太極拳と気功の違いと関係

2019.04.19 Friday

(武当五行六合功という気功)

 

太極拳と気功、別のカテゴリーになりますが、実際にはとっても関係しています。

 

流派によってお稽古の仕方は違うと思いますが、わたしの経験では、気功の練習なくして太極拳は成り立たないと、思っています。

 

このため太極拳のクラスでも、気功や站椿功などの練習も入れています。

 

では太極拳と気功、どこが違うのでしょうか? 

 

明確に違うところは、太極拳は相手を想定した攻防であること、気功はひとりでするもの、という点です。

 

太極拳の套路(型)は、現実にペアでするものではありませんが、”ここで相手の腕を取って引いて、それから前に打つ”など、攻防の連続です。

 

それに対して気功は、相手がいません。ひたすら自分に向き合います。(注:世の中には相手をケアするような気功もありますが、ここで言っている気功は、他人を治療したりケアする目的のものではありません)。

 

攻防の連続である太極拳は、動きが多くなります。相対的に、気功は動きがシンプルで少ないです。

 

太極拳は動きが多いために、見える形に気を取られやすくなります。足はこう、腕はこう、体の向きはこっち、と、見える形を真似ていきがちです。

 

見た目でいえば、太極拳の動きはとても複雑です。例えば体と腕と、前の方に進んでいたものが、途中から腕は前に進み続け、体は後ろに少し下がったりします。

 

形をそのままコピーするのは、とんでもなく大変なことです。中国でも「難しくて覚えられない」と根を上げてしまう人がいる、と聞いたことがあります。

 

こんなとき、気功や立ち方、歩き方など、自分ひとりだけの練習が役に立ちます。基本的な体の使い方、力が出る方法、陰と陽の原理で調和を取ながら動くコツなどがわかってくると、太極拳の套路を習うとき、受け取れる情報量が変わってきます。

 

例えば上に書いた「体と腕が、最初は前に進んでいたのが、途中から腕は前、体は後ろに下がる」という動作が、そうしようとしなくても、自然にそうなるようになります新しい套路を習うときも、こういう動きを見たときに、「ここは自然にこうなる」ということがわかるようになります。するとそこは、覚える必要はありませんよね。

 

これは、体験しないとわかりにくいかもしれませんね。

 

わたしも習い始めた頃は、動きをコピーしていたと思います。足はここに出して、体重を移動して、お腹を回して、というようにです。コピーとしては頑張ったと思いますが、今、ビデオに撮っていた昔の動きを見ると、外側が動いている印象です。内側から力が伝わって動いているのではなく、動きを表面的にコピーしているだけです。

 

もちろん太極拳だけでも、続けているうちに「ここは、本当はこうなのではないかしら?」と気づいていくこともあります。ですから、太極拳だけではダメだというわけではありません。また、見た目の動きに騙されないように教えることも、できないわけではないと思います。

 

それでも、わたしの場合は、動きが少なくて単純な気功を、続けて練習しておくことによって身に着いたもの、気づいたことを、太極拳に応用していく方が、はるかに多いです。

 

ときどき、「太極拳が楽しくて続けてきたけれども、壁に当たってしまった」と言って、クラスに来られる方がいらっしゃいます。

 

そういう方は、立つこと(站椿功)や歩くこと、気功などの基本練習をしていくことで、新しく見えてくるものがあるはずです。

 

今までとは違う、意識の向け方、体の使い方をするため、最初は戸惑うことも多いでしょう。経験があるだけに、ギャップも感じて大変なこともあるでしょう。

 

でも、ここで諦めなければ、それまでやってきたことも、ちゃんと活かしていけるようになります。やってきたことは、何ひとつ無駄ではないのです。欠けていた視点や意識、体の使い方のコツなどを入れていくことで、「この動きはこうだったのか」と腑に落ちるようになります。

 

基本があることで、応用が効くといいますよね。気功や站椿功、歩く練習は基本で、太極拳が応用みたいな感じです。

 

でも、この応用があるからいいのですよ。

 

なんといっても、相手がいるわけです(見えない相手ですが)。攻防があることは、社会性があることでもあります。より実社会に近いですよね。

 

