生きることと、気功と太極拳

2020.06.16 Tuesday

(Photo by Xie Okajima)

 

武当太極拳の特徴のひとつは、武術的な要素と、気功の要素の両面を含んでいるところです。

 

太極拳といっても、実は流派がたくさんあり、それぞれです。

 

武当太極拳の場合、気功を全くせずに太極拳をすることはありませんが、他の流派では、気功はやったことがない、ということもあります。どれが正しいとかではなく、それぞれです。

 

では、太極拳と気功の違いって、なんでしょうね。

 

大きな違いは、相手がいるか、いないか、です。

 

太極拳は、相手を想定した攻防の連続技です。套路(型)では、実際に相手に触れることはありませんが、「ここで腕を掴んで引っ張って」というように、それぞれの形には武術的な用法があります。

 

それに対して気功は、ひとりでするものです。

 

両方する良さがある、と思っています。

 

大人になると、外に意識が行きがちになることもありますよね。「どう思われるだろう」と、人の反応や評価を気にしたり。

 

わたしは比較的、自分がやりたいことをやる方でしたが、それでも、(もしかしたら、だからこそ)人の評価は気にしていました。人の評価=自分の価値、みたいに思っていたときもあります。

 

好き勝手にやるくせに、最後は人の反応を気にするという、なんだか中途半端です。

 

それでは心が休まりません。そして人の期待に応えているうちに、自分がしたいことがわからなくなります。

 

すべてが麻痺すると、ブレーキのかけ時もわからなくなり、体に不調も起きやすくなります。わたしの場合は痒疹(ようしん)という湿疹が、首から下に出ました。これ名前のとおり、本当に痒いのですよ。

 

相談したお医者さんに、「あなたは赤信号なのに渡ろうとしている」と言われて初めて、自分の心がどれだけ麻痺しているか、気づきました。

 

そんなとき、まず役立つのは気功です。

 

外は気にせず、自分の内に、深く深く、潜っていきます。

 

体に意識を向けて、無駄な緊張に気づいては手放していきます。体に意識を向けると決めることで、あれこれ頭が考えすぎることもなく、集中しやすくなります。

 

気功でも、太極拳でも、陰と陽が動きを作ります。陰が極まると陽になり、陽が極まると陰になり、そのふたつの要素が常にバランスを取りながら、動き続けます。

 

それは自然の現象と同じで、日本が昼で陽しか見えなくても、地球の裏側のブラジルは夜で、陰がありますよね。全体で見れば、地球という円いバランスが成り立っています。

 

昼と夜が常に変化していくように、陰と陽も常に変化します。つまり、バランスは1回取ればいいのではなく、瞬間ごとに取り続けます。

 

これが「今にいる」ですよね。0.1秒前は、過去ですからね。

 

こうやって調和を学びます。調和は、体の調和もありますが、心と体の調和もあります。体に意識を向けて頭がお休みすることで、心は静かに平和になっていきます。

 

意識は覚醒していますが、ちょっと夢を見ている状態に似ています。本当に夢を見ているときのように、潜在意識の領域に入っているのだと思います。

 

すると「こうしたい」とか、「これが好き」とか、心からの願いにつながりやすくなります。

 

夢は、寝ている間に見る夢もありますが、「こんなことしたい」という夢もありますよね。夢の領域にいるときは、自分の夢が出てきやすいのだと思います。

 

そうやって内なる平和を取り戻して、自分の夢が出てきたら、次は社会に出ていきます。

 

相手がいる太極拳は、社会の疑似体験でもあります。社会では、人との争いや衝突もあります。

 

そこで内なる平和を忘れて、対抗して相手を打ち負かそうとするのか、

それとも内なる平和を守り続けて、調和を取り戻そうとするのか、

 

自分の夢をあきらめるのか、

それとも社会の中で、「わたしはこうしたい」と自分を表現して、夢をかなえていくのか、

 

そこは、自分の選択で、チャレンジです。

 

そして、気功のひとりの世界で自分を尊重することを知り、それを社会でも実践したいと思ったとき、同じように他人も尊重されるものだと気づきます。

 

そうなると、以前は受け入れにくかった誰かの行動や考えも、「それもありだよね」と、受けいれやすくなると思います。

 

みんな、それぞれだからです。

 

すべてに賛成できるわけはなく、する必要もないと思いますが、それぞれを尊重することは大切だと思っています。

 

