【講座のお知らせ】2〜4月の自由が丘クラス

2016.01.27 Wednesday



自由が丘の住宅街にある、風情ある民家、シェア奥沢は、
アートや食など、共通の興味のある人が集い、交流する場でもあります。

柔らかい床の先には縁側があり、その先にはお庭と空が見えます。
静かな空間で太極拳をすることで、自分の体と心にじっくり向き合う時間が持てます。

お稽古するのは、「はじめての武当太極拳」です。
太極拳発祥の地という伝説もある、中国 湖北省の武当山で育まれたもので、
丸く円を描くやわらかい動きが強さを発する、まさに柔が剛を制するものです。
それは自分自身、自然と人、人と人との調和のもとに、生まれます。
(武当太極拳について、詳しくはhttp://blog.minminkung-fu.com/?eid=31

動きながら血流を良くし、筋肉の緊張を取り、呼吸を安定させ、心を落ち着かせ、五臓を育てて
体と心を再構築していきます。


☆日時:
 いずれも15分前開場です。終了後は、中国茶とお菓子があります。
【2月】
 2月13日 (土)  10:00-11:30
 2月20日(土)10:00-11:30
   2月28日(日)10:00-11:30
 
【3月】
 3月13日(日)10:00-11:30
 3月19日(土)10:00-11:30
 3月27日(日)10:00-11:30

【4月】
 4月3日(日)10:00-11:30
 4月9日(土)10:00-11:30
 4月16日(土)10:00-11:30

☆場所:
 シェア奥沢 (http://share-okusawa.jp/

☆服装: 
 動きやすい服装(ストレッチのきいたトレーニングパンツなど。底の浅い靴。靴はなくても大丈夫です)

☆参加費:
 2,000円(1回)

☆お申込み:
 minminkungfu☆gmail.com (☆を@に変更してください)まで、メールでお知らせいただくか、
 Facebookのイベントページから参加ボタンを押してお申込みください。

終了後には、お茶とお菓子をいただきながら、心地良いスペースで、
質問をお受けしたり、いろんなお話をみなさんでしたりしています。

初心者、経験者、どなたでも大歓迎です。
みなさまのお越しをお待ちしています。

☆☆☆公園での「みんみんの青空太極拳教室」をご希望の方はこちらから☆☆☆




 

体で探る間のとり方:古琴と太極拳

2016.01.26 Tuesday


(古琴。世界遺産(無形文化遺産))

今日は古琴のお稽古でした。

先生が「良く練習しましたね。でもね、息をつけるところがありません。」

「焦って音だけ追うと、聞いている人も息がつけずに苦しくなります。
ひとかたまり終わるところで一息ついて、間を置いて次に行く。そうすれば、
聞いている人も同じように息ができて心地よいでしょ。
そのタイミングは、自分で探って体で覚えていくしかないの。」

古琴に楽譜はありますが、そんなに細かく書いてあるわけではなく、
新しい曲を弾き始めるとき、音は取れても、音の流れを作っていくのは、なかなか難しいです。
そのためか、弾く人の表現によって、だいぶ違ったりするそうです。

「今はネットで映像も見られるから、それを聞いて練習する場合もあるけれども、
昔はそんなものはなかったから、わたしは自分で探ってきたの。体で覚えると、忘れないから。」

太極拳も同じだと思いました。
套路(型)はありますし、止まらず続けるところ、一呼吸置くところ、など、
決まっています。でも細かい部分は、自分で呼吸をしながら居心地の良いところ、
体が動きたいところを探り続ける感じがあります。

わたしの場合、習っている途中で映像を見ることはありません。
自分の体で感覚を探りながら、覚えていきます。
そうやって覚えたものは、頭では忘れても、体は覚えていて、
しばらく動いていると思いだすこともあります。

套路(型)は大切です。昔の人たちの智慧がたくさんつまっているので、
自分のオリジナリティなど加えようとせず、その通りにできることが大事だと思っています。
でも、その通り、というのは、外側に見える形だけではないような気がするのです。