太極拳とは、人生を体現していると感じます。太極というひとつの源、すべてが調和している所から、陰陽がある世界が生まれ、陰と陽がくるくる転換しながら人生が進んでいきます。その過程では、他人との攻防があります。バランスを崩しやすい環境の中で、調和を求め続け、最後には太極というひとつの源に還っていきます。

 

ひとりだったらできることも、誰かからプレッシャーをかけられたらできないこともあります。でも、それが現実ですよね。

 

この応用があるから、また基本が大事だと思えます。

 

まずは安心できるところで、ひとりでじっくり自分を整えてから、社会に出て行く、みたいな感じでしょうか。

 

わたしにとっては、気功も太極拳も、どちらも大切です。

 

なお、武当拳には、このほかにも八卦掌と形意拳もあり、こちらも大切ですが、長くなってきたので、それについては、また次の機会に書きますね。

 

 

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背負ってきたものを、もう手放してもいい

2019.04.17 Wednesday

 

太極拳のお稽古を続けていると、ときどき、今まで無意識だったことに気づいて、びっくりすることがあります。

 

最近、気づいたのは、背中の緊張です。

 

背骨には、頸椎7個、胸椎12個、腰椎5個、そして仙骨と尾骨と、たくさん関節があります。これだけあるのは、必要だからですよね。

 

実際、中国の先生や兄弟子の背中は、龍のように柔かく動きます。背骨が柔かく動くことは、体全体が柔かく動くことでもあります。背骨の動力がしっかりしていて、背骨だけで海を泳ぎつづけた魚のような力を、しっかり使えているとも言えます。

 

でも、日本でたくさんの人を見ていると、どうも背中が1枚板のように硬くなりがちです。

 

背骨を柔かく使えるようにしたいと、通常クラスでも、特別クラス「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう」でも、いろいろと取り組んでみています。

 

ひとつ例を挙げてみます。背骨を上からくるくる曲げていく動作、ロールダウンと言えばわかるでしょうか。

 

背骨の関節をひとつずつ数えるくらい、ゆっくり曲げていきます。構造上、胸のあたりは曲がりにくいのですが、それでも曲げられます。

 

最初は上手くいかなくても、背中を上から触ってもらったり、何度かやっているうちに、だんだんと曲げられるようになってきます。

 

でもあるとき、生徒さんの背中を見ていて、気になったことがありました。形としては上手くできているのですが、なんだか大変そうなのです。背中が緊張しているようです。

 

そして、自分でやってみて気づきました。「背中はもっと、緩められるのだ」と。

 

立つときの軸である重心ラインは、下半身は後ろ側に、上半身は背骨の前側にあります。太極拳をしているときは、この背骨の前側の重心ラインに、もっと圧がかかります。(実際には、関節の間にある椎間板の前側に、圧がかかります。)

 

この重心ラインがしっかりすれば、逆側、つまり背中は、ふんわり柔かくていいわけです。前側と言っても、背骨の前側ですから、体の前、つまりお腹とか胸も、柔かいままでいられます。

 

ロールダウンの場合も、やり方にもよるかもしれませんが、背骨の前側に圧がかかっていきます。そう考えると、背中はふわっとできるはずです。

 

でも実際には、背中が硬いまま、背骨を曲げてきれいにロールダウンしていくこともできてしまいます。ただ、これでは苦しいです。

 

頼りにするところ(背骨の前側)があれば、背中はふんわり柔かくできるはず、と思って、ロールダウンしたり、太極拳の動きを試してみたら、ふわっと、とても軽いのです。「何もやっていない感じ」がさらに増した感覚です。

 

「背負ってきたものを、手放せるときがきたのかもしれない」と感じました。

 

背負わなくてもいいもの、でも、背負わないといけないと思っていたものです。体の無駄な緊張の他に、それが何かは、わかりませんが。何かしら、これからもっと楽になれる気がします。

 

 

同時にもうひとつ、気づいたことがあります。

 

この方法でロールダウンすると、腕や頭の重さで、ぐーっと体が引っ張られます。すごくひっぱられるので、背中や腰が硬い人は、痛みを感じるかもしれません。

 

