 11月21日(土)10:00-11:30
 
【12月】
 12月 5日(土)14:00-15:30
 12月19日(土)10:00-11:30
 12月26日(土)10:00-11:30

【1月】
 1月10日(日)10:00-11:30
 1月24日(日)10:00-11:30
 1月30日(土)10:00-11:30

☆場所:
 シェア奥沢 (http://share-okusawa.jp/

☆服装: 
 動きやすい服装(ストレッチのきいたトレーニングパンツなど。底の浅い靴。靴はなくても大丈夫です)

☆参加費:
 2,000円(1回)

☆お申込み:
 minminkungfu☆gmail.com (☆を@に変更してください)まで、メールでお知らせいただくか、
 Facebookのイベントページから参加ボタンを押してお申込みください。

終了後には、お茶とお菓子をいただきながら、心地良いスペースで、
質問をお受けしたり、いろんなお話をみなさんでしたりしています。

初心者、経験者、どなたでも大歓迎です。
みなさまのお越しをお待ちしています。


 

武当山日記:生まれて初めて見るような新鮮さ

2015.10.18 Sunday


(武当山の朝)

今回、武当山に行ってわかった一番大きな感覚が、「新鮮」です。

站功をやって、終わって目を開けた瞬間、見えた景色がすごく新鮮にうつりました。
何度も見ているはずなのに、生まれて初めて見るような感じなのです。

きれいとか、美しいとか、そんな感想の前に、
ただひたすら「うわーっ」という驚きがやってきます。

景色が自分の体の中に入っている感覚です。

「生まれてはじめてみる時は、こんな感覚なのかな」と思いました。

生まれたての赤ちゃんは、人を選んで笑ったりしません。
でもいつの頃からか、「これは嫌」という感情が生まれて、誰にでも同じように
笑いかけなくなります。
「自分の純粋さを失ったときを考えてみるとよい」というアドバイスをもらったのは、
2年くらい前のことです。

ずっと考えてもわからなかったそのことが、武当山に行く2週間くらい前に
「あの頃からだ」とわかるようになりました。

9歳か10歳くらいの頃、小学校では優等生だったわたしは、いつも席を後ろにされていました。
隣は、お勉強ができないお友達。でも、わたしは一番前で授業を聞きたかったのです。
もっとたくさん知りたかったからです。
席替えがあっても変わらない状況に、「先生、わたし前の席に行きたい」と訴えたのですが、
「できる子は、できない子の面倒を見るんだよ」というもっともなお答えが返ってくるだけでした。
面倒を見るのは嫌ではなかったのですが、でも、それをやってもまだ余力があったのです。
それをわかってもらえなかったことが、嫌でした。

こんな状況は、大人になっても繰り返されました。
通っていた太極拳のクラスでは「君は目立つから一番後ろに下がれ」と言われたり。
ひたすら我慢です。でも、我慢するという無理を自分にかけているので、
時間がたつと、爆発しました。

1年くらい前、この頃のことを振り返って、「レベル別、能力別にして課題を与えれば、
みんな自分のことに忙しくて、不満とか言っている暇はなくなるのに」と書いた記憶があります。
インターナショナルスクールでは、先生によってはそういう教え方をする、と聞いたからです。
この頃は、まだ周りの環境に文句を言っていました。

自分では気づいていませんでしたが、その頃、わたしは自分の価値をまったく認めることが
できていませんでした。
「もっと自分を大切にしないと」とアドバイスしてくださった方もたくさんいるのですが、
どうやって大切にすればいいのか、どこが大切にしていないのか、まったく理解できなかったのです。

自分の価値を認めていないから、周りの評価が得られないと、自分が蔑ろにされた
ような気分になってしまうのです。そして周りのせいにします。
そんなことが、繰り返し起きていたような気がします。

自分の価値を自分で認めていれば、自分を尊重していれば、
周りがどんな状況だったとしても、周りのせいにする必要はなかったのにと、今は思うのです。

純粋さを失った頃を思い出したら、同時に、失った純粋さを取り戻し始めたような気がします。

赤ちゃんが初めて見るように、新鮮な気持ちで山を見られること。
その景色が、自分の体の中に入っていると感じること。
言葉で表現するのは難しいのですが、「この景色とわたしは同じ」と感じました。

そして、そんな感覚を持てた自分のことが、とても尊い存在で、
とても好きだと思えました。

自分の価値を認めなかったわたしは、たくさんの人に迷惑をかけてきたと思います。
傷つけてきたとも思います。
一番傷つけたのは、自分だとしても。

その分、これからはもっと、大切にしようと思います。
自分も、人も。

武当山に行くのは、お稽古のためでもありますが、
それは粛々としてやっていくことで、わたしにとっては日常の一部のようなものです。

それ以外にも、山のエネルギーのおかげで気づくことは、とてつもなく大きいのです。


 


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