「神の島」久高島:「久高オデッセイ」を観て

2018.05.14 Monday

 

先月、「久高オデッセイ」というドキュメンタリー映画を観ました。

 

大重潤一郎監督が、2002年から12年、沖縄久高島の自然や人の営み、祭りごとなどを、「結章」「生章」「風章」の三部作として完成させた抒情詩(=オデッセイ)です。

 

観に行く前は、名前を聞いたことがあるくらいで、大きな興味や期待はありませんでした。何度も観ている友人が行く!という機会に、なぜか「観てみたいな、行こうかな」と思い、「第三部 風章」に行きました。

 

久高島は、沖縄の人々の祖先となった男と女の神さまが、最初に降臨したという神話が伝わっているそうで、沖縄の人々から「神の島」と呼ばれているのだそうです。

 

神の国で、祈りをささげて祭祀を執り行うのは、神人(かみんちゅ)、女性たちです。男性は、海に漁に出て、海人(うみんちゅ)と呼ばれます。

 

映画では、久高島の風景、自然、日常に溢れている祈り、暮し、祭りの様子が、淡々と描かれていました。

 

激しい雨風が吹き荒れる風景も、この島では普通のことなのだとか。自然の恵みもあれば、こんな日もあります。

 

祭りのときには、みんなが集まり、祈りの後に踊るのです。スーツを着た男性も、子供を連れた女性も、軽やかに踊るのです。嬉しそうに、楽しそうに。音楽とともに。

 

祈りは特別なことではなく、日常にあるのだと感じました。

 

久高島の地下に流れる地下水のように、この営みは、ずっと子孫に引き継がれてきています。でも最近は、土地を耕さなくなったために地下水の流れも枯れてきているのだとか。

 

祭りごとも、同じです。12年に一度、牛年に行われてきたイザイホーという儀式も、今は途絶えてしまっているそうです。

 

それでも、イザイホーの儀式の日にあたる日、島で一番若い神人が祈りをささげている姿がありました。ずっとお祈りのことばを唱えながら、途中で泣きながら、続けているのです。その姿と、「儀式は途絶えても、その魂は引き継がれている」というようなナレーションは、とても心に残りました。

 

全体として、淡々と流れる映像なのですが、終わる頃には、なぜか号泣です。理由はわかりません。隣にいた友人も、やはり号泣。

 

さらに観終わって出てきたら、やはり目を赤くしている知人にばったり。聞いてみると、昨年、久高島に行ってきたのだとか。

 

感想は上手く言えませんが、「ここには大切なものがある」と、強く感じました。

 

わたしはこれまで、海外に出て、カルチャーショックを受け、自分の無知さに気づき、視野を少しずつ広げてきたと思います。それを求めていたと思います。

 

でもこの映像を観たときに、「ここにあるじゃないか、大事なものが」と思ったのです。国内のことだって、わたしはまだ何も知らないのです。

 

自然への畏怖と感謝の中で生きること、日常に祈りのある毎日。

 

これ以上に、何か言えることはないのですが、数日後に「第二部 生章」を見たときに、涙のわけが、少しわかったような気がしました。でもそれは、まだ言葉にできるところまでは言っていないのですけれども。

 

わけもわからず涙が出たのは、9年前に武当山に初めて行ったとき以来かもしれません。

 

これからわかってくるかもしれませんね。わかっても、わからなくても、どっちでもいいような気がしますが。

 

面白いことに、こういうことがあると、久高島が日常に現れはじめます。「去年、行った」という人、「先月、急に予定変更して行ってきた」という人が、次々と周りから出てくるわけです。

 

不思議ですよね。

 

観に行く前には、たいした興味はなかったのに、です。

 

きっかけを運んでくれたのは、友人です。こんなとき、友人ってありがたいなあ、と思います。

 

なんだかいろいろ、うまくできています。

 

久高島、行こうと思っています。いつになるのかな。

 

 

 

 

 

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5月20日(日)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第7回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

5月27日(日)13:00-15:00は「おためし体験〜みんなが知らない太極拳のひみつ」です(千葉県香取市)。詳細とご応募は、こちらから。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 


問いを持ち続けること

2018.05.11 Friday

(あしかがフラワーパーク。色とりどりのお花が満開)

 

先日、生徒さんが「太極拳をやっていると話すと、『公園でおじいちゃんがやっている、ゆっくり動くあれでしょ』と言われます。それに上手く答えられない」と言っていました。

 

上手く答えられない、というのは、もっとあるのに、上手く言葉にできない、という意味だと思います。

 

面白いな、と思うのは、以前はわたしも「お年寄りがやっているものでしょ」と、よく言われました。でもここ数年、そういうことは、あまりありません。

 

わたしがまだ”おばあちゃん”には見えないため、その人を目の前にして「おじいちゃんがやっている......」という言葉は出てこないのかなと、勝手に想像しています。ですから、言葉でうんぬんという前に、”おばあちゃんでない、わたしがやっている”事実だけでも、周囲に何かを伝えていますよね。

 

”これをやっている”という人のイメージから、その事の印象を感じること、変ってしまうこと、ありませんか?

