赤信号は、止まれのサイン

2017.05.26 Friday

青信号は渡る、赤信号なら止まる、という交通ルールは誰でも知っており、守らないと危険ですよね。

 

同じように人生という道にも、「赤信号のとき」は、あるのですよ。でも、決まったサインで示されるわけではないため、気づかずに見逃したり、見なかったことにしたり、ワザと無視してみたり(悪気はなく、です)、ということがたくさん起きます。

 

わたしが痒疹(ようしん)という皮膚疾患を患わったとき、セカンドオピニオンを聞くために訪れたお医者さんから言われた言葉があります。

 

「これは、治りますよ。でもその前に、どうしてこれが起きているのかをお話しないとね。信号、ありますよね。青は渡ってよいけれど、赤は止まれ、です。あなたの場合は、赤でも無理やり渡ろうとしています。それは無理でしょう。」

 

当時のわたしの状態を、わかりやすく例えてくださいました。

 

赤信号のサインは、それまでもいくつか出ていました。

 

肩こりがひどかったり(万年なので、カタイのが普通だと開き直っていました)、

じんましんが出たり(忙しいと出る体質なのだ、と開き直っていました)、

仕事でプレゼンをしているとき、息が足りなくなったり(一生懸命に話している証拠だと、勘違いしていました)、

 

それでも気づかないので、もうちょっとわかりやすく、首から下の全身に湿疹を出してきたのかもしれません。

 

湿疹は、美しくありません。最初は「醜いから嫌だ」と、避けました。

 

それでも体はしつこくサインを送ってきます(今から思うと、必死に、真摯に、ですが)。一度改善したものが、再度ひどくなったとき(再度ひどくなるというのは、一度目より重症です)、困ってお話を聞きに行ったのが、冒頭の先生のところでした。

 

先生のお話を聞いて、自分に向かって、心から「ごめんなさい」と謝りました。自分の体を守れるのは、自分だけなのに。そのわたしが「醜いから嫌」と、なんてひどいことを言ってしまったのだろう、と。「これからは絶対に、わたしがあなた(=わたし)を守るから。」と、誓いました。

 

ひとつの大きな転機でした。

 

先日、友人たちと話をしていたときに、「どうして何もしていないと、そのままでいられないんだろうね」という話になりました。何かをしなければならない、というような焦燥感にかられたり、何もしていない、という罪悪感で自分を責めたり。それは違うと頭では知っていても、ついやってしまうときがあります。

 

本当は、生きているだけでも十分なのに。

 

「何もしていない」「止まっている」と言いますが、人は、絶対に止まることはありません。息はしているし、心臓も動くし、血液は全身をめぐります。細胞も、どんどんと入れ替わっています。人と鉄筋コンクリートの建物の耐用性を比べるときに、建物はいちど造ればそのままですが、人の体はどんどん新しく再生して長く耐用できます。

 

熱がでるのは、休ませるため、という話もあります。ダメージが大きいときには、休んで修復や再生にたっぷり時間とエネルギーを使えるようにしてあげることも大切です。休むことは、何もしていないわけではないのです。

 

前を向いて生きる、と言いますよね。それには賛成です。タイムマシンに乗って後ろには行けないですし。でも、前に進もうと無理やりしなくても、前を向いて足を前に出しさえすれば、進めます。

 

よくある普通の歩き方は、前のめりで、転びながら歩くと言います。転ぶ手前で前足を出して踏ん張るのです。これに対して太極拳の歩き方は、前に足を出したらその上にまっすぐ乗るだけです。前に足を出したときに障害物があれば、踏むところを変えます。安全が確認できるまで、体重は後ろ足に置いたままです。

 

この歩き方、山歩きにも共通していると教えてもらったことがあります。先のながーい道を見るよりも、足もとの一歩だけを考えて、その上に乗ることを繰り返していく、というものでした。同じですよね。

 

結果としては、前に進みます。気が付いたら、「思えば遠くに来たもんだ」ということも。

 

