昨日のこと

2018.04.28 Saturday

 

昨日は不思議な日でした。

 

海辺でのイベントを、ずっと前からとっても楽しみにしていたのです。

 

でも前日の夜に「あれ?」よく見たら、正式な申し込み手順を踏んでいなかったのです。

 

がっかり......でもそのおかげで、朝はゆっくり庭を眺めながらコーヒーを飲み、そよ風に吹かれたり、とっても良い時間になりました。

 

次の用事は夕方からだったので、「どうしようかな、公園に行こうかな、どこか海に行こうかな」と思いながらも、まだ不思議な気分です。行けない気がしない、というか。

 

そうしたら「キャンセルが出ました。間に合うようでしたら、どうぞ」と、連絡がきたのです。それから5分くらい、猛スピードで支度して、お出かけしました。

 

自宅から駅まで、ふだんは余裕をもって15分くらいみています。この日は、玄関を出たときに発車8分前。普通なら間に合いません。でも、間に合ったのですよ(当然、走りましたが。)普段の鍛錬は、このときのためだったのかもしれません。(そんなこと、あるような、ないような。)

 

「来られるようなら、10時半までにご連絡ください」ということだったので、10時頃にお返事しました。電車に乗っている間「開封されないなぁ」と思いながら、11時、最寄駅に到着です。

 

開催場所は、海岸です。海岸とは、広いもの。「はて、どこに行ったらいいのかしら?」と、メールや電話や、あれこれの手段で連絡してみましたが、通じません。

 

「ならば、直接探そう」と海岸へ。でも、やはりわかりません。

 

目の前には海。そりゃ、入るでしょう。裸足で足をつけてみました。曇り空、しかもまだ4月末、水は冷たいです。でもしばらくすると、あら、気持ちいい。波の音も、心地よいです。

 

そのとき、気づきました。「イベントに参加したかったのではなく、海に来たかっただけなんだ。」

 

海に行くための口実を探していただけなのです。行きたいなら、行けばよかっただけなのに。なーんだ、ですよね。

 

その日の波は、とっても引きが強かったです。

 

1時間くらい裸足でのんびり過ごし、すっかり満ち足りた気分で「さて、帰ろう」と駅に向かったとき、連絡が入りました。イベントの主催の方からです。

 

わたしが駅にいると知ると、海辺から裸足で走ってきてくださいました。

 

「連絡できず、本当にごめんなさい!今からでもよければ、無料でマッサージします!」と、ふかーく頭を下げて、おっしゃるその方。道はアスファルトです。それを裸足で、ですよ。どれだけ慌ててきたか、よくわかります。

 

わたしは、ちっとも怒っていなかったのです。

 

「声の感じからすると、わたしがマッサージをする必要がない方だとはわかるのですが、それでも......」でも、そんなに慌てている方にマッサージをしてもらうことも、ないでしょう。「大丈夫ですよ。海で楽しく過ごせましたし。お気持ちだけいただいて、今日は帰ります」と言うと、「1時間も連絡しなかったら、わたしなら、どれだけ頭にくるか」とおっしゃるのです。

 

うーん。「でも、あなたはわたしではないから、わたしの気持ちは、わからないでしょう?」実際、ちっとも怒っていませんしね。

 

それでも、なんだか納得しきれない様子です。気が済まないのでしょう。そうしたい気持ちは、わからなくありません。でもわたしには、やってほしいことがありません。

 

そもそも、1時間連絡がつかなかったのは事実ですが、その理由はわかりません。電波の関係で、リアルタイムで入らないこともあるでしょう。

 

そして何より、「海に行きたかった」だけのわたしは、返事を求めていなかったのかもしれないのです。連絡が取れなかったことは、表面的には相手が返事をしなかったから、ですが、実際には、わたしの願い(?)が叶っただけなのかもしれません。

 

誰も悪くありません。

 

こんなことになって悔しいと、頭を下げ続けるその方に、「大丈夫ですよ。」そして、「よく考えてみて」と言ったのですが、なんか変だなあ、と。よく考えて、ではなく、よく感じてみて、の方がぴったりしたかもしれません。

 

本当にしたいことをするために、口実や理由を探すこと、あるんだなあ、と思いました。やりたいならやる、行きたいなら行く、だけで良いのにね。

 

世の中、ホントにうまくできています。

 

久々の海は、とっても気持ち良かったです。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

5月5日(土)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第6回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

5月13日(日)14:00-16:30は、「みんなが知らない太極拳のひみつ(2)太極と陰陽」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

........................

いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ


教育

2018.04.17 Tuesday

(春の代々木公園)

 

今日、SNSを見ていたら、こんな投稿がありました。小学生の国語の問題です。

 

下線を見たときの、ぞうさんの気持ちを書きだしましょう。

「森を歩いていたぞうさんは、おどろきました。大きな木がたおれていたのです。」

 

投稿にあった答えは、「うわー」でした。でも、これでは×なのだそうです。正解は、「おどろきました。」

 

わたしは子供の頃、国語が嫌いでした。なぜ答えがひとつなのか、納得できなかったのです。

 

いい大人になった今、これを読んでも、「大きな木が倒れていることに、ぞうさんは驚くのだろうか?」とか、「そもそも、わたしは人間で、ぞうじゃないし」とか、思ってしまうのです。

 

子供の頃から、本は大好きでした。それでも、国語は嫌いだったのです。

 

大人になって、外国人と交流するようになり、彼らの授業を聞いて驚くことが多くなりました。「今日は、カエルについてお話してみましょう。」という題が出ると、みんな好きな話をするのだとか。何を言っても、それで良いのだとか。

 

外国語として英語を習う授業でも、「”空”というタイトルが出ると、みんなで『青!』『広い!』『海!』とか、好きなことをどんどん言うの。楽しかったー。」なんて話もありました。

 

発言は促すけれども、それに〇×がないのです。すごく、うらやましかったです。

 

授業中に先生に断りもせず、勝手にトイレに行ってしまったり、授業終了のベルが鳴ると、授業が終わっていなくても席を立って去ってしまう生徒がいることにも、びっくりしましたけどね。

 

5年ほど前に習った最初の中国語の先生は、グループレッスンをするとき、「生徒のレベルによって宿題を変える」と言っていました。「レベルがバラバラなのに、統一するのは、誰にとってもかわいそう。できる人には多めに、難しい人には簡単に。当然でしょ。先生はちょっと大変だけど、慣れれば問題ないし。」と。お子さんがインターナショナルスクールに通っているそうで、このやり方は、そこから取り入れたのだそうです。

 

グループのとき、できない人に合わせると、できる人はたいくつします。できる人に合わせると、出来ない人は苦しくなります。真ん中をとったら、できる人もできない人も、不満になります。お互いにイライラすることも起きるでしょう。

 

宿題が違ったら、みんな自分のことに精一杯で、他の人のことをブツブツ言うこともなくなるのではないでしょうか。

 

今、自分が先生という立場になって教えるとき、大切にしようと思っているのは、ここです。中国の先生から、「教えることは、とっても個人的なこと。それぞれの特性、身体能力、耐性、覚える速さなどなど、いろんな面を見て、それぞれにあった指導をしていくことが大事。そうすればみんな、何かしら学ぶことができるからね。」と言われたことを、大切にしています。

 

あるとき生徒さんが、「先生が『どっちでもいいよ』と言ってくれるのが好き」と言っていたことがあります。

 

実際には、太極拳のように型(套路)があるものには、やり方があるので、そこから外れるものは直します。ただし、「そうじゃないよ」と言ったものでも、なぜそうしたいのかを聞いて、別の目的があって、それもありだと思う場合は、「それならいいよ」と言うこともあります。

 

冒頭の問題に戻ると、「驚いた」と答えさせたい目的は、何かあるのかもしれません。でも、「うわー」という豊かな表現力も、認めてあげたい気がします。

 

「ぱおーん」とか、「驚いたぞう」とか「すごいぞう」とかも、ありですよね。

 

