映画「グリーンブック」を観て感じたこと

2019.03.14 Thursday

 

アカデミー賞 作品賞、助演男優賞、脚本賞を受賞した映画「グリーンブック」。

 

1960年代、制度として黒人差別があった時代の実話をもとにした、白人と黒人、ふたりのおじさんの物語です。

 

黒人のドクター・シャーリー(ドク)は、幼いころから音楽の才能を発揮し、9歳でレニングラード音楽院の生徒となり、18歳でデビュー。カーネギーホールの上のマンションで暮らす、著名なピアニストです。

 

白人のトニー・バレロンガは、イタリア系アメリカ人。ナイトクラブで働いていましたが、改装のために職を失ったとき、縁あって、ドクの2か月にわたる演奏旅行の運転手として雇われます。

 

演奏の行先は、南部。黒人差別が、色濃く残る地域です。

 

各地を転々とする中で起こる出来事、ふたりを中心とする人々の関係などが描かれていますが、詳しくは映画を観ていただくとして、この映画を観て感じたことを、書いてみようと思います。

 

自分のアイデンティティです。

 

海外で生活して、海外の人との交流が日常になってくると、好む好まないにかかわらず、「自分は日本人である」ことを感じる機会が多くなるのは、わたしだけではないと思います。

 

日本のことを知りたくなったり、文化の素晴らしさを再確認するというのも、よく聞く話です。

 

でもそれだけではなく、差別や批判の対象になることもあります。

 

たとえば12月8日(アメリカは7日)、「今日は真珠湾攻撃の日だね。まゆみが戦闘機に乗ってやってくるよー。」とニコニコと言われたり、(どう反応していいかわからずにおどおどしていると、「冗談だよー。ごめんね」と。)、

 

アメリカ人同志で「ジャップが......」と話しているところに、わたしが姿を現したときは、「あ、ごめんね。いつも言っていたから、つい」と言われたり(話題は、わたしとは関係ないことです)、

 

日常にふつうにあらわれる、小さくて大きな出来事に、チクチクと心が痛みました。

 

個人的に意地悪されたわけではありません。困ったことがあれば、いつでも助けてくれました。

 

わたしという個人への感情と、日本という国への感情とのギャップを感じるたびに、戸惑うこともありました。

 

差別もあれば、逆のやっかみもあります。そしてこういうことは、海外だけでなく、国内でも起こります。

 

わたしが所属している〇〇は気に入らないけれども、わたし個人にそういう感情はないらしい、と感じたこともありました。

 

太極拳を始めて、中国に行くようになっても、同じです。

 

仲のよい友人たちが、SNSで「今日は対日勝戦記念〇周年!めでたい!」と投稿しているのを見るたびに、複雑な思いになることもありました。(その後、これには理由があるとわかりました。気になる人は、会ったときに聞いてください。)

 

あるとき兄弟子のひとりが、秦の王のことばを載せていました。ざっくり覚えている限りで書くと、日本人は日和見主義で、主張がなく、わけのわからない人々だ、というような、少なくともほめ言葉ではなかったと思います。

 

それを読んで、また複雑な気持ちになり、「?」という絵文字をコメント欄に入れてみたところ、すぐに返事がきました。「きみのことじゃないよ!」

 

このとき、気づいたことがあります。個人としてのわたしと、日本人としてのアイデンティティを、ごちゃまぜにしていたのは、わたしです。

 

日本人は、と非難じみたことを言われると、自分が言われたような気になって、過剰に反応していただけです。妄想ですよね。「そんなことは、もうやめよう、わたしはわたしでしかないのだから」と思うようになりました。

 

 

映画の話に戻ると、個人として成功しているピアニストへの振る舞いと、制度として差別がある南部の習慣としての黒人への振る舞いとのギャップなども、たくさん描かれています。

 

差別が公然と認められている中での出来事は、理不尽に思えることもあり、胸がぎゅっとなります。それでも、そんな場面での人としての暖かさや、ユーモア―、冷静さ、情熱、そして前を向こうとする姿に、救われる思いがしました。

 

あの時代、あの環境の中で、こんな風に生きたひとたちがいたという、ひとつの実話を伝えてくれています。そして個人のつながりは、制度の壁を飛び越える力がある、と感じさせてくれます。

