ストレッチのコツ:自分と争わない

2016.03.09 Wednesday


(中国、武当山)

お稽古前には必ずストレッチをします。
そのほかにも、朝起きたときや、寝る前の瞑想の前などにもします。

人の体は、固くなる方向に進んでいきます。
柔かい赤ちゃんとして生まれ、老人に向かう過程を考えると、
固くなっていくことは自然の流れだと思います。
だからこそ、20年後も同じ体で元気にすごせることを目指すためには、
丁寧にストレッチすることが大切だと思っています。

ストレッチのコツは、”自分と争わないこと”だと思っています。
自分の体が固いとしても、それに絶望したり卑下したりしないことです。
固いのには理由があって、自分の体を守ろうとしている結果だったりするからです。
(詳しくは、→体のコンプレックスと、争わない心
そして無理やり伸ばそうと負荷をかけすぎないことです。
ストレッチは、そのまま訳すと”伸ばす”ですが、
緩めながら伸ばすことを心がけていいます。

緩めるためにまず大切なのは、呼吸です。
ストレッチの間、呼吸は自分のリズムでゆったりと、静かに続けます。

そしてたとえば前屈の場合、上半身の重さを使い、体が前に下がれるところまでいけば十分です。
そこで20秒以上キープします。それ以下だと、やわらかくしていく効果はない、と言われて今います。
そして下がるだけではなく、腰、背中、肩の力が抜けるように意識します。
背中をまっすぐ、ちょっとななめ前に下がる感じです。
勢いをつけて反動をつけたりも、しません。それは別の運動になります。

このときに、じっくりと自分の体を観察して、対話するようにします。
どのくらいまで下がりたがっているかを感じながら、
痛いと思ったら無理をかけず、そのまま待ちます。
この”待つ”が大切だと思うのですが、多くの場合、苦手な人が多いと感じます。
そのまま待っていると、「もうちょっと下がれるよ」と、
体から言ってくれることがあるのです。

さらに、意識の持ち方によっても、緩みやすさは変わります。
たとえば股関節を柔かくするために、座って足の裏を合わせてヒザを上から押す、
というものがあります。
もともと柔かくて抵抗が出ない人はこれで良いと思うのですが、固い人の場合は
体が嫌だと抵抗して、緩めるどころではなく、さらに固くなってしまうこともあります。

ひとつの例ですが、座って足の裏を合わせたら、両ひざの頭に紐がついていて、
それが左右に引っ張られていくのをイメージします。少しずつ、です。
手は足の上にでも置いておきます。
ついでに、お腹は立てておきます(背中が丸くならないようにします)。
これも、体が緩む準備ができるまで、待つことが大切です。
準備ができたら、股関節がだんだん、開いていきます。

体を温かくしておくことも大切です。
寒いと緩みにくいので、お稽古前には先に走って体を温めてからすることもあります。

体が固いことのは、自分を守るためでもあるため、それが”悪”ではないのですが、
それでも柔かい方が良いという話を、前に書いたことがあります(からだは柔かい方が良い?)
それに加えて、今、感じてることも、いくつかあります。

今の自分をじっくり観察して、自然に準備が整うまで待つことは、
丁寧に生きることでもあります。
自分で無理にコントロールしようとせず、自然な流れに乗ることでもあります。

固い自分と争わないことは、今を生きることでもあります。
「固い」と卑下することは、柔かい自分を理想としていることでもあり、
それは今の自分を生きていません。

固さという鎧を着ないことは、
ありのままの自分でオープンでいることにもなります。
誰かにこれがいいと言われたから、ではなく、本当の自分の願いにも
気づきやすくなるような気がします。

鎧を着ている人は怖いから、逃げるか、攻撃するか、ですが、
赤ちゃんのように柔かい人は、みんなの笑顔を引き出す力があります。

「笑う門には福来る」ですものね。


 

自由に動くこと

2016.03.02 Wednesday


(64式武当太極拳)

以前、太極拳の套路(型)について、書いたことがあります。
型があるものは何でも、はじめたばかりの人にはわからない先人の智慧が詰まっていて、
型を尊重して繰り返し練習することで、最初はわからない智慧や技を習得していくことができる、
と思っています。

未経験だから何だかわからないけれど、何か惹かれるものを感じる、というのが
太極拳のように長く伝えられてきた”型”にはあると思います。

先日のお稽古中、生徒さんが「套路が難しすぎて覚えられる気がしない」とおっしゃるのですが、
最後には、「不思議なのは、こんなにできないのに、楽しいと思うこと」と、おっしゃっていました。
先輩の生徒さんが「それが太極拳の楽しいところなの。」

