「本物は、6つの耳で聞くものではない」

2015.06.18 Thursday



武当山(中国 湖北省)にお稽古に行ったときに、「法不传六耳」という
言葉を教えてもらったことがあります。

「本物は、6つの耳で聞くものではない」つまり、本当に伝えようとするときは、
師匠と弟子の1対1、ということです。太極拳でも、師匠と弟子、ふたりっきりで
部屋にこもり、誰にも見せずにお稽古する、と聞いたことがあります。

わたしもこの6か月、そんな体験をしました。そして今日、卒業しました。

東京で、常時教わる太極拳の先生がいなくなってから1年ほどたちます。
武当山に年2回お稽古に行くほかは、自分でお稽古していましたが、
まだまだ未熟なわたしに必要なことを教えてくださる方は、ずっと探していました。

そして偶然、でもきっと必然で、今の先生にお会いしました。
この方、実は太極拳の先生ではなく、踊りの先生です。
分野は違いますが、「この人だ」と思い、習い始めました。

「何をやりたいの?」と聞いていただいたとき、わたしは「ちゃんと立って、
ちゃんと歩けるようになりたい」と答えました。

それから6か月、ふたりだけ、4つの耳だけの個人レッスンを通して、
いろんなことを乗り越えてきました。
姿勢が良いと言っていただくこともありますが、
実はもともと側弯症があり左右のバランスは悪かったですし、
足は強いけど上半身が弱いというように上下のバランスも弱かったのです。
そして心のバランスも弱く、「まだ足りない」という渇望感は常に持っていましたし、
「できない」という自己否定のダークサイドに落ちることもしばしばでした。

そんなわたしに、「丁寧に体を扱うこと。丁寧に心を扱うこと」を教えてくれたのが、
この先生です。体を丁寧にみて、丁寧に扱い、大地の上、天に向かってしっかり立つこと、
そして、丁寧に歩くことを、ずっとやってきました。体からのアプローチだけではなく、
心も丁寧に扱うこと、穏やかな心で生きることも、ずっと取り組んできました。

最初の頃、あまりの出来の悪さに、「今ごろこんなことやっているようじゃ。。。」とボロボロ
泣いたこともあります。そんなとき、「簡単にできるようなことじゃないし、時間がかかるから、
早く『やる』と決めないといけないのよ」と一喝されました。

それで、「やる」と決めたのです。

丁寧に立って、丁寧に歩くこと。
ずっと太極拳をやっていくこと。
それを「やる」と覚悟をきめました。

途中には反抗期もありましたし、3歩進んで2歩下がるという不器用さでしたが、
半年前とは比べ物にならないほど、体も心もずっと、しなやかで強く穏やかになりました。
自分に嘘をつかず、まっすぐに生きようとすることで、
背骨も少しずつまっすぐになってきています。
股関節の可動域も、少しずつ広がりつつあります。
体の末端の緊張もとりやすくなり、足のサイズは22.5センチから23.5、場合によっては
24センチと、1〜1.5センチ、大きくなりました。
縮こまって固まっていた足の指がのびのびし始め、大地をきちんと踏めるようになってきました。

「人は、やれないことは思わないの。だからやると決めたら、できるのよ。」

やる、と決めると、好きとか嫌いとか、関係なくなります。
好きだから、楽しいからやるのではなく、苦手でも大変でも、やるのです。
それを無理なくできるものが、自分の使命だと思います。

やると決めたらできる、ということは、逆に言えば、できなくても良いのです。
やろうとすることが大事だからです。

「卒業」と言っても、わたしが完ぺきに立って、歩けるようになったわけではありません。
立つこと、歩くことは、一生のお稽古です。
これは、太極拳でも同じことです。
5月に武当山で新しい歩き方を習ったときに、中国の先生は、
「慢慢学。(ゆっくり練習すること)。これはみんな、ずっと長い時間をかけて
自然に歩けるように練習するんだよ。だから心配することないよ」と
言ってくださいました。実際、中国でのお稽古は、立つ、歩く、などの基本を
繰り返し何度も何度もやります。シンプルですが、それだけに毎日、毎回、違うのです。