古琴の先生は、「良いものをたくさん見るといいです。絵でも、なんでも。そうすることで、
どんなバランスが良いのか、わかってくるから。」とおっしゃいます。

太極拳も、中国の先生たちの動きを目の前で見ると、すごく印象に残るものがあります。
それが何かはうまく言えませんが、その一瞬の印象をずっとどこかに持っていて、
お稽古を続けていっているような気がします。
そういう印象は、わたしの場合、映像からではなかなか得られないのです。
(ただし、これはわたしの場合で、人によって違うかもしれません。
古琴の先生も、今の時代に映像を見て練習することを否定されているわけではありません。)

どんなに便利な世の中になっても、人の体は同じで、呼吸して生きています。
呼吸によって、居心地の良さは変わってきます。
メトロノームが刻むリズムは正確で、そこから生まれてくるものもあるのだと思いますが、
そうではなく完ぺきではない人が、探り探り表現していくことが、すごく人間らしいような気がします。

ちょっと話はとびますが、ミンチ肉を使った料理のとき、機械で挽いたか、包丁で叩いたか、
プロの料理人はどちらで作られた料理か、すぐにわかるそうです。
機械は断面が均一になります。包丁で叩く方は均一にはできない分、調味料がしっかりしみこむそうです。
急いでいるときには機械で挽くのもありですが、時間があってよりおいしく作りたいなら、断然
包丁で叩く方がおすすめだそうです。
この包丁で叩くことで生まれる”おいしさ”が、古琴も、太極拳にも共通する大切なことような気がします。

どう料理するか、どう表現するかは、その人次第です。
芸術とは、そういうものなのでしょうか。
そこが楽しいところですね。
















(包丁で叩いてミンチにした羊のハンバーグ。見た目ではわかりません、笑。)

カンフー(功夫)とは、時間をかけて熟練していくこと

2016.01.26 Tuesday
















カンフー(功夫)とは、今では中国武術という意味になっていますが、
もともとの意味は、”時間をかけた修練により培われた力”というような意味です。

欧米に渡った時に誤用されて、現在のような中国武術をあらわす言葉になった
と言われています。

中国茶の中に、〇〇功夫茶というものがあります。
これは中国武術とは何の関係もなく、時間をかけて熟練した匠によってつくられたお茶、
というような意味になります。
ちなみに、”功夫”とつける基準があるわけではないそうです。
作り手の思いが反映されている、ということでしょうか。

もともとの意味からもわかるように、太極拳をはじめとするカンフーは、
時間をかけて熟達していくものです。
その中で基本でもあり、ずっと続いていくことは、”自然体であること”です。

自然体であるためには、いくつかポイントがあります。

全身鬆開(ぜんしんしょうかい):身体の力を抜く
立身中正(りっしんちゅうせい):背筋をまっすぐのばす
沈肩墜肘(ちんけいついちゅう):肩肘を上げない
含胸抜背(がんきょうばっぱい):胸を張らずに緩める

これができると、
気沈丹田(きちんたんでん):丹田に気が集まる
となり、足の底から大地の力をもらって立つことができます。

この感覚を育てるのに良い練習が、站椿功(站功、立禅)です。
立ちながら、上のポイントができているかをずっと観察しながら、
力が入っていたり緊張しているところがあれば、それを吐く息と一緒に
下に落として流してしまいます。

お稽古中、生徒さんに、「ずっと自分のからだを観察して、
”どこか緊張しているところはないか”と対話しながら、楽になる状態
を探っていくんですよ」というお話をしましたら、
「先生もずっと意識しているんですか?」と聞かれました。

もちろん、そうです。

もちろん、続けていくことで、慣れてくる部分はあります。
自分の体を観察して感じる感覚も、育ってきます。
どういう状態が”からだの力が抜けている”のかも、わかるようになってきます。
(最初は、自分の体が緊張していることも、認識しにくい場合もあります。)