 

でも、そんなわたしから「どんなイメージがある?」と聞いてみると、やはり冒頭のようなお返事が返ってきます。そんなときに、何を言うかは、その時の様子次第です。相手の興味がありそうなところ、使った言葉に関連するあたりから、話していきます。定型文のようなお返事は、持っていません。

 

なぜなら、おそらく生徒さんが感じているように、太極拳は、すごく広くて、深いものだからです。深い、ということは、どこまでもどこまでも延々とある、ということです。

 

ではどうすればいいでしょうか?おすすめは、問いをたてることです。

 

問いがあると、自分なりに、感じることが出てきます。答えはひとつではありませんし、変化していきます。

 

少し話は飛びます。”1+1=”という問いがあったら、算数的な答えは”2”ですよね。でも、本当にそれだけでしょうか?

 

文字を絵のように見ると、答えは”11"とか、”+”とか、”T”とか、ありえませんか?

 

音で考えると、”いちいち”。読み方を変えれば”ひーひー”(ひーふーみーよーの”ひー”)。英語にすると”ワンワン”=犬。とか。

 

もし、すべてはもともとひとつの源だという視点に立てば、”1+1=1”でしょう。

 

算数としての答えは2でも、現実の世界では、答えはもっとあるような気がします。学校では、教えませんけどね。なぞなぞなら、ありそうですよね。

 

答えは自分なりで良いのだと思います。自分が感じていること、自分が好きな点、続けている理由、なんでも良いと思います。本の記述から抜き出して話すよりも、よっぽど相手に伝わる気がします。

 

もちろん、本で理論を学ぶことも、大切です。でもそれを鵜呑みにするのではなく、自分の経験と重ね合わせて、自分なりの言葉で表現していくことのほうが、楽しい気がしませんか?

 

わたしの感想ですが、経験や実感がこもっていない表面的な言葉は、伝わってきません。

 

そもそも、本に書いてあることがすべて正しいとは限りません。そして、本で表現されている言葉の意味は、自分というフィルターを通して読んでしまったとき、著者が意図したとおりに解釈できるとは限らないのです。

 

「こう教えられたけど、今だにわからないんだよね」みたいなものでも、それはそれで良いと思います。相手が何か言ってくれるかもしれませんしね。でも、問いを立てるということは、答えはなくていいわけではありません。探し続けること、その意識を持つことは、大切です。この場合の答えは、自分の中にしかないのですから。

 

わたしの場合も、「太極拳の太極って、どいういう意味だろう。」ということを、習い始めてからしばらくは、知らずにやっていました。あるとき”知らない”という事実に気づいて愕然として、そこから問いをたてました。

 

問いを立てると、過去にもヒントが見つかります。「あのときのこのこと、この言葉は、こういう意味なのかな」と、当時はちんぷんかんぷんだった言葉に、少し意味が見えてくることもあります。

 

今を生きると、過去は変わるのですよ。

 

答えはひとつではなく、自分の経験につれて、変化していくものだと思います。世にある物事が千変万化していくのと、同じことです。

 

そして答えは変っていっても、どれもそのときの自分にとっては真実です。それを知ること、そして変化を経験していくプロセスは、とっても豊かだと感じます。

 

太極拳を始めてから、10年以上になりました。ずっと、「太極拳とは?」「太極とは?」「太極の心とは?」とか、その他にも先生から教えられたことの意味を、ずっと探し続けています。これまでも、これからも、ですね。

 

5月13日(日)の午後は、そのひとつ「太極と陰陽」を取り上げる講座を開催します(神奈川県、溝の口)。まだお席ありますので、興味のある方は、ぜひいらしてくださいね。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

 

5月13日(日)14:00-16:30は、「みんなが知らない太極拳のひみつ(2)太極と陰陽」です。詳細とご応募方法はこちらから。

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(あしかがフラワーパークの藤。これをどう表現するかは、ひとそれぞれ。同じ「きれい」も、言う人により、きっとそれぞれ。)

