陽だまりの人 Vol.2: 小杉 瑞穂さん(曹洞宗僧侶)

2017.05.09 Tuesday

(小杉瑞穂さん)

 

インタビュー「陽だまりの人」シリーズ。わたしが目指している”陽だまり”な世界観を感じる方のお話を伺っていきます。

 

第2回目は、曹洞宗の僧侶である小杉瑞穂さん。小杉さんは、坐禅の”つらい、きびしい、難しい”といったイメージを払拭し、柔かく穏やかな坐禅をより多くの人に体験してもらうためにも活動されています。先日は、わたしと一緒に太極拳とのコラボイベントも開催していただきました。

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☀普段のお仕事

曹洞宗は全国に15,000ほどのお寺(宗教法人)があります。統括している本部が都内にあり、現在はその1部門である総合研究センターに在籍しています。全国から試験を受けて集まった25〜35歳前後、15〜20名の僧侶の卵のみなさんを3年間お引き受けして、禅の教えをどのように伝えていくかなどの学習と実習を積んでもらっています。先生、と呼ばれていますね。

 

 

☀ここ数年の坐禅を取り巻く状況の変化

駒澤大学内の坐禅堂で研修生が坐禅教室を開いているのですが、この5年でずいぶん参加者が増えました。25年前は1回に10人ほどでしたが、一時は90人ほどに増えました。現在は30〜40人で、熱がおさまったというより、坐禅をできる場所が他にも増えたために、分散しているとみています。

 

 

☀自分にとっての坐禅の変化

若い頃の私の坐禅観は、僧侶であるからやらねばならない義務のようなもので、それゆえ、きつくて辛いと感じることが多かったのです。トラウマになっている僧侶も多いのではないかと思います。私も最初はそうだったのですが、その中で「坐禅っていいな」と自然に感じる体験ができたことは大きかったですね。

 

1つ目は、大学生の時にやっていた児童教育部の活動でのことです。活動はハードで、毎週、都内のお寺で日曜学校を開催し、夏休みは長い時で3週間続けて地方を巡回し、子供たちを相手に人形劇やレクリエーションゲームをやる毎日でした。常に誰かと一緒にいる生活にストレスを感じていた中、ふと時間が空いて、お寺の縁側にぼーっと足を組んで坐り、外を見ていたことがありました。誰もいない、風そよぐ、静寂な時間。その時の清々しさ、心地よさが忘れられない体験となったのです。

 

2つ目は、總持寺(曹洞宗大本山總持寺)で、10か月修行したときです。厳しい指導で、最初の3か月は生活や作法をひたすら叩き込まれます。半年たって生活にも慣れ、ゆるやかに感じられてきたある日、夜の坐禅の時間に「今日は自由にしていい」と言われました。やってもやらなくても良いというのです。のんびりお風呂に入った後、修行仲間と自然に「坐禅する?」という流れになりました。それまでの坐禅は、寝ているところを見つかると、警策(きょうさく)で肩を打たれて強制的に起こされるのが当然なことだったのですが、そのときはもちろん監視などなく、すごく自由でした。開始も終わりも自由、自分で決められます。そのときに「坐禅っていいな」と思ったのです。

 

大切なのは「自分が選んでやっている」ことなのでしょう。させられる坐禅から自覚的な坐禅に、見方が大きく変わりました。

 

その2つの体験の後、スタッフとして参加した坐禅会で、自分も坐る機会がありました。そのとき何かの本に書いてあった「慈悲の瞑想」を思い出したのです。

 

「自分が幸せでありますように」から始め、「近くにいる人が幸せでありますように」と範囲を広げていくことで、自分の感覚が広がっていきます。イメージなら、地球規模まで広げることは簡単です。そのときに「そうなのか〜!」という発見がありました。それは「つながっていないものは、ない」という全存在での気づきでした。

 

 

