モノとケンカしない

2018.02.14 Wednesday

 

(あずき袋を投げたところ。これは、昨年5月にやったときです)

 

先日の青空太極拳教室で、あずきの入った袋を投げてキャッチする遊びを、やってみました。

 

中国にお稽古に行くと、ときどき、こんな遊びをします。遊びながら、自分の体の状態を知ることができるのです。

 

力んでいたり、体の緊張が強いと、袋をキャッチするときに「バサッ」と大きな音が出ます。力まず緩んだ状態で、袋を迎え入れるようにキャッチすると、ほとんど音が出ません。

 

投げるときも、腕をくるくる回して、その勢いにのせて投げます。袋が渦のような流れにのって、手から自然に放たれていくような感じです。

 

気楽に、大らかに、落としても構わないのだと、ゆるーく構えることもコツです。

 

遊びですから、笑顔も自然と増えます。笑うと、力が抜けますよね。

 

自分が緊張して、袋をキャッチするときに大きな音が出たら、それはまるでモノと自分がケンカしているみたいではありませんか?自分も、痛いでしょう。これが袋ではなく人だったら、きっとお互いに痛いですよね。

 

モノの重さは、その存在の主張でもあります。それを尊重することを思い出すだけで、上手くいくことも多くあります。

 

例えば、扇。左右均等ですので、真ん中を持てば、扇の位置は地面に対して水平になります。でも、指や手、腕、そして体のどこかに力が入っている場合、きれいに水平になりません。

 

(水平の位置におさまった扇。人差し指と中指はゆるゆる、薬指は添える程度、小指で端の骨を支えて開いた形を保ちます。)

 

目で見て水平に調整する方法もありますが、瞬時に調整するのは大変です。しかも背中に扇を持つ場合は、見えません。初めて習ったときは、手や腕の角度で一を覚えこもうとしたのですが、そんなことをしなくても、扇の存在を尊重して、力まなければ、すべてうまくいくのです。

 

モノの存在を尊重することは、モノの命を感じることでもあります。それによって、お互いがありのままで、上手く調和するような気がします。

 

自分中心の世界から、お互いを尊重する世界へ。そうすることで、自分の体がもっと楽になるのは、面白いですよね。

 

普段の生活でも、洗い物をするとき、モノを机に置くとき、歩くとき、ガチャン、ゴンッ、バタバタという音がでていたら、モノを自分中心にコントロールしたり、ケンカしているのかもしれません。

 

”自分を観察する、自分の状態に気づく”とよく言いますが、やり方として、自分の延長線にあるモノの様子を見ることで、自分に気づくきっかけにもなることもあります。人は、ひとりでは存在していないですからね。ありがたいことです。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

3月11日(日)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第3回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

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神主体験

2018.02.10 Saturday

 

1月15日、ご縁あって、神主体験をさせていただきました。

 

きっかけは、某生命保険会社さんのプロジェクト、Life2.0です。10月頃、偶然SNS上で見つけたキャンペーンで、質問に答えていくと、「あなたにおすすめの仕事は〇〇です」と、出てくるのです。ゲーム感覚ですよね。

 

やってみました。結果は、「神主です。」

 

ほう。へええ。

 

この企画、さらに、「その仕事体験、応募できます」というプレゼント付きでした。場所は川崎、せっかくだから応募して、そのまますっかり忘れていました。

 

12月のとある日、メールが届き、「おめでとうございます。当選です!」

 

そんな経緯で、1か月後、川崎の稲毛神社で、神主体験をすることになりました。巫女さんでもなく、いきなり?神主。いつも外から見ているだけの世界の体験、とっても楽しみでした。

 

 

さて当日。体験時間は、朝の7時から午後3時、8時間です。なぜこんなに早いかというと、朝の祭に参列するためでした。

 

祭というと、縁日のようなイメージでしたが、神主さんは「毎日が祭です」と言うのです。祭には、大小あり、その中の御日供祭(おにっくさい)と呼ばれるものは、毎日のものだそうです。

 

体験者はわたしともうひとり、合計2名でした。上下白の袴姿に着替えて開始です。

 

御日供祭に参列した後、社殿の構造、お供えものの話、お祓いについて、説明してくださいました。

 

社殿は、手前(一般の人がお参りするところ)から見て、「拝殿(はいでん)」「幣殿(へいでん)」「本殿」となります。ご祈祷していただく場合などに一般の人が入るところが拝殿、その先の幣殿は神主だけが入れるところ、そしてご神体が祀られている本殿となります。