立つこと、歩くことのなにがよいのか、それを言葉にするのは難しいのですが、
体を持って生きる人間にとって、大地と天の間に立ち、歩くことは、
地球と一緒に、リズムを合わせて、無理なく自然に生きることを思い出させてくれます。
生きているエネルギーに溢れ、自分への安心感、信頼感も溢れます。
そしてわたしの周りには、穏やかで平和な世界が広がるようになりました。

この過程で先生は、わたしにあったエクササイズや、アプローチを、たくさん考えてくださいました。
こういうことは、1対1でないと成り立ちません。
4年ほど前に教わった「法不传六耳」の意味が、思いがけない形で腑に落ちることになりました。
わたしに付き合うと覚悟を決めて、一緒に歩いてくださった先生には、たくさんの感謝を送ります。

まだまだこれから、でも、「やる」と決めているから、もう大丈夫です。
道を外れたら、戻ればよいだけです。
少しずつ、「慢慢習」ね。




















今日、先生からいただいたガジュマルの樹。
精霊が宿り、幸せを呼ぶ樹、幸せを見守る樹とも言われます。
「まゆみさんみたいね」と、先生。?という顔をすると、
「上はきれいで、下はしっかりしているでしょ。」
 

武当山日記: 信頼

2015.05.26 Tuesday



わたしが、今の先生(明月師父:武当玄武派第十五代伝承人)
についているのは、ある人のおかげです。

それは、先生の奥さま。先生は4年前、ちょうどわたしの滞在中に
結婚されたため、わたしも結婚式には出席しています。奥さまも、
その頃から知っています。

これまで彼女は中国武術はやっていなかったのですが、今回武当山に行ったら、
なんと!お稽古に出ていました。
2歳になった子供をそばで遊ばせながら、わたしも一緒に練習しました。
(上の写真で右の水色の人です)。
古琴の練習に誘ってくれたのも、彼女です。
一緒に過ごす時間が長くなったこともあり、
距離が縮まって、仲良くなりました。

彼女は、すごく美人ですが、着飾ることや贅沢には興味がなく、
だんなさんに「家族が食べていければ、それでいいの」と言うそうです。
一緒にいると、本当にそう思っていることがよくわかります。
自然とともに暮らして、食べていけて、笑っていられれれば、それでよいのです。

彼女のおかげ、という話は、1年前にさかのぼります。
その頃、学校は当時のビジネスパートナーとの関係が難しくなっており、
先生は話し合いのため連日不在でした。学校も、だれ気味です。最初のころは理解を示せたものの、
あまりのことに、長く滞在している外国人の生徒たちも、わたしも、怒りが爆発しました。
「こんな状態だとわかっていたら、来なかった。もう誰にもここをすすめられない。」
先生はおけいこ代は半分でいいから、と言ったうえで、「今できることはこれしかないけど、
これでいいとは思っていない。必ず近いうちに必ず何とかすると、約束する。」

先生の誠意は、伝わりました。何よりも困難の中、先生がどんな風に対応しているか、
気持ちを落ち着けているか、そばで見て感じる機会にもなりました。そこからの学びは
すごく大きく、自分が大変なときに、その姿をよく思い出しています。
そして、先生に教えていただいたのは短い時間ではあったけど、
実はすごく大事なことを伝えてもらったこともあり、「価値は時間に比例しない」
という、今までとは違うものさしを持つきっかけにもなりました。

それでも残る、もやもや感。自分が怒ってしまったことへの後悔もあり、
わたしは「怒るためにここに来たんじゃない」と号泣しだす始末です。
この先、改善するという保証もありません。この先、どうすればいいんだろう。。。

そんな時に偶然、先生の奥さまに会ったのです。
彼女は、初めて会ったときよりもずっと元気で、明るいエネルギーでいっぱいでした。
子供も同じです。その姿を見たときに、「先生は大丈夫。きっとなんとかする」と思えたのです。
一番近くにいる人たちが、こんなに明るくて元気なのであれば、
時間はかかるかもしれないけど、きっと解決していけるはずだと、信じられたのです。

そして1年後、それはその通りになりました。
学校は、厳しさも笑顔もたくさんある、良い学校になりました。
前は生徒だった人たちもちゃんと育っていて、教えることができるようになっていましたし、
何よりも顔を見れば、わかります。前よりも元気で、穏やかで、明るいエネルギーにあふれています。