☀「坐禅会」の変化のはじまり

坐禅は、目的や意味を持たせるものではありません。段階論ではなく、「こう坐るのです」と説明したら、それで終わりです。あとはただやるだけです。こんな境地になる、という説明もしません。そのため、一般の方にはとっつきにくいものに感じられてしまいがちです。

 

一般の方は修行僧とは違うので、坐禅を伝える方法や説明にも、もう少し工夫があってもよいと思うのですが、曹洞宗は「型」を伝える方法を大切にしてきており、誰に対しても僧侶と同じような坐禅指導法でやってきました。

 

そんな中、6年前に研修センターのプロジェクトで、30〜40代の女性をコアターゲットにした”朝活禅”の企画がスタートしました。コアターゲットの設定というマーケティング的なことを土台として始めたことが、まず画期的でした。そして内容も「また参加したい」と思ってもらえるような、新しいカタチを考えていったのです。そのひとつはカルチャーセンターのような連続講座です。より丁寧に坐禅作法をお伝えすることができるため、身につきやすく続けやすくなります。もうひとつは禅の食事作法でお粥をいただいたり、写経の時間や掃除を組み合わせて、変化を持たせたものです。今までにないものにしたい、という思いが強かったですね。

 

 

☀藤田一照さんとの出会い:身体論からの坐禅

その頃、現在では曹洞宗の国際センターの所長をされている藤田一照さんに出会いました。アメリカで長く坐禅を指導されていた方で、1時間ほどゆっくりストレッチしてから坐禅する会を開かれていたのです。藤田さんは「どうやったら体の落ち着きを見出せるのか」という身体論から坐禅をとらえていらっしゃいました。実際に来ていただいて教えていただいたのですが、そのとき「骨盤を立てて坐るのですよ」と言われたときには、まさに目からうろこでした。それまでは足を組むところから坐禅が始まると思っていて、骨盤がどうなっているかなど考えたこともありませんでした。じゃあ足はどうするのか?というと、足を組むことは骨盤を楽に立てるひとつの方法なのだ、とわかってきたのです。酌んだ足がもう片方の足を押すという、最初は苦痛にしか感じられなかったことが、実はどれだけ体に安定感をもたらしていたのかも、わかってきたのです。うわー、面白い!と思いました。

 

そこから俄然、興味がわいて、坐禅における身体の研究をはじめました。いろいろなボディワークをネットで検索したり、本を読んだり、体験したり、そのひとつとして太極拳もやってみました。太極拳はキツくないですし、自分を見つめるものなので、親和性があると思っています。いろんなことをやってみましたが、やったことすべてが今につながっていると思います。

 

 

☀坐禅会への思い

コラボイベントをするようになったきっかけは、人と交流する中で、わたしが坐禅をすごく楽しそうに話していたのが大きいようです。自然に「一緒にやりましょうか?」という流れになりました。最初はヨガのインストラクターの方と一緒にやったのですが、坐禅する前に体をほぐすことは必要なので、ヨガでほぐしてもらえるなら、それはとても都合がいいじゃないか(笑)と。

 

私が行っている坐禅イベントの目的は、「坐禅未経験者を減らす」ことです。コンセプトは「もう一度やりたくなる坐禅」です。だからこそ、なるべくゆるやかに、おだやかな場づくりをしています。

 

坐禅は、初回にすべてが入っています。足りないものは、ありません。私は自分も楽しみながら、その”初回”を提供したいのです。実際は100回目でも、毎回が”初回”ですけどね(笑)。同じ経験は、2度とありません。

 

私の坐禅の会にいらしてくださる方の中には「坐禅は興味があるけれども、お寺は敷居が高すぎて」とおっしゃる方も多くいらっしゃいます。どうも近寄りにくいようなので、こちらから出かけていってお寺ではないところ(カフェ・古民家・公園・市民会館など)で坐禅の場を開いていたのは、正解だったのですね。

 

坐禅は、私が坐っているのではなく、坐らせてもらっているのです。床があって、「地球ごと坐っている」と感じています。そう思うと、ものすごい安定感じゃないですか?