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

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人の助けを借りること

2018.05.08 Tuesday

 

自分の足でしっかり立つこと、他の誰でもない自分であることは、大切だと思っています。太極拳でも、そして生きていく上でも、です。

 

でもそれには、人の助けも必要です。

 

太極拳のお稽古でも、ふたり組になってもらうことがあります。自分を育てるために、人の助けを借りるのです。

 

わたしが中国でお稽古するとき、一生懸命やっていると、ときどき注意されたことがあります。「もっと力を抜いて」と。言われたとおり力を抜くと、「そうそう!」。わたしの感覚は「えっ?こんなのでいいの?」ちょっとさぼっているような感じです。

 

力任せの場合、自分でも「やっている感」が、しっかりあります。でも太極拳的に見る場合、それではたいてい、”やりすぎ”です。

 

さぼっているくらい、楽に動くことが、実はいちばん力があります(ただし、コツはあります)。それは、ひとりでは実感できません。そのため、ふたり組になって、もうひとりに負荷をかけてもらうことで、力の出具合を実感してもらいます。

 

想像で、川に入ってみましょう。いちおう安全のために、ライフベストを着ておきます(笑)。

川上に向かってばしゃばしゃ泳ごうとすると、すごい抵抗を受けます。大変ですが、なかなか進みません。

川の流れに身を任せると、すうーっと、けっこうな速さで、川下に向かって流れて行きます。楽で、早いです。

 

太極拳の体の使い方は、川の流れに身を任せることに、似ています。

 

川の流れに身を任せると、最初は「どうなっちゃうのかしら」と、怖いかもしれません。ある意味、主導権を手放すからです。

でも実際には、何もしていないようだけれども、かなりの距離を、かなりのスピードで、移動しています。

 

自分に充実感があるときほど、弱くて、

自分が何もしていないときほど、強い、というのは、

 

ちょっと笑ってしまいませんか?

 

普段の生活でも、似たようなこと、ありませんか?数年前のわたしは、「これをするためには、これと、これをして」と、頭で段取りを考える人でした。そんなわたしに、「積極的にやらないと、何も手に入らないと思っているでしょ。違うよ。待っていても、くるから」と言ってくれた人たちがいました。

 

わたしは「待っていたら、何にも来ない!」と、反発しました。でもそれは、川上に向かって必死に泳いでいるのと同じでしたね。

 

あの頃は、宇宙を信頼していなかったと思います。宇宙とのつながりに目をつぶり、ひとり孤軍奮闘していたようです。恥ずかしいほどの頑張りぶりで、恥ずかしいほどの空回りぶりですが、あまりにも過ぎるために、思い出すと笑ってしまいます。(今でも、やるかもしれません。)

 

昔の人の智慧である太極拳は、意識の仕方、体の使い方に、コツがあります。それをやっていくことで、まだまだ発展する可能性のある感覚を育てていきます。そのためには、自分の”いままでの感覚”から出てみることも、必要です。

 

人と比べるものではありませんし、競争でもありませんが、新たな自分を発見していくために、他人の助けを借りるというのは、いいものだな、と思います。人は、ひとりでは生きていないと感じます。

 

ありがたいです。

 

太極拳でも、人生でも、孤軍奮闘している自分に気づかせてくれるのは、他人です。

 

そして、太極拳って、ひとりでやっているように見えますが、本当は人との攻防の連続です。自分を育てるために、人の助けを借りるという視点から見ると、太極拳ってよくできているな、と思ったりもします。

 

世の中、うまくできています。

 

 

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(中国、武当山)

 

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「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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わたしのすきなもの

2018.05.07 Monday

(「わたしのすきなもの」を始めるきっかけになった第1号、うさぎのこども椅子)

 

Instagram(@mayuminmin927)で、「わたしのすきなもの」を毎日ひとつずつ投稿しはじめて、今日で39個になりました。

 

ベタですが、サンキューです。

 

はじめたきっかけは、今年の春分の日の出来事にさかのぼります。雪が降って、ちょっと不思議な日でしたよね。お天気が荒れると自分も荒れるようで、すごく眠く、体調もすぐれず、という1日でした。

 

「そうだ、こういう機会にファスティング(断食)をしよう!」と思い立ち、久々に在宅のプログラムをやり始めました。準備食2日、酵素ドリンクだけ飲む期間が3日、回復食3日の、短めコースです。

 

