太極拳の套路の名前

2015.07.20 Monday



太極拳の套路(一連の動作)には、名前がついています。
実はこれが、詩的でとても美しいのです。

武当太極拳では、たとえば「仙人が袖を振る(仙人拂袖)」とか、
下記の「月を懐にかかえる(怀中抱月)」です。




実際には動作に名前がついているため、上記は「月を懐に抱える」の一番最後の
ところです。腕を丸く、赤ちゃんを抱っこするような形になります。

太極拳は、イメージの力を大切にしています。
それぞれの名前も、そのイメージを膨らませるために、役に立ちます。


下記は、「白い鶴が両翼を広げる(亮翅)」です。
















(田理阻師父、第十五第武当玄武派承継人)

両腕が、太極マークの真ん中のS字ラインのようなカーブを描きます。

太極拳には、いろいろな門派があり
(詳しくは「カンフー(功夫)の意味と、太極拳」http://blog.minminkung-fu.com/?eid=16)、
套路の名前の中には、その門派独特のものと、どの門派にも共通するものとあります。
亮翅は、どの門派にもありますが、
門派によって、動きがだいぶ違う場合もあります。

武当太極拳は、特に詩的な美しい名前が多い気がします。
このほかにも、「川の流れにそって舟をこぐ」、「腰の玉飾りを揺らす」
など、なるほどね、と思うような名前がいろいろついています。

ただし、それぞれの動きにはこの優雅な名前とは別に、武術としての用法もあります。
たとえ「川の流れにそって舟をこぐ」という優雅な名前でも、
「相手の足や腕を抑えて、腰を回して投げて、さらに肩に担いで
投げて、押す」というのが、実際の用法です。

お稽古するときには、名前でイメージを膨らませながら、実際の用法も想像して、
呼吸で動きをリードしていきます。やること、いっぱいあるのです(笑)。

套路の名前は、まずイメージを膨らませるためでもありますが、
動きを覚えるためにも役立ちます。
動きを覚えることに苦労する、という声は多く聞きますが、
動きと名前を一緒に覚えていけば、その名前が順番に書かれた紙を頼りに
思い出すことができます。

しかし。。。中には、どうしても理解できない名前もあります。
「金色の子供が鯉を頭の上に載せている(金童顶鲤)」???
套路の名前は、詩的なので、中国人でもちょっと訳しにくいようですが、
これはイメージが膨らむような、膨らまないような。。。
そういう謎も、長くやっていれば、いつかは解けるかもしれません。

カンフー(功夫)とは、もともと、長い修練によって培われた力、という意味です。
(どうやら、欧米にわたったときに、誤用されて中国武術と訳され、今に至るようです。)
ですから、鯉を頭に載せた金色の子供の謎も、いつかは。。。
(どなたかわかる方がいらしたら、ぜひ教えてください。よろしくお願いします)。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「はじめての武当太極拳」動画は、こちらからご覧いただけます。
 http://youtu.be/DLACoQ-bLHs 
 

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    武当太極拳が大切にしている精神

    2015.06.14 Sunday


    (武当山にある道教のお寺、紫霄宮。世界遺産)

    武当拳(太極拳、八卦掌、形意拳、気功)の発祥の地、武当山(中国、湖北省)は、
    道教の聖地のひとつでもあります。

    武当拳は、道教哲学をもとに成り立っています。
    今日は道教が大切にしている精神について、主な4つをご紹介したいと思います。

    背景にこの精神があることが、わたしが武当拳を選んでいる理由でもあります。

    【道法自然】
    老子の「道徳経」にある文言で、自然に従うことです。
    平和で流れに抵抗して何かをしようとしないことは、道教の自然、社会、人生に
    対する基本的な姿勢であり、原則でもあります。

    今やるべきことに集中する、とも言えます。
    武当山にいるときに、この言葉の意味を食事中に先生にきいたとき、
    「今は、それを聞くときじゃないよ。しっかり食べるときだから」と
    言われたことがあります。