教育って、大事だと思うのです。日本人の発言力が弱いと言われるのは、自由に話すことを励まされてこなかったためで、外国語を話せないのも、言葉で表現する力が磨かれていないことが、大きいと思うのです。

 

「母国語で話すのが上手な人は、外国語でも上手い」と、よく言われます。話すことは、単語や文法を知っていることではなく、話す中身がある、ということだと思うのです。

 

わたしは大学まで日本の教育を受けてきたので、その恩恵にもあずかってきました。その目的を理解しきれているわけでもなく、全部を否定したいつもりはありませんが、窮屈さを感じた部分もあります。

 

教育は大事だからこそ、もう少し自由があっても良いのに、という思いは、ずっと持っています。

 

ここに対して自分がどうしていきたいのか、今は自分が教える場面で心がけるくらいですが、もっとできること、したいことも、あるのかもしれません。

 

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(那智の滝。流れる水は形を変えて、下へ下へと落ちていきます。いつまでも見ていたい光景。)

 

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「すみません」より、「お願いします」

2018.04.11 Wednesday

 

レストランで注文したいとき、よく「すみません」って言いませんか?

 

あるとき、なかなか店員さんが振り返ってくれないことがありました。そのとき一緒にいた方が、「こういうときは、『お願いします』と言う方がいいんだよ」と言うのです。

 

試してみたら、なんと!1回で、振り返ってもらえました。

 

またある日、別のお店で店員さんを呼ぶとき、なかなか気づいてもらえないことがありました。

 

夕方の5時半と、夕食には早めの時間でしたが、休日のためかお客さんは結構入っていました。サービスする人がひとりくらいしかいなくて、あたふたしている様子が見えます。気づいてもらえなくても仕方ないなあ、と思いつつ、先日のことは忘れて、つい「すみませーん。」と何回か連呼。

 

そうだ!「お願いしまーす。」......「はいっ!。」効果は、てきめんです。

 

「すみません」は、とても便利な言葉だと言われます。日本に来た外国人に、そんな風に教えることもありますよね。

 

でも、便利だからと乱発するのは、ちょっと待って!と思うのです。

 

この言葉の響き、ちょっと謝る感じですよね。「お手数をおかけします」的な。それがぴったりはまる場合もありますが、そうでもないときもあります。

 

わたしが好きではない表現に、「お忙しいところ、すみません」があります。

 

本当に忙しいとお互い知っている場合は別ですが、そうではないとき、こう言われると「あなたはわたしの何を知っているのだ?」とか、「暇ですけど何か?」とか、小さくひねくれたりします。あまのじゃくでしょうか。

 

もちろん悪気はなく、気づかいからきていることも、わかります。わかりますが......一瞬、ぴくっとなるのです。そしてその後、「いやいや、そんなつもりはないのだ。わたしの妄想だ。」と気を取り直します。

 

そんなとき、その当人が、「なんだかわからないけど、人を怒らせちゃうことがある。」みたいな話をしてくること、実際に何度かあるのです。この言葉の使い方が、ひとつの引き金なのかも、と思ってしまうのです。

 

店員さんを呼ぶなら、「お願い」する方が上手くいくようですし、お礼を言うなら「ありがとうございます」が、スッキリいくのではないでしょうか。

 

電車がガタンとなったときに、足を踏んでしまったりしたときは、「すみません」とか「ごめんなさい」ですけどね。

 

いろんな場面で使える言葉は便利ですが、たまには使い方を意識してみても良いかもしれません。自分の気持ちにぴったりくる言葉を選んでみる。それだけで案外、ちょっとしたことがスムーズに動き始めるかもしれない、と思います。

 

 

 

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【満員御礼】4月14日(土)18:30-20:30は「太極扇を体験しよう(第5回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

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ところ変われば、認識も変わる

2018.04.06 Friday

(中国、武当山)

 

20代でイギリスにいたとき、タンザニアから来たお友達がいました。とっても良い子で、仲良しだったのですけれども......