 

神道では、ご神体が岩だったり、滝、山、というような場合もあるため、その場合は、社殿には”本殿がない”構造になるそうです。

 

印象的だったのが、お祓いです。大麻(おおぬさ)と呼ばれる、白木に紙垂(しで)とよばれる白い紙と、大麻をつけたものを、左、右、左に振って、罪穢れを祓います。神主さん自身、その場、参列者、そしてお参りに来る方、神社のある地域から、日本、世界に向けて、お祓いをするのだそうです。

 

この、住んでいる地域から、その先遠くまで思いをはせてお祓いすることが、すごくいいな、と思いました。誰も見ていないところで、(誰か見ているかもしれませんが)、こうやってお祓いをしている方々がいるのは、ありがたいですよね。

 

ここから、この日の体験は、朝食、月次祭(毎月15日にする祭)参列、お掃除、昼食、お話、紙垂づくり、記念撮影、と進んでいきました。

 

お話は、神社の現状、神主になるには?、祭、古事記の説明などなど、盛りだくさんでした。最初にいきなり「神主になりたいですか?」と聞かれ、「若い男性の場合、やめておいたほうがいいと思うのですよ」という、なんとも生々しい話から始まりました。

 

「サラリーマンになった後に、神主になろうとすると、お給料水準の問題があって、耐えられないと感じることが多い。これから家族をもって、家も用意して、と思うと、かなり大変。お勧めしません。」と。

 

向いているのは、「女性は比較的、どの年齢でもOK。理由は、午後は早く帰るなどの融通が利くから。男性は、退職した後の選択としては、あり。あとはサラリーマンを経験せずに、最初から神主になる場合は、スタートがスタートだけに、耐えられます。」実感がこもったお話に、「この方はきっと、最初からそうだったのだな」と想像したとおり、その神社の宮司さまの息子さんでした。つまりご実家が神社、ということですね。

 

体験に来るのは、わたしのようにキャンペーンで当たったから、という人ばかりではありません(むしろ、わたしは例外的です)。本気で志している方もいらっしゃるはずですので、こういう話も大切ですよね。

 

神社は、全国に8万社ほどあるそうですが、神主の数は2万人だそうです。つまり、圧倒的に人手不足です。90%の神社には神主さんが不在で、宮司さまが掛け持ちして担当しているのが現状です。そいういえば誰もいない神社、けっこうありますよね。

 

体験した中で、印象的だったことが2つあります。

 

ひとつは、お掃除です。掃除は、神事(お祓い)のひとつとして、大切にされています。今回の体験でも、お掃除のお手伝いをしました。この体験で、ひとつ、意識が変わりました。

 

お掃除は大事だと思ってきました。自分の部屋は、自分の心を表すという言葉もありますし、水回りはきれいにしておきたいですし。でも、一か所だけ「不毛だ」と思ってきたところがあります。玄関先の掃除、外の掃き掃除です。秋の枯葉が落ちる時期は特に、やってもやってもたまります。「やってもやっても、不毛な気がする」と思いながら、やっていたところなのです。

 

でも、掃除は、知らず知らずの間にためてしまった罪穢れを祓い、浄めること、と捉えることで、不毛な気持ちがなくなりました。

 

穢れは、「気が枯れること」。つまり、元気がなくなることです。浄めることは、「気をよみがえられること」と、以前、宮司さまに教えていただいたことがあります。キレイにして、元気を取り戻す、ということですよね。そのために、神社では半年に一度、6月と12月の末日に、大祓の行事を行っています。

 

もうひとつは、古事記に出てくるお話です。日本は神道では、やおよろずの神の国ですので、神様がたくさん現れます。古事記の説明をいろいろしてくださったのですが、その中で、「何もしていない神様、いるのですよ。」とおっしゃるのです。「でも、そういう神様は、存在することに意味がある、と捉えています。」

 

わたしが大切にしたいことのひとつに、「いるだけで良い」というものがあります。ついつい、何かを成し遂げる自分でなければ価値がないと感じてしまいがちですが、そうではなく、存在するだけで、まずは充分なのだとわかることが、大切なベースになると思っています。

 

そんな中、「何もしなかった神様がいる」というのは、なんとも心強いではないですか。神様がそうなら、その子孫であるわたしたちも、存在することに意味がある、と教えてもらっているようなものです。

 

もうひとつ、古事記の最初は、こんな出だしです。

 