 

(4月に開催した「青空坐禅と太極拳の会」)

 

(文責:いしい まゆみ)

 

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☀プロフィール

小杉 瑞穂さん

曹洞宗僧侶。曹洞宗大本山總持寺にて修業。現在、曹洞宗総合研究センターにて、若手僧侶の育成に携わり、現代における禅の普及方法について研究。特に坐禅のつらい、きびしい、難しいといったイメージを払拭し、柔かく穏やかな坐禅をより多くの人に体験してもらうために活動している。

 

イベントこーさん&みんみん 青空坐禅と太極拳」の開催報告は、こちらからご覧いただけます。

 

≪みんみんのインタビュー後記は、こちらからご覧いただけます≫

 

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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ちょこっとワーク(3)自分をいたわる(なでるワーク)

2017.05.02 Tuesday

 

隙間時間にできるちょこっとワーク。今回は、「自分をいたわる、優しくなでる」です。

 

これは簡単です。手のひらで全身を撫でていくだけです。

 

あまり自覚できていないかもしれませんが、「人は自分の存在を感じることができていない」と言われます。

 

そのため、外側の肩書きや「○○を達成する」などで、自分の存在を証明しようとします。ついやりすぎてしまうことがあるのも、「やっている感」で自分を感じたいからだったりします。ときには、痛みで自分を感じようとすることもあります(詳しくは、「ここにいて、いいんだよ」

 

そんなときの体は、常に緊張しています。自分をいたわり、優しくなでることで、自分の存在を感じ、リラックスさせていくことができます。

 

これは、子供を抱いてあげると良いのと同じです。子供は、触ってあげることで存在を感じやすくなります。同じように、大人も触ってあげることで、自分の存在を確認して、安心することができます。

 

他人に気遣いのできる人でも、意外と自分が置いてきぼりになっていることもあります。自分と対話するひとつの方法として、まずは「お疲れ様」と、自分を丁寧に撫でてあげましょう。

 

☀簡単バージョン

まず、両方の手のひらを50回ほどこすり合わせて、温めます。それから片腕ずつ、上から下まで、逆の手で丁寧に撫でていきます。外側、内側、横側、なで残しがないように、丁寧に。片腕がおわったら、逆の腕も。

 

なで終わった腕は、リラックスして重くなります。近くに人がいたら、片腕が終わったところで、他の人に両腕も持ってもらい、比べてみましょう。

 

☀全身バージョン

両手のひらをこすり合わせるところまでは一緒です。この先、頭の上から足まで、丁寧になでていきます。

 

顔:両手のひら、鼻の横から噴水を描くように、額に向かってこすります。

 

 

頭:指を櫛にみたてて、額近くから後ろにむかって、くしけずるように動かします。

耳:上、横、下、丁寧に撫でながら、かるく引っ張ります。

後頭部:耳を手のひらで覆い(肘は横にはります)、指を後頭部に置きます。人差し指と中指を重ねて、パチンとはじくようにして叩いていきます。

 

以下、順番に丁寧にさすります。

肩から腕

胸からお腹

背中、腰、

脚(前側、後ろ側、横)

足の指、裏

 

 

お試しくださいね。

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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花粉症、やめました

2017.04.25 Tuesday

 

花粉症を発症してから10年ほど、このところは症状も軽く、薬は飲まずに過ごせていますが、予防のマスクは手放せませんでした。

 

でも花粉症、やめました。3月末に。

 

まだまだスギ花粉はまっさかり、その後はヒノキ花粉の季節ですが、今のところ調子は上々です。

 

花粉症も、拒否反応のひとつとも言えます。何かを異物と認定し、予防すべき対象として、戦っている証拠です。でもほんとうに戦う必要はあるのでしょうか?