 

”ぐうたら”なのです。

 

とても優秀な女性で、大学院ではコンサベーション(conservation studies)を専攻し、20代ながら国連の仕事も請け負っていました。コンサベーションとは、例でいうと、京都のように歴史ある町のポストは、景観を損ねないようなデザインにすることがありますよね。古いものを保全するだけではなく、場合によっては新しいものに変えて馴染むようにする、みたいな感じだと思います。

 

もちろん、勉強や仕事を怠けるわけではないのです。むしろ、勉強にかけては人一倍やってきたはずです。でもなんというか、普段の生活で、友達づきあいの中で、”ゆるさ”がたくさんあるわけです。

 

さて、その愛すべき”ぐうたら”な彼女について、別の友人に「あの子はいい子だけど、”ぐうたら(lazy)”だよね」と言ったところ.....

 

「それは違うぞ。彼女の国は豊かだ。手を伸ばせば、果物がある。海にいけば魚がたくさん。一方、きみの国、日本は貧しいから、働かないと暮らせない。あの国にいる限り、彼女はマメになる必要はない。だから彼女は”ぐうたら”ではないよ。」

 

がーん......そうか、そうなのか。よくぞ言ってくださいました。

 

ついつい自分の感覚を基準にして、人を”判断”してしまったり、そんな感想を持ったりすること、あります。人はそれぞれ違うわけですから、日本国内でも同じことはあるわけですが、海外の場合、経験が少ないために、気づきやすいかもしれません。衝撃的なことが、多いですしね。

 

この10年は中国に行く機会が多いため、日本と中国の違いも、よく感じます。

 

よく言われている「中国人は列に並ばない」は、わたしの体験では、”事実としては”その通りだと思います。バスが来ると、われ先に!と、入口に人々が押し寄せたりします。ぼーっとしていたら、乗れません。

 

でもこれ、他の人より先に乗りたい!というのではなく、「とにかく自分がこれに乗りたい!」を、素直に行動で表現しているだけのような気がするのです。

 

違い、わかりますか?他人を押しのけて乗ろうとしているのではない、という気がするのです。

 

乗りたかったら積極的になるしかないので、わたしもダーッと行きますが、そのときに、誰かに押しのけられたりした経験は、ないのです。どっち先?みたいな場面では、「どうぞ」と譲ってくださることもあります。

 

数少ないわたしの経験だけなので、これが一般的なのかどうかは、わかりません。ただ、日本に比べて社会保障などもなく、自分のことは自分でしなければいけないベースがある国だと考えると、やりたいことがあれば、どんどん行動するのは、当然のような気もします。

 

すべてが”並ばない”わけではないのです。わたしはこれまで3つのカンフー学校に通ったことがあり、どこも子供へのしつけは厳しかったです。わたしのように、短期で来る大人の生徒がいる場合、食事のときには「お先にどうぞ」と案内されます。新しい子が、ごはんに突進しようとすると、他の子供が注意します。

 

自分で経験して、はじめて「あれっ?」と思うこと、たくさんあります。

 

逆に言えば、経験がなければ、わからなくても仕方ないかもしれません。でもせめて、”全部を知っているわけではない”ことだけは、忘れずにいたいと思います。

 

そうすれば、わからないときも、わかってもらえないときも、悩んだりイライラしたりしなくてすむかもしれませんものね。

 

”ひとそれぞれ”を理解するのは、一生続きます。衝撃的で、時には失礼なことをしてしまいますが、楽しいことでもありますけどね。

 

 

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(武当山でのお稽古中、気づいたら子猫たちがこちらを見ていました)

 

 

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夢はかなう

2018.03.30 Friday

修士を修了して「働こう」と思ったとき、最初に目指した職業は新聞記者でした。

 

その仕事をしていた友人の影響も、大きかったと思います。

 

当時は年に2回チャンスがあり、2年にわたって合計3回、受験しました。結果、夢はかないませんでした。

 

準備は大変でした。わたしの専攻は英文学で、実学ではなく、大学のときの先生のことばを借りれば「役に立たない学問」です。筆記試験の問題も、さっぱりわかりません。準備期間もなかった1回目は、筆記で落ちました。

