【講座のお知らせ】みんみんの青空太極拳教室(12〜1月 代々木公園)

2015.11.24 Tuesday



緑いっぱいの代々木公園での、青空太極拳教室です。

青空の下、風を感じながらの太極拳は、また格別です。
はじめての方も、経験者の方も、ご参加をお待ちしています。

☆日時: (注:雨天の場合、お天気に準じて静かにお休みです)
12月6日(日)10時〜12時
12月20日(日)10時〜12時
12月27日(日)10時〜12時

1月9日(土)10時〜12時
1月17日(日)10時〜12時
1月31日(日)10時〜12時

☆場所:
代々木公園 
※待ち合わせ場所は、南門です。
代々木公園駅(地下鉄千代田線)、代々木八幡駅(小田急線)よりですが、
原宿(JR)からいらっしゃる場合は、バラ園を通り過ぎて噴水を右手に見て進むと、
南門に着きます。

☆参加費:2500円(1回)

☆内容:
基本功、気功、呼吸、武当太極拳(はじめての武当太極拳)など
(「はじめての武当太極拳」画像はこちらからhttp://youtu.be/DLACoQ-bLHs 

☆服装:
動きやすい服(ストレッチのきいたトレーニングパンツなど。寒い場合のために上着もお持ちください。)
靴(上履きのような、底の浅い靴がおすすめです)
※お着替えは、トイレなどで各自お願いします。

☆持ち物:
タオル、飲み物

☆お申し込み方法
メールでご連絡(minminkungfu☆gmail.com (☆を@に変えてください))いただくか、
facebookのイベントページで参加ボタンを押してください。
※お申込みいただいた方には、緊急連絡先をお知らせします。












 

からだは必ず応えてくれる

2015.11.23 Monday


(仆歩 Pūbù)

太極拳をずっとお稽古してきて思うのは、「からだは必ず応えてくれる」ということです。
誰でもそれなりに、やった分だけ結果がくるのです。

生徒さんの中には、武当山には行ってみたいけど、「先生と一緒に練習するなんて、とてもとても」
とおっしゃる方もいらっしゃいます。

躊躇する気持ちは、わかります。
わたしもはじめてのときは、そうでした。

わたしは子供の頃からかけっこが苦手で、そのために”運動音痴”だと思っていました。
そんなわたしが、ひょんなことから中国、武当山の武術学校に1週間行くことになりました。
2008年のことです。

太極拳は、それまで1年ほど習っていました。
知人がやっていたので見学に行ったら、先生が素晴らしかったので、「やる!」と決めたのです。
体の使い方、意識の持ち方、「この先生には、わたしにできないこと、わからないことができる」
と思ったのがきっかけです。
でも自分はというと、1年やってもピンときません。進歩も感じられません。
「なんだか、なあ」という、説明できない感想そのままに、モヤモヤしていました。

そんなときに、当時受けていた講座の先生が武当山の武術学校に行くことになり、その期間に、
友人たちと一緒に、遊びに行ってみることにしました。
「こんな遠いところ、一生で一度、行くか行かないだしね」と。
同じ教室で武術を習っていた人が多かったこともあり、「どうせなら学校でお稽古しよう」となりました。

でも、”運動音痴”のわたし。かつ、太極拳もピンとこないわたし。 
”毎日が体育の授業”のような学校で、ついていけるのか、すごく不安でした。

でも、そこで武当太極拳をはじめて経験したときに、「これ、いい。これをやりたい」と
すごく思ったのです。からだの芯から動く感覚を、わからないなりに実感できたからです。

はじめての武当山体験は、山頂まで登れば翌日は全身筋肉痛、
足首はひねってもいないのに腫れあがったりと、大変なことになりました。
でも、そのときに芽生えたやりたい気持ちと、武当山という山の環境に惹かれて、
今に至っています。