 

確かに、都会の花粉の量は一昔前よりも異常に多く、バランスを崩していると言えます。でも自分の目に映しだされている世界が自分の内面の鏡であると考えるなら、異常に多い花粉量も、自分の内側のアンバランスを表しているだけかもしれません。

 

そして、今の”自然”が「これ」であることも事実です。地球も人も生きているなら進化するのは当たり前のことで、前の状態とちがっていることだけで”異常”と見るのは、おかしなことかもしれません。

 

ありのままの今の自然が「これ」なのであれば、それは予防する対象ではないのだと思って、マスクを外しました。日によっては、「この後、くしゃみが止まらなくなると困るな」という予定がある日もあったのですが、それでも「いやいや、大丈夫なのだ」と腹をくくりました。だって、もう花粉症はやめたのですもの。

 

「大量花粉!」という予報が出る日も多くあり、くしゃみが出ることもありますが、かめばよいだけです。そんなときは、自分の体に向けて、「戦わなくても良いんだよ」と声をかけます。

 

人によっては、やりたくないことをやらないための言い訳として花粉症になっていることも、あるそうです。たとえば、人付き合いが苦手でバーベキューパーティに誘われても行きたくないため、うまく断るために、花粉症を発症していることもあるとか。

 

違う角度から見れば、人付き合いをしなければならないと思っていることがストレスになって、アレルギーを発症させている、ともいえるかもしれません。いずれにしても、自己防衛のひとつの手段ですよね。

 

花粉症のおかげでやりたくないことを無理してやっていたり、やらねばならないと思っていること気づいたなら、体に「ありがとう」と声をかけて、自らの意志で無理をかけているところを解決してみたら、花粉症のお世話ならなくても済むかもしれません。

 

そもそも、花粉症だと認めたところで、症状が出ることを許可してしまっています。許可したら、さらに悪化することもあり得ます。

 

「病は気から」と言いますしね。

 

花粉症をやめたという話をしたら、同じように、意識を変えることで症状がでなくなった方が、何人もいらっしゃいました。すべての人に当てはまるかどうかはわかりませんが、やってみる価値はあると思います。

 

花粉症でいるのも、やめるのも、自由です。どちらも自由なら、どちらを選びたいかを考えてみたら......わたしはそれで、花粉症をやめました。

 

またくしゃみが出ることもあるかもしれませんが、気にせず、戦わずに過ごそうと思います。

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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青空坐禅と太極拳の会を開催しました

2017.04.24 Monday

 

雨の後のよく晴れた日曜日、明治神宮の芝生の上で青空坐禅と太極拳の会を開催しました。

 

一緒に会を作っていただいたのは、曹洞宗の僧侶である小杉瑞穂さん(こーさん)。坐禅の気持ちよさに目覚め、一般に持たれがちな”つらい、きびしい、難しい”というイメージを払拭し、やわらかく穏やかな坐禅をより多くの人に体験していただこうと、椅子坐禅やヨガ、生け花とのコラボなどもされている方です。

 

この坐禅と太極拳の会、1年以上前にも開催しており、今回は2回目です。季節もよくなってきたので、芝生の上での開催になりました。

 

明治神宮の森は、100年計画で作られた人工の森です。森は育ち、今では落ち葉をお掃除するだけで、手は入れていないそうです。ありのままの自然が息づいています。

 

最初はこーさんの禅のおはなしから。自己紹介をしていたかと思っていたら、いつの間にか禅のおはなしをしているという、ゆるーい展開は、さすがでした(笑)。

 

(坐禅の前に体をほぐし中。自分の体を丁寧に撫でていきます。やさしく、やさしく)

 

ゆるーく体をほぐしてから、いよいよ坐禅です。各自好きなところに場所を決めて、ゆったりと坐ります。いろんな草の香りが感じられ、ものすごく気持ちよく、このまま1時間くらい坐りつづけたいくらいでした。参加された方の中には、「すごく気持ちよく坐れた」という方もいれば、「外に意識が向きすぎて最初は意識が散漫になってしまった」という方も。いろいろですね。それぞれ、みんなそれでよし、です。

 

そして最後は太極拳です。とは言っても、ここは明治神宮の境内のため、ジョギングなどは禁止されているため、大きくは動きません。天地とつながる軸を持つことや、陰陽バランスで力を出す方法を体験していただいた後、基本功を続けてやってみました。楽に力が出る方法を経験されて驚くみなさんの表情や反応は、とてもかわいらしかったです。続けて動いている間に、「ふっと力が抜けて楽になる瞬間があった」というようなご感想もありました。

 

(楽に立つために、足の構造を説明中)

 

後から、「できる、得意と思っていることも、できない、苦手と思っていることも、すべてが自分の思い込みだと気づいて、やりたいと思ったことに挑戦してみるようになったら、とても自由になれた」という感想をくださった方もいらっしゃいました。

 

最初の禅のおはなしの時間、わたしは座って中国茶をみなさんにお淹れしていたのですが、参加者のおひとりが「先生(わたし)の坐る姿が、わたしと何が違うんだろうと思っていて、でも、それに影響されてだんだん緩んできた」というようなことをおっしゃっていました。そこでわたしからも、「わたしもあなたに影響されて、ここにこうして座っているのですよ」とお伝えしたら、ちょっぴり、ぽかーん。すかさずこーさんが、「一方通行は、ないですからね。」

 

「虫がちょろちょろ動くのとかがすごく見えて」とおっしゃった方には、こーさんから、「それもご自分ですよね。自分がすべてですから。」と。その方は「その境地までにはまだ達することはできていません」とおっしゃったのですが、それは達するものではなく、事実なのです。すでにあるもので、それに気づくか、気づかないか、だけです。

 

外の世界に見えるものは、自分の内側の鏡だと思っています。だから自然と人間は別々のものではなく、どちらが上で、どちらが下で、というものでもなく、ほんとうは一つなのだと思います。それが太極というものでもあります。

 

「なぜ人は立てるのか、坐れるのか」と聞いてみると、最初は「そういう構造の体があるから」とか「立つという意志があるから」と答える方が多いのです。それはもちろん、その通りですが、それだけでは立てませんし、坐れません。大地があるから、です。それに気づくと、「わたしの体の構造や意思だけで立ったりする」と思っているなんて、ちょっと傲慢な気がしてきませんか?どうせひとりでは立てないのだから、もっと委ねても良いのです。それがわかると、力が抜けることもあります。

 

この先、参加されたみなさんの中で、何か育っていくものがあれば、うれしいです。

 

気持ちのよい幸せなひとときでした。外での開催も、部屋での開催もそれぞれ良い面はありますが、外だと自然からの助けを感じやすいような気がします。こーさん、参加されたみなさま、ありがとうございます。

 

(青空坐禅!)

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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「陽だまりの人」近藤陽子さんのインタビューを終えて

2017.04.21 Friday

(左が近藤陽子さん。東京で。)


陽だまりの人Vol.1: 近藤陽子さんのインタビュー記事は、こちらからどうぞ

 

”やさしさ活動家”として、名古屋で会員制の「カフェコスモス」を運営している近藤陽子さん(お〜にゃ〜)との出会いは、それこそ名古屋で、2013年の秋だったと思います。

 

友人から紹介された、あるセミナーに行きたくて、名古屋まで行ってしまいました。東京でも開催しているのですが、そのタイミングであるのは名古屋のカフェコスモスでの開催だったのです。

 

そのときは話した記憶もなく、「ここのオーナーの、お〜にゃ〜です」と紹介されていた彼女は、ニコニコと笑っていて、なんというのか、背景の一部のようでした。

 

それから今に至るまで、対面したのは片手をちょっと超えるくらい、両手の指の数には届いていません。

 

でもなんとなく、ずっと一緒に生きていて、つながっている気がするのです。

 

フェイスブックやブログで見かける彼女の言葉や、それと一緒に感じる空気に、気づかされること、勇気づけられること、心を温めてもらえることも、たくさんありました。たまに会って話すときには、悩んでいることも含めて、思っていることがスルスルと言葉に出てきて、たぶん、言葉ではない形でも出てきて、つながって話している、という感覚があります。友達っていいな、ありがたいな、一緒に生きているな、としみじみ思うのです。

 

お〜にゃ〜のブログで、すごく印象的だった言葉があります。

 

「一年前に夢みていたことが、ひとつでも現実になっているならば、あなたは今、あの頃に描いた夢の世界を現実に生きている。」

 

お〜にゃ〜は、まさにこの言葉を生きている人だと感じます。

 

カフェコスモスという場を作るという現れてきた壮大な夢を、「ムリムリ〜」という自分の声が聞こえてきても、勇気を出して精一杯”受けとっていく”ことを続けることで、あの頃に描いた夢は現実になりました。

 

「『こんな場所を作りたいの』と言い続けていたら、それが現実になった」という言い方をされていましたが、現実には、ドキドキしながら話したり、知らない人ばかりの場所でチラシを配ったり、まだできていないのに「カフェコスモスへようこそ」というブログを書きはじめたり、その活動を振り返ってみると、それは、すごいです。ものすごい行動力です。

 

でもそれは、夢に向かってガシガシと行動したというのではなく、思い浮かんだ夢を、彼女なりに精一杯受け取り続けた時間だったような気がします。

 

「夢を持つこと、手放さないことは、自由である」という言葉どおりです。

 

夢を手放すことも、自由です。つまり、ほんとうは人は、誰でもとっても自由なのだと思います。なんでも自由にできるなら、どうしたいのか。そこで浮かんだものを、本気で受け取っていきたいと思うかどうかも、自由です。

 

それを受け取り続けたらどうなったか、というお〜にゃ〜の話は、わたしにとっても、そしてたぶんみんなにとっても、夢を現実にするのは、夢物語ではないのだと、教えてくれると思うのです。

 

わたしの好きな、老子の言葉と言われているフレーズがあります。

 

“If you are depressed you are living in the past.
If you are anxious you are living in the future.
If you are at peace you are living in the present.”

(もしあなたが落ち込んでいたら、あなたは過去に生きている。
もしあなたが心配ばかりしていたら、あなたは未来に生きている。
もしあなたが平穏だったら、あなたは今に生きている。)

 

映画のカンフーパンダには、おそらくこれを参考にしたであろう、亀仙人のセリフがあります。

 

"You are too concerend with what was and what will be.
There is a saying:
Yesterday is a History, Tommorrow is a Mystery, but today is a Gift.
That's why it is called the PRESENT."

(お前は過去と未来を気にしすぎている。
こんなことわざがある。
昨日は歴史、明日はミステリー、でも今日はギフトなんだ。
だから今日は、プレゼント(英語のpresent)と言うんだよ。)

 

今を大切にする、ということです。

 

それでもたまには、1年前に見た過去の夢を振り返ってみたら、いいと思うのです。ひとつでも叶っていたら、今の自分は夢を現実に生きています。

 

そして未来の夢に想いをはせても、いいと思うのです。それをしている自分がおだやかで幸せそうだったら、それを受け取りながら今を生きる選択をしていきたいと、思うのです。

 

時間や空間は、ほんとうは制限などなく、越えられるものだと感じます。

 

「そこにいてくれるだけで良い」彼女の存在は、わたしにとっては、現実に目の前にいなくても、十分感じられます。そういう”つながり”が持てていることに、心から感謝しています。

 

過去の夢を現実にしたお〜にゃ〜の人生は、ここで終わりではなく、また夢が現れてきています。それはわたしにとっても、同じです。「夢を持ち続けるのは自由だ」と、それを精一杯受け取り続けていきたいな、と思います。

 

”受け取る”ことは、水が上から下に流れるように、ほんとうは、自然で無理がないのことなのかもしれません。だから、わたしは彼女を「背景に溶け込んでいるような人」と感じたのかもしれないな、と思います。

 

いつもありがとう。これからも、よろしくね。

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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