足もとが危ないときは、どこに前足を置けばいいか、時間をかけて探ることも必要です。長い人生では、そのくらいの時間、たいしたことはありません。そして意外と自分だけが気にしていて、他人は気づかなかったりします。「あれっ?休んでいたっけ?」みたいな感じです。

 

一生懸命に頑張る人ほど、休むことを学ぶ必要があるのかもしれませんね。自戒を込めて、ですが。

 

そして、体からの赤信号サインに気づいてあげられる自分でいることが、自分を危険から救う唯一の道だと思っています。

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

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花粉症、やめました

2017.04.25 Tuesday

 

花粉症を発症してから10年ほど、このところは症状も軽く、薬は飲まずに過ごせていますが、予防のマスクは手放せませんでした。

 

でも花粉症、やめました。3月末に。

 

まだまだスギ花粉はまっさかり、その後はヒノキ花粉の季節ですが、今のところ調子は上々です。

 

花粉症も、拒否反応のひとつとも言えます。何かを異物と認定し、予防すべき対象として、戦っている証拠です。でもほんとうに戦う必要はあるのでしょうか?

 

確かに、都会の花粉の量は一昔前よりも異常に多く、バランスを崩していると言えます。でも自分の目に映しだされている世界が自分の内面の鏡であると考えるなら、異常に多い花粉量も、自分の内側のアンバランスを表しているだけかもしれません。

 

そして、今の”自然”が「これ」であることも事実です。地球も人も生きているなら進化するのは当たり前のことで、前の状態とちがっていることだけで”異常”と見るのは、おかしなことかもしれません。

 

ありのままの今の自然が「これ」なのであれば、それは予防する対象ではないのだと思って、マスクを外しました。日によっては、「この後、くしゃみが止まらなくなると困るな」という予定がある日もあったのですが、それでも「いやいや、大丈夫なのだ」と腹をくくりました。だって、もう花粉症はやめたのですもの。

 

「大量花粉!」という予報が出る日も多くあり、くしゃみが出ることもありますが、かめばよいだけです。そんなときは、自分の体に向けて、「戦わなくても良いんだよ」と声をかけます。

 

人によっては、やりたくないことをやらないための言い訳として花粉症になっていることも、あるそうです。たとえば、人付き合いが苦手でバーベキューパーティに誘われても行きたくないため、うまく断るために、花粉症を発症していることもあるとか。

 

違う角度から見れば、人付き合いをしなければならないと思っていることがストレスになって、アレルギーを発症させている、ともいえるかもしれません。いずれにしても、自己防衛のひとつの手段ですよね。

 

花粉症のおかげでやりたくないことを無理してやっていたり、やらねばならないと思っていること気づいたなら、体に「ありがとう」と声をかけて、自らの意志で無理をかけているところを解決してみたら、花粉症のお世話ならなくても済むかもしれません。

 

そもそも、花粉症だと認めたところで、症状が出ることを許可してしまっています。許可したら、さらに悪化することもあり得ます。

 

「病は気から」と言いますしね。

 

花粉症をやめたという話をしたら、同じように、意識を変えることで症状がでなくなった方が、何人もいらっしゃいました。すべての人に当てはまるかどうかはわかりませんが、やってみる価値はあると思います。

 

花粉症でいるのも、やめるのも、自由です。どちらも自由なら、どちらを選びたいかを考えてみたら......わたしはそれで、花粉症をやめました。

 

またくしゃみが出ることもあるかもしれませんが、気にせず、戦わずに過ごそうと思います。

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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陽だまり太極道日記

2017.03.24 Friday

 

最近、こっそりブログタイトルを変更しました。

 

「みんみんの青空太極拳日記」から、「みんみんの陽だまり太極道日記」へ。

 

青空太極拳日記をはじめたのは、ブログを開設する前のことです。Facebookに太極拳の話を書くとき、青空の下でのお稽古が好きだったことからつけました。音の響きも、とっても気に入っていました。

 