    【保合太和】
    人と自然はひとつであり、自然の法則を敬うこと。
    人の間の調和、体と心の調和を大切にすることです。

    武当太極拳の最初にも、自分のバランスを取り、天地と周りのスペースとの調和を
    取る、という動作(動きませんが)があります。

    【上善若水】
    老子は、地球上でもっとも柔らかいものが、もっとも強いものに勝つ、と言います。
    それが水です。
    水は高いところから低いところに、岩があれば形をかえて避けて流れます。
    無理やり何かをしようとしませんが、長い時間をかければ、岩をけずったり、穴をあけることもできます。

    武当拳は、柔をもって剛を制す、と言います。やわらかい水の持つ力にならっています。

    人の体の60〜70%も水であることを思うと、生きるときに、水の質を活かすことは、できるはずです。
    そして、地球も70%が水であることは、人と自然が呼応していることを感じさせてくれます。


    【重人貴生】
    人を敬い、今の人生を大切にすること。
    来世ではなく、今の人生を大切にします。

    現世で苦行すれば、来世が良い、というような考えではありません。
    ですから、今の体、今の心を大切に扱います。

    道教は、幸せに生きること、長寿(不老長寿)、豊かに生きることを求めています。


    このような道教哲学を背景に持つ武当拳は、血流を良くし、筋肉の無駄な緊張を取り、
    呼吸を安定させ、五臓を育て、体と心を再構築するものです。

    武当山に暮らす武当拳を学ぶ人々は、心穏やかで、争わず、自然と調和して生きています。
    自分の体と心を大切に、そして他人も大切に、自然も大切にしています。とてもシンプルです。

    道教は宗教のひとつですが、わたしは信仰というより、自然に生きること、
    自然崇拝の考え方を、尊重して大切にしています。
    いろいろなことがありますが、流れに逆らわず、自分もまわりも大切にして、
    水が流れるように生きていきたいと思います。
     

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      太極拳というコミュニケーション

      2015.06.07 Sunday














      太極拳をやっていることで、そこからいろいろな交流が生まれることがあります。
      わたしはこれが、とても好きです。

      先月、中国の武当山にお稽古にいったときにも、そんなことがありました。
      早朝、ひとりでお稽古をしていると、向こうにもお稽古をしている方がいらっしゃいます。
      お稽古を終えて帰ろうとその方のそばを通ったら、声をかけていただいて
      ちょこっとお話をした後、お互いの太極拳を見せあいっこすることになりました。
      結構なお年の方だったのですが、上手だな、良いな、と思っていたら。。。
      その後、朝食に行くとこのおじさまと再会し、朝食テーブルに招いていただきました。
      8名くらいの団体さんで、観光にいらしていたようです。
      「日本人なんだね。よく練習にくるんだ」「何年やっているの」なんて話をしながら、
      「卵もどうぞ」とすすめられ、パクパクいただくわたし。
      「謝謝(ありがとう)」と言うと、「お礼は老師(先生)にね」と
      言われた先には、ニコニコ微笑む先ほどのおじさま。
      どうりで上手なはずです。

      東京でも、公園で練習していると、声をかけられることがよくあります。
      わたしはもくもくとお稽古しているので、ある意味、みなさん勇気ある行動かもしれません(笑)。
      「きれいね」と言って見ていってくださる方、「それは何ですか」と聞いてくださる方、
      「教えてください」とおっしゃる方、悩み相談に発展する方など、いろいろです。

      幼稚園のお子さんが先生に連れられてきたときに、
      「あっ!昨日、ウルトラマンショーに出ていたよね、ねっ、ねっ」と
      満面の笑みを向けられたこともあります。
      あまりの可愛さに、つい「うん」とウソをついてしまいました。
      さて、わたしは何の役だったのでしょう?

      バサッと音が出る扇の練習をしていたときには、サッカーをやっている小学生の
      男の子たちが、ちらちらと見て、ついに近寄ってきました。
      「やっていみる?開くときは、手首を振らずに、お腹の力を伝えて開くの」
      と言うと、こぞって挑戦!「えー」「違うよ」「俺、できた、できた!」と
      大騒ぎ。楽しかったです。

      そんな中から生まれたクラスもあります。
      あるとき、お稽古着のままお昼ごはんを食べていたら、
      隣に座った方が「何をされているんですか?」と声をかけてくださり、
      太極拳とお答えすると、「教えていただくことはできますか?」と。
      偶然がつないだご縁です。
      それにしても、なぜわたしが教えているとわかったのかは、今でも謎です。。。