「そのとき天と地はいまだ分かれず、まじり合っている状態が無限に広がっていた。やがて天と地とが分かれたとき、天のとても高いところ、高天原(たかまのはら)と呼ばれる天上界に、次々と神が立ち現われた。」

(眠れないほど面白い「古事記」由良弥生 王様文庫)

 

この出だし、無極から太極、そこから陰陽が生まれたという流れにも重なるなぁ、と思いました。神主さんは、「古事記は宇宙の誕生、ビッグバンからの流れで読むこともできます。昔の人の感じる力は、すごいですよね」というような話をされていました。国が違っても、どこか共通するものを感じられるとき、やっぱりもともと、すべてはひとつなのだと感じます。

 

神主体験の最後は、着替えて写真撮影です。ご一緒した方が着ている白い装束は、狩衣(かりぎぬ)。白と色のものがあり、平安時代の公家の普段着だそうです。祭の種類によって、着るものを変えています。頭には烏帽子、足は浅沓(あさぐつ)、手には笏(しゃく)を持ちます。

 

わたしが着ているのは、正服。大きな祭で着るものです。頭には冠をつけるのですが、女性の場合、なぜか前にお花がぴにょーん、とついています。このお花が「ちょっと......」と、遠慮される方も多いそうなのですが、「せっかくなので、ぜひ体験を」という声に押されて、着てみました。正絹で色も美しく、とても貴重な体験でした。この御神社には女性の神主さんがいらして、その方のものを貸していただきました。ありがとうございます。

 

体験して、いろいろ感じるものはありましたが、なかなか言葉にならず、1か月たって、ようやく少し言葉にすることができました。もうちょっと詳しいお話は、先日の自由が丘FMTV「みんみんの陽だまり太極道」でもお話しています。お祓いの、大祓詞の力などについてもお話していますので、よかったらお時間があるときに、見てくださいね。

 

 

お仕事体験は、仕事旅行社のサイトからできます。いろんなお仕事の体験ができるようですので、ぱらぱら見てみるのも、気になったものをちょこっと体験してみるのも、面白いですよね。本格的に、その仕事に進むための第1歩になるかもしれませんし、そうでなくても、知らない世界を体験してみるのは、思っている以上に、感じられることが広がります。何事も、行動あってこそ、ですしね。

 

わたしはキャンペーンで当選する、という面白い流れで体験しましたが、体験して、とってもよかったです。お世話になったみなさま、ありがとうございます。

 

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陰陽と左右

2018.02.08 Thursday

 

 

最初にお断りすると、今日のお話は、ちょっと頭がこんがらがるかもしれません。疲労が激しいときには、やめておいたほうがよさそうです。興味がある方だけ、続きをどうぞ。

 

お稽古の最初と最後、ご挨拶のとき、上の写真のような手の形を作ります。両手で陰陽マークを作っているのが、見えるでしょうか?

 

これは道教の修行者のご挨拶に習ったもので(武当太極拳は、道教の修行者が伝えているものだからです)、女性は写真のように右手が上、男性は左手が上になります。

 

このように”男女で違いがある”という点に、「なるほど」と納得して、今日まで約9年、疑問も持たずに過ごしてきました。

 

先日、生徒さんに「左右の陰陽は、どちらでしょうか?」と聞かれました。以前、気功を習っていたとき、「お腹に両手の平を重ねてあてるとき、女性は左手が上(ただし左手の親指を右手の下に入れる)」と習ったそうなのです。それからいくと、上の手の形は、逆に感じられるわけです。

 

はて?

 

太極拳の套路は、陰陽の転換によって動きが生まれます。下の写真は、左手が上に上がり(陽)、右手が下に下がる(陰)ところですが、この後は、左手が下に下がり(陰)、右手が上に上がります(陽)。

 

(武当五行六合功)

 

陰陽は両手だけで表現するのではありません。体が後ろ(陰)、両手が前(陽)という組み合わせもあります。下の写真は、これから両手が前(陽)に出るところです。

 

(武当64式太極拳)

 

そのため左右という固定した状態での陰陽は、気にしたことがありませんでした。ちょっと調べてみました。

 

まず、陰陽の例を見ると、

陽: 天、太陽、男、光、火、明、上、能動的

陰: 地、月、 女、影、水、暗、下、受動的

 

これに比べると、左右は、逆を向けば反対になることから、ちょっと質が違う気がします。

 

『黄帝内経』という中国最古の養生書によると、「左が陽、右が陰」です。(「黄帝内経 素問 陰陽応象大論篇」より)

 

もうちょっとわかりやすいところでいくと、「君子南に面す」、帝王は南に向かって座るものだ、という言葉があります。すると、帝王の左手が東、右手が西になります。太陽が昇ってくる東が陽、つまり左が陽、太陽が沈む西が陰、つまり右が陰となります。

 

なるほど。

 

ひな人形の飾り方にも、この陰陽説が用いられているのだそうです。古来の配置は、男雛が左(向かって右)、女雛が右(向かって左)、だそうです。

 

あれ?わたしのお雛様は逆でしたが......