 

 

この映画は、父(トニー)から伝えられた話を、息子さん(ニック・バレロンガ)が50年間あたためてきたものが元になっています。今回、その息子さんは共同脚本という役割で、アカデミー賞も受賞されています。そんな背景もすてきだな、と感じさせてくれます。

 

涙もありますが、全体としては「クスッ」と笑えるコメディですので、楽しく観られます。おすすめです。

 

 

アートは、壁を超えます。映画も、音楽も、太極拳も、ね。

 

 

映画「グリーンブック」公式サイトは、こちらから

 

〜グリーンブックとは〜

1936年から1966年まで、ニューヨーク出身のアフリカ系アメリカ人、ヴィクター・H・グリーンにより毎年作成・出版されていた、黒人旅行者を対象としたガイドブック。黒人が利用できる宿や店、黒人の日没後の外出を禁止する、いわゆる「サンダウン・タウン」などの情報がまとめてあり、彼らが差別、暴力や逮捕を避け、車で移動するための欠かせないツールとなっていた。ジム・クロウ法(主に黒人の、一般公共施設の利用を制限した法律の総称)の適用が郡や州によって異なるアメリカ南部で特に重宝された。

(映画パンフレットの説明より)

 

 

≪特別クラスのご案内≫

3月17日(日)14:00-16:00は「ー5歳のハッピーウォーク」です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月24日(日)13:00-15:00は、千葉県香取市(小見川)の「立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募はこちら

 

3月 31日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第19回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月7日(日)14:00-16:30は「やさしい站椿功:しあわせを呼ぶ7つのステップ第6回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月14日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」 第3回 ワニの上陸 です。詳細とご応募方法はこちら

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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子どもの頃、なりたいものなんて、わからなかった

2019.03.08 Friday

(8歳くらいの頃)

 

小学生の頃とか、よく聞かれませんでしたか?「将来、何になりたい?」

 

まわりを見渡せば、「保母さん!」とか、みんなどんどん答えたり、書いたりしていました。わたしはこういうとき、いつも困っていたのです。なりたいものなんて、さっぱりわかりませんでした。

 

お絵かき好き、ピアノも好き、お外で遊ぶのも好き、水泳も、バレエも好き、本を読むのも好き、と、いろいろ好きなことはありましたし、毎日楽しく暮らしていたと思うのですが、

 

将来なりたいものになると、思い浮かびません。

 

10歳くらいの子どものわたしは、なりたいものには出会っていなかったのだと思います。

 

あの頃のわたしに、今の自分を見せたら、きっと驚きますね。太極拳なんて知らないし、こんな生き方もあるということも、知りませんでした。

 

 

でもそれよりも、わたしにとって、自由であることが、とても大事なのです。

 

長時間、おとなしく座っていることも苦手で、2時間の映画は、限界ギリギリラインです。

 

とあるワークショップに参加したとき、輪になって椅子に座るのですが、椅子の上であぐらをかいたり、片足を椅子にあげたり、ちょっと横向きになってみたり、と、あれこれするわたしに、

 

「なに、これ?これって、ありなんだ......」と、衝撃を受けた人がいたと、後から聞きました(もちゃもちゃ動く人は、わたしだけではないはずですが。)

 

 

日本の教育も、生意気を承知でいうならば、窮屈だと感じていました。進学するときにイギリスを選んだのは、「この窮屈さから、抜け出したい」と思ったことも、大きかったと思います。

 

違う文化に住むことは戸惑いもありますが、知らない間に当たり前になっていた枠を、たくさん取り払ってくれました。

 

たとえば授業中、無言でトイレに行ってしまう生徒がいる、とか、(学生のころ、授業中は、我慢するものだと思っていました)、

 

終業のチャイムがなって、まだ先生が熱弁をふるっていても、さっさと席を立って退出してしまう生徒がいる、とか、

 

最初は、「な、な、な、なんで出てっちゃうの?」と目を丸くしていました。

 

大学で学ぶことも、大きく違います。日本にも社会人大学生という制度はありますが、わたしの学生時代は、今ほどではなかったように思います。大学院に行く場合、ほとんどが大学を卒業してすぐに進学していたと思います。

 