それでも、わたしの場合は毎回、立つたびに、自分の体を丁寧に観察して
感じながら、からだの力を抜いていきます。
からだはほぐさずに放っておけば、固くなりますし、
そのときのからだは、前のとは違うからです。

力が抜くと、大地との信頼関係ができるような気がします。
そうすると、立つときに大地から力をもらって立てるので、
ひとりで頑張って立たなくてもすむのです。

この立つ感覚は、年数がたつごとに、どんどん変わってきました。
常に発展形で、いろんな気づきがあります。
大きな気づきがくるたびに、自分がどれだけ知らなかったかを思い知ります。

わかったと思っても、それで終わりではありません。

功夫(カンフー)という言葉の意味を知ると、
この過程はまさにそうだと思うのです。

これをなぜ続けているかと言えば、やりたいと思うからです。
この体と心を持って、立つこと、動くこと、歩くことが、楽しいからです。
そう思えることは、幸せなことなのだなあ、と、思っています。





 

今を生きる:カンフーパンダの言葉から

2016.01.19 Tuesday














映画「カンフーパンダ」の中で、とても好きなセリフがあります。パンダのポーの師匠、亀仙人の言葉です。

"You are too concerend with what was and what will be.
There is a saying:
Yesterday is a History, Tommorrow is a Mystery, but today is a Gift.
That's why it is called the PRESENT."

(お前は過去と未来を気にしすぎている。こんなことわざがある。昨日は歴史、明日はミステリー、でも今日はギフトなんだ。
だから今日は、プレゼント(英語のpresent)と言うんだよ。)

過去を振り返ると後悔ばかり、未来を思うと心配ばかりになりがちです。わたしにも、過去を振り返って後悔ばかりしていたこともあります。未来を心配しすぎて、新しい一歩を踏み出せないことも、たくさんあります。

でも、過去も未来もどうにもできません。何とかできるのは、今だけです。

今にいるために、役に立つのが体です。頭は過去や未来に行けますが、体は行けません。そして体の状態は、その瞬間で変わります。

先日、曹洞宗の僧侶の小杉瑞穂さんと一緒に、「心も体もゆるめる太極拳と坐禅」という企画を実施しました。坐禅のときに参加者の方から、「意識がどこかにいってしまうのは、どうすればよいですか?」という質問があったとき、小杉さんは「体に意識を持っていってみてください」というようなアドバイスをされていました。

 

まさにこれが、今を生きる、です。

お稽古でも同じです。

わたしの例ですが、過去の成果への自信を思うと、ほぼ確実に失敗します。「これだけやったからできるはず」とか、「以前できたから、できるはず」と、思ったところで、力んでしまうのかもしれません。

未来の結果を期待しすぎても、うまく行きません。「これをやったらこんな感覚がある」とか、「こんな効果がある」というのを知るのも良いですが、それを期待しすぎると、その成果は、ほぼ、絶対にやってきません。期待は横に置いて、とにかく今、それをするだけです。結果は、後からわかります。焦る必要はないのですよね。

先生から、「お稽古するときに、いつもはじめてやるような感覚で臨む」と教えていただいたことがあります。立つことも、歩くことも、太極拳も、生まれて初めてするように。そのときの感覚を感じていくだけです。

 

すごく丁寧にやろうとすると、どうやるのか、やり方がわからないこともあります。でも、そこから得られる感覚は、すごく新鮮です。

今を生きるとき、やりたいと思えることがあって、やれているなら、それで十分だと思うのです。

わたしと太極拳は、ずっとこんな感じで続いてきました。「やれるかどうかはやってみないとわからないけど、今はこれをやりたいな」、です。始めたばかりで何も知らなかった頃も、今も、同じです。