      太極拳は、わたしの人生そのものです。
      そしてこれは、わたしの一番の表現方法でもあります。
      「これが今のわたしです」ということを、名刺でも、肩書でも、職歴でもなく、
      動くことで表現して、そこから生まれる交流が、とても好きです。
      小さいことでも、それはとても大きく、大切な経験です。

      今のように思うようになるまで、悩んだこともあります。
      太極拳は、自分のためにするもので、人に見せるものではない、という考え方もあります。
      「外でやるときは派手に、本当の練習は部屋にこもって扉を閉じて、小さくやる」
      という話もあります。
      大会にでること、パフォーマンスをすることに否定的な方もいらっしゃいます。
      それはそれで理解できる部分もあるだけに、わたしはどうしていきたいのか、
      自分でわからなかった時期もあります。

      今でも、人に見せること自体を目的にはしていませんが、
      「わたしはこれが好きなのです」を体で表現していくことは好きです。
      ですから、見ていただける機会は、体験していただくことと同じように、うれしいです。
      言葉ではない、コミュニケーションだと思っています。
      それは、対人だけではなく、地球、自然との交流でもあります。

      以前、中国の先生が、「自分も気持ちよくて、見ている人も気持ち良いのが
      良い太極拳」とおっしゃっていたことがあります。
      これは、その通りだと思います。

      「好き」を循環させること。
      太極拳を通してコミュニケーションができることは、
      わたしにとってはうれしく、大切なことです。












      (中国、武当山)


      (武当山。手のひらに太陽を載せてみました。みんなで大笑い。)
       

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        站とう功(たんとうこう)

        2015.04.17 Friday





















        站樁功(たんとうこう)とは、中国武術の基本的な練習のひとつです。
        足を肩幅に開き、腰を落として膝を緩め、腕は木をかかえるように胸の前で丸く円を作ります。
        站は「立つ」、樁は「杭」という意味で、座る座禅に対して、立禅とも言います。
        これにどのような意味があるのかを、書いてみようと思います。

        「站樁功は30分やりなさい」と、よく聞きます。
        根気も慣れも筋力も必要になるため、最初は5分でも良いと思いますが、
        30分には理由があります。

        中国武術には、上虚下実(じょうきょかじつ)という言葉があります。
        下を充実させ(=実)、上を空にする(=虚)です。
        站椿功も、上虚下実です。つまり下半身の筋肉を使うため、
        15分たつと太ももが震えてきます。縦揺れ、横揺れ、が来て、
        しばらく耐えていると、ぴたっと震えが止まります。
        この震えは、グリコーゲンが足りなくなることからくるそうです。
        「足りないぞ!」と感知すると、体が不足を補充しようとして働き始めます。
        補充が終わると、震えが止まります。
        30分ですと、ちょうどこれが2回きて、それが1セットになります。

        站椿功で使われる筋肉は、「緊張筋」です。太極拳でも同じです。
        鍛えても筋繊維が太くなりにくく下半身に多く赤い色をしているため、赤筋とも呼ばれます。
        抗重力筋とも言われ、重力に対して体をしっかり一定の姿勢に保つための筋肉です。
        「緊張筋」と言われる理由は、緊張していることを感じにくいからだそうです。
        立つときにいちいち緊張を感じていたら生活しづらいため、都合よく鈍感になっていると思います。
        これに対して、上半身に多いのが「相性筋」です。
        白い筋肉で筋繊維が太くなりやすく、力こぶは、これです。



        「緊張筋」は、日々コツコツと鍛える必要があります。
        お年寄りが風邪などでしばらく寝たままになると、あっという間に弱ってしまう、というのは、
        この「緊張筋」がやせ細っていくからだそうです。

        站椿功でも太極拳でも、「放鬆」(中国語読みでファンソン)、という言葉をよく使います。
        リラックスとか脱力と説明されることが多いのですが、本当にリラックスしたり脱力したら、
        人は立っていられないため、実際にはちょっとニュアンスが違います。
        「緊張筋」がうまく使われ、下半身がパンっと張っていて、
        「相性筋」は緩んで緊張していない状態、だと思います。
        站椿功を30分やるために、たとえば腕を体の前に丸く置き続けるのに、相性筋を使っていたら
        疲れ果てて維持できません。維持できないことは自然にやめるしかないため、
        長く続けることで、ふさわしい筋肉を体が探り、育っていく、という感じがします。