わたしもそうだったな、と思います。

それとは逆に、世の中には”型のない自由な動き”もあります。
太極拳をはじめとするカンフー(中国武術)には、わたしが知る限り、套路(型)があるため、
自由な動きを練習することは、わたしの専門外です。
それでも、自分のお稽古には取り入れることも多いので、
その意味について感じることを書きたいと思います。

ひとことでいうと、型があってもなくても、目指すところは同じだと思うのです。
入口とたどる道が違うだけです。

型がない自由な動きの場合、わたしは自分の体に意識を向けて、動きが出てくるまで待ちます。
腕や脚、体が動きたい方向に動くのに任せます。

わたしのように型を練習している人の場合、慣れた動きが出やすくなりますが、
知っている動きをすることは、極力避けます。そうすると、自分がヘンな動きをしていたり、
「こんな動きもありなんだ」という新鮮な驚きに出会ったりします。

自由に動くメリットは、いくつかあると思っています。
ひとつは、体のバランスを取ってくれることです。
型は、本来はバランスをとってくれるものなのですが、新しい型を覚えるときなどは特に
体が緊張して、バランスが崩れたりします。
すごく練習しているのに、体のバランスが崩れてくることがあるのは、このためでもあります。
それでも体は本来、バランスが取れた方向に向かうと思っているので、動きたい方向い任せるだけで、
崩れたバランスが整ってくることもあります。

無意識に持っている「制限」を外してくれることもあります。
「この動きは負担がかかる」とか、「やりすぎ」とか、知らない間に動きに制限をかけていることは、
よくあるのです。知らないで制限しているので、外すことも困難です。
でも、自由に動く練習をすることで、ウェストがびっくりするくらいひねられていたり、
足がヘンは方向を向いていたり、それでも全身がちゃんとつながってエネルギーが通って動いている
のを感じることで、「体はもっと、ここまで動きたい」と感じることができます。
これはその後、型の練習にも反映できます。感覚は、すごく変わります。

逆に言えば、気づかずに制限の中だけで動いてしまうこともありますが、
それはそれで、良しだと思います。毎回、大きな発見を目指すのではなく、どうなのかな、
と探求していくことの方が大事だと思います。

型はあっても、動きにとらわれずに自由なエネルギーを感じて動くことは、
最初に型が出きたときの成りたちに近いような気がします。

型の練習をするときは、真剣に、型を尊重してその通りに動きます。
ただし、何をやっているのかと、呼吸と、イメージを持って、
動きだけを追わないように気をつけます。

自由に動くときは、知っている動きから離れて、真剣にゆだねてみます。

どちらも真剣。両方真剣にできれば、うまく合わせていくこともできるような気がします。

そして太極拳には型があることで、自分の感覚の違いを感じやすいような気がします。
同じ動きでも、全然違ってきます。
型にとらわれず、でも型を大事に、これからもやっていきたいと思っています。


(中国、武当山の朝)

歯をくいしばって生きなくても、よい

2016.02.13 Saturday



最近、歯医者さんの治療に通っていました。
歯石取りも終わったころに、先生から
「歯ぎしりしますか?」と聞かれました。

言われたことないし...と思ってそう答えると、
「奥歯が、ちょっと削れているんですよ。歯ぎしりでなければ、相当強い力で
噛まないと、こんなふうには削れないんですよね。」

えっ???と思って、それから気にしてみたら...
寝ているときではありません。
昼間、ちょっとしたときに、奥歯をギュッとかみしめているのです。

涙が出るのをこらえるときに噛むのは、理解できなくはありません。
でも何も関係ないときに、ぐっと噛みしめるときがあるのです。驚きです。

「なぜこんなに歯をくいしばって生きているかしら。そんな状況ではないのに。
逆に、自分で自分の人生を苦しくしているのじゃないのかしら。」

そう思って、わたしの人生の師匠に会ったときに、話してみました。

そうしたら、
「そうそう。前は、歩くお稽古をするとき、すごく奥歯をかみしめてた。
今は、ほとんどなくなったけどね。」という答えが返ってきました。

自分では、まったく気づいていませんでした。

「あなたの場合は、口角は下がらないのよね。その代りに、我慢するときに
奥歯をかみしめたり、眉間にしわを寄せたりしてたの。」

奥歯が削れるほど、歯をくいしばっていたとは...わたしったらなんてことを。

「舌をうわあごにつけて口を閉じるとき、奥歯は隙間が開くくらい、ゆるゆるにしておくの。
そうでないと、体に変な力が入ってしまうから。」

プールに体を浮かせて奥歯をかみしめると、体が曲がっていくそうなのです。

そんな、本当に無駄な意味のないことをしていたとは。しかも自ら、です。

この重要な課題に気づいたときから、噛みしめたら緩める、を繰り返してみたら、
1−2日後には、ほぼ、噛みしめなくなりました。

師匠の話からすると、1年半前には、もっと歯をくいしばっていたことになります。
当時は全く気づいていませんでした。
しなくてもよい我慢をしていた、ということなのだと思いますが、
そのときはそのクセに気づきたくなかったのだと思います。
気づいてしまったら、その我慢を吸収する手段を失ってしまうからです。