 

どうやら京都を中心にした関西と、関東では違いがあるようです。関西は陰陽説どおり、向かって左から女雛、男雛ですが、

関東は逆の、向かって左から男雛、女雛が多いとか。

 

なぜ関東はこの並びになったのでしょうか?大正天皇が即位されるとき、明治時代に入ってきた西洋の流れの「右が上位」を反映して、今の”関東並びのお雛さま”のように立たれたことから始まった、という説もあるようですが、はっきりしていないようです。

 

こんがらがってきましたね。

 

陰陽とはバランスだと思っています。質の異なる陰陽が、お互いに補完しあって〇(まる)という調和した状態(円満)を作りだします。陰陽は、対象をどの視点から見るかによって、変わってきます。

 

たとえば母と息子の場合。性別で見ると、母(女性)が陰、息子(男性)が陽です。でも長幼でみると、母が陽、息子が陰です。

 

右手と左手は、固定の視点で見たら右が陰、左が陽ですが、太極拳で動き続ける場合、同じ右手が陽になったり陰になったりします。

 

そう考えると、どの視点でどんな組み合わせとして見ているかによって、どこを陰としてどこを陽とするかは、変ってくることもあり得るかもしれません。組み合わせとして対になっていて、バランスが取れるのであれば、それで良いと思うのです。

 

陰陽については、大まかな理論(陰が下がる、引く、内側、 陽が上がる、前に進む、外側)はありますが、最初にあげた手の重ね方の理屈は、今のわたしにはわかりませんが、”男女で違う”という点は、自分なりに腑に落ちています。

 

そのくらいで、いいのではないでしょうか。この世のほとんどすべてのものは、曖昧なのですし。どっちが正しいかの議論をするところではない気がします。

 

資料によっては、”左が陰で右が陽”と書いてあるものもあります。”左右問題”は、それくらい微妙なのかもしれません。

 

たまに考えてみるのは、ちょっと面白いですけれどもね。

 

 

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困ったクセのなおし方

2018.01.31 Wednesday

 

(和歌山の古民家 うえみなみ にて。薪ストーブです。仕事したのではなく、ポーズだけ。)

 

昨日のブログ「考えることと、感じること」の中で、数年前に痒疹(ようしん)という湿疹に悩まされていたこと、あるお医者さんのセカンドオピニオンがきっかけで、ぐんぐん改善したことを、書きました。

 

頭でっかちで、心と体と頭のバランスが悪いこと、だから赤信号なのに道路を無理やり渡ろうとしているから、体に無理もかかるのですよ、というお話のほかに、患者として通うようになったとき、具体的な改善ステップも教えてくださったのです。

 

何かのクセを改善したいとき、もしかしたら役に立つかもしれませんので、ひとつの方法としてご紹介します。

 

痒疹とは、かたくコリコリするような湿疹で、ものすごーく痒いのです。痒くて夜も眠れないときもありました。最初は虫刺されが原因ですが、血と一緒に巡って、刺されていないところにも広がります。わたしの場合、首から下に全部、出ました。

 

対処法は、飲み薬を飲む、塗り薬をつけるという西洋医学的なもののほかに、”搔く”習慣をなくすことです。先生いわく、湿疹は搔いてしまうことで広がり、それがひどくなる原因にもなるのだとか。だから搔かないことが、とっても大事なのです。

 

では、どうすれば搔かなくなるのでしょう?まずは、実態を把握するための調査をします。

 

表を作ります。縦は3列、それぞれに〇間 △匹海撚燭鬚靴討い襪箸 搔いた箇所 を入れます。その下には空欄の行をたくさん作り、印刷しておきます。

 

日付を入れて、その紙を持ち歩き、搔いてしまったら、表に記入していくのです。たとえば、「09:30 会社でメールを開けて読んでいるとき  I」  のように、です。

 

ひたすら記録をつけ、1週間くらいたまると、自分の傾向が見えてきます。傾向が見えてこなければ、さらに続けます。わかってきたら、記録つけは止め、次はその行動をするときに「搔かない、搔かない」と意識するのです。

