あなたは、よくやっている

2017.11.15 Wednesday

 

(2011年の春、武当山。手前が田理陽先生、すぐ右後ろがわたし。首がまっすぐでないところが、まだまだ、笑)

 

数年前、武当山にお稽古に行っていたときに、田理陽先生(武当玄武派第十五代伝人)からときどきかけていただいた言葉が、「あなたは、よくやっている」でした。

 

長めに滞在していたときで、最初の1か月は形意拳の基本の五行拳をしていました。ほかにやりたいものもあり、この先にどうするか悩んで、先生に聞いてみました。「太極扇を習いたい気持ちもあるのだけれども、このまま形意拳を続ける方が良いと思いますか?」と。

 

先生の答えは、「よくやっているし、体もできてきたし、成果も出てきているから、このまま続けるのも良いと思う。でも、太極扇も教えられるし、それも良いよ。自分で決めなさい。」でした。

 

わたしの気持ちは、形意拳を続ける方に傾いたのですが、先生はそれから、太極扇を教える準備を始めました。わたしに教える役の人を選んで、お稽古をつけ始めたのです。

 

結局、滞在期間の最後の10日間で、太極扇を習いました。最終日、先生が「見せてね」とおっしゃって、先生の前で披露することに。ほかの生徒にビデオを撮らせながら、です。

 

1回目は最初と最後が逆向きに終わってしまい(つまり、どこかで間違えています)、2回目は途中が抜けてしまい、3度目でようやくひととおり最後まで到達できた、という、やれやれな出来でしたが、先生は「10日間でこれだけできるようになって、あなたは本当によくやっている」と言ってくださいました。

 

厳しい先生で、ほめて育てるタイプではないようですが、ときおりかけてくださる「あなたは、よくやっている」という言葉に、とても勇気づけられました。

 

今、当時のわたしを振り返るならば、全然なっていないことだらけです。もちろん、先生には見えていたはずです。そんなわたしに「よくやっている」と言葉をかけてくださったことの意味を、今になって、しみじみ感じます。

 

人にはそれぞれ、段階があります。1歩目を踏まずに10歩目に行くのは、無茶です。1歩目も踏んでいない人が、100歩目の人になろうとしても、無理です。

 

1歩目を踏み出した人は次の2歩目、100歩目の人は101歩目と、それぞれの段階で進むだけです。そのペースも、人それぞれだと思うのです。

 

こうしてみると、どの段階にいる人も、今の1歩が大切なことは、同じです。それを大切に踏み出していることが、「よくやっている」ことだと思うのです。

 

お稽古中、わたしはよく、「ちょっとずつ努力する」という表現を使います。例えば、腰を回す準備運動などでも、「ずっとずっと、1ミリずつでも遠くに、という意識を持つ」と、話します。

 

「できた!」とそこに安住するのではなく、ほんのちょっとずつ先に進むのです。それは、すごくよくやっていることなのだと思います。その結果は、参考としてさらっと見ておけばよいのです。

 

どんな結果でも、それが今の自分です。100歩先のほかの人になんてなれませんし、なる必要もありません。

 

途中休憩も、もちろんありです。歩き続けられる人は、いません。

 

今、生徒さんを見ていると、みんなとってもよくやっています。その変化は、自分で気づいていけるものですが、そこに気づく前に迷子になってしまう場合も、ないわけではありません。

 

わたしの役目は、迷子になりそうな人に、ちょっとだけ「次の1歩はここだよ」と見せることと、次の1歩を踏めていたら「よくやっているよ」と声をかけてあげることだけです。

 

みんなちゃんと、自分に必要なものを自分から取りに行く力は、あるのです。

 

だから、みんなちゃんと「よくやっている」のですよ。わたしも、あなたも。そのことにいつも気づけるかどうか、それも大切ですね。

 

 

【11月の特別クラスのご案内】

11月19日(日)14:00-17:00

Bouquet(逗子・葉山)「身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第3回:みんなが知らない太極拳ひみつ3 自然に学ぶ)です。詳細とご応募はこちらから。

 

11月26日(日)14:00-16:30

特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 

 

(田理陽先生(右端)のお誕生日。左から2番目、赤いお稽古着で笑っている方が今の先生、明月先生)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

........................

いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 


大切な指針「自分も、見る人も気持ちよいのが、良い太極拳」

2017.11.12 Sunday

(Photo by Hirohisa Tajima)

 

どのクラスでも、よくする練習として、太極拳の基本功、と呼んでいるものがあります。

 

短くて単純な構成で、太極拳の大切な要素がたくさん入っており、体ものびのび、スペースが広がっていきます。

 

いきなり太極拳の套路(型)を全部覚えるのは大変ですが、これならだいぶハードルは下がります。それでもやっぱり「覚えられない」という声も、よく聞きます。

 

わたしが習う環境とはずいぶん違うので、覚えられないのも無理ないな、と思うのです。

 

わたしが習うときは、中国で、毎日やるのです。一度に10回とか15回、繰り返します。覚えよう、という意志は持ちますが、覚えやすいのは当然ですよね。

 

今日も、「覚えられない」と生徒さんがおっしゃるので、「ビデオを撮りますか?」という話になりました。限られた時間の中で習うときには、こんな工夫も必要です。何よりも、「おうちでやろう」という気持ちを、大切にしたいと思っています。

 

撮り終わった後、「体が伸びていくのを見ていると、一緒に自分も伸びていくよう。」というような感想を話してくださいました。

 

嬉しかったです。

 

太極拳をするときに、いくつか大切にしている指針があります。習う中で、先生からの言葉として聞いたことばかりです。その中のひとつに、”自分も気持ち良く、見ている人も気持ち良いのが、良い太極拳”があります。

 

太極拳には表演と呼ばれるように、人前でショーのように見せるものもあります。大会もあります。

 

一方で、「太極拳は、自分のためにするもので、人に見せるものではない」と言う人もいます。中国にも「本物は、6つの耳で聞くものではない」(「法不传六耳」)ということわざがあり、本当に伝えようとするときは、師匠と弟子の1対1、ふたりきりで部屋にこもり、誰にも見せずにお稽古する、という話もあります。

 

どれがあっているとか、間違っているという話ではなく、自分がどうやっていきたいか、だと思うのです。

 

4-5年前、当時、日本で習っていた先生に、「あなたもそろそろ、自分がどうやっていきたいかを決めるときです。」と言われたことがあります。

 

すぐに答を見つけられるものではありませんが、このときに問いをいただいたことは、とってもありがたいことだったと思います。

 

今のわたしにとっては、先生の言葉でもある、「自分も気持ちよく、見る人も気持ち良いのが、良い太極拳」という言葉が、しっくりきます。

 

太極拳をするときは、内だけに意識をむけるのではなく、外だけに意識をむけるのでもありません。内と外という境界線が、だんだんと曖昧になってくる感覚があります。内を大切にしながら、外にも意識が広がっていく感じです。

 

内と外も含めたいろいろな”バランス”の先に、”ひとつ”、という感覚にもつながります。

 

人に見せるためのものとは言えませんが、外に向かうエネルギーを人に感じてもらわないのは、もったいないと思うのです。これは、言葉とは違う形の、コミュニケーションだと思っています。

 

人はみんな、自分なりの表現をして生きています。わたしは、この表現方法が、好きです。

 

見ている人もそうですが、見ていない人にも、自然界の生きるものすべてに、波動で伝わっていくと思っています。それは、しあわせなことですよね。

 

 

【11月の特別クラスのご案内】

11月19日(日)14:00-17:00

Bouquet(逗子・葉山)「身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第3回:みんなが知らない太極拳ひみつ3 自然に学ぶ)です。詳細とご応募はこちらから。

 

11月26日 14:00〜16:30

特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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ひと手間を惜しまない

2017.11.11 Saturday

 

 

太極拳を習ってきて、教えていて、大切だと感じることのひとつに、「楽をするためには、ひと手間を惜しまないこと」があります。

 

例として、もしお時間があれば下記の動画をちょっと見てください。これは先日の自由が丘FMTVの番組の録画で、中国の中国武術大会に出たときの話をしたときのものです。終わり近くで、大会での太極扇の演武ビデオを流しています。演武は50分46秒あたりから始まり、見てほしいところは、51分27秒から31秒のところです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=wm-LloKc5LM

 

 

足を2歩、後ろに出しながら、腕をくるくると回して、片足で立つポーズにつながるところです。体がくるくる、まわっていますよね。

 

足を見ると、2歩ですが、足の位置は5回変えています。

 

開いている扇を閉じながら

1.右足つま先を内側に

2.左足を後ろに出す

3.右足のつま先の向きを内側に

4.左足のつま先を外側に

5.右足を後ろに出す

 