そしてわたしは、1年前、怒ってしまった自分を最初は責めたのですが、
泣いているうちに「違う。これは精一杯やった結果だ。怒ってしまったのは反省するけれども、
自分で自分を責めてはいけない」と気づきました。これは、初めて自分のことをちゃんと信じてあげられた
経験でもあったのです。

怒ったのも泣いたのも、わたしが本当に言いたいこと、したいことを声に出せた経験で、
この先生を信じると思ったのも、自分の決断でした。

状況としては、それまでの12回の中で過去最悪ではありましたが、その経験やそこから自分が
得たものとしては、すごく大きな、意味のあるものになりました。

そのきっかけになってくれたのは、彼女です。

優しくて芯が強い彼女は、今では大好きな人です。
あなたのおかげなの、ありがとう、という話を、通訳してもらって伝えようかと思ったのですが、
これは大切な話なので、次回に行くときに、自分でちゃんと話そうと思っています。

そして本当は、自分にとって大切なことを忘れたりしなければ、
怒ったり泣いたりするようなことは、必要ないのだと、今は思っています。



(武当山の逍遥谷。よく見ると、おさるが歩いています)

 

武当山日記: 子供はみんなで育てるもの

2015.05.24 Sunday



武当山に行くと、先生の子供たちがいます。2歳の女の子たちです。
学校の人たちと、ずっと一緒です。ごはんも、練習中もそばにいますし、
お散歩にも一緒に行きます。小さな子供たちの明るいエネルギーは、
周りを明るくしてくれます。

しつけはとても厳しいです。特にお母さんは手も出ますし、
ダメなことはダメと、よく叱っていました。

お散歩に行っていたときのことです。武当山は階段が多いのですが、
長い階段を前に抱っこをせがむ子供にお母さんが「自分で上がりなさい」と言って、
先に上ってしまいました。子供はぎゃん泣きです。見かねた中国人のビジター生徒
(わたしのように、短期で来る生徒)が抱っこしようとすると、
「構わないで!自分で上がらせて」と言うお母さん。
2分後、子供は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、自力で上がってきました。

子供はお母さんがいてもいなくても、みんなで面倒を見ます。ごはんも学校のお兄ちゃんたちに
食べさせてもらったり、学校が宿舎にしているホテルの従業員さんに面倒を見てもらって遊んだりもします。
この子たちだけではなく、近所の子供が危ないことをしようとすると、そばにいる大人が止めたり、叱ったり、
みんなで面倒をみます。お稽古中は子供が寄ってきても、「練習中だからね」と構ったりしませんが、
それでも目の端で、みんなが子供たちを気にかけています。

狭い社会でみんなが知り合いだからかもしれませんが、みんなで子供を育てている感じなのです。
日本も昔はこんな感じだったのかな、とか田舎は今でもこうなのかな、と思ったりしました。

この話を日本に帰ってしたら、「昔はそうだったよね。今ね、子供が死んだりするでしょ。
ダメなものはダメ、と厳しく叱らないから、
何が危ないのかわからなくて、危険な目にあいやすいんだよね」と言っていた人がいます。



(高いところに上らせてもらって、ご機嫌。
ものすごくかわいい子なのですが、本人の許可を得ていないので仮面つきで。)

2歳の子には、知らないものがたくさんあります。
あちこちで、「じゅーしー、しぇんま(これ何?)」と聞きまくります。
それを見ていて。。。あれっ?わたしと同じ。。。

わたしも武当山に行くと、わからないことだらけです。
お稽古でもみんなの真似をして、言葉もみんなの言うことを真似して、
「これ何?」と聞きまくり、「ごはんだよ」と呼んでももらったり、「お散歩に行くよ」と
連れて行ってもらったり。手に渡されたものは口に入れてみます。
一度、小さな赤い丸い実を渡されて「ぱくん」と口に入れたら、「それは食べものじゃない!」
と言われ、あわてて口から出したことも。「きれいだから渡したんだってば。」
ちょっと褒められれば小躍りし、注意されればしゅん、となり、
そのときそのときを全力で生きる、子供のような毎日だったと思います。

子供も大人も、こうして育ちます。すくすくと。


(お風呂に入れてもらっています。
浴槽がなくシャワーだけなので、こんなことに。かわいすぎます)
 

武当山日記: これからの人生で大切にしたいもの

2015.05.19 Tuesday


(早朝練習のために、宿舎を出たところ)

今回、武当山(中国、湖北省)に行って一番感じたことは、これからの人生、こうやって
生きていければ十分満足だ、ということです。

お日様が上がったら起きて、体を動かして、ごはんをおいしく食べて、
山をお散歩して、音楽を楽しんで、会話して笑って、夜が来たら寝る、という生活です。

同じことの繰り返しの毎日で、服装も食べ物も贅沢とは無縁ですが、
実際には毎日、違って、すごく豊かなのです。

武当山での生活は、すべてが丁寧です。自分の体、周りの人、動物、植物、すべてを大切にします。
穏やかな心を持ち、調和を大切にします。
年齢を重ねていっても、元気です。

人は、上半身が重く、下半身が軽いと言われます。
物理的にも、体重の3分の2は上半身にあります。
そして「考える」という人間らしい特徴も、
行き過ぎると頭でっかちになり、上半身の重さにつながると思っています。
年齢を重ねると歩けなくなるのは、弱っていく下半身が重い上半身を支えられなくなるからです。

だから、武術をやる人は、足を育てます。
大地に根をはって、地面とつながって強い足を育てます。
大地と天は対になっているため、人が大地とつながれば、天ともつながることができます。
そこで初めて、人は大地と天と、つまり地球というか、宇宙と共に生きることになります。
それがなければ人は大地と天の間で、独立して生きるだけです。

大地と天とつながって生きることは、わたしにとっては絶対的な安心感をもたらします。
一人で生きていないこと、周りの人に助けられて生きていること、
そして地球とも同じリズムで、助け合って生きていること、
そんなことを感じて毎日を過ごすようになりました。

今、人は環境の破壊要因を作っており、人がいるから地球が滅亡に向かう速度は早まっている、
とも言われます。それなら人は望まれない存在なのか、と思ってしまいますが、
そうではないと思うのです。
地球に望まれたから、必要だったから、生まれたはずです。
そう思うと、人が大地の上、天の下に立って、歩いて、生きること自体、
望まれていることですし、すばらしいことだと思うのです。

武当山は、毎日違う姿を見せてくれます。雲が動く姿は美しいし、
朝日も、夕日も毎日違います。自然は生きていること、毎日変わっていくことを見せてくれます。

人も同じです。同じ体でも、本当は毎日違います。
だから、昨日ストレッチをしてやわらかくしても、今日はまた新たな気持ちでストレッチします。
太極拳も、同じ。同じ動きでも、毎日、違うのです。
だから、同じ動きを何十年もやることができます。飽きないのです。

シンプルな、基本的なことが、一番奥が深いです。
そして、それだけで一生、十分楽しめるのです。

普段の生活では煩悩だらけのわたしですが、
本当に大切にしたいものは、すごくシンプルだと、
今回の旅で気づきました。

現実には、東京での生活はそれほどシンプルではありません。
そのギャップに戸惑いもありますが、焦って何かを変えようとするよりも、
無理せず、ゆっくりやっていこうと思います。


(午前中のおけいこ場所からの風景。武当山の頂上、金頂が見えます)
 

武当山日記: 貧乏性にならない

2015.05.14 Thursday
















わたしには今、東京で、基本的な体の使い方を教えていただいている先生がいらっしゃいます。
約2週間の武当山滞在の後、帰国してはじめてのお稽古で「筋肉と体幹がしっかりした分、
それを使おう、使おうとしている。貧乏性なのね(笑)。」

あるものを全部使おう、としているそうです。

筋肉には2種類あって、立つという基本的な動作に必要なのは赤筋です。
下半身に多く、鍛えても金繊維が太くならずやわらかい筋肉です。
立つためには緊張していることが普通のため、「緊張している」という感覚がなく
(あったら、いちいち立つことが大変です)、緊張筋とも呼ばれます。
中国武術で鍛えるのは、この赤筋です。

もうひとつは白筋で、鍛えると太く固くなります。上半身に多く、力こぶは、これです。
相性筋とも呼ばれます。

歩く、という日常動作には、”使っている”感覚がある筋肉は、本当は必要ありません。
それをわたしは、使わなくても良い筋肉を緊張させて使っていたことになります。
あるものを使いたい、貧乏性。無駄な行為、ともいえます。

こんなことは繰り返し起きます。

わたしの場合、「これができたらあれもできるはず」という思いが働いた途端、
面白いくらい失敗します。とにかくやってみよう