今回変更したきっかけは、昨年末に参加した「本当の仕事」ワークショップです。「天職とは見つけるものではなく、自分で創るものである」として、友人でもある宮本大輝(みやもと ひろき)さんの開催でした。実はわたしがホームページを作ったり、ブログを始めたのは、宮本さんのおかげなのです。恩も信頼も寄せている彼のワークショップに、ちょうどこれからの展開を考えてみたいタイミングで参加しました。

 

職業とはどういうものか、仕事とはどういうものか、無意識に自分がとらわれている枠に気づき、外し、21世紀の新しい仕事観を学びながら、自分自身の仕事観・天職を発見して創造していきます。「なぜか心がワクワクするもの(純粋意欲)」を探り、それをもとに「何のためにこの世に生まれたのか(存在意義)」を見出し、自分にしかできない唯一無二のオリジナルの仕事を創りだしていくのです。

 

このワークの良さのひとつは、グループで行うことです。自分のことは自分が一番わからないと言うとおり、当たり前すぎて、それが特徴だと気づかないこともたくさんあります。他の人が感じた自分の印象を聞く時間もあるのですが、苦笑いしたり、「あるある」と感じたり、「なるほど」と思うなど、新鮮な発見がたくさんありました。

 

可能性は、「ここまで」と自分で決めた範囲内でしか発揮できません。自分勝手に設定した基準を知らない他人のほうが、その人の可能性を素直に見てあげられることも多いのです。

 

そんな中、出てきたキーワードが「陽だまり」でした。青空のようなピーカン晴れではなく、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬくと、まどろむような時間と空間。縁側というのは、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思います。モノも置かれておらず、いつもキレイ、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりがある人を増やしたい、と思ったのです。

 

中国の武当山にお稽古に行くというと、厳しい修業を想像される方も多いのですが、実際はそうではありません。お稽古時間には、サッカーの試合をしてみたり、かけっこや馬跳び、大縄跳びなど、遊んでいるときもあります(でも、お稽古時間です)。大笑いしたり、「もう無理ー」と叫んだり、ずっこけたりと、体は動かしていますが、どっぷり遊びます。不思議というか、だからというか、その後のまじめなお稽古は、とっても調子が良いのです。(詳しくは「カンフーのお稽古とは?」)。しかめっ面して狭い視野でお稽古を続けていても、息がつまります。”あそび"や”ゆとり”は、大切なのですよ。

 

そんな生き方、そんな道を自分も歩いていきたいと、太極拳日記から太極道日記にしました。太極拳のお稽古の先には、その人の在り方、生き方、という道が続いていると思うからです。

 

「みんみんの陽だまり太極道日記」。内容も、これまではわたしの経験と感じたことが中心でしたが、この先はもう少し幅を広げて、「陽だまりな人」のインタビュー記事や、隙間時間にちょこっとできる体や心のワークなども、入れていこうと思います。

 

読んでくださる方がいらっしゃることに、感謝です。ここから何かを感じていただけたら、うれしいです。これからもよろしくお願いします。

 

 

宮本大輝さんのホームページは、こちらからご覧いただけます。

 

(All photos by Xie Okajima)

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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溢れる想いを堰き止めない

2017.03.06 Monday

 

イベント「体の中から響いてキレイになろう(六字訣とクリスタルボウル)」が、無事に終了しました。この件は、開催時間はもちろんですが、準備段階でも、いろいろと感じることがありました。

 

前回のブログで、「やる」と決めて始めたのに途中で迷子になることありませんか?(大切な願いをしっかり握って、早く遠く、届けるために)という記事を書きました。このコラボイベントも、実施前に、迷子になりました。

 

ひっかかったのが、参加予定人数です。4日前の時点で4名さま。普段からお稽古を開催しており、過去に先生から「参加人数は、お稽古の内容の良し悪し関係なく増減する面もある。増えた減ったで一喜一憂しないように」とアドバイスを受けたこともあるため、数ではなく、必要な人が集まることを信じて、自分が大切にしたいことを守ることを大切にしてきました。でも今回は、何かしっくりこないのです。

 

そこで、このコラボイベントで何を伝えたいのか、自分の内に向かってたずねてみました。その過程は前回のブログに書いたとおりです。

 

届けたい願いと、それを早く広く遠くに届けたいという想いが溢れてきた2日前、溢れる思いのままに、思いついた方々に個別にお誘いのメッセージを送りました。たくさん集めたいということではなく、とにかく開催までの期間、知ってもらうために最大の努力をしようと思ったのです。知ってもらうためには、声を上げなければ気づいてもらえません。その結果「必要な人がやってくる」のだと思うのです。

 

結果、いろいろ面白いことが起きました。毎週末、用事があるはずの方をお誘いしたとき、最初は「予定があるから」と、お断りのメッセージが来ました。でも翌日、予想していなかったことが起き、「これも何かの流れだろう」と、一転、参加してくださることになりました。その方がおしゃったのが「めずらしく誘ってもらって、うれしかった」だったのです。

 

そのとき、わたしはこの方を誘ってこなかった事実に気づきました。今まで「忙しいから」とか「用事があるはずだ」と勝手に想像して、お誘いする人を選んでいたのだと思います。

 

たくさんの方にメッセージをお送りするときも、同じようなことが起きていました。facebookのメッセンジャーで、名前が出ている方を上から順番に見てメッセージを書いていったのですが、そのときに「この人はやめておこう」と遠慮が出る場合もあるのです。その方に、直接聞いていないのに、です。(誘ってもらっても今は行かれないから、と、すでにお知らせいただいている方は、別です。)

 

自分というコップをじっくり観察して、水が溜まるように想いが溜まっていき、外側に溢れるように出てきたとき、それでも自分の勝手な妄想で、堰き止めるようなことをしている場合もあるのだと、気づきました。

 

断られることが、怖いのだと思います。

 

思いやりは大切です。でもこれは、思いやりとは違う、自分の恐怖です。

 

結果的に、メッセージからだけではありませんが、12名さまがご参加くださいました。人数目標を設定してたわけではないため、これが多いか少ないかという感想はないのですが、それこそ、あの日に必要な方々が集まってくださったと感じます。一緒に時間を過ごしてくださったことに、感謝しています。

 

さらに、メッセージの返信でのやりとりからも、たくさん感じることがありました。その場にいらしてくださることは、もちろんうれしいですが、そうでない方とのやり取りの中にも、わたしが伝えたい願いをきかっけに、ちょっとした交流が生まれることが、すごくうれしかったのです。想いのままに送ってみて、良かったなあと思えました。

 

これからやっていきたいこと、まだまだたくさんあります。溢れる想いが出てきたら、それを自分で堰き止めないように、今回の経験を心にとめておきたいと思っています。

 

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大切な願いをしっかり握って、早く遠く、届けるために

2017.03.03 Friday

(海と空の境界線が曖昧な、伊豆の海)

 

何かを「やる」と決めたとき、途中で迷子になること、ありませんか?

 

わたしは、あります。やることに一生懸命になりすぎて、「何のためにこれをやりたいのか」わからなくなってしまうことがあります。

 

迷子になったときは、体に反応があります。体が硬く、緊張のある状態になります。そうさせているのは、自分の心です。心が硬いと、せかせかした気分になったり、やる気がなくなったりします。外にも、自分の内側にも、心を閉ざしている状態です。

 

こんな状態になったときは、自分にストレスがかかっています。ストレスとは外部からの刺激ですので、ゼロにはなりません。あるのは当然だけれども、それが許容範囲を超えると大変なことになる......と、今まで思ってきました。でも、果たしてそうでしょうか?

 

外からの刺激と思っているのは、自分と外の世界が分断されていると思っているからではないでしょうか。「太極」というすべてのひとつの源、大いなる源という意識から考えると、もともとはひとつのものが、陰陽があるこの世で分かれて存在しているように見えるだけです。現実ですが、視点を変えれば、幻想でもあります。

 

そうであれば、自分が”外部”と認識しているものが少なくなれば、感じるストレスも減ります。ストレスは、自分が”つながり”を忘れていることが生み出している、もしくは助長していることもあると感じるのです。

 

こんなことは、繰り返し起きます。それでも繰り返すたび、進歩があります。数年前はストレスがかかっていることも認識できませんでした。次はストレスを外部のせいにして、押しつぶされそうになりました。今はそれを人のせいにするのではなく、自分が作り出していることに気づくようになりました。気づいても戻れないこともありますが、そんな体験も貴重です。「頭でわかっていても体と心がついていかないことがある」と、実感できるからです。

 

こんな風に自分に起きていることは、そのままわたしが広く伝えたいことに繋がります。

 

太極の心、つながりを思い出すこと、です。競争する「個」という幻想から、別の視点に立って世の中を見て、感じることです。

 

それにはまず、自分の内側を見ていくこと、感じることから始めます。これには、例えば肩こり(体の緊張)を認識していない状態から認識するようになったことや、ストレスがかかっていることをわからない状態からわかる状態になったことも、含まれます。

 

緊張に気づけることは、緩める段階に行く準備が整ったことでもあります。これは大きな進歩です。でも次の段階へは、なかなかすんなり行きません。生徒さんを見ていると、多くの場合、緊張には気づいても緩めることができないからです。この頭と体のつながっていない状態から、つながっている状態に持って行くことは、個体差はありますが、誰にとっても時間はかかります。ここでの難しさのひとつは、物理的に「できない」ことを経験することです。もうひとつは、頭では分かっているため、「わかったつもりになる」ことで、続けることをやめてしまうことです。特に後者が、現代の人が、はまりがちな課題だと感じます。

 

ネットが発達した時代では、その恩恵も受けますが、反面では失っているものもあります。自分の五感を使って感じる、知ることが薄れ、ネットで見た(視覚)だけで「知っている」と勘違いしがちです。本当は、匂い、味、音、さわり心地すべてを感じなければ、知っていることにはならないのです。頭でわかって「わかったつもりになる」ことは、この延長線上で起きているような気がします。

 

站椿功(立禅)は、立って行う瞑想とも言えますが、体を整え、呼吸を整え、心が落ち着いたあとの段階で、印象的な経験をしたことがあります。わたしの先生(武当玄武派第十六代伝承人 明月師父)が、「耳を大きく開いて、心臓の音を聞く」とおっしゃったときのことです。それは、物理的に外と内を分断している皮膚という境界線が、溶けてなくなっていくような感覚でした。内と外がつながっているこをと感じられました。「太極」につながったときなのかもしれません。それを感じてから始まるであろう、新たな物語は、今までの「個」の戦いの物語とは、違ってくると思います。

 

自分を満たすことは、ちいさなスプーンを使ってコップに水を注いでいくことに似ています。少しずつ、丁寧に続けていけば、いつかはコップは満杯になり、溢れだします。溢れるときは一気に、その流れは速く、遠くまで届きます。水は上から下に自然と流れていくものだからです。

 

自分の体を感じて心を知って、自分を満たしていくことで、満杯になれば、外に向かってあふれ出ていくようになります。それが”つながり”を取り戻すときであるような気がします。

 

いつも積極的に意識を持って動けるわけではありません。そんなときには、手を差し伸べてくれる人や出来事も起こります。それをきちんと受け止めて、あとは意識を持って進んでいくだけです。わたしにとって太極拳は、その意識を持って進んでいくための方法です。

 

ひとたび気づいて、意識を持つと、太極拳だけではなく、いろんなことが、”つながり"を取り戻す助けになってくれます。分野の違う人とのコラボ企画をしようと思ったのも、そのひとつです。願いを、さらに広く、遠くに届けるために、水が溢れるのを1人よりも2人、2人よりも多く、今までよりも間口を広げていきたいと思っています。

 

3月4日は、クリスタルボウル奏者、加藤あいさんとのコラボ企画、「体の中から響いてキレイになろう(六自訣とクリスタルボウル)」です。つながりを感じられるような、ほっとして安心する時間になりますように、精一杯できることをやろうと思います。

 

(椅子はたくさん。1人よりは2人、2人よりは多く。みんなで進んで行きましょ)photo by Xie Okajima

 

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