8年の間、いっぺんに何かが起きたわけではなく、亀のように少しずつ道を進んできました。
足首は弱かったので、いつも怪我しないようにケアしていましたし、ヒザを痛めたこともありました。
冒頭の写真のポーズも、最初は足が弱すぎてできませんでした。
でも少しずつ積み重ねていくことで、怪我しない方法も覚えましたし、弱かったところも少しずつ
強くなっていきました。
悩んだことも、回り道をしているような気がした経験も、今みれば全部、財産です。
8年前に比べたら、からだは見違えるほどしっかりしました。
同時に、無駄な力みは抜けて、パワーはつきました。

こんな過程を経てきたから、やった分だけからだは必ず応えてくれる、と言えます。
ただし、結果の現れ方を人と比較すると、同じではありません。
やわらかい人、固い人、集中力がある人、ない人、覚えの早い人、遅い人、など、
人には固体特性があるからです。
以前習っていた先生から「人の成長は、あなたの成長には全く関係ない」という
言葉通りだと思います。

誰でもそれなり、
自分は自分の人生を生きる、
それでよいのだと思います。

「かけっこが遅い」も、人との比較です。
それだけで「運動音痴」と決めたのは、わたしが作った妄想です。
この8年、わたしにも何度も「〇〇だから」という躊躇(=妄想)がやってきました。
でも、でもそのたびにいつも、「やる」という選択をしてきました。

大事なのは、「わたしは〇〇だから」という躊躇で、やりたい気持ちにストップをかけないこと
だと思います。いいなと思ったら、やってみることです。
必ず、からだは応えてくれるんですよ、本当に。


 


ふつうが、いちばん。ふつうが、特別。

2015.11.17 Tuesday


(ミナクル祭りの出演者「みなみん」と握手。豊橋南高校のゆるキャラです)

先日の日曜日は、豊橋の「なかよし太極拳クラブ」の初舞台でした。
ときどきお借りしている施設、ミナクルでの「第1回ミナクル祭り」に出演したのです。

2か月前、イベントがあると聞いた日に、生徒さんのアイディアで出演を即決(笑)。
1年半ほど練習している生徒さん2人に、まだはじめたばかりの2人も加えて、みんなで参加しました。

まずはこのクラブが立ち上がるきっかけとなった「武当太極扇」をふたりが、
それからみんなで「64式武当太極拳」のはじめの部分を披露して、
最後は会場のみなさんと一緒に気功の体験をしました。

まだ新しい施設のため、イベント前は「観客、誰もいないかもね(笑)。」なんて
話していたのですが、とんでもありません。ぎっしり、50人近くいらしたような。。。

音楽の音がでなかったりなどのハプニングもありましたが、それでもみんな、平常心を失わず、
機転もきかせて、落ち着いて最後まで終えることができたことが、何よりも良かったです。
はじめたばかりの生徒さんも、「すごく楽しめた」「無心だった」と、なかなかの大物です。

こんなふうに、太極拳を通じた交流が好きです。好きが広がっていく時間が、好きです。
こんな機会をいただけたことと、生徒さんに、感謝しています。

さて、ちょっと興奮するイベントが終わった後は、お昼寝タイムを経て、午後の練習です。
通常の練習に戻り、64式武当太極拳の続きを練習しました。
新しい動きを、あれこれ探りつつ、「楽しい〜。」

実はこの太極拳、今は仲の良い友人でもある生徒さんと、はじめて話すきっかけになったものなのです。
わたしが中国の武当山で習ってきたこの太極拳を、お見せする機会があったときに、
「すごく良かった。わたしもこれが習えるようになるように、頑張って練習します」と
声をかけてくださったのです。

その方は、今、この太極拳をお稽古しています。

それって、すごいことだと思うのですよ。

さらにすごいこともあります。
太極拳の基本となるような、五行六合功という気功があるのですが、
その方、すごくこれに苦手意識があったのです。「どうにも感覚がつかめない」と。

でも、今回、やってみました。
そうしたら。。。全然違うのです。腕の動きで陰陽の転換を感じるようなものなのですが、
ちゃんと何かを感じているのが、外から見ていてもわかります。
ご本人も「全然違う。いくらでもやっていられる。」