です。この後に、右手上で扇を開いて、左足を上げて右足で立ちます。

 

つま先を動かすときに、重心が主にその足に主に乗っていると動かしにくくなるため、体重移動も細かくしていきます。

 

こうやって細かく足の位置を変えて、体重移動をすることで、体が安定したまま、くるくる回ることができます。そうすると、腕も軽く、くるくると回せます。できると、とっても楽しいです。

 

この細かい足の踏み変えをせず、2歩後ろに下がるだけだと、体の安定は失われ、動きは遅くなります。

 

ひと手間を省くことで、体の楽さは失われ、体も緊張するのです。

 

積極的に省いているわけではないでしょう。ここで、もうひとつの問題が露見します。自分が何をやっているかに気づいていないことです。

 

数十年、一緒に生きてきた体でも、意外に自分の体は意識したとおりに動きません。例えばご挨拶の手の形を教えるとき、「親指と中指でOリングを作ってね」と言うと、半分以上、もしかしたら8割くらいの方が、親指と人差し指でOリングを作ります。「それは人差し指ですよ。」と言うと、「えっ?」

 

(見えませんが、左手は親指と中指でOリングを作っています。これは女性用で、男性は左右逆になります)

 

自分の意識と体が、つながっていないのでしょう。

 

自分が緊張していることに気づいていないのは、めずらしい話ではありません。お稽古は、その緊張を一つひとつ認識していくことから初めて、次にはそれを緩めた楽な感覚を体験していく時間でもあります。

 

続けているうちに、だんだんと体がどうなっているのか、微細な変化も捉えることができるようになります。

 

太極拳の套路(型)は、昔の人の智慧であり、贈り物だと思っています。それを真似していくことで、楽に体を使えるようになります。

 

ちょっと話は逸れますが、以前、岩がごろごろしている道を数人のグループで歩いたとき、行きは、その場所を知っている人が先頭に立ってくれました。でも帰りは、「じゃあ、近い人から下りて行ってくださいね。わたしは最後を歩きますから。」

 

帰り道に一番近いところにいた人を見ると、動きだす気配がありません。気が進まないのに先頭に立つ必要はないですよね。じゃあ、と、わたしが先に歩きはじめました。しばらく歩いた後、後ろからその方が、「みんみんの後は安心するなー。」と言うのです。

 

誰かが先に歩いてくれると、その足の置き場所やコースが参考になるので、安心して歩きやすいことも多いですよね。套路は、こんなふうに、最初はここ、次はここ、と、楽な道順を示してくれているようなものだと思うのです。

 

真似すれば、誰でも、楽な方法にたどり着きやすいでしょう。そして慣れてくれば、自分でもうちょっと楽な方法も、見つけられるようになってきます。同じ套路でも、やる人によって違う場合があるのは、そのためでしょう。

 

急がば、まわれ、ですね。ビデオの動きのように、くるくる早く体と腕をまわしたいなら、丁寧に足の踏み変えをする方法を習うこと、です。

 

これを意識して練習していくことで、日常生活でも気づけることが多くなると、感じています。

 

丁寧に生きるとは、そこにあるのだと思っています。

 

 

11月26日(日)に開催する特別クラス「太極扇を体験してみよう」では、この足の踏み変え部分も入れようかと考えています。扇をバサッと開いてみたい方、安定してクルクル回ってみたい方、なんだかやってみたい方、などなど、ご興味のある方、お待ちしています。初心者、経験者、どちらも大歓迎ですよ。(「太極扇を体験してみよう」のご案内は、こちらから)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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一瞬で痩せる

2017.11.07 Tuesday

(太極拳の最初のところ。縦に伸びる力を存分に働かせているところ)

 

「痩せたくて.....」という方が、太極拳の講座にいらっしゃることがあります。そんな方には、「一瞬で痩せます。」と、お答えします。

 

体重が変わるわけではありません。どういうことでしょうか?