 

無意識にやってしまっていることを、記録をつけることで意識化して、そこから改善していきます。

 

わたしはこれのおかげで、搔きクセが激減しました。それまでは、良くなったら悪くなる、というように、一進一退だったものが、ちゃんと回復に向かっていると実感できるほど、治りのスピードが加速していきました。

 

そうは言っても、”揺り戻し”はあります。

 

わたしの場合、最初に発症したのは、中国の武当山にお稽古に行っているときで、蚊に刺されたところが水ぶくれになったことからでした。日本で治療して、調子よく治ってきたところで武当山に行くと、また蚊に刺されて、症状が出てきます。

 

「そうなっても、あわてず、やるべきことをやるだけですからね」と、お医者さん。

 

症状が出てきたら(ひどくなってきたら)、飲み薬を日々の量に加えて、1錠だけ臨時で飲むこと(弱い薬なのです)、塗り薬をマメに、薄く、湿疹のところだけにちょんちょんと塗ること(ステロイドは入っていますが、微量です。ステロイドが”悪”なわけでもないのです)、そして搔かないこと、です。

 

中国に行っている状況で、それ以外にできることは、ありません。「できることをきちんとしたら、あとは気にしない」を、心がけました。

 

良くなったものが悪化すると、うろたえます。でも、やるべきことをやって、何度かこんな経験をしていくと、自分の中に「きっと大丈夫」という信頼が出てきます。「どうしてもだめなら、病院に行こう」と思っていましたが、結局、それで駆け込んだことはありませんでした。

 

痒疹を経験したことで、気づいたことは、たくさんあります。自分に無理をさせていたこともそうですし、それを治す過程での自分の行動、心のあり方なども、そうです。

 

だからといって、「痒疹になって良かった」とは思いませんし、体に無理をかけたことは、ひたすら「ごめんなさい」ですけどね。

 

この痒疹を治す過程が役に立ったのは、奥歯を噛みしめるクセを治すと決めたときです。

 

あるとき、歯医者さんに「奥歯が擦れています。寝ているときに、歯ぎしりしますか?」と言われたことで、普段からずっと奥歯を噛みしめていることに気づきました。マウスピースをすすめられて、「でも、それで噛みしめるクセが治るわけではないですよね」と聞いたら、「そうですね。治るわけではないですね」と。「だったら、噛みしめることを止めます」と宣言したのです。

 

このときは、紙に記録はしませんでしたが、気づいたことがありました。朝、目覚めて起きるとき、歯をくいしばるクセがあるのです。

 

これから1日が始まることを、歯をくいしばるほどに大変なことだと思っているのか、と、自分で笑ってしまいました。「目覚めたときは注意!」と意識することで、起き抜けにくいしばることは、ほぼなくなりました(やりそうになって、やめる、という感じです)。(詳しくは、「歯をくいしばって生きなくても、よい」)

 

その後、友人の歯医者さんに、「奥歯が合わさるのは、1日で15分。食事をしている時間を含めて」と、教えてもらいました。ようするに、ほぼ、食べているときしか合わさっていないのですよ。

 

なお、奥歯を噛みしめるクセがある場合、顎関節がカタくなっていて、実は全身の緊張にも影響します。よく聞く緩め方は、割り箸(もしくは、つまようじ)を片方の上下の奥歯で軽く(軽く、ですよ)はさみ、しばらく置いておきます。唾液がじゅわーっと出てきます。片方が終わったら、逆も。これだけで口の顎関節のあたりに、ゆとりのスペースが広がるのを感じられます。おすすめです。

 

 

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(冬の和歌山の海辺で。)

 

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考えることと、感じること

2018.01.30 Tuesday

 

数年前、痒疹(ようしん)という湿疹に悩んでいたとき、何人かのお医者さんにお会いしました。

 

一度良くなり、再度悪化したとき、セカンドオピニオンを求めて訪ねたお医者さんが、「治りますよ。でもその前に、なぜこれが起きているかをお話しないとね。」と言って説明してくれたのが、上の図です。

 

「頭と心と体のバランスが取れていたら、まぁるいニコちゃんマークになるけれども、あなたの場合、頭でっかちだから、つぶれてこんな悲しい顔になっています。」

 

「例えて言うなら、青信号は進めだけど、赤信号は、止まれでしょう。あなたは赤信号でも無理やり渡ろうとしています。それは無理でしょ。」

 