やりたいと思っていたものを、現実にやっていたり、
できないと思っていたものが、気持ちよくできるようになったり。
昔、夢に描いたことは、気がつくと叶っていたりするのですよ。

終わった後、「楽しかったねー。」
朝のイベントが、遠い昔の話に思えました。

特別なイベントも良いですが、わたしにとっては日常が一番。
ふつうの毎日の中で、仲良く楽しくお稽古する時間が、何よりも好きです。

ふつうの毎日には、たくさんの感動や発見があふれています。
ふつうの毎日は、いつでも特別な毎日です。


(中国、武当山の朝)

 

天地に深く愛されて、歩く

2015.11.13 Friday



わたし自身のお稽古では、立つ、歩く、という練習もたくさんします。
30分、1時間、立つ(站椿功、站功)だけだったり、歩くだけだったり。
これらはシンプルで、とても豊かなお稽古です。

今は、八卦掌の歩き方を主に練習しています。
太極拳の歩き方とは違って、足裏を水平に保ったまま、かかともつま先も上げずに歩きます。
実際には早く動くのですが、今はゆっくり歩く、という練習を主にしています。
体の状態を確認して、心見ながら、ゆっくり歩きます。

この練習に役立つのが、立つ練習のときに得た感覚です。
放松(ファンソン)というリラックスした状態を保ったままでいられるかどうか。
(立つ練習、站椿功(站功)については→http://blog.minminkung-fu.com/?eid=85)
(放松については→http://blog.minminkung-fu.com/?eid=84

そのときにとても大事にしていることは、
「わたしは天と地から深く愛されている」と心に持って、歩くことです。

”にわとりと卵”のように、
放松の状態だと天地との信頼関係も築けているし、
天地との信頼関係があれば放松でいられる、とも言えます。

「なんでも自分でやらないと」という無駄な力みがあると、信頼関係は築けません。
一人でできるというのは、頑張っているのだけど、残念ながら無駄なエゴになります。

花の種は、花を咲かせるように、
人間の爪という細胞は爪になるように、
この世のものはすべて、なるようになります。
爪から髪の毛が出たりはしません。

歩くことも同じです。
無駄な力やエゴを働かせなければ、なるようになります。
二足歩行をする人間は、何もしなければ一番望ましい形で歩けるはずです。
現実で歩くことだけではなく、生きること、人生という道を歩くことも同じだと思います。

そして、花も、爪も、固体特性は違いますが、すべて「なるようになる」という意味では
同じです。広げていくと、土も、樹木も、わたしも、同じです。
天地とわたしも、同じです。
天地と自分の信頼関係は、自分への信頼でもあります。

歩くことは、実はとても繊細な作業です。
どこの筋肉をつかって動くか、どこに緊張が出るか、ゆっくりみていきます。
すぐバランスが崩れるのもわかります。
そうすると、自分への信頼も揺らぐような気がします。

普段のようにさっさと歩くと、バランスを崩してもスピードという勢いに助けられたりします。
すぐに調整できるのも人間の能力のすごいところです。
これが普通にできるから人はどんどん歩けるのですが、
逆に言えば、あまりに普通すぎて見逃していることがたくさんあるような気がするのです。

本当は、ちょっとずつバランスを崩しているのに。
本当は、それで不安になっているのに。
本当は、それで自分への信頼をなくしているかもしれないのに。

歩く時間は、そんなことを思い出す時間でもあります。

これも「道法自然」。
人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、「道は自然に法る」。
(老子「道徳経」第25章)。
さからわず、あるがまま、余分なことはせず、今すべきことに集中する。
そうすれば花の種が花になるように、わたしという固体はわたしを生きることができると思っています。

わたしらしく生きる、ではなく、
わたしをそのまま生きること。

これは、一生続くお稽古です。


 