試しに、背中を緊張させたままロールダウンしてみると、軽くて楽なのです。重さで引っ張られないため、痛みは出ません。

 

ということは、自分を守るために硬くしている可能性もありますよね。”痛いからから緊張させる”→”緊張で硬くなる”という、悪のサイクルが回ってしまう可能性もあります。

 

人の体は、長期的に負担がかかることであっても、”今”をしのぐことを選んでしまうことは、よくある気がします。それが今の自分の精一杯なのですよね。

 

これがわかると、また変わることがあるかもしれませんね。

 

 

ロールダウンをするときは、一気に丸くならず、少しずつ曲げては止めて、背中の様子を確認しながら進めます。背中が硬いと、痛みが出ることもあるでしょうから、無理せず、ほどほどにしておきます。次は、痛みが減るかもしれません。すぐにではなくても、少しずつ変わっていくかもしれません。

 

 

緩むためには、コツがあります。頼りにできるところをしっかりすることです。それがわかったら、みんな、もっと楽に生きていけますよね。

 

そんなヒントを、たくさん見つけて、たくさん伝えていこうと思っています。

 

 

 

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大器晩成

2019.04.12 Friday

 

 

本屋さんが好きです。

 

「これ」と決めた本は、ほとんどネットで買ってしまいますが、ちょっと時間があるとき、よさげな本屋さんを見かけたとき、吸いこまれるように入ります。

 

ぐるっと回るうちに、面白そうな本が見つかることも。

 

昔、ときどき行くところに、小さな本屋さんがありました。ぐるっと回ると1〜2分くらいの、ささやかなお店でしたが、行くと必ず面白そうな本に出会えました。ご主人のセンスかしらね。今は行かないところなのですが、大好きな場所でした。

 

 

先日、新しい老子の本に出会いました。文庫なのですが、装丁が美しく、手に取ったら手放せなくなってしまいました。

 

老子の「道徳経」は、81章約5000語という短いものなのですが、短いだけに、そのことばをどう解釈するかは、いろいろです。

 

個人の生き方、リーダーのあり方、政治の行い方など、同じ章でも、視点が違うといろいろ読めます。太極拳との関連でも、読めます。老子の思想を体現化したものが、太極拳とも言えますしね。

 

さて、その老子の「道徳経」、実は原本はひとつではありません。

 

老子という人自体、あまりはっきりわかっているわけではありません。一般的には、司馬遷の「史記」に書かれている人とされており、周王朝の守蔵質の史、つまり国の国会図書室の役人でした。

 

老子は、周の国が衰えるにおよんで、首都の洛陽を立ち去ります。そのとき、函谷関(かんごくかん)もしくは散関(さんかん)どちらかの関所を通るときに、関守の尹喜(いんき)に留意されます。それを振り切って去ろうとする老子に、尹喜が、せめて何か残してくださいとお願いし、一晩で書いたものが「道徳経」と言われています。

 

長い間、原文とされてきた「道徳経」は、唐の時代、7世紀に建てられた石碑に掘られていたものです。唐の王室は道教を重要視しており、各地に道観(道教の寺院)を建立し、そこに石碑も作っていたようです。

 

でも20世紀に入り、遺跡から絹に書かれた2種類の「道徳経」が見つかります。唐の時代の石碑に掘られていたものと、大筋は同じなのですが、ところどころ、表現や文字が違っています。

 

「大器晩成」は、41章に出てきます。

 

石碑に書かれているものは、

大方無隅

大器晩成

大音希聲

大象無形

(大きな四角には隅がなく、大きな器は完成するのがおそく、大きな音はほとんど聞こえず、大きな現象には形がない)

 

大器晩成は、大物は、ゆっくり育つ、というような意味で、不器用だったり、なかなか成果が出ない人に、励みのことばだったりしますよね。

 

一方、絹に書かれた「帛書(はくしょ)」では、

 

大方無隅

大器免成

大音希聲

天象無形

(大きな四角には隅がなく、大きな器は完成せず、大きな音はほとんど聞こえず、天の現象には形がない)

 

と書かれています。

 

なるほど、よちよちと、ずっと老子を読んできた身としては、大きな器は完成せず、という帛書の解釈は、すごく老子らしいなあと感じます。

 

もしかしたら、大器晩成と言われる方が嬉しくて、「完成しない」と言われてしまうと、がっかりするかもしれませんよね。

 

でも、結局同じことだと思うのです。大物は、ゆっくり成長していき、その成長は止まることがないのですから。

 

その人が大物かどうかを決めるのは、自分ではなく、人ですよね。場合によっては、本人の没後ということも、あります。

 

人の評価をあてにするのではなく、自分が信じること、やろうと思うことを、諦めずに続けていくだけでいい、という方が、勇気づけられる気がします。

 

「TAO, THE BOOK OF THE WAY LAO TZU」の訳者、安富歩さんは、ここに素敵な訳をつけてくださっています。

 

大きな四角、つまり有徳者の広い心は、

どこまでも寛大であって、誠に届くことがなく、

大きな器、つまりすぐれた才能は、

どこまでも成長し続けて完成することがない。

大きな音は、もはや聞こえず、

天の姿には、形などない。

 

道士(道教の修行者)たちは、「道徳経」を、ずっと読み続けると言います。その理由は、「読み続ければいつかはわかるから」と聞いたことがあります。

 

ここに書かれている大器免成にも、つながりますよね。

 

読み続ければいつかはわかる、という人たちが、本当に「わかった」と言う日はないのかもしれませんが、それはちっとも不幸なことではないと思います。

 

今は、こう思うけれど、まだ違う解釈があるかもしれない、と、余白を残しておくことは、成長の余白でもありますし、他者や他の意見を聞く余裕にもなりますし、心のゆとりにもなります。そして、それ自体が楽しさをもたらしてくれると思っています。

 

 

参考:「TAO, THE BOOK OF THE WAY LAO TZU」安富歩 編訳 株式会社ディスカバー・トゥエンティワン

 

 

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太極拳のあれこれ

2019.04.04 Thursday

(武当山の南岩 )

 

太極拳とひとことで言っても、実際には流派もいろいろです。

 

例えば単鞭(タンビエン)という型は、鞭をピシンと打つような動作になりますが、流派によって、やりかたは違います。

 

太極拳には、大きく分けて、伝統拳と制定拳があります。伝統拳は、伝統的に伝えられてきたもので、制定拳は、伝統的に受け継がれてきた太極拳を、もっと万人向けにしようと、中国の国家体育委員会がまとめたものです。1956年に簡化24式太極拳を制定したのが、最初だそうです。

 

制定拳のおかげで、太極拳は、中国国内でも海外でも、広く知られるようになったようです。

 

このときに伝統拳がなくなってしまったわけではなく、今も続いています。五大流派は陳式、楊式、武式、呉式、孫式、それ以外にもいろいろあり、わたしがお稽古している武当拳もそのひとつです。

 

それぞれ特徴がありますが、ありすぎるため、どれをするかは、出会いと好みかな、と思っています。

 

もちろん、はじめたときには何もわからないかもしれませんが、「これ、いいな」という自分の感覚を信じたらいいと、思います。続けていくと「いいな」の理由がちょっとだけわかったり、さらに深まることもあります。「違うな」と感じることがあれば、別の道(流派)へと進むかもしれません。

 

そもそも同じ流派でも、実際には人の数だけやり方があると言っていいくらい違います。

 

表に見える形よりも、見えない部分の感覚を大切にするものだからかもしれません。

 

以前、教えていただいた先生が、「習うときはきちんと、その通り習う。でも、自分から人に伝えるときは、それぞれ違うものになってもいい」とおっしゃっていました。

 

オリジナリティを発揮せよ、ということではありません。「守・破・離」ということばがありますが、それが自然な流れで起きるなら、それでいいくらいな感じです。「さあ、そろそろ破るときだ」みたいに意気込むのは、ちょっと違う気がします。

 

しっかり習ってから消化されて出てくるものは、人によって違うこともあり得ます。違う人間ですしね。

 

表に見える形だけ追っていると、「なんでAさんは,如■造気鵑廊△覆鵑世蹐Α廚函¬造Δ海箸發△襪任靴腓Αしっかりその通り習っていると、「Aさんは,如■造気鵑廊△覆鵑世諭△覆襪曚鼻廚澆燭い粉響曚砲覆蠅泙后Aさんのも、Bさんのも、意図がそれぞれ理解できると言えば、わかるでしょうか。

 

でも、もちろん、全部わかるとは、とても言えません。ただ、見た目が「違う」ことに戸惑いにくくなる、というだけです。

 

同じ人でも、変っていきます。わたしは今、だいたい年1回、中国の先生のところにお稽古に行きますが、そのたびに、何かが変わっています。

 

ときどきは、ひと塊の套路から、2,3の型がごっそり抜け落ちることもあります。理由は、「なくていい。」「こうしたほうがいい。」

 

そもそも物事は変っていくものであり、それが、いいところでもあります。変化を求めるのではなく、やっていくうちに自然に起きる変化に従っていく、という感じです。

 

こういう変化は、楽しいです。

 

それでも、変らないものがあります。

 

ひとつは「それが、太極拳と呼ばれるものであること」。太極とは、ひとことで言うなら、調和だと思っています。調和を求めていくことは、ずっと変わりません。

 

2つめは「いちばん楽に、いちばん大きな力を出せる動きになること。」套路(型)をひととおり覚えたら、無駄なことをずっとそぎ落とし続けるのは、このためです。ひとつの套路は一生もの、というのは、この理由からでもあります。

 

3つめは「どこから押しても倒れない、安定さが実現できていること。」これは、お稽古を続けていて迷ったときに、役立ちます。

 

4つめは、ちょっと視点が違いますが、「自分は、ほとんどのことがわかっていないと、知っていること。」これが腑に落ちていると、できないことで悩むことは、なくなりますよね。

 

話はずれますが、そのむかーし、最初の就職をしようとしていたとき、何かでお会いしたおじさまに、英文科専攻だ、という話をしました。その方は、にこにこ笑いながら、「いいねえ、なんでもできるねえ。」続いて出た言葉は、「だって何もできないものねえ。」さらにニコニコ。

 

素敵な方ですよね。

 

ちょっと年をとってきて、やってきたことも多くなると、「できる」ことに価値を置きがちになったり、「経験を活かして」なんてことも思ったりするようになり、

 

それはそれでいいですが、縛られると、逆に身動きが取れなくなります。

 

「わかっていない」は、良いとか悪いとかを超えて、永遠の真実だと思うのです。

 

4つで終わるのは、なんともおさまりが悪いので、5つめを入れるなら、「好きであること。」好きなことは、楽しいばかりではなく、大変なことも含まれますが、それでもやりたい、と思えること、かしらね。

 

 

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弱さを出す人の、強さ

2019.03.30 Saturday

(「あんな風に生きたい」と憧れているパンダ。和歌山のアドベンチャーワールドで)

 

 

お稽古で大切にしていることのひとつは、「正直であること」です。

 

わからないのに、わかったふりをしたり、

嫌なのに、我慢してしまったり、

気が進まないのに、他の人に合わせてしまったり、

 

そういうことはしなくていいと、繰り返し伝えています。

 

ひとりが「わからない」と声を上げることで、「あ、わたしも!」と、他の人がホッとすることも、ありますしね。

 

そもそも、わたしが目指すのは、「みんなが満足するクラス」ではありません。

 

もちろん結果としてそうなれば、とても嬉しいです。でも、多種多様な人がいる中で、みんなにぴったりくるものを狙おうとすると、ともするおt、内容が薄まってしまう気がするのです。

 

教え始めた頃は、「みんなが満足するクラス」を目指していました。終了後に5段階(大変よい、よい、どちらでもない、悪い、とても悪い)で評価がつくアンケートをとるクラスを担当していたとき、「全員を『大変よい』にする!」を目標にしたことがありました。

 

鼻息荒すぎ、欲深すぎです。

 

でもあるとき、「なんだか違う」と気づきました。

 

友人と共同でワークショップを開催したときのことです。あるプログラムの課題として開催したため、ワークショップの様子をビデオにとって、後から見て振り返る、という宿題が出ていました。

 

ワークショップ自体は、アンケート結果もよく、「良かったね」と言っていたのですが、

 

ビデオを見てみたら、「...なんだか、全然だめじゃない?」さらに、参加していない人たちにも見てもらったところ、「これ、わたしが知っているみんみん(わたしのこと)じゃない!」とバッサリ。

 

ふりかえってみると、すべて想定内だった気がします。もちろん、参加者の反応は様々ですから、いろいろなことは起きましたが「想定外のことが起きる」ことを想定していた、という感じです。

 

優等生的というのか、まじめすぎるというのか、とにかく遊び心や、余裕がありません。

 

「なんだか、つまらない。」

 

こんなこと、したいわけじゃないのです。みんなが満足するものを狙うのはもうやめよう、「こんなの嫌!」という人が出るくらいのものにして、それを受け取っていこう、と思いました。

 

もちろん、炎上や反発を狙ったわけではありません。ただ、嫌だと思った人が、それをその場で言葉にできる雰囲気を、何よりも大切にしたいと思ったのです。

 

 

以前のわたしは、嫌と言えませんでした。言ってはいけない、と思い込んでいました。

 

その昔、こんなことがありました。

 

あるグループに所属していて、ときどき生徒であるわたしたちに、先生が頼みごとをします。クラスの中での役割だったり、それ以外だったり。

 

いつでも「はい」と答えてやるものだ、と思っていました。それだけの準備をしておかないと、とも思いました。

 

でも同じグループには、先生に頼まれても、おどおど不安そうな顔を見せたり、「できません」という人もいました。

 

そういう人を見て、ダメだなあと思ったのです(厳しいですよね、すみません。)

 

そういう人に、先生は頼みごとをしなくなるかというと、そうではありませんでした。ことあるごとにチャンスを与えます。それは、うらやましいものでした。

 

「わたしは絶対に断らないし、ちゃんとやるのに。なんで?」と、ストレスにも、なりました。

 

つい最近、ふとそのことを思いだして、「あれは違ったな」と気づきました。

 

「できません」と言えたその人は、素直で、実はとっても強かったのかもしれない、と。

 

できないと言ってはいけない、と思っていたわたしは、「できないと言ったら、チャンスがなくなる」と、怯えていたのです。勝手な妄想で自分を縛っていますよね。わたしのほうが、ずっと弱いです。

 

あの頃は、そういうことに、気づけませんでした。

 

その後、少しずつ「できない」と言う練習をしてきました。最初は、我慢し続けた後だから、爆発するみたいに「でっ...できませんっ!!!」みたいな言い方しかできなかったことも、あります。

 

幸い「わかった」と言ってくれる人たちに恵まれ、だんだん素直に、ふつうの口調で言えるようになってきました。

 

嫌だとか、できない、とか、後ろ向きのことばの背景には、自分が大切にしたい何かがあったりします。自分が大切にしたいことが、ないがしろにされていることが、嫌なこともあります。それを感じることは、自分を知るためのチャンスになります。

 

ちなみに、過去に所属していたそのグループでも、勇気を振り絞って「それはできません」と言ったことがあります。そのときは、先生から激怒されました。

 

否定的に聞こえることばを言うと、ときには傷つくこともあるかもしれません。それで相手が傷ついてしまうことも、あるかもしれません。

 

当時は悲しい思いをしましたが、今から振り返っても、あの経験はよかったと、思っています。

 

なぜなら、それでも大切にしたいものを、守れたわけですから。たぶん、はじめてね。

 

巻き込んでしまった方々には、本当にすみません、としか言いようがないわけですが、そんな縁もふくめて、縁とはありがたいものです。

 

 

 

【これからの特別クラス】

3月31日(日)/4月21日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇」です。詳細とご応募方法はこちら


4月7日(日)14:00-16:30は「やさしい站椿功」です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月14日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」第3回 ワニの上陸 です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月28日(日)13:00-15:00は、千葉県香取市(小見川)の「立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募はこちら

 

4月29日(月・祝)14:00-16:30は「−20歳のカラダほんとにはじめての武当太極拳」です。全くの初心者、もしくは太極拳のお稽古に悩んでいる方に。太極拳とは?というお話から、基本的な体の使い方を体験できます。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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