必要な栄養は取れるため、「普通の生活をしながらできる」というものですが、出力は低めになります。わたしの場合、通常の6〜7割くらいのような気がします。そのため、あまり動く気はしませんが、体の中に合わせて外もキレイにしたくなるのか、家の掃除やお片付け、衣替えには、やる気満々で取り組みました。

 

そのとき、「家が好きだな」と思ったのです。そして、「そうだ、すきなものをひとつずつ、紹介してみよう」と思いつきました。はじめたばかりのInstagramは、それにぴったりでした。

 

すきなものを紹介していくことで、何をしたいのかなんてわかりませんでしたが、「すきなものを感じていくのは、なんだかよさそう」と想像していました。

 

やってみてはじめて、わかることがあります。

 

こういうものを始めるとき、素材を準備しておきたくなりませんか?写真を撮りだめしたり、「これ、あれ、それを紹介しよう」とリストを作ったり。

 

ブログを始めようと思ったときも、メモ帳にタイトル候補リストを書いてみたりしました。でも、結局、ブログもこれも、そんなものは使わなかったのです。

 

その日のどこかで、”これ”と思ったものを発信することを、何よりも大事にしています。今、すきだと思うものは、今しかわからないのですよ、やっぱり。ためておけるものではありません。

 

そして最初は、雑貨、と思っていたのですが、実際には「ひかり」とか「緑のかおり」とか、もの以外も、たくさん登場します。”家”から、ずいぶん外にも出ましたね。

 

短い文章をつけるのも、すきです。ものへの思いとか、まつわる思い出とか、ものは、関わりを持ったときから、ただのものではないのだと、わかります。

 

公開してみると、「わたしも好き!」という共感もいただけますが、「あのヘンテコなの」みたいに言われることもあります。

 

遠慮のない仲で、なかよしだから言えることでもありますが、意外と小心者のわたしは、チクン、しゅん、となります。

 

まわりには「人の人生を応援したい」と言う人も多く、「これやりたい!ということを始めたら、それは『いいね』と言うところじゃないの?」と思ったりします。

 

でも、真実は違います。

 

わたしのすきなものを、他人がすきであるかどうかは、別です。わたしがすきでやっていることを、他人が全員「いいね」と言うことは、ありません。そもそもこれ自体、多くの人の”すき”のストライクゾーンを狙って始めたものでは、ありません。

 

それは、愛情のある、なしとは関係ありません。

 

愛情がある人にだって、「いやーそれ、ないでしょ」と思うこと、ありませんか?わたしは、あります。そこを無理して合わせるのは、居心地よくありません。でもその人がそれを好きなことは、最大限尊重したいと思っています。(なんらかの被害が及んだときには、尊重しかねると思いますが。)

 

すきなことを始めて、でも、周りから「変なの」と言われたりして、やる気が折れてしまうこと、ありませんか?もしくは、みんなに認めてもらえるように、軌道修正するとか。世の中の流れって、そんな風に動いてきたところ、ありますよね。

 

できるだけたくさんの人に売れるようなものを考えたり、特定の購買者プロフィールを具体的に想定して、その人が買いたいと思うようなものを作るとか、「よい」と呼ばれる型(仕事でいうベストプラクティス)に、あてはめていくとか。

 

人財も、「成果を出す人の行動を分析して、なかなか成果がでない人にそれを習慣化させよう」とか、コンピテンシーという”この要素がある人が、その組織で優秀な成果を出す”という枠に、あてはめて育成しようとすることも、わりとよくされてきていますよね。

 

過去にはそんな仕事にも絡んできて、その成果も経験して、それでも思うことがあります。人の可能性や才能は、もっと多様です。枠にあてはめていく方法では、”最初のその人”を超えることはありませんし、その人らしさを消してしまいかねません。

 

世の中にあるいろいろな、人を理解したり、うまく付き合うための方法論は、”人はみんな違うのだ”と腑に落ちるためのもののような気がします。自分しか知らない状態から、社会(学校時代も含まれます)でケンカやいさかい、いざこざ、派閥争いなども経験して、「なんであの人はこうなんだ」というときに、「あの人は〇で、わたしは△だから、違うのだ」というものは、役に立ちます。でも、そこまでです。

 

人は、分類なんてできません。その人は、その人でしかないですから。

 

他人を思いやることは大事ですが、その人のことは、その人にしかわかりません。

 

「わたしのすきなもの」は、自己満足です。自分が居心地のよいものを、居心地のよいように発信しているだけです。今という時代のおかげで、こんな自由な表現方法ができますからね。そんな時代には、サンキューしか、ありません。

 

今のところ、「これがすきだなぁ」という、ほんわか、ふわっとしたその思いを、毎日感じられる時間を持てていることが、いいな、と思っています。

 

そして、チクン、しゅん、となってしまう自分を発見することも、いいですよね。にんげんだもの。

 

 

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(#12 親指くらいの小さなおさるは、10代のころから一緒です)

 

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教えるときの、よりどころ

2018.05.03 Thursday

 

先日、ちょっぴり遠くからお稽古に来てくださった方が、いらっしゃいました。

 

太極拳歴はわたしよりも長く、先生なのだそうです。ブログを読んでくださって、参考にしてくださっているのだとか。

 

こんな話を聞くと、嬉しくってたまりません。ネットのおかげで、遠く離れたところに住んでいる方とか、以前では考えられなかったつながりができることは、本当にありがたいです。

 

お稽古が終わった後、「もっと自分のために習いたい、と思いました」とおっしゃいました。それを聞いて、「あぁ、いいな」と思ったのです。

 

この方のように、先生と呼ばれる方が、お稽古に参加されることもあります。なかには、教えることの悩みを抱えている方も、いらっしゃいます。

 

教えるときに大事なこと、あるような気がします。”よりどころ”です。

 

以前、気功を教えていただいていた先生は、中医学の先生でした。わたしが教えられるようになりたいと思っていることを、ご存知でした。先生のクラスを閉じることになったとき、「支えがあることは、とても大事。中国に中医学を勉強しに行くなら、紹介しますよ」と言ってくださいました。

 

長く教えてこられた先生にとっての”よりどころ”は、中医学の知識・経験です。もちろん、通常のお稽古をすることに加えて、です。

 

それまで1年近く、先生から「黄帝内経」という中国最古の医学書を、少しずつ習ってきました。ほんのちょっとの知識ではありましたが、教え始めたときには、わたしの”よりどころ”になってくれていました。

 

先生のお心は、とても嬉しかったです。勉強したい気持ちもありました。でも「中国語の学習、専門用語の学習、中医大学で合計5年」という現実を前に、やめました。

 

先生にそう伝えると、「そうですか。今が20代だったらね。」とおっしゃいました。

 

20代なら、行ったかもしれません。先生が言った意味とは違うかもしれませんが、まだ何も成し遂げていないからです。わたしが太極拳を始めたのは30代後半です。でも太極拳とは縁がなかったその時代に、たくさんの経験をしています。

 

「わたしなりの先生になれれば、それでよい」と思ったのです。

 

もちろん、理論や知識は大切です。幸い、わたしは習う過程で、理論や説明をとても重視する先生方に恵まれました。30代から70代までばらばらですが、いくつになっても、こどものように好奇心旺盛、好きで続けてきた姿に、憧れました。

 

うれしそうで、楽しそうな人のそばにいるのって、よいですよね?

 

もちろん、問題が起きることもあります。そんなときでも、誰かのせいにせず、真摯に向き合っている姿にも、じん、ときました。じん、と、ですよ。

 

基本は、自分の「もっと」だと思うのです。今がダメなのではなく、今はそれでよし、でも、未来の”今”では、「もっと」です。

 

体を使うお稽古でも「もっと」ですが、疑問を解明したくて、体の構造を教えてもらったり、整体の先生やボディワークをやっている先生に習ったり、理論の本を読んだり、自分の体で試したり、いろいろとやってきました。

 

やってこられたのは、この方向の「もっと」が、好きなのだと思います。

 

きっと誰にでも、自分が「もっと」と思えることが、あります。なぜかわからないけど、やりたいこと、強制されなくてもやってしまうこと、です。

 

最近読んだ太極拳の理論の本に、「理論がわかれば、迷子にならずにすむ」というようなことが、書かれていました。

 

確かに、ずっと前は「こう?それともこう?」と迷っていたことも、今は「たぶん、こう」と思えることが、多くなりました。絶対の正解ではなく、今のベストな答です。やってみて不具合があるなら、再調整します。だから”仮”です。ここにも、「もっと」があります。

 

教えるときの”よりどころ”があるとすれば、それは自分にあります。

 

違う言い方をすれば、諦めかもしれません。自分ではない、ものすごい先生であろうとすることを諦める、とか。別の人になろうとすることを諦める、とか。

 

諦めも、肝心。それはがっかりではなく、もうちょっと、清々しい諦めです。(ときどき、悶絶したりしますけどね。)

 

 

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5月13日(日)14:00-16:30は、「みんなが知らない太極拳のひみつ(2)太極と陰陽」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

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