でもイギリスでは、30代、40代の同級生も、たくさんいました。学部によっては、仕事の関係で派遣されてくる人もいますが、わたしがいた文学や歴史の学部だと、そいういう人は、ほとんどいませんでした。

 

40歳くらいの同級生が「働いたり、いろいろやって、今、学びたいと思ったから学校に来たの」と嬉しそうに話していたり、「子供が大きくなってきたから、勉強したくて」と言う人がいたりと、いろいろで、「學校は、いつでもやりたいときに戻ればいいんだ」と気づかせてくれました。

 

パートタイム学生とかも、あるのですよ。この時期は学校、この時期は仕事、と、できるわけです。制度自体が、とっても柔軟ですよね。

 

こんなことも、ありました。タイから来ていた学生は、自国で奨学金をもらっていたのですが、半年くらいで生活費が足りなくなりました。「イギリスの大学から生活費としてこのくらいかかる、と言われた金額を申請してもらって来たのだけど、実際には全然足りなかった。だから、今度はこの大学に、あなたの言った金額では足りなかったから、こちらで奨学金をくださいって、申請するんだ。」と、ニコニコと話すのです。

 

状況は気の毒だと思いつつ、「いやぁ、それは無理じゃないか」と思ってしまいました。でも、数週間後、この友人は「取れたよー」と満面の笑みで報告してくれたのです。びっくりです。諦めることはないのだ、と学びました。

 

今思うと、そのプロセスを最初から最後まで、ニコニコとやってのけた友人にも、びっくりします。ストレスもあったかもしれませんが、見た目には悲壮感ゼロ、怒りゼロ、です。「笑う門には、福来たる」とは、このことでしょうか。

 

そのほか、車が壊れたら「時間があるときに、自分で直す」という人々にびっくりしたり、

なみなみと注がれた紅茶がソーサーにこぼれたら、カップにじゃーっと戻し入れて飲むとか、

ハンカチは、鼻を噛んで、袖の中にしまうとか、小さな悲鳴を上げたいような衝撃もありましたが、

 

裸足で芝生の上にシートを敷いて、お茶やお菓子も用意して、ピクニックするように勉強したりと、自由の幅は、広がりました。

 

帰国した後、当然のことながら、同期という存在もなく、ちょっぴりさみしさもありましたが、それよりも、ほっとしたほうが大きかったかもしれません。

 

「もう、誰とも比べられなくて済むのだ」と、思ったからです。

 

実際には、その後も、人からの評価を気にしたり、人との比較を気にしたりと、まだまだ囚われることも多くありましたが、そういう経験をするたびに、「本当は自由でいたいのだ」と、自分の大切にしたいことを、あらためて感じてきたように思います。

 

競争は、気づかない間に、そんなつもりもなく、してしまうものです。そして、自分を追い詰めていきます。それがわかったのも、この経験があってこそです。

 

無駄な経験って、ありませんね。

 

今は、太極拳を教えることをしていますが、職業として「太極拳講師」と書くのも、ぴんと来ません。

 

ちょっと勇気を出してSNSで意見を聞いてみたら、ありがたいことに、いろいろ意見もらえました。聞いてみるものですね。「〇〇家、というのは、好きでやっている感じがしていい」とか、その中に太極道、ということばも出ていたように思います。それで、太極道家という肩書きを、作ってつけました(勝手に、です)。

 

太極拳を教えることは、ちゃんとその中に入っていますが、そこに限定されないわけです。その余白があるところが、いいのですよ。

 

ついつい、今でも生真面目になってしまうときもありますが、わたしの本分は、とにかく自由であることです。今はこれをしよう!と思うことしかわからず、来年はどうなっているのか、わかりません。

 

もちろん太極拳が大切なものであることは確かで、それは人生を生きることでもありますが、現実にどうやっていくかは、また別のことです。

 

今日は今日、明日は明日の風が吹く、ですよ。

 

そして、太極拳のように型(套路)があるものは、自由とは真逆のように見えるかもしれませんが、この型は、より自由になるための型なのだと、今は思っています。のびのび、自由に生きていいと教えてくれたのも、太極拳です。

 

最初の話に戻ると、10歳のわたしが「太極拳を教える人」という選択肢を持っていたとしても、結局、「将来なりたいものなんて、わからない」と言うと思います。

 

そして、聞かれるたびに、ちょっとした苦痛を感じることも、同じだろうと思います。でもその苦痛は違和感でもあり、「何かが違う」と気づくための1歩だったのかもしれないと思うと、これもやっぱり、無駄な経験ではないですよね。

 

自分なりに自由に生きて、人に「そんなの、あり?」と呆れられたり、驚かれたりしながら、「それでも生きていけるんだ、ありなんだ」と、ちょっと思ってくれる人がいたら、本望だと思っています。

 

 

≪特別クラスのご案内≫

3月10日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」 第2回 人体の中にある魚 です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月17日(日)14:00-16:00は「ー5歳のハッピーウォーク」です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月24日(日)13:00-15:00は、千葉県香取市(小見川)の「立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募はこちら

 

3月 31日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第19回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月7日(日)14:00-16:30は「やさしい站椿功:しあわせを呼ぶ7つのステップ第6回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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自分の声に癒される

2019.02.28 Thursday

 

昨日、面白い体験をしました。

 

3タイプの歩き方を試して、どんな印象を受けるかを聞いてみていました。

 

タイプA:胸をはって堂々と、足はみぞおちのあたりからと認識して歩く。

タイプB:胸をはらず、足は股下(そけい部から)と認識して歩く。

タイプC:胸をはらず、足はみぞおちのあたりからと認識して歩く。

 

足は、先日のブログでも書いたように、みぞおちのあたりからです。このあたりから、足を上げるために使われるインナーマッスル、大腰筋があるからです。(詳しくは「足はどこから?」

 

胸については、むかし学校で習った”きょうつけ”(と、ずっと思っていましたが、正しくは”気を付け”、だそうです)の姿勢をとると、胸は張りますよね。これだと腰(ウェストの後ろ側)は緊張して反り腰になり、腰椎の1点に上半身の体重がかかってしまいます。上半身の体重は、全体の2/3もあります。腰痛になるのも、無理ないですよね。

 

腰を緊張させないためには、胸を張らないことが大切です。習慣的に胸を張っている方は、「胸は含めます」とアドバイスすると、「こんな猫背で...」と困惑される方が多いのですが、そんなときは横から写真に撮ってお見せすると、「まっすぐだ...」と驚かれます。自分の感覚と、現実のギャップですよね。

 

イメージは、大仏様のお背中です。なだらかに丸いですよね。

 

さて、3タイプに話を戻すと、AとBは、体に緊張があります(もしくは、起きやすい条件です)。

 

Aは、胸を張るために、腰が反ります。

 

Bは、足が股下からだと認識すると、お腹まわりと腰のあたりが、緊張します。本来使うところを「使う」と認識していないと、体は無意識にその部分を固めるため、緊張するのです。

 

Cは、リラックスして歩きやすい条件です。

 

実際には、緊張を起こす原因は他にもありますが、今回はABCの比較をしたいだけですので、ここまでにしておきます。

 

結果は、本人がリラックスしているCが、見ている人もリラックスできます。

 

 

このとき、自分でも驚いたことがあります。

 

「タイプ〇です」と言ってから歩いていたのですが、「タイプCです」と言ったときの声が、AとBとは全然違いました。

 

落ち着いていて、倍音のある、なんとも奥深い声です。

 

「体の緊張は声に現れる」というお話は、何度もしていますがが、こんなに顕著に出るとは、びっくりです。

 

 

体が緊張すると、呼吸が早くなります。呼吸が早くなると、話すスピードが早くなります。

スピーチするとき、練習より本番の方が早く終わるのは、緊張のためです。

 

今回は呼吸も変わっていたと思いますが、なにより音の深さやトーンが、全然ちがいました。

 

リラックスしているときの自分の声は、自分を癒してくれます。それは周りにも広がり、周りの人も癒します。

 

お稽古のとき、それを実感することもあります。

 

体の緊張をとるために、スワイショウ(腕振り)を取り入れており、その間、意識を向けるところを声でリードしていきます。このときの声が、生徒さんには心地よいらしく、「録音したい」と言われたこともあります。

 

声の力って、すごいですよね。

 

 

他にこんな体験もあります。瞑想をしながら生徒さんをお待ちしていて、最初の生徒さんがいらしたときに「おはようございます」と発した自分の声が、とっても心地よかったのです。

 

体も心も、リラックスしていたからでしょうか。こんな感じで始められると、その後はとってもいいのですよ。

 

 

なお、体がリラックスするだけでも変化はありますが、心の緊張が残っていると、それはまた体の緊張にかえってきます。たとえば、あれこれ悩みすぎたり、過去の後悔や将来への心配で押しつぶされそうなときなどです。こういうときは体を整えても、心から来る緊張が残ってしまいます。

 

体と心は、両輪ですね。

 

ここ2年ほど、話すことをやってみたり、歌う機会があったり、”声”というキーワードがムクムクと湧いてきています。「自分の声に癒される」ようなワークショップも、やってみようかと思い始めています。興味のある方は、お知らせくださいね。

 

毎日、いつも、自分の声に癒されたら、すてきだと思いませんか?

 

 

≪3月の特別クラスのご案内≫

3月3日(土)14:00-16:30は「やさしい站椿功:しあわせを呼ぶ7つのステップ第5回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月10日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」 第2回 人体の中にある魚 です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月17日(日)14:00-16:00は「ー5歳のハッピーウォーク」です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月24日(日)13:00-15:00は、千葉県香取市(小見川)の「立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募はこちら

 

3月 31日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第19回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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3/17午後は、−5歳の ハッピー♡ウォーク

2019.02.27 Wednesday

 

歩くこと、好きですか?

 

「できれば歩きたくない」と思った方、あなたはまだ、楽な歩き方を知らないだけかもしれません。

 

ちょっとしたコツを知るだけで、歩き方はぐんっと変ります。

 

「老化は足から」といいます。年齢を重ねるにつれ、下半身は弱くなり、重たい上半身を支えるのが大変になってきます。転びやすくなるのは、そのためです。

 

そんな方のために、長年の太極拳の鍛錬の中で「これはいい!」「これはみんなに役立つ!」と思う、知恵やワークを厳選しました。

 

楽な歩き方のコツをお教えすると、

 

「足が楽にあがる!歩ける!」

「足が長くなったみたい!」

「背筋がしゃんと伸びた」

「どんどん歩ける」

など、すぐに違いを感じられます。

 

膝の痛みで、歩くことが億劫だった方も、ぐんぐん楽しそうに歩きはじめます。

 

下半身の力がつき、上下のバランスが整いますし、体の深部もほぐれやすくなり、全身もゆるんで、楽になります。血行も促進され、代謝もあがり、若々しさもやってきます。

 

ヒップアップ、ウェストのくびれ、つやつやお肌、明るい表情、みんな夢ではありません。

 

おでかけしたい気分が盛り上がったり、やりたいことも、ムクムク湧き上がってくるかもしれません。軽快に歩けるようになれば、やりたいことへの一歩も、スムーズに踏み出しやすくなるでしょう。

 

ハッピーウォーク」は、これから先、ずっと自分の足で歩いていくためにも、おすすめです。終了後は、さっそく体型が変わっているかもしれませんよ。

 

 

【こんな方におすすめです】

・最近、転びやすい

・階段を上がるのがキツイ

・できれば歩きたくない

・ヒップアップしたい

・背筋がしゃんっとした人に憧れる

・やる気がでない

・若々しく見える同級生がうらやましい

・運動は苦手

・なにかを始めたい

・しあわせになりたい

 

...........................................................

 

−5歳の ハッピーウォーク

 

日時:3月17日(日)14:00−16:00(休憩・お茶の時間を含みます)

   ※13:45に開場します。

 

場所:自由が丘・九品仏駅近くの会場(和室)(詳しくは、ご参加の方にお知らせします)

 

内容:・体を緩める ゆるゆるエクササイズ

    ・楽しく、楽に、歩くコツを学ぶ

    ・ぐんぐん歩いてみよう  など

 

服装:ストレッチのきいたパンツ、長袖Tシャツ、靴下 など、動きやすいもの。

   ※会場でお着替えいただくこともできます。

 

持ち物:飲み物、タオル

 

参加費:4000円(チケットをお持ちの方は、1回分+1500円)

 

お申込み:minminkungfu☆gmail.com(☆を@にかえてください)あてに、お名前とご連絡先、「ハッピーウォーク」に参加希望とお書き添えの上、メールでご連絡ください。

 

ガイドする人:

いしい まゆみ(道号:静慧)

太極道家

第4回世界伝統武術大会 太極拳部門 金メダリスト(中国・湖北省)

2008年から毎年、中国の武当山で稽古を重ね、現在は武当玄武派第十六代伝人明月師父のもとで武当功夫(内家拳:太極拳、形意拳、八卦掌)を学んでいる。自身が太極拳を通して学んだもの、すこやかでしなやかな体と心と、そこから生まれる円満な人間関係を広めようと、教室を開催している。

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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宇宙のパズルに、ぴたっとはまるとき

2019.02.27 Wednesday

 

「ありのままの自分」と言いますよね。どんなイメージでしょうか?

 

最近、上の絵のようなイメージが、思い浮かびました。

 

いちばん上の場合のように、宇宙のパズルに”わたし”という1ピースが、ぴたっとはまるイメージです。

 

ぴたっ、と言うと、窮屈そうに感じる方もいらっしゃるかもしれません。

でもたとえば、地球の約7割は海です。水の特徴は、抵抗せず、環境に応じて自由に形を変えることです。

そして地球も、宇宙も、動いています。ぴたっとはまりつつ、ゆるゆる、自分もまわりもゆったり流れているというイメージです。

 

自分が動くとき、その波は全体に伝わります。逆も同じです。そしてそれは、調和が取れています。

 

すごく力強くありませんか?絶対的な安心感も、あります。

 

そうではなく、

2番目のように、自分を守るために鎧で武装して戦おうとしていたり、

3番目のように、自分を無理に大きく見せようとしていたりすると、

 

パズルには、ぴたっとはまりません。

 

こう書くと「2番目、3番目はダメだよね」と受け取られるかもしれませんが、そう言いたのではありません。なぜなら、2番目も3番目も、それから他のはまらないケースも、自分なりに精一杯やっていると思うからです。

 

わたしも過去に、すごく2番目だったことがあります。

 

自分が弱いから、守ろうとして鎧を着ているうちに、着ていることを忘れてしまい、「ありのままの自分」がわからなくなってしまったような感じでした。

 

すごく不満があるわけではないけれど、なんだか楽しくないし、何をしたいのかわからず、迷子のような状態でした。

 

鎧を着ることが当たり前になっていると、脱ぎ方もわかりませんし、脱いだら不安です。いつ敵にやられてしまうか、わかりません。(周りが敵だと思っていたら、そもそもパズルにはまりたくないですよね。)

 

頭でっかちで、「〇をするために、準備として△をする、次に×をする」と、理屈で動くような感じでした。

 

そんなわたしに、「みんな、あなたのように何でもできるわけではない」と言う人もいましたが、「わたしだって努力している」と反発したり、「それはやらない人の言い訳だ」とまで思っていました。

 

怖いですよね。実際、「近寄ったら怒られそう」という印象もあったようですが、それも「憎まれっ子、世にはばかる」という言葉で、よしとしていました。

 

鎧を着ているのですから、怖がられて当然です。相手は、怖がって逃げるか、もしくは自分の方が強いと思えば、攻撃してくるでしょう。

 

では、鎧を着ていれば無事なのかというと、そうでもありません。怖いと言われれば、心は痛みます。なにより、本当の自分の思いは、鎧に隠れて外に出ていません。

 

自分という軸がないから、表面を固めることしかできなかったのかもしれません。

 

この頃、わたしに「あなたは行動しなければ、何も得られないと思っているでしょう。待つことを知らない。」と、言ってくれた人たちがいました。

 

すんなり受け入れられたわけではありませんが、どこかで「そうなの?」と思っていました。

 

そして今は、そのことばどおりだ、と思うようになりました。

 

上の絵の、いちばん上の場合のように、宇宙のパズルに自分がぴったりはまったら、たぶん遠く離れたところの波動も自分に届きます。逆に自分の波動も、地球の裏側にも届くでしょう。

 

そうなると、自分が〇をしたから△が起こり、ではなく、庭を掘ったらお宝が出てきたり、遠いところで自分がまいた種が花を咲かせたり、自分だけの小さな世界の”原因→結果”では、起こりえないことが起きてきます。