しなくてもよい我慢をしなくなってきたら、噛みしめるクセも自然に治ってくる、
というのは、おもしろいです。
さらに、その我慢を吸収する手段が不要になったころに、”噛みしめている”事実に
気づくのも、おもしろいと思うのです。
これはわたしのパターンなので、逆に、形から直す、つまり、噛みしめていることから直して
根本の問題を解決していく、という方法も、もちろんあると思います。

さて、奥歯をゆるゆるにして生活してみたらの感想ですが、
これが、とても気持ち良いのです。頭の中がゆるゆるしています。
頭の中には蝶形骨とう蝶の形をした骨があるのですが、緊張して硬くなっていると、
これが窮屈に押しこめられてしまいます。
すると、蝶形骨は内臓を包む筋膜にもつながっているので、胃なども緊張してしまうのです。

奥歯をゆるゆるにしておくと、蝶形骨もふわふわ、頭の中にスペースができる感じです。
ふわーんとして気持ち良いのです。

もう、歯をくいしばって生きていかなくてもよいですものね。
(自分で勝手にくいしばっていただけですが。今となっては笑い話です)












(中国、武当山の南岩。2か月後には、またここでお稽古です)

 

二本の足で立つこと

2015.12.06 Sunday



最近、なぜ人は2本足で立つことを選んだのかな、と考えたりします。

2本足は、不安定だからです。

立つことも、歩くことも、難しく、転ぶこともあります。
呼吸が浅くなっている人もいます。

4本足なら俄然、安定します。
自然と腹式呼吸になり、深い呼吸ができます。
さらに聞いた話では、匍匐(腹ばい、四つ足)だと、頭が無になるそうです。
だから禅寺などでは拭き掃除をさせる、とか。

安定している状態から、なぜわざわざ不安定な状態を選んだのかはわかりませんが、
不安定だからこそ、人間の頭は発達したのだそうです。

それでも、人間らしさでもある脳の発達は、行きすぎると
”頭でっかち”になることもあります。
カンフーで足を鍛えるのは、上半身と下半身のバランスを取るためと教わりました。
年齢を重ねると足の筋力が衰えるのに対して、上半身は重くなります。
上が重くなることで、転びやすくなったり、歩けなくなることもあります。
身体的にもそうですが、”頭でっかち”も、上半身が重くなる要素のひとつだと思います。

上半身と下半身だけではなく、2本足で立つことすべて、バランスのような気がします。
下に向かう重力と、上に向かう力(骨という構造を、それを支える筋肉を使って上に向かわせます)を
1直線上に、同じ量になるように調整します。

面白いことに、このバランス、力が均等なら良いわけでもありません。
ふたりでお互いに向き合って、押し合いっこを続けていると、いつかは疲労してしまいます。
どちらかがやめると、もうひとりは自滅する、というリスクもあります。
自分ひとりでも、人からの力が加わったりなくなったりしても、自滅せずに
バランスを保ち続けるのは、探求のしがいがあります。
こんなことをやるのも、カンフーのおもしろさです。

人は生まれてから死ぬまで、バランスのとり方をずっと学んでいくのかな、と思いながら、
わたしの”立つこと、歩くこと”の先生に、そんな話をしてみました。

先生は一言、「楽しいからですよ。」

なるほど。
だから赤ちゃんは、立とうとしたり、歩こうとするのかもしれません。

言われてみれば、わたしも立つ練習、歩く練習がすごく好きだったりします。

そういえば先日、生徒さんも「前は歩くの嫌だなあって思っていたのに、
歩くことが楽しくなってきました。」とおっしゃっていました。

立つこと、歩くことはあまりに当たり前で、無意識、無感覚でもできます。
でももし、歩きたての赤ちゃんの頃を思い出すことができたら、
ものすごくたくさんの感覚や感情が出てくるのかもしれません。

初めて立ったとき、歩いたときの楽しさは、きっと体が覚えているはずです。
感覚を研ぎ澄ませて、立って歩くような練習をするとき、あの楽しさをまた体験したり、
もっと深めていったりしているのかもしれません。

...四つ足動物の楽しさにも興味はありますが、とりあえずそれは、人間の領域外ですね。

(中国、武当山の学校で飼われていた犬。このときは足もとに収まるくらい小さかったのに、
2年後に会ったら、5倍くらいに巨大化していました。)

からだは柔かい方が良い?