        「相性筋」と「緊張筋」は、動く仕組みも違います。
        大脳の命令ではたらく「相性筋」に対して、「緊張筋」は脊髄神経にコントロールされており、
        無意識に動く筋肉です。いろいろ考えて指令を出さなくても立てるのは、脊髄神経によって自動的に
        体を支えるように筋肉が使われているからです。
        「緊張筋」を使うことにより、失われた本能をよみがえらせる、と言われています。
        太極拳をやっていると、自動で動いているような感覚があるときがありますが、これは実際には
        「緊張筋」をうまくちょっと動かしているのだと思います。

        中国武術には、「静功」「動功」という区分があります。
        動かないものが「静功」、太極拳のように動くものを「動功」と言ったりします。
        「立つ」は動かないため「静功」に分類できますが、
        座禅にくらべて下半身の充実感が強いため、静が極まって動となる、という、
        限りなく動に近い静だと、わたしは思っています。
        だから站椿功を練習することは大事で、でもこれだけでは足りなく、太極拳などの動功も必要になります。

        站椿功の形は単純ですが、奥が深いのは、このような理由によります。
        年数がたつにつれて、筋肉は育っていきますし、自分の感覚も変化、発展していきます。
        今回は物質的な説明で長くなってしまいましたので、
        わたしが站椿功で得た感覚などについては、また次の機会にご紹介しますね。

         

         

        ※【毎月開催】特別クラス「やさしい站椿功:しあわせを呼ぶ7つのステップ」のご案内は、こちらから。

         



        (武当山。龍がのぼっていくような雲の形が好きな一枚です。)
         


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          太極拳という武術をやる理由

          2015.04.09 Thursday




          「太極拳も気功も、武術です。それを忘れないようにしなさい。」と、
          ずっとおっしゃっていた先生がいらっしゃいます。
          去年、半年ほど教えていただいた李先生です。

          先生は、「気功も、中国の公園などでも多くの人がやっていますが、
          ぼんやりやっている人が多く気分は良いのでしょうが、武術として考えた場合は
          あまり意味がありません。」とおっしゃいます。
          そして、「使えないものは意味がない」ともおっしゃいます。

          この教えを、わたしもすごく大切にしています。

          わたしにとって太極拳は、調和のためのものです。
          自分から攻撃することはなく、攻撃を受けた場合、相手も自分も傷つかずに、
          戦いを終わらせるためのものです。
          だから、武術です。
          危機的な状況に立たされても、まず心を落ち着けることが大切で、
          自分の体を丁寧に扱うことも大切です。
          生きるか死ぬかの状況で自分の体を雑に扱えば、動きも雑になり、
          倒されてしまうからです。

          太極拳はゆっくり動きますが、それは心を落ち着けながら自分の体を丁寧に
          使う練習をするためです。
          慣れないと、体を雑に扱ってしまいます。
          ゆっくり動くことで、丁寧に扱うことに慣れていきます。

          「ゆっくり動くのは、早く動くためです」とおっしゃる先生は多いのですが、
          ゆっくり動いて自分の体を丁寧に扱うことに慣れれば、
          いざというとき、早く動いても雑にならない、
          ということだと思います。

          体を丁寧に扱い、心を落ち着けて、心も丁寧に扱うことは、
          自分を尊重することでもあります。

          自分を尊重して、信頼できている人は、そばにいてもとても居心地が良いです。

          争わずに平和でいることを理想としても、現実に争いは起きています。攻撃されることもあります。
          平和を求めつつも、実際にはそうではない世界だからこそ、武術が伝えられてきていると思うのです。

          環境が平和だから平和な人になる、ではなく、
          そうではない要素がある環境だから、まず人が平和になって、環境を平和にしていくような気がします。
          そのために自分を尊重するのだと、そしてそのために自分の体を丁寧に扱う練習をしているのだと
          思います。
          そしてそれは、他人を大切に尊重することにもつながり、平和な世界につながっていくと信じています。



          (2014年5月、李先生と。中国でも珍しい四節八極拳の伝承者です。)

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