 

ありのままの自分として生きることは、とってもパワフルだ、というのは、こういうことだと思います。

 

 

ありのままとは、老子のいう「無為自然」にもつながります。

 

無為とは、何も為さないこと、自然そのままのこと、

自然とは、自ずと然り、調和に満ちた世界のことです。

 

生態系は、もともとそうですよね。個としては生死があっても、全体は動き続けます。少なくとも、今のところは。

 

何も為さず、あるがままであれば、宇宙の動きと同期し、全体として大きく動き始めます。それが調和です。

 

 

「あるがまま」のひとつは、別の人になろうとしないことだと思っています。

 

「あの人、いいなあ」と憧れるのはいいですが、わたしは”あの人”ではありません。

 

でも「いいなあ」と思うあの人に、わたしの中にある種が反応して、ムクムクと芽が出ることは、ありますよね。うらやましいこと、嫌でたまらないこと、どちらにも「わたしは誰なのか」を見つけるヒントがあると、思っています。

 

「あの人の白い花、きれいね。わたしは赤い花を咲かせるのよね。」みたいになれば、いいですよね。

 

 

ありのままの自分は、言葉で表現できるものではなかったり、タイミングによって変わったり、たくさんあるかもしれません。いずれにしても、どれもそのときの自分にとって居心地の良いものでしょう。

 

それを探す方法は、いくつかあると思います。好きなこと、頼まれなくてもやってしまうことなどにも、そのヒントはあります。嫌でたまらないこと、許せないことは、裏に大切にしたいことが隠れていることも多いです。

 

わたしもいろいろやりましたが、自分を強く感じさせてくれたのは、站椿功(立禅)です。

 

体の余計な力を抜いて、最小限の力で立ち、心を静めていくと、ありのままの呼吸が現れます。大地や天とのつながり、縁(えにし)ができます。

 

天地との縁ができれば、エゴの自分、鎧を着た自分は、もう必要ありません。だって、絶対的に安心ですからね。

 

静かに立っていると、涙があふれてくることも、なんどもありました。「ひとりではないのだ」とか、「ひとりで頑張らなくても、助けてくれるのだ」と安心を実感できたときも、ありました。

 

中国語では、これを「喜悦」と言います。日本語だと、至福、かしらね。

 

これがあるから幸せだ、とか、これを成し遂げたから幸せだ、というものではなく、ただ、存在するだけで幸せな感覚です。

 

日常の小さな悩み事は、どうでよくなってきます。

 

「ま、いっか」と、自然におおらかな気持ちになれます。

 

至福を感じたとしても、いつも上手くいくことばかりではありません。困ったことも、起きます。でも、自分の捉え方は、かなり違ってくる気がします。そして捉え方が軽やかになれば、楽に過ごせる気がしています。

 

 

ふりかえって、ありがたいな、と思うのは、折にふれて「それは違うよ」と言ってくれる人たちがいることです。

 

「あなたは待つことを知らない」も、そうですし、わたしが「憎まれっ子世にはばかる」と思っていたときにも、「それは違うよ、嫌われていいなんてこと、ないでしょ」と、真実を言葉にしてくれた友人もいます。「あなたは自分を大切にしていない」と、何度も言ってくれた人もいます。

 

なかには、言われると苦しいこともありましたが、「今の自分が良かれと思ってやっている、これじゃないんだ」と気づかせてくれるきっかけになりました。うっすらとだったり、ガーンとだったり、いろいろでしたが。

 

これも、宇宙は自然と調和に向かって動いていることのひとつだと感じています。

 

人のことばには、聞く耳を持つものですね。耳に痛いものであれば、なおさら、です。

 

 

≪3月の特別クラスのご案内≫

3月3日(土)14:00-16:30は「しあわせを呼ぶ7つのステップ:やさしい站椿功第5回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月10日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」 第2回 人体の中にある魚 です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月17日(日)14:00-16:00は「ー5歳のハッピーウォーク」です。詳細とご応募方法はこちら

 

3月24日(日)13:00-15:00は、千葉県香取市(小見川)の「立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募はこちら

 

3月 31日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第19回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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