 

”縦に伸びる力”を働かせているだけです。足裏から大地を押すように踏むと、上に向かって伸びる力が働きます。自分の中心軸を作るやり方で、これによって背骨や首の頸椎の関節の隙間が空いていきます。

 

洋服に例えてみます。床の上に丸めておいた洋服を見ると、もっさりしていますよね。でも、ハンガーにかけてつるした洋服は、すっきりしています。

 

床の上に丸めた洋服が、何もしていない状態。ハンガーにかけてつるした洋服の状態が、”縦に伸びる力”を使っている状態です。

 

ただし、洋服は人間とちがって自分で立てないので、縦に伸ばすためにしていることは、違います。

 

人間の場合も、上から吊るせば伸びるのだと思いますが、大地に足をつけて生活する人間にとって、その状態は、非日常的です。もっと現実的な方法でやろうとすると、大地を踏んで上に伸びる力を働かせる、ということになります。

 

”縦の伸びる力”を働かせて、体の中に隙間(スペース)ができることで、体の中の交通渋滞が緩和されるようなイメージで、血が流れるのを応援してくれます。血が流れれば、体温は上がります。体温がある、ということは、赤ちゃんを想像してもわかるように、生命力の象徴です。冷え症の赤ちゃんは、いないですよね。

 

縦に伸びる力を使って自分の中心軸ができれば、腕はぶらりとそこから下げることができます。肩は、本来の位置まで下がります。腕の力が抜けるように、他の部位も、緊張させて引き上げなくてもよくなるため、体の無駄な緊張は取れやすくなります。そうなると、横隔膜も呼吸に応じて上下しやすくなり、それが適度に内臓のマッサージをしてくれて、内臓機能がきちんと働くことを応援してくれます。長期的に見ても、良さそうなことが、いっぱいです。

 

太極拳とは、体の関節の隙間を開いていくものでもあります。

 

立つときには、まず、上に書いた”縦に伸びる力”を働かせて、縦のラインの関節の隙間を開きます。それから、最初の動作、腕を横から開いて上にあげていく動作では、肩〜ひじ〜手首の関節の隙間も開いていきます。

(横に伸びる力を働かせて、肩、ひじ、手首の関節、指の関節の隙間を開けていくところ)

 

人の体は、そのままにしておくと、硬くなる方にと進んでいきます。生まれたときから、死に向かって生きることを考えると、日々、体が硬くなるのは、当然のことのように思います。でも、当然だからと言ってそのままにしておくと、老化がどんどん進み、硬く、縮んでいきます。

 

それを日々、自分の意志で、緩めて、スペースを開けていくわけです。

 

「太極拳をやっている人は、20年後も同じ体」ということがあるのは、こんなところからもきていると思います。

 

太極拳は、縦にも横にも、四方八方に、力が広がっていきます。少しずつ、途切れず、広がり続けます。わたしが見ていて「いいな」、と思う人の太極拳は、この”のび”があります。そうでない人に比べて、もしかしたらほんの数ミリなのかもしれませんが、ちょっと先までのびていくのです。

 

体という物体には限界があるため、際限なく伸び続けることは、実際にはできません。でも、例えば立つとき、意識としては、限界なく、ずっと伸びていくのです。その意識があることで、他の人が見たときに、縦にスッと伸びていくものを感じさせられるのかもしれないと思っています。

 

男女問わず、これをしている人の立ち姿は、美しいです。天地をつないぐ人、”天地人”という一体性を感じるからかもしれません。

 

この立ち方、新たな体の使い方と意識の持ち方を必要としますが、誰でもできる素養はあります。これを身に着けることで、腰も膝も痛めにくくなるのですよ。

 

最後に、先日開催したBouquetでの講座「身体とこころのその先へ〜本当の思いに触れにいく太極拳 第2回:太極と陰陽」から、太極拳の最初の部分のビデオをご紹介します。このはじまりのところ、意味的にも、からだ的にも、とっても大切で、とっても好きなところなのですよ。(ビデオは、こちらから

 

 

☀特別イベントのご案内

※「身体とこころのその先へ〜本当の思いに触れにいく太極拳 第3回:自然に学ぶ」(11月19日(日))のご案内は、こちら

 

※「太極扇を体験してみよう」(11月26日(日))のご案内は、こちら

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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21日間続けること

2017.11.03 Friday

(今日の代々木公園)

 

何かをはじめるとき、21日間続けると良い、と聞いたことはありませんか?