そもそも、今わかっていることは、ほんの一握りです。ほとんどのことが、わかっていません。知っていることなどないという方が、適切なように感じます。

どの瞬間の”今”も、これがやりたいと思えていれば、結果として見たら、それが向いている、ということなのかもしれません。それを才能と呼ぶことも、あるのかもしれませんよね。


(中国、武当山)


つながる感覚:生徒さんの感想から

2016.01.18 Monday



(代々木公園)

昨年の11月から、代々木公園で「青空太極拳教室」を開催しています。

中国の武当山に行くと、お稽古はいつも外です。
それもあって自分の普段のお稽古も、ほとんど公園です。

自然を感じながら、みんなに開かれた場所である公園でのお稽古は、
ジョギング、お昼寝、サッカーなど、それぞれがそれぞれの遊びや活動をしていて、
近くを通る人たちとの小さな交流もあり、自由な雰囲気が好きです。

今の季節の代々木公園は、落ち葉でふかふかです。
ふかふかの感覚、カサカサという音も、今だからこそ、味わえます。
(今日はきっと、雪でふかふかです。)

昨日の「青空太極拳教室」は、歩く練習をたくさんやりました。

人は、”転びながら歩いている”と言われます。
つんのめりながら、転ぶ直前で前足をついている、ということです。

太極拳では、こういう歩き方はしません。動物と同じような歩き方をします。
前足を出して、かかとをつけて、つま先を下ろして、その場所が安全だと確認してから、
前足に体重を乗せます。一歩一歩、丁寧に歩きます。
(動物の場合、かかとをつけないので、つま先の内側→外側、で確認して体重を移動するそうです)。

足を上げるとき、体がひゅんっと上がらないように、
息を吐いたり、足裏に意識をもっていったり、丹田を意識したり、
いろいろなイメージも使いながら、丁寧に歩きます。

生徒さん一人ずつ、横についてポイントを伝えたり、一緒に歩いたりします。
クセや気を付けるポイントは、一人ひとり違うのです。

終わった後、生徒さんが感想を伝えてくださいました。
「一緒に歩いたとき、すごくつながっている感じがして気持ち良かった。
地面の深いところでつながっている感じ。ずっとこのまま一緒に歩いていたい、と思いました。」

「涙が出そうになった」とも。

わたしも、太極拳をしながら、よく泣いていました。
「本当のことに気が付いたとき、びっくりして泣くんだよ」と教えてもらったことがあります。
「だから、だんだん泣かなくなるよ。」

数年前に比べたら、確かに泣くことは少なくなりました。
そうしたら今度は、生徒さんが涙を浮かべる場面に出会うことがあるようになりました。

わたしが太極拳をするのは、そして武当太極拳をはじめて体験したときに「これ」と思ったのは、
今、思うと、自分のエゴを自然に手放しやすい道だからだと思うのです。
上手く言えないのですが、自分が透明なパイプのようになると、
大地からの力を素直にもらって立って、動くことができます。
大地と天の間を自分の体でつないで、エネルギーを循環させる感じです。

「太極拳をやっているときのように、普段を過ごせばそれでよいのに」と、言われたこともあります。

エゴがたくさんあるときは、自分と他人を別ものだと認識しています。
それがないときは、自分と他人の境界線がなくなってきます。
「つながる感覚。」
ひとりではないことがわかると、安心できるからか、幸せな気持ちになったりします。

その一瞬の体験は、ずっと体の中に残って、これから先につながると思うのです。

生徒さんは、みんな自分に必要なことを、自分から気づいていきます。
丁寧に自分の体と向き合って動いていくことで、いろんな発見があります。
それぞれのステージは違うので、同じことをやっても気づくことは違ったりします。
それが、また良いところだと思っています。

わたしにできることは、ガイドさん役のようなもので、
自分自身でも丁寧に生きることを日々、心がけることだけです。
その役目が、とっても好きです。

お稽古に来てくださる生徒さんには、それぞれいろいろな姿を見せてくださって、
それを共有してくださることに、いつも感謝です。
ありがとうございます。


 


calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM