手つかずの自然と、人の手で守るもの

2018.12.18 Tuesday

 

先日、縁あって南紀白浜を旅しました。

 

パンダの赤ちゃんをはじめ、様々な動物との出会いを満喫したアドベンチャーワールドの他にも、素敵な時間がたくさんありました。(アドベンチャーワールドを訪れたお話は、こちら。)

 

15年振りくらいに訪れた、白良浜(しららはま)。白い砂と青く透き通った海水。ここは、ハワイのワイキキビーチと姉妹浜なのだそうです。

 

この白い砂、さらさらしていて、裸足で歩いても、砂が足にべったりつくことはありません。払えば落ちるので、靴を履くのも簡単です。

 

この砂は、波で細かく砕かれた珪砂砂岩(けいせきさがん)だそうです。ガラスの原材料としても使われていて、明るく白い色をしています。

 

実はこの砂、オーストラリアのパースから輸入した砂も足されているのだとか。

 

砂は、波でさらわれて徐々に減りますが、河川から再び供給されることで、砂浜は保たれます。しかし白良浜周辺では、観光や宅地などの開発が進んだ結果、砂の供給が減り、砂浜が痩せてきてしまったそうです。

 

そこで和歌山県では、大事な観光資源でもある砂浜を守るために、砂を足す養浜(ようひん)を行ったのだとか。1989年から12年間、約14トンもの砂が足されたそうです。

 

現在でも、ネットを張って、砂が飛ばない工夫をしたり、ゴミの持ち帰りを促したり、ゴミ拾いをしたり、砂浜を守るための活動をしています。

 

美しい景観を守るために、人の手が入っています。

 

”ありのまま”に、人の手を加えていることになりますよね。

 

 

こんなとき、自然ってなんだろう、と考えたりします。

 

 

山や森の話で、誰も人が入らない山よりも、里山の方が活き活きしている、と聞いたことがあります。人のお手入れがあるほうが、すくすくと森が育つらしいのです。

 

里山も、”ありのまま”に人の手を加えていることになりますよね。

 

 

もちろん、人の行動により、環境破壊が進み、その対策として、人の手を加えないと守れないものもあるでしょう。白良浜の砂の例も、こちらに入ると思います。

 

でも、それだけでもないような気がします。

 

人も、生態系の一部です。そう思うと、人が何か手を加えることも、地球のサイクルの一部になることも、あるのかもしれません。手つかずの自然をイキイキとさせるために、人ができる役割もあるのでしょう。人と大自然は、別々に生きているわけではないですから。

 

バランスが崩れたら、人の手で取り戻すことも、できるのだと思います。白良浜の砂浜のように。

 

 

ちょっと考えてみても、”ありのまま”でないこと、たくさんありますよね。

 

潮干狩りも、事前に貝をうめているという話も聞きますし、ホタル観賞ができる庭も、連れてきて放している場合もありますよね。アドベンチャーワールドだって、作りものです。

 

なんだ、”ありのまま”ではないのか、と、がっかりすることもありますが、

 

そのおかげで、貝を自分でとる経験ができたり、ホタルを見て、ホタルは水がきれいなところにしか育たないことを知ったり、野生の動物を間近で見たり、触れあったり、その経験が入口となっていくことも、あると思います。

 

そう思うと、”ありのまま”でなくても、いいではないか、と思うのです。

 

バランスもありますし、程度問題もありますので、一概に上手くいうことはできませんが、守るために手を入れることも、大事なことだと感じています。

 

話はかわりますが、昔、イギリスの大学にいたとき、同じ大学に考古学とコンサベーションという学部がありました。コンサベーションとは、あまり馴染みがないかもしれませんが、自然環境・芸術作品などの保護、保存、保全のことです。景色などの景観を扱うこともありますし、街並みや建物も対象です。たとえば古い町並みでは、ポストを色彩を抑えたものにしたり、ファストフードのお店の色を変えることなども、そのひとつです。

 

友人だった考古学部の学生が、「考古学とコンサベーションは、ときに対立する」と話していました。考古学は、とにかく古いものを、そのまま保護、保全します。それに対してコンサベーションは、場合によっては、もともとあるものを壊すことがあります。

 

何を守りたかの、違いかもしれませんね。

 

手つかずの大自然か、人の手を入れるか、どちらかという話ではなく、何を守りたいのかで、選択は変ってくるのかもしれません。

 

そして人が地球の一部であるなら、人の手が入ることも、地球というシステムの中では、大切な役割だと思います。人の行動も、自ずと然り、自然とも言えるのかもしれません。

 

 

特別クラス「やさしい站椿功」は、12月22日(土)14:00-15:30、九品仏駅・自由が丘駅近くの和室で開催します。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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アドベンチャーワールド

2018.12.17 Monday

 

南紀白浜に旅しました。

 

この2年、和歌山にはご縁があります。去年は春に熊野、冬に高野山、今年は南紀白浜です。それぞれ違いますが、共通しているのは、透き通る水です。

 

水の国ですね。

 

素敵なところがたくさんでしたが、びっくりしたのは、アドベンチャーワールドです。

 

この夏、赤ちゃんパンダが生まれたくらいしか知らなかったのですが、想像をはるかに超える楽しさでした。

 

入口には、むしゃむしゃしているアルパカ。

 

 

さらに行くと、屋外にパンダ、2歳になる結浜が笹をむしゃむしゃ。近くでじっくり見ることができます。

 

 

結浜は、とんがり頭がチャームポイントなのですよね。

 

 

こんな感じで、高い柵や透明板越しではなく、見ることができます。

 

赤ちゃんパンダとご対面。平日だったせいか、並ばず、すーっと真正面まで行くことができました。

 

 

まだ名前のついていない(17日に発表予定)ベビ浜ちゃん、生後約4か月です。ぐうぐうお昼寝中、かわいいです。

 

生まれたときは、わずか75グラム。小さいですね。毎日体重を測るようで、「今日の体重は5765グラム」と表示されていました。ここでは、何頭も赤ちゃんパンダが生まれ、育てられています。飼育員さんたちの技量や気くばり、心くばりが、しのばれます。

 

べビ浜ちゃん、最初は背中を向けていたのですが、お顔が見えるように、飼育員さんが抱っこして向きを変えてくださいました。

 

ニュースによると、この日、来場者が見守る中よちよちと歩き始めたとか。記念すべき日だったのですね。

 

 

近くには、変った展示がありました。”パンダのふん”です。「ぜひ、香りを嗅いでみてください」と、大胆なおことばが。

 

パンダは本来、肉食なのです。でも天敵や餌の競争を避けて、中国山岳地帯の奥地を生息の地として選んだ結果、そこに1年中ある植物、竹や笹を食べるようになったそうです。

 

しょっちゅう食べていますが、肉食の消化機能では、繊維質の多い笹や竹を消化して栄養にすることは難しく、生きるために必要なエネルギーを得るには、大量に食べる必要があるのだそうです。

 

そして消化できない竹や笹は、ほぼそのまま、ふんとなって出てきます。そう、パンダのふんは、竹の香りがするのです。これがびっくり、そこそこよい香りです。お部屋に漂っていても、全然OKです。

 

パンダは、わたしの理想なのです。ものすごくリラックスしていて、落ちても怪我せず、どことなくユーモラスです。何より、食を変えてでも敵を避けるという、その平和で温厚な性格(?)です。そんなパンダには、天敵がいないそうです。

 

こちらは、4歳のふたごちゃん(桜浜、桃浜)の、どちらか。天下泰平な格好、果たして寝心地がいいのでしょうか。

 

 

パンダとの遭遇を満喫したあとは、ワールドサファリです。1周1.5キロ、その名のとおり、ライオンやトラ、ヒョウなどの目の前を車で通ることもできるサファリパークです。

 

もちろん歩く場合、肉食動物たちは柵の向こうです。でも草食動物たちは目の前にいますし、道を横切ることもありそうです。

 

でっかいゾウ。

 

もうおばあちゃんだそうですが、おやつのバナナを上げると、鼻先で器用につまんで口に運び、むしゃむしゃ。食事はたっぷりあげているそうですが、おやつは別腹かしらね。

 

 

きりん。まつ毛、ばさばさです。こちらもおやつをあげてみました。

 

 

「手のひらにのせてあげてください」と書いてあるとおりに差し出してみると、厚く、黒っぽい舌で、べろっとひと舐め。「ぎゃあぁっ」と叫ぶほどの衝撃でした。

 

ひと舐めで全部、きれいにすくいとっていきました。すごく上手です。

 

ダチョウときりん。こんな風に、違う種類の動物が一緒に過ごす姿もたくさん見られました。

 

 

シカ。長いまつげにつぶらな瞳。安定のかわいさ。

 

 

白い斑点模様は、小鹿のバンビと同じではないでしょうか。

 

 

「おやつちょうだい」かしら。ごめんね。

 

 

チーターもいます。かっこいいです。金網の向こうですが、「手を入れないでください」と書いていないと、油断するほどの近さです。

 

隣のフィールドにいる別のチーターと、お話しているみたいでしたが、どうだったのでしょうか。

 

 

向こうの方からは、「ガォォォ」という声が。ライオン?

 

 

遙か遠く、左手の高い安全なところから、ライオンを眺めます。

 

オス同士、メス同士で集まっていたのですよ。

 

オスライオン、仲良しでした。1頭がごろんと横になると、もう1頭がグルーミングみたいなことをしていました。仔猫みたいです。

 

「ガォォォ」という音は、スピーカーからでした。効果音で盛り上げてくれていたのね。

 

こちらも、仲良く(?)共存です。

 

ものすごく美しいしましま柄。しまうまの毛を刈ると、皮膚までしましまなのだろうか?の答え、どうだったのでしたっけ?

 

群れをなしているヒマラヤタール。岩山に生息し、崖や斜面を軽々移動するそうです。仲良しでした。

 

ちょっと、かっこよすぎじゃありませんか?

 

こちらは頭がぐるーんと回りました。置物の仕掛けものみたいですよ。

 

 

海に暮らす生きものもいます。

 

ここにも赤ちゃんが。まだ2か月の皇帝ペンギン、パパとママと一緒に、こんにちは。

後ろのカラフルな方は、エサをあげに来た飼育員さん。

 

まだまだ他にも、いろんな動物がたくさんです。

 

感想は、ひとこと「たのしいっ」です。何がいいって、ぜひ機会があったら、実際に行ってみてください。いろいろと感じることがあります。

 

≪追記≫

パンダの赤ちゃんは、2018年12月17日に、彩浜(さいひん)と命名されたそうです。彩り豊かな毎日で、すくすくとしあわせに育つことを、願っています。

 

 

 

 

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ていねいな暮しとは?

2018.11.30 Friday

(今年の夏、武当山でお稽古しているとき、とつぜん現れた仔猫)

 

「ていねいな暮らし」というと、よい響きでしょうか?

 

ネット検索すると、本もブログもいろいろ出てきます。関心のあるテーマではあるようです。

 

自分でも、心がけてきたところも、あります。その積み重ねで、ていねいな暮らしになっていくこともあるとは思うのですが、

 

最近、ちょっと違うことを感じました。

 

わたしはずっと、サイズの大きな布を扱うことが嫌いでした。シーツを敷くこと、布団カバーをかけること、大きな毛布をたたむこと、などです。

 

洗濯は好きな方なので(洗濯機がやってくれるだけですが)、いそいそとはがして洗ってもらい、干すまではよいのです。問題はそのあとです。

 

やらなければ日常に支障が出るため、やりますが、いつも「いやー」と思いながらしていたのですよ。

 

それが、です。とある日から、その嫌な気持ちが消えてしまったのです。

 

淡々と動く自分がいるのです。好きになったわけではありませんが、あの「いやー」という気持ちは起きません。

 

最大に嫌いだった布団カバーかけも、内側の紐も丁寧に結ぶ作業(布団が中でよじれないように、カバーと布団を6か所とめる紐です)も、淡々と進めるのです。

 

別人になってしまったみたいですよ。

 

なぜそうなったのか、わかりません。今が、特別な時期なのかもしれませんが、とりあえずは続いているため、そうでもなさそうです。どちらかというと、このままいけそうな気がします。

 

それで思いました。

 

ていねいな暮らしは、しようとしてなるものではなく、自然とそうなっていくものなのかもしれない、と。

 

タイミングがあるのかもしれません。

 

流れとしては、あると言えば、あります。

 

今年の春、体調がすぐれない日にファスティング(断食)しようと思い立ち、自分をデトックスしたら、部屋もきれいにしたくなり、断捨離をしているうちに、「家が好きだな」と感じて、そこから「好きなものをひとつずつ紹介してみよう」と、Instagramで「すきなもの」の投稿を始めました。

 

お片付けモードは、前よりも加速していると思います。

 

でも以前は、部屋を張りきってキレイにすることはあっても、布団カバーかけに張りきることはなかったのです。一度たりとも。

 

さらに言うと、今、布団カバーかけに張りきるわけではありません。あくまでも淡々と作業を進めているだけです。

 

でもですね、シーツにしても、毛布にしても、きれいにできるとうれしいです。

 

ですから、この驚くべき自分の変化は、ものすごくうれしいです。

 

ていねいに暮らすための方法論やコツは、いろいろあるようです。参考にしてやってみることも、いいと思います。心がけているうちに、変ってくることもあるでしょう。

 

わたし自身、「今のは雑ですよ」と指摘されて、気づいたことも、たくさんあります。それは、ありがたいことでした。

 

それでも、何かを苦手だと感じるときは、そのまま感じることも、大切なのかもしれません。

 

無理にていねいにしようと思っても、自分に苦痛を与えるだけかもしれません。そんな「ていねいな暮らし」って、ステキでしょうか?そうではなくても、日常生活に支障がないなら構わないと思います。

 

ひとつ思うのは、「人はもともと、ていねいなのだ」ということです。生きている間に、そのままではいられないことがあるのかもしれないと、思うのです。

 

赤ちゃんが、ほがらかで柔かく、生命力にあふれた存在として生まれてきて、成長するにつれて、体も心もコチコチになっていくみたいな感じでしょうか。

 

スノードームは、振ると雪が舞い上がりますが、そのままにしておけば、落ちつきます。もともとはクリアで静かなのに、騒がしく振ると何も見えなくなるのも、似ているでしょうか。(スノードームは、振る楽しさもありますけどね。)

 

そう思うと、騒がしく雪が舞い上がり続けていたわたしの毎日が、少し落ち着いてきたということなのかもしれません。

 

自分では、站椿功を続けている成果だと、ひそかに思っているのですけれどもね。

 

ただし站椿功をやる前(1回、30分くらいです。それを1日に1回か2回。)、ちょっとしたサボタージュはあるのです。「よしっ」と思わないと、立ちあがれない、というか。

 

もうちょっとしたら、站椿功も淡々と始められるようになるのかしら。

 

 

ゆったりサイクルに触れに行く「やさしい站椿功」は、12月22日(土)14:00-15:30、九品仏駅・自由が丘駅近くの和室で開催します。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

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時間の感覚

2018.11.29 Thursday

 

糸井重里さんの「今日のダーリン」というエッセイが好きです。

 

なるほど、へえーっ、そうそう!などなど、楽しく、深く、軽く、読ませていただいています。

 

11月27日は、ある時代の「社会の時間感覚」について、でした。

 

吉本隆明さんによると、社会の時間感覚は、その時代の大きな産業の商品が、生産されて消費されるサイクルを基本にしているのだそうです。

 

ちょっと前なら自動車を生産し、買われて、運転されるまでのサイクル、もっと昔だったら田んぼに苗を植えて、刈り入れて、それが人の口に入るまでのサイクル、

 

今のようにデジタル時代だったら、そのスピードはぐんっと速くなって、アマゾンの「お急ぎ便」みたいにすぐ届くという、わかりやすい例が出ていました。

 

これだけ速いサイクルが基準になると、大変です。人間は、たいていのことが「のろい」と感じるようになって当然ですよね

 

「のろまだなあ」とか、「時間がかかる」と感じるのは、この視点で見ると、今の時代には当然なのかもしれません。

 

文明の発展による恩恵には、ありがたく預かっていますし、助かっているという思いもあり、その進化を否定する気持ちは、これっぽちもありません。

 

飛行機がなければ、中国にお稽古に行くこともできませんでしたし、

 

人間が宇宙に行くことがなければ、地球は青くて丸いのだ、ということも、いまだに知らなかったでしょう。

 

洗濯機もありがたいですし、料理も、薪で火を起こさなくてもできるのは、快適です。技術の進歩、それ自体は、人の生活を便利にするもので、何かを奪うものではありません。それ自体は、ですけれどね。

 

一方で、このスピードでは疲弊する面もあります。

 

山や、森や、海へ出かけて、癒されるのは、サイクルがゆっくりだからかもしれません。

 

海は、荒波の日もありますが、目にも止まらぬ速さで波が動くのとは違う気がしますし、

 

森で鳴く鳥の声は、7倍速(ドッグイヤーになぞらえて)に聞こえることは、ありません。

 

都会の生活よりは、ゆったりです。1日をかけて、太陽が昇り、明るく照らして、午後には傾いて、夜には沈む、というリズムを刻みます。1年には、四季というリズムがあります。

 

こう思うと、人間は、社会のスピードの加速について行けていないのかもしれません。

 

こんな時代に、太極拳などという、時間をかけていくもの、ただ今を感じていくもの、ゆっくり育てていくものが、なかなか大衆的にはウケない(と感じることがあります)のは、当然なのかもしれません。

 

今の社会で、よくあるサイクルは、目標設定→達成でしょう。達成を目指して、一心不乱に、わき目もふらずに突進するでしょう。効率的ではありますが、その道のりで、脇に生えている草花を見逃す可能性も高いでしょう。

 

「成功すればいい」と思うかもしれませんが、成功し続けるのは、大変です。オリンピック選手だって、生涯ずーっと金メダルを取り続けることは、できませんものね。

 

目標設定→達成の中では、成功するか、失敗するか、しかありません。でも、のんびり道を歩いて、たくさん寄り道をしたら、思いがけない発見があったり、そこから何かが発展していくかもしれません。ここでは、成功や失敗は、ありません。でも、いろんなことが起きます。

 

太極拳の修練は、この後者、のんびり道を歩く方に似ています。

 

中国の武当山にいる先生は、とっても穏やかで心が広く、おおらかな方なのですが、昔、「あれは武当山という環境があるからだ」と言った人がいました。「東京に住んだら、ああではいられないはずだ。」と。

 

そうかもしれません。実際、わたしが武当山に2か月間滞在して、東京に帰ってきたとき、リズムの早さについて行けず、苦しい思いをしました。

 

でも今は、そんな風にあきらめることはない、と思っています。

 

ゆったりしたサイクルを、自分の中に持てばいいのです。

 

天地とつながり、意識が広がってゆったりしてくると、自分という存在が小さく感じられ、あれこれの悩み事がどうでもよくなってきます。悩みごとの程度によっては、どうでもよくはならないかもしれませんが、少し捉え方が変わってきます。

 

ゆったりしたサイクルは、自然のリズムです。どんなに社会のリズムが早くなっても、わたしたちが自然の中で暮らしていることは、変りません。

 

自然のリズムの中では、今の社会のリズムで「遅い」と感じているものも、遅くないのではないかしらね。

 

そして、せかせか焦ってやると、忘れものをしたり、うっかりミスをしたり、逆に時間がかかることもあります。自分のエネルギー消費も大きいでしょうし、周りに与えるイライラ、ピリピリも大きく、人々のエネルギーも消費させるでしょう。

 

それをするのにちょうどよいスピードですれば、結果として、逆に速いかもしれません。エネルギー消費、ストレスは、自分も、周囲の人も、小さくて済みます。

 

テキパキやったけれども、「それ、必要ないですけれども?」という経験、ありませんか?わたしには、あるのですよ。そんな苦い経験が。自分は、「どうだっ」とドヤ顔だっただけに、間抜けすぎて、思い出すと笑ってしまいます。

 

自然の中で育ってきた太極拳は、自然のサイクルに呼応して、ゆったりしています。だからこそ、社会のサイクルが早くなってしまった今の都会には、必要とされている気がしているのですよ。

 

これを広めていくことについては、がんばります。ゆったりと。

 

 

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たいしたことのない、わたし

2018.11.22 Thursday

 

以前にも書いたことがありますが、ホームページを立ち上げるまで、すごく時間がかかりました。

 

作ると決めてデザイナーさんに相談してから、半年以上、10か月くらいかかったと思います。

 

あのときにあったのは、「わたしなどが、公開していいのだろうか。」という躊躇と恐れです。

 

ある日、近い人に、そんな相談をしたら、「わたしなどが、と言っているけれども、実際にはすごく傲慢なんだよ。『たいしたわたしだから、たいしたものを公開しなければならない』と、思っているでしょ。」と、笑いながら言われてしまいました。

 

えーっ.....衝撃のひとことです。

 

続けて、「『たいしたわたしではないけれど、これが好きで、こんなことをやっています』と思えたら、すぐに公開できるよ。」実際に、そのことばどおりになりました。

 

「たいしたことない」というのは、卑下ではなく、永遠の真実なのだと思います。広い世の中で、知っていること、わかっていることなど、ほんの一握りなのですから。

 

 

何かに取り組み続けていれば、それなりに専門家になってきます。その話題に詳しい人になり、人からも意見を求められるようになります。

 

そんなとき、自分がよいと思っていることを追求するあまり、他のものを否定してしまうことがあります。

 

以前のわたしには、ときどきそんな気持ちがわいてきました。悔しい思いをしたときなどに、「あんなのでいいんだ」とか、「あれは違う」という否定的な気持ちが芽生えます。

 

これは、自分でも苦しいです。近い人にそれを打ち明けると、「そんなので、いいのよ。」という答えが返ってきました。「そういう需要もあるのだから、いいの。」

 

人のことを気にしすぎですよね。あの頃は、自分がどう見られているか気になりましたし、人のことも気になりました。

 

そもそも、その「よい」は、自分が思っている「よい」で、人とは違うかもしれません。そのことにも気づいていませんでした。

 

そして今、振り返ってみれば、「あれは違う」と思っているわたしは、嫌なエネルギーを出していたなぁ、と思います。

 

 

昔、就職活動をしていたときのことです。かなり年上の方に、英文科出身だと話すと、「じゃあ、なんでもできるね」とおっしゃるのです。意外なことを言うものだなあ、と思っていると、続けて「だって何もできないものね。」と、ニコニコ笑いながら、おっしゃいました。

 

どなただったかは、忘れてしまいましたが、その雰囲気は覚えています。素敵な方でした。

 

 

今でも、いやいや、大学出たての頃よりは、今はもうちょっとやってきたし.....とか、つい思ってしまいますが、そんなこと、ありません。

 

やってきたことは、今の自分の中に、ぜんぶあります。

 

それをわざわざ、取りだして並べてみたり、人に見せてみたりしなくても、いいのだと思うのです。そんなことしたら、それに足がもつれて転んでしまいそうです。

 

 

余談になりますが、これと一見、対極するような言い方で、「わたしは欠けることなく完全な存在だ」と言うこともありますよね。

 

でも、「たいしたことない」も、「完全なわたし」も、同じだと思うのです。どちらも、何かができなくても、何もできないわたしでも、この世に存在してよくて、世界に歓迎されているのだと思うからです。

 

同じことでも、視点によって、選ぶ言葉が違います。どちらがいまの自分に、力をくれる(もしくは無駄な力が抜ける)もので、より自由になれるのかによって、好きな方を選べばいいのではないかしらね。

 

ことばは不完全で、難しくて、便利です(笑)。

 

≪特別クラスのご案内≫

☀「やさしい站椿功」は、11月24日(土)15:00〜16:30、九品仏・自由が丘で開催します。詳しくは、こちらから。

 

 

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