 

21日参り、という話もあります。

 

先日「站椿功を21日続けようとしていて、今日で20日目なのです」というタイミングで、クラスに来てくださった生徒さんがいらして、この話を思い出しました。

 

わたしにも、21日間続けてみた体験があります。

 

「虹の戦士」というアメリカン・インディアンの本を紹介されたとき、「”あるアメリカ・インディアンの祈り”という文章を、声に出して21日間、声に出して読み続けたらよいよ」とアドバイスされたのです。

 

この「虹の戦士」というのは、アメリカ・インディアンに古くから伝わる言い伝えで、

 

地球が病んで  

動物たちが姿を  

消し始めるとき  

まさにそのとき  

みんなを救うために  

虹の戦士たちが  

あらわれる。

 

という、最後の再生への物語です。

 

日々、声に出して読み続け、終盤に差し掛かった18日目か19日目くらいのとき、

 

スパッと

 

忘れました。翌日になって「あれ?昨日、読まなかった?」と気づいたときには、時すでに遅し。1日でも忘れたら、1からやり直しです。

 

続けているうちに、慣れてきて油断したのか、自分に何が起きたのかわかりませんが、本当に微塵も思い出さなかったのです。そのときに、21日間というのは、定着させるためにはちょうど良い期間なのかもしれないな、と感じました。こんなふうにやってくる油断を超えていくことも含めてです。

 

昔から伝わっている習慣には、昔の人の智慧です。それなりに意味があったりします。

 

無事に21日間を終えることができ、その後ですが、もう毎日、読むことはしていません。

 

習慣化させるために21日間続ける、という話も聞きますが、わたしは習慣化だけが目的ではないと感じます。

 

あることを始めたとき、最初は新鮮でワクワクしますが、少したつと慣れもあるのか、停滞期が来ることもあります。そこで興味を失って、やめてしまうこともあるでしょう。

 

でも、ここでやめてしまうのは、かなりもったいないのです。そのことが自分に合っているかどうか、見極めるだけの体験をする以前の段階である気がするからです。

 

たとえば、わたしがアレクサンダー・テクニークの実習生レッスン(講師希望者が資格を得るために、実習として生徒さんにレッスンをすること)を受けたときは、10回セットだったのですが、たしか3-4回目くらいで停滞期が来ました。1回ごとに予約する形式だったら、途中でやめていたかもしれません。10回セットという縛りがあったおかげで、最後まで続けることになったのですが、途中でやめなくて、本当に良かったです。(このときの体験については、こちらからご覧いただけます「からだのつながりと、人のつながり」)

 

10回というのは、もしかしたら、それなりの体験をする前にやめてしまう人がいるという体験をもとに、作られた構造なのかもしれません。もしそうであれば、素人であるからこそわからずに途中でやめてしまうことを防ぐ、賢い方法だと思います。

 

21日という日数は、あることが自分に合っているかどうかを見極めるための、必要な体験の量だと思います。最初の一歩、ですね。そのあと、続けてもやめても、どちらでも良いような気がします。続けなかったとしても、それは途中で投げ出すこととは違うと思うからです。

 

何をするにせよ、自分の体験というのは、自分の中に蓄積されて、それが何かに役立つことは間違いないからです。それは必ずしも、わかりやすく実質的に役に立つことばかりではないと思っています。

 

何よりも、21日続けたことで、何かの変化を感じるのは自分ですしね。それは何がくるのか、やってみた人にしかわかりません。思いがけず、嬉しいことがやってきたりするのですよ。

 

最後に、わたしが読み続けた文章をご紹介しておきますね。

 

 

あるアメリカ・インディアンの祈り

おお父よ、わたしはあなたの声を風のなかに聞き、あなたの息はこの世界中のすべてのものに生命を与えています。

 

お聞きください。わたしはあなたの前に、あなたのたくさんいる子供たちのひとりとして、今、立っています。わたしは小さくて弱く、あなたの力と知恵を必要としています。

 

どうかわたしを、美のなかに歩ませ、なにとぞこの眼に、赤と紫の夕陽をお見せください。この両手が、あなたの創られたものを、尊敬させるようにしてください。この耳を、あなたの声が聞こえるように、鋭くしてください。

 

そうすればきっと、あなたがわたしの一族に与えられた教えを、一枚一枚の木の葉や、ひとつひとつの岩のなかにあなたが隠された教訓を、このわたしも理解するかもしれません。

 

父よ、わたしは力を求めています。偉大なる敵と戦うための力ではなく、その力で、汚れのない手と、濁りのない眼をもって、わたし自身があなたのもとを訪れる準備をさせてください。

 

もしそれがかなうのなら、日地没の太陽が姿を消すように、わたしの生命が終わりを迎えたとき、いささかも恥じいることなく、わたしのスピリットはあなたのもとを訪れることができるでしょう。

(「虹の戦士(Warriors of the Rainbow)」翻案 北山耕平 太田出版)

 

(代々木公園。色づいてきましたね)

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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