そして、内なる平和がないときの自分を思い出すことで、内側が感じられないからこそ、外側に鎧を着て、自分を守ろうとして、キツイ言葉を口にしたり、行動する人もいることも、わかるようになります。

 

裏に隠れている(かもしれない)事情を思いやれるようになると、見方が変わり、自分が傷つくことも、少なくなる気がします。

 

それでも、何かのきっかけで、自分に攻撃が向けられることもあります。言葉だけとか、気持ちだけのものも含めて。

 

人って、自分が存在していることを確認するために、外の刺激を求めるところがあると思うのです。

人との衝突やケンカも、ぶつかることで、自分がここに存在していると、感じたいからなのかもしれません。

 

でも、内なる平和を取り戻して、内側が充実している人は、外に刺激を求めることで確認しなくても、「わたしはここにいる」と、感じられます。

 

そうしたら、自分からはぶつかりに行かないですよね。

 

でもぶつかってこられたら、びっくりして、どうしていいかわからなくなるかもしれません。そんなときにどうするかを教えてくれるのは、太極拳の技です。

 

読んでいるだけだと「はて?」かもしれませんが、それを体で体験できるのが、太極拳のいいところです。気になったら、クラスにいらしてみてくださいね(たまには、宣伝してみます)。

 

「太極拳に気功の要素が入っているなら、太極拳だけでもいいでしょ」と、思う方もいらっしゃるかもしれませんが、

 

相手がいると、やはり気になります。まずはひとりで、シンプルな動作の気功を繰り返すことは、自分に立ち返るために、とても役立ちます。

 

わたしの師匠が、いろいろと大変な状況にあったとき、ひとりで気功を繰り返している姿を見たことがあります。「この人は、こうやって自分を落ち着かせようとしている」という気がしました。

 

わたしも、ぐずぐずなときは、気功をします。すると、体も心も落ち着いてきます。

 

人と一緒に生きるためにも、まずは自分からです。

 

自分自身の心身の調和を取り戻し、内なる平和を感じてから、社会でそれを実践していくほうが、迷わずにすみます。

 

社会には、自分を助けてくれる力もありますが、雑音もあります。どれを味方にして、どれはスルーするのか、自分自身がしっかりしているほうが、振り回されずにすむのではないでしょうか。

 

気功も、太極拳も、生き方を教えてくれます。

 

しあわせに生きることや、夢を見つけて、かなえていくことにも、つながっていくと感じています。

 

そういう面を知ってくれて、感じてくれる人が増えたら、いいな、と思っています。

 

そうしたら、世界はもうちょっと、優しく平和になるのではないかしらね。

 

 

 

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    「やりたい」を大切に

    2020.06.14 Sunday

     

    (2011年の春、田理陽師父の武館にて。後ろの縦は、「武当の技は、道教の教えから生まれて武術になった。今は、武術をすることで、道教の教えを学ぶことができ、そうすれば、世界はしあわせになる。」という意味。今でも心に刻まれている言葉です。)

     

     

    何かをやりたいと思った気持ちを、大切にしたいです。

     

    「これ、やってみたい」と思うときって、いいと思いませんか?どきどき、わくわく、怖いこともあるかもしれませんが。

     

    自分の場合も、周りの他の人の場合も、芽生えた「やりたい」を、大切にしたいと思っています。

     

     

    苦い思い出があります。

     

    とあるものを習っていたとき、先生に「〇〇をしたいです」と希望を伝えたことがあります。先生は「いいけど、その前に、なぜそれをやりたいのか、言ってみなさい。」と。

     

    簡潔にまとめようとしましたが、どうにも実感とか臨場感がありません。自分の言葉じゃないようです。

     

    「やりたい」と思ったのは、それまでの積み重ねです。

     

    正直に伝えるなら、ここまでどんな体験をして、どう感じて、ここに至ったのかを書くしか、思いつきませんでした。

     

    「長い...」と思ったものの、そのまま送ってみました。「長すぎて読めない!」と、却下されました。そうですよね。

     

    再度考えて送りましたが、「これではダメだ」と、また却下です。

     

    何度かやり取りするうちに、わたしの「やりたい」気持ちは、ひしゃげてしまい、「もう、いいや」と、思ってしまいました。

     

    でも、「あれ?」と気づきました。

     

    せっかく芽生えた気持ちだったのに、やってみる前にしぼんでしまうって、どうなんだろうか?と。

     

    先生なりの考えがあったのかもしれませんが、それは伝わらず、どうにも窮屈で、しばらくして、そこから離れることになりました。

     

     

    先生という存在は、大切です。

     

    ”習う”とは、それまでの自分の範囲を超えていくことだと思っています。常識も、技や技術や、理解も。

     

    わたしが山の裾野にいるとしたら、先生はもっと高いところにいて、わたしには見えない景色が見えているようなイメージです。

     

    「それでいいよ」とほめてもらうことを期待しているわけではなく、違うものは違うと、はっきり言われることも大事です。

     

    それでも、生徒のやる気を大事にするのは、先生にとって大切なことだと思っています。

     

    2011年、中国の武当山で教えていただいた田理陽師父(武当玄武派第十五代伝人)は、いつもニコニコ明るい方でしたが、厳しい方でもありました。

     

    わたしもお稽古中、叱られました。

     

    たとえば、カンフーには”収功”という終わりの形があります。練習しているものを、中途半端にパタッとやめるのではなく、きちんと収めてから終わりにします。でも、ある部分を繰り返し練習しいるときに、その終わりをいい加減にしたときがありました。

     

    ものすごく叱られました。当然ですよね。

     

    厳しいとは言っても、教えられたことができないだけで、叱られるわけではありません。先生は、生徒がコツを掴めるまで、そばを離れません。これ、ありがたい反面、つらいでのですが、先生からしたら、一人で練習できるレベルにないときに一人にするわけにはいかないのだと思います。

     

    ちょっとコツを掴んだら、あとは一人で練習します。しばらくして、また様子を見に来て、素通りするときもあれば、注意されることもあります。

     

    何度やってもできないこともありますが、何度でも根気よく教えてくださいました。

     

    このとき、2か月の滞在のうち、最初は形意拳を習っていました。でも太極扇をやりたいという希望もあって、どうしようか迷っていました。

     

    1か月過ぎたころ、先生に聞いてみました。「最後は、太極扇を習いたいと思っているのだけれども、このまま形意拳を続けた方がいいかもしれないし、わからない。どう思いますか。」と。

     

    先生のお返事は、「よくやっているし、成果も出てきているから、このまま続けたらいいと思うけれど、太極扇も教えられる。自分で決めなさい。」

     

    自分で決めなさい、と言われると、迷いますが、「このまま続けた方がいいと思っている」という言葉もあり、そのまま最後まで、形意拳を習おうと思っていました。

     

    間もなく先生は、中国人の生徒さんの一人に、太極扇のお稽古をつけ始めました。先生と再度、お話をすることはありませんでしたが、最後の2週間は、太極扇を習うことになりました。

     

    このときのやりとりと、「自分で決めなさい」という言葉は、今でもすごく、心に残っています。

     

    ちゃんと見ていて、アドバイスもあって、その上での「自分で決めなさい」です。「どうしよう」と思いましたが、「やりたい」という気持ちを尊重してもらえたような気がして、今でも、とても感謝しています。

     

    何をするにしても、自分で決めて、自分で行動するのは大切ですが、自分だけで、すべてができるわけではありません。

     

    わたしが弱いだけかもしれませんが、こんな風に励まされることで、頑張れることもあります。励まされます。

     

    (右端が田理陽師父。先生のお誕生日に。左から2番目の方が、今の先生の明月師父。田理陽師父のお弟子さんです)

     

    (右の、顔にクリームをつけている女子が、太極扇を教えてくれた恩人。当時16歳。今は武館の先生になっています。)

     

     

    やりたいことに、理由なんてなくてもいい、と思っています。経験していないことが、そんなにわかるわけありません。「なんとなく」で、十分だと思うのです。

     

    もちろん中には「そんな理由ではできないよ」というものもあるでしょう。客観的に見て、という、冷静な意見が役立つときもあるでしょう。

     

    「人に反対されたくらいであきらめるようなら、その程度」というのも、あるかもしれません。実際、周りの人みんなが「無理だ」と言っても、自分だけは「大丈夫。いける気がする」と思うこともあります。そういう場合は、ホントにうまくいったりします。

     

    それでも、やっぱり、まず「やりたい」気持ちを、大切にしたいです。小さくて、吹けば飛ぶようなものだったとしても、それがどう育つかは、やってみないとわかりませんし。

     

    芽生えたものを、大切に。あなたも、わたしも。

     

     

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      大きな心を受け止める 強い体

      2020.06.13 Saturday

      (形意拳) Photo by Xie Okajima

       

      おとといの「一期一会」という記事で、「またね」は二度と来ないこともある、と書いた後も、「またね」と言う機会がたくさんありました。

       

      予定していた屋外のお稽古が雨でなくなったとき、誘ってもらった会に参加できないとき、メールでのやりとりでも、そうです。

       

      これまで、その先の機会はあると思って、軽く「またね」と言ってきたのですが、二度と来ないと実感したばかりだと、その言葉を口にするたびに、心がきゅっとなります。

       

      「こんな調子では、体がもたない」と思いました。

       

      もたないから、感覚を麻痺させていることもあるのかもしれません。

       

      麻痺させることで、たくさんのことができる面もありますが、そこは自分がどんな生き方をしたいか、だと思います。

       

      わたしは、器用貧乏に見えるときもあるかもしれませんが、実際は不器用です。ひとつのことをするのに時間がかかりますし、同時にたくさんのことは、できません。

       

      旅行に行っても、1日のメインイベントは1つで充分ですし、景色がいいところなら、1日中ぼーっとしているだけで満足です。

       

      ルーティーンを決めて、毎日同じようにこなすことも、苦手です。站椿功のように、毎日やると決めているものもありますが、それは、その体験が毎日違うからできるだけです。

       

      その瞬間を感じながら進みたいのでしょう。たくさんではなく、少しでいいから、そのときの感覚を受け止めながら生きたいのだと思います。

       

      それならば、いちいち震える心を受け止められるだけ、体がしっかりしていなければなりません。

       

      だからわたしは、太極拳をしているところもあるのかな、と思いました。

       

      おかしな話かもしれませんが、どうして太極拳をしたいのか、よくわかっていないところもあるのです。

       

      もちろん、やりたいからやっているわけですし、続けているうちにわかってきたこともたくさんあるのですが、

      今だに、なぜやりたいのか、「はて?」と思うのは、まだ、ぼんやりしているところもあるのだと思います。

       

      「やりたい」を優先させることが大事で、理由なんてどうでもいいと思っています。大事なことは、タイミングが来たときに、わかるからです。

       

      たとえば、剣などの武器を使うとき、「はて?なんでこれが好きなんだろう?」と不思議に感じていたこともあるのですが、あるとき、それなりに腑に落ちました。(詳しくは「アメリカン・インディアンの教えと、タオと、カンフーとわたし(2020年1月26日)」

       

      こういうときは、カンみたいな感覚が先で、頭がついてきていないのかもしれません。

       

       

      体は正直なので、指針になります。

       

      訓練は必要ですが、誰でも体の無駄な緊張に気づいて、それを手放していくことができます。

       

      天地の間に自分の軸を立てて、楽に、やさしく立って動くことができるようになれば、まわりに翻弄されて自分を見失うことも少なくなり、心もやさしく、まわりの世界もやさしくなります。

       

      心が硬くなったとき、そのこわばりは体の緊張として現れます。そこから心の課題に気づけることもあります。

       

      無駄な緊張に気づいて手放すことも大事ですが、しっかり立つために鍛えるべきところもあります。たとえば、上半身と下半身をつなぐ大腰筋とか、ハムストリングスは、育てる必要があります。内側にあるので、外は、柔らかいですけどね。

       

      どうやら内側がしっかりすると、外側は柔らかくなる、ということも、あるようです。

       

      全く緊張がなければ、人は、ぺしゃんとつぶれてしまいます。太極拳でいう「放松(ファンソン)」という状態が、適度にリラックスして、適度に緊張しているのは、そのためです。

       

      この「適度に」は、頭では絶対に理解できないところで、体を使って感覚でつかんでいくしかありません。その過程で感覚も育ち、自分の体や心の状態を把握する力も、あがります。

       

      体を育てながら、心を受け止める力もつけている、ということなのかしらね。

       

       

      「健全な精神は、健全な肉体に宿る」と言いますよね。

       

      わたしなりの解釈では、大きな心を受け止めるためには、器が大きく、しっかり、すこやかでないと、ということかな、と感じています。

       

       

      今年の初めに書いた、「強くなりたい(2020年1月10日)」の中で、器が大きくすこやかで、心が大きな師匠たちの話を書きました。

       

      その目標は、まだまだ続行中です。生きている限りは、続くような気がします。

       

      これから先、今よりも、大きな心を受け止められるような強さが持てたら、いいな。

       

      そうしたら、どんな風になっていくのかしらね。

       

       

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        一期一会

        2020.06.11 Thursday

         

         

        一期一会といいますよね。

         

        もともとは茶道の心得から来ていて、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであることを心得て、誠意を尽くそう、というものです。

         

        わかっているつもりの言葉ですが、現実に「またね」は二度と来ない体験をすると、その意味を、どのくらいわかっていたのだろうか、どのくらい誠意を尽くせていたのだろうか、と思います。

         

        4月初旬に「ごはんを食べようね」と約束していた友人がいます。ときどき会って、心にある大切なことも話す、大事な友人ですが、直接会うのは、本当に久しぶりでした。

         

        でも、新型コロナウィルスの感染が拡大しはじめて、仕事も外出も控えるようになり、当然のように延期を提案しました。

         

        「豆乳も、ハンバーガーも待っていてくれるはずだし(注:行こうとしていたお店が、そういうお店でした)。収束してきたら、また予定を決めましょう。元気に会えるときを、楽しみにしています。」とメッセージを送りました。

         

        「そうね、改めましょう。楽しみだね」と、返事が返ってきました。

         

        でも、新しい日程を決めることは、もうできません。約束していた日よりも前に入院して、つい先日、天国に逝ってしまったと知りました。

         

        豆乳やハンバーガーは待っていてくれるけれど、友人は、待ってくれなかったなあ、と思いながら、

         

        「延期しましょう」と言ったときには、その機会は二度と来ないかもしれないとは、全く考えなかったことにも、気づきました。

         

        もちろん、あのときに無理やりにでも会っていれば、という話ではないのですが、「またね」が、もう二度と来ないことが、ずっしりきます。

         

        わたしは、いつも彼女に誠意を尽くせていたのかな、と、考えてしまいます。

         

        ものすごく忙しそうにしているのが、気にかかりながらも、「本人が楽しいなら、いいか」と、遠慮して、流してしまっていないかな、とか。

         

        数年前、一緒にごはんを食べたときに、彼女は、「こんな健全な人(わたしのこと)と一緒にいられるわたしで、良かった。前はもっと、めちゃくちゃだったもの。」と、言っていました。

         

        わたしが健全がどうかは別として、彼女は全然、めちゃくちゃじゃなかったし、もし過去がそうだったしても、今、そうでなければ、そんなことはどうでもいいし、「そうなんだ」くらいにしか聞かなかったのですが、

         

        あれは、どんな気持ちで言っていたのかな、その心に、少しでも寄り添えていたのかな、とか。

         

        後悔があるわけではないですし、「あの時、こうしていれば」というのも、後から思うことで、過去のそのときには、それしかできなかったことも、わかってはいるのですが、

         

        寂しいのは仕方ないにしても、心が追いついていない感じです。

         

        頭で考えるよりも、心に感じることを大切にしているつもりですし、

         

        こんな風に言葉を書くとき、話すときには、嘘をつかずに正直に、と思っているのですが、

         

        まだまだ、頭が先行して、心が置いてきぼりになっているかもしれません。

         

        わたしの心は死んではいないけれども、今よりもっと、生きたい、感じたいと、思っている気がします。

         

        心って、大きいのですね。

         

         

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        ≪武当太極拳編≫
        武当三十六式太極拳をいくつかに分けてご紹介します。「その1」は、
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        「陽だまり」とは

        「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

         

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        いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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          境界で生きる

          2020.06.10 Wednesday

          (ある日の美しい空)

           

          東京の高尾に、両界橋という橋があります。

           

          駅から高尾山に向かう途中にあります。すごい名前ですよね。

          わたしは車でしか通ったことがないのですが、歩いたり、自転車で通ると、橋を境に空気が変わるそうです。

           

          ここを訪れて何かを感じた人が、名づけたのでしょうか。

           

          高尾は、とても生態系が多様な場所です。

           

          高尾でも、ほとんど人がいない裏高尾という場所が好きで、そこに入るときは、なんとなく「お邪魔します」という気分になります。人の住む場所から、そうではない場所に入れてもらうような感覚です。

           

          最近、境界について考えるような映像を、いくつか観ました。

           

          ひとつはNHKのドキュメンタリー「ヒグマを叱る男〜完全版36年の記録〜」です。

           

          舞台は、世界自然遺産の北海道、知床です。その奥地にあるルシャは、ヒグマの生息地です。そこに19号番屋という、漁師さんが漁をするために泊まる小屋があります。

           

          一般の人は入れず、漁師さんだけしか行けないようですが、そこはヒグマと人間が共生している場所としても有名だそうです。

           

          ここに大瀬初三郎(おおせ・はつさぶろう)さんという漁師さんがいます。若い頃からサケやマスをとって生活してきました。この場所は、ヒグマにとっても、獲物を取る場所です。大瀬さんはある頃から、ヒグマに遭遇すると「コラ!来るな!」と叱るようになりました。

           

          「コラ!」と叱ると、その言葉が伝わるかのように、ヒグマは退散していきます。約半世紀、襲われたことは、一度もないのだとか。

           

          大瀬さんは、長い間ヒグマの行動を観察続けてきて、付き合い方のコツも心得ています。お腹から大きな声で叱る、時には一歩踏み出して近寄る(テロップで、絶対にしないでくださいと、出ていました)、食べ物は絶対に与えない、などがありました。

           

          人とクマは、本来、それぞれ別の場所で生きていくことが共存だと思ってきました。お互いに距離を取る意識を持つというのか、近づいたら怖いという意識を持つというのか、クマは、どういう感覚なのかはわかりませんが。

           

          それを守らず、観光客が写真を撮ろうと近づきすぎて、さらにヒグマが人の近くまで来るようになり、どうしようもなくなって駆除した話は、この番組とは別のところで読みました。

           

          大瀬さんの場合、見方によっては、距離を取る、と言えると思います。人がいるところに近付いてきたら、すぐに追い払いましたし、一歩踏み出すのも、追い払うためです。

           

          距離を取る、という解釈にも、いろいろあるようです。

           

          アメリカのクマの生息地では、高い場所に見物台のようなものを立てて、たくさんの観光客がクマを見下ろしている様子が紹介されていました。近いのですが、クマは登れないような作りになっているのだと思います。

           

          それを観ながら、複雑な思いになりました。

           

          ぼんやり違和感は覚えるのですが、それを言うなら、動物園も同じです。

           

          動物園、好きなのです。できれば狭いところに閉じ込められているのではなく、和歌山のアドベンチャーワールドのように、動物たちが広い場所で悠々と過ごしているようなところが好きですが、

           

          本来の場所ではないところに連れてきてしまっている点では、同じです。

           

          それでも、それぞれの動物の姿を、じーっと見ているのが好きです。それに理由があるわけではありませんが、間近に見ることで、本来なら触れ合うことのない、別の領域で過ごしている動物たちのことを、思いやったり、尊重しやすくなることも、あるような気がします。

           

          動物園に行くわたしも、高い台を設置されたクマの生息地に行くアメリカの観光客も、同じですよね、きっと。

           

          ルシャでの、ヒグマと人の共存は、独特です。柵のないところで、お互いに距離を取り合う共存です。それはその場所が、ヒグマにとっても、人にとっても、生きる糧を得る大切な場所だという事情から、生まれた形なのかもしれませんが。

           

          長い間ヒグマを観察し続け、その生態を知り尽くしているからこそ、できることでもあるでしょうし。

           

          番組では、エサを与えないことを守ってきた大瀬さんが、その線をほんの少し超える場面が紹介されていました。

           

          サケやマスの量が減ってしまい、漁もうまくいかず、ヒグマもお腹いっぱい食べられず、やせ細ったヒグマが目撃されるようになった年、

           

          死んだイルカが浜に打ち上げられていました。大瀬さんはそれをロープで留めて、流されないようにしました。

           

          それを食べるヒグマたちを見て、「お腹いっぱい食べたね」と、泣き笑いみたいな表情をされていました。

           

          大瀬さんって、取材されていたときは84歳なのですが、情に厚く、ニコニコ笑う、天使みたいな方なのですよ。

           

          番組の紹介ページでは、「人は自然とどう向き合えばいいのか、そのヒントを探っていく」とあるのですが、最後まで観ても、わたしにヒントが見えたわけではありません。

           

          でもルシャのように、人と野生動物が共存する境界で暮らす人たちは、お互いに、ここで生きるという覚悟みたいなものがあって、そこから長い時間をかけて、共存する智慧を見つけていけるのかもしれないな、と思いました。

           

          ものすごく印象的なドキュメンタリーでした。

           

           

          最近観た、もうひとつの境界について考えるような映像は、「もののけ姫」です。長くなってしまったので、それはまた別に書きますね。

           

           

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