パンダには天敵がいない

2015.11.12 Thursday



世事に対して超然としている性格のパンダ。

高いところからぽてっと落ちても、何事もなかったように立ち上がります。
人間のようなしぐさは、赤ちゃんのようでもあり、中年(笑)のようでもあります。
そのときの欲望に素直に、でものんびりと生きているように、わたしには見えます。
(実際に聞いてみたわけではないので、本当のところはわかりませんが。)

昨日、「パンダみたいに生きていたい」という話をしたら、
「パンダにはね、天敵がいないんだよ。」と。

現在、自然界にはパンダの天敵はいないそうです。
それにはパンダのごはん、竹、笹も関係してきます。

パンダは本来、肉食性の強い雑食動物の消化機能を持っており、繊維質の多い竹や笹を
充分に消化して栄養にすることも難しく、生きているために必要なエネルギーを得るためには大量の
笹を食べる必要があるのだそうです。

ある意味、効率的ではない食べ物を選んでいるのですが、それにも理由があります。
天敵や餌の競争を避けて中国山岳地帯の奥地を生息の場としたため、そこで冬でも枯れずに
一年中豊富にある食物が竹や笹だったそうです。

天敵を避けて安全な環境で暮らすことを選んだ結果、食べるものについては無理するようになったとか。
(上記は、上野動物公園のHPを参考にさせていただきました。)

人間にも、天敵はいません。
でも成長過程で、自分の妄想で敵を作っていくことがあります。
「あの人が嫌」とか、「こんな理不尽なことをされた、許せない」と思ったり、
人との競争もあります。
わたしにも、すごく覚えがあります。

でも、起きていることを相手のせいにしたり、
誰かとの比較で競争を続けていたら、いつまでたっても休まるときは来ません。
さんざんやった後に、「こんなのは、もう本当に嫌だ」と、わたしは思ったのです。

起きていることには自分で責任を負う(これは自分が悪いと非難するのとは違います)、
他人との競争ゲームからは降りる、と決めました。
ときどき道を外れておかしなことになることもありますが、気づいたら戻る、の繰り返しです。

パンダの生き方は、武術にも通じるところがあると思います。
武術の武は、戈(ほこ)を止める、という意味で、戦いをするためのものではなく、
戦いを終わらせるためのものです。
パンダのように争いを避けて生息地を変えるのではなく、起きてしまった争いを止めて
調和を保つ、という方法を選んだと言えます。野生動物と人間のように生きる世界が違う存在も
いるため、仲良くするというよりは、お互を尊重して脅かすことなく共存する、というイメージです。

もっとも良いのは、戦いを起こさないことです。
そのためには、自分がやわらかく穏やかでいることが大切です。
妄想で天敵を作っている場合、身を守るために自分は鎧を着たり武器を持ったりするため、
相手から見たら怖がられて、逆に攻撃されたりするからです。

太極拳は、心と体の無駄な緊張をとって、調和への道を歩むものだと思っています。
その套路(とうろ=型)には、体の無駄な緊張をとっていくコツがたくさん含まれています。
わたしが太極拳をするとき、自分の実感としても、体の専門家の整体の先生に見ていただいた時も
共通していたのが「太極拳をやりながら一番楽な状態をだんだんと探っていっている」ということでした。
実際、最初と最後には同じフォームがあるのですが、最後の方がラクで軽く動けます。
そして動く前の前提として、心が落ち着いて穏やかであることが、とても需要です。
イライラしたまま動いても、太極拳をする良さを生かすことはできません。

余談ですが、「パンダ体操」と勝手に呼んでいるものがあります。
両方の足の裏をつけて座り、体を左右にゆらゆら揺らしてから、
どちらか一方に倒れてくるりん、と一回転するものです。
右に倒れたら、足が上がって背中が床について、左足・腕から床に降りてきます。
これ、リラックスした状態でないと、スムーズにできないのです。
力んでいると、背中が床についた後に起き上がれなかったり、すごく力を必要としたり。
自分の状態を確認できるので、面白いですよ。
初めての場合は、畳がおすすめです。そして結構移動するので、広めの場所にしてくださいね。


(64式武当太極拳より)

 


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