2015.12.02 Wednesday


(脇の下、関節の部分をポコポコ叩いて、ほぐしているところ)

生徒さんの中には、「からだが固いんです」と困った顔をされる方がいらっしゃいます。
以前も書いたのですが、固いのには理由があって、自分を守ろうとしている場合もあるのです。
(詳しくは→「体のコンプレックスと争わない」

固いからだにも「ありがとう」と感謝するとして、では、からだは柔かい方がよいのでしょうか?

そうだと思います。理由は、いくつかあると思っています。

2足歩行をする人間は、4つ足よりも不安定です。
そのため、立つ、歩く、という日常動作でも、常にバランスを取らなければなりません。
そのとき、柔かい方が微調整が効きやすくなります。
柔かいというよりも緩んでいる、という方が適切かもしれません。
それぞれの部位が癒着せず、バラバラに動く、という状態です。

天秤の片方に75.6gの重さのものを置いたとします。
もう片方におもりを置いてバランスを取ろうとしたとき、
100gのおもりしかない場合、10gのおもりしかない場合、
0.1gのおもりがある場合を考えてみます。
0.1gのおもりを積み重ねればバランスは取れますが、100gや10gでは、できません。

実際に0.1グラムのおもりを重ねるのは大変ですが、からだはおりこうなので、一瞬で可能です。
「あっ、転ぶ!」となったとき、ゆるんでほぐれている方が対応しやすいと思います。

不幸にして転んでしまった場合でも、ゆるんでいるほうがダメージが少ないです。
水を例にしてみると、氷という固体の状態で落とすと砕けますが、水は落ちても水のままです。
落ちた先、相手によって、柔軟に形を変えることができます。

そのほかにも、緩んでいれば呼吸もしやすい、血も流れやすい、内臓も動きやすいなどなど、
基本的な生命活動の助けになるような効果もあるでしょう。

太極拳は全身運動で、腰(お腹)を中心に全身が連動して動くのですが、
氷のような塊が全身で動くのではなく、バラバラのパーツが連動して全身が動くのです。
固まっていると、そこで流れがせき止められてしまいます。

緩めようとして、無理やり伸ばそうとすると、
「痛い!」と抵抗が出て、逆に固くなってしまう場合もあります。
固いものをひっぱって切れてしまうように、痛めてしまう場合もあります。
もともと柔かい人の場合、「伸ばしすぎないように気をつけて」というのも、
痛めてしまうこともあるからだと思います。
わたしは、反動をつけずに自分の体のからだの重さを使って、からだと相談しながらじっくり
伸ばしていったり、イメージを使ったりするほか、2人ペアでやってもらう場合もあります。
(詳しくは→「限界を超える:今日のお稽古から」)

それでも、なかなか緊張が取れないこともあります。
そんなときは、今はまだ、緩むことが怖いのかもしれません。
緩むと閉じていたバルブが開いて、新しい流れがどっと起きるかもしれないからです。

道士やヨガ行者が、なぜからだを柔かくしようとするのかというと、
骨にアクセスしやすくするためだそうです。
骨には、魂の記憶が記録されていているそうです。心からの願いとか、自分の使命、と
わたしは理解しています。
世間からの評価や価値基準で「これがカッコいい」とか「これが成功」というようなものではなく、
理由もわからず楽しくてやりたいことや、どんなに反対されてもやらずにはいられないことが、
それかもしれません。
人それぞれで、自分だけにしかわかりません。

緩むのが怖い場合は、もしかしたら、自分の心からの願いに気づくのが怖いのかもしれません。

目の前にそういう方が現れる場合、それは自分の鏡でもあります。
わたしもまだ、自分の願いに気づくのが怖いのだと思います。

開いていることが自然なら、抵抗しなければバルブは開きます。
からだを緩めると心も緩みますが、逆に心を緩めないと体がほぐれない場合もあります。
どちらが先行しているかは、人によってさまざまだと感じます。
どちらにしても、まずは自分の状態を観察して、感じることからです。
抵抗しているなら、それを否定せず、無いものとせず、受け入れてみれば、
自然と次の道が現れるかもしれない、と思っています。

わたしの場合も、はい。


 


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