とってもわかりやすかったです。この先生のおかげで、痒疹はどんどん回復しました。再度問題になることは、今に至るまでありません。

 

それ以前の自分を思うと、一生懸命なのだけれども、猪突猛進だったり、”木を見て森を見ず”だったと思います。赤信号で渡る人は、怖いですよね。そして、他人にもそれを求めていたような気がします。当然といえば、当然ですね。(ひどいですが。)

 

そんなわたしに「あなたの言うことは正論だけど、そうできないこともある」と怒ったり、「あなたみたいに、なんでもできません」と言う人もいました。それを努力しない人の言い訳だと、思っていたのです。わたしだって、なんでもできるわけではなく、努力しているのだと、思っていました。(ひどいですね。)

 

そんな風に、赤信号でも無理やり渡り続けていれば、湿疹が出るのも無理ありません。上のお医者さんにアドバイスされてから、自分の考え方や、習慣を変えようとしてみました。最初は、東京でそれまで通りの生活をしながら、なんとかしようとしました。なかなかうまくいかず、それなら思い切って「環境を変えよう」と、しばらく武当山に行くことにしました。

 

武当山での日々は、週に5日は午前、午後とクラスがあります。ほぼ毎日、朝から晩まで、体を動かすわけです。頭でっかちのクセを変えるために、「考えず、とにかく動く」生活をしよう、としました。

 

最初の1か月は、平和に過ぎました。心も穏やかで、体も健康でした。「東京に帰っても、こんな風に毎日過ごすことができるはず」と、明るい希望を持ちました。

 

でも、それは”旅行者”という立場での、”非日常”がうまく作用していただけだったのかもしれません。1か月を過ぎた頃から、だんだん武当山の生活が日常になってくるにつれて、イライラすることも増え、人とのトラブルも起きました。人と言い争いになったときは、「ここに何しに来たんだろう」と、自分を失いかけることもありました。

 

そんなときでも、「考えずに、体を動かそう」から外れることはありませんでした。そして、ひたすら練習を続けました。

 

結果、気づいたことがあります。考えることは、人間らしさのひとつですし、それ自体に問題があるわけではありません。ただ、以前とは順番が変わりました。”考えて動く”だったのが、”動いて感じてから、考える”、となりました。そしてそれは、今の自分のベースにもなっています。

 

太極拳を続ける中で、太極拳に関するもの、体に関するものなどなど、本や情報も、たくさん読みます。専門家の話も、聞いてみます。それは自分の感覚や経験と照らし合わせていくという形で、とても役に立っています。

 

だからかもしれませんが、読んでも、まったくピンとこない本もあります。そして1年後、同じ本を読んで、「すばらしい!」と感動することもあるのです。ピンとくるまでには、年月と経験が必要だったのかもしれません。

 

新たな視点をもらうこともあります。そしてそこから、体での経験を積んでいくこともあります。

 

ちゃんと自分の体で感じること、そしてそれを言葉にしたり表現すること、それができているときは、とっても居心地よいのです。それが、ありのままの自分の表現なのだと感じます。

 

こういうことは、人それぞれですので、違う道をたどる方もいらっしゃると思います。それでも、この世で生きることは、この体を持っていることであり、亡くなるときは、体が機能しなくなるのだ、と思うと、体を使って感じることは、多かれ少なかれ、大切なのではないかと思います。

 

ちょっと不思議なのは、以前の頭でっかちのわたしでも、太極拳については、理屈をこねたり、頭で考えてからやるようなことは、最初からほとんどありませんでした。

 

やり方もよくわからず、ひたすら真似したり、ひたすらやり続けるものも多かったのです。同じことをやっても、昨日はよい感じだったものが、今日はぴんとこないこともしょっちゅうありましたが、「今日は、そうなのだ」とあまり気にしなかったのです。今の自分を感じることに、二度と同じ瞬間はなく、それをどこかでわかっていたのかもしれません。

 

今、教える立場になって、生徒さんにも言うことがあります。「上手くできる、できない、は、ある意味ではどっちでもいい。それを感じることが大事。」

 

だから、続けているなら、常に発展中なのですよ。行き詰っているように見えたりしても。”感じる”という体験は、積み重ねることはできても、差し引くことは、できないのですから。

 

感じてみたら、「なんでもできない自分」が、よくわかってきました。それで、いいのだ。不得意なものは、得意な人にお任せする方法もありますしね。

 

 

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(Photo by Xie Okajima)

 

 

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