 

「高校の政治・経済の教科書をしっかりやるといいよ」と、経済学部出身の友人に教わり、コツコツと読んで、疑問点を集めては、まとめて友人に解説してもらいました。

 

「新聞は、毎日、端から端まで読むんだよ」というアドバイスから、朝刊と夕刊をじっくり、赤線を引いたり、切抜きしたりしながら読みました。

 

朝刊って、ボリュームあるのですよ。本当に全部読むと3時間くらいかかります。さらに、例えば大きな自然災害が起きると、過去の自然災害が出題されたりするため、関係事項を調べる作業もやりました。

 

筆記試験は、選択式のほかに小論文もあり、その場で与えられた題目について、制限時間内に1,000字で書きます。これもたくさん書いて練習しました。

 

今、思い返すと、本当にこれだけやったのだろうかと、自分でも思ってしまいます。(過ぎたことは、わりと忘れてしまうのです。)

 

それなりにすれば、それなりの成果が出るのか、2年目の筆記試験は2回とも通りました。でも最初の面接は、筆記が通ったことで舞い上がってしまい、ボロボロでした。2回目はきちんと話せたのですが、通りませんでした。

 

新聞記者の友人は、あとからその面接のやりとりを聞いて、「それは、良い面接だったね。だからこそ、また受けても厳しいかも。」と言ってくれました。

 

自分でも、なんとなく感じたのです。「この会社が求めているのは、わたしのようなタイプではないんだろうな。」と。夢をかなえるためでも、違う人になることはできません。

 

目標を失って、しばらく落ち込みました。でも、よかったことも、たくさんあります。

 

ひとつは「自分のことばで書く」練習ができたことです。小論文の題材は時事問題が多く、しっかり理解していないと、自分がどう思うかなんて書けません。ニュースで聞いていると、なんとなく知っている気分になりますが、実際に書いてみようとすると、全然書けないのです。「きちんと理解してから書く」大切さを、学びました。

 

書き方についての発見もあります。友人の記者の記事を読んだとき、「いつも言っている事より、ずいぶんマイルドな書き方」だと感じて、質問したことがあります。「なんで思っていることをそのまま書かないの?」と。返事は「事実をそのまま書くの。それをどう感じるかは読者に任せることだから。」伝えたいのは、自分の思いではなく、「こういうことが起きている」ことだとすれば当然ですが、当時のわたしには新鮮な驚きでした。

 

当時持っていた、”学部コンプレックス”もなくなりました。英文学を好きで専攻したにも関わらず、「これは社会で役立つ実学ではない」ことに、コンプレックスを感じていました。冒頭であげた大学の先生は、「役に立たない学問を学ぶ意味を考えなさい」とおっしゃったのですが、当時のわたしは学ぶ意味を考えるには至らず、「役に立たない」部分だけにとらわれていました。(役に立たないものを学ぶ意味については、別の機会に書きますね。)

 

それでも高校の政治・経済の教科書をベースに、「あれがこうなると、これがこうなる」という仕組みを自分の頭で理解できるようになってくると、「なんとかなるのだ」とわかってきました。(「世の中知らないことだらけだ」と知っている今から思うと、どうでもいいコンプレックスですけれどもね。)

 

面接での体験からは、「望んでも、合わない場所もあるのだ」と、知りました。想いは引きずりましたが、「あきらめよう」という決心は、しっかりつきました。

 

さて、本題の「夢はかなう」に戻ります。

 

新聞記者にはなれませんでしたが、こうやってブログやSNSで”書く”ことができていると思うと、違う形で、夢はかなっていると思えます。あの頃は、素人がメディアに書く時代がくるなんて、思ってもみませんでした。

 

”夢はかなう。ずっと後にでも、そのときの自分が思ってもみない形で。”

 

よかったことがあるから、かなわなくても十分なのですが、それでもかなうと、うれしいですね。

 

 

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4月14日(土)18:30-20:30は「太極扇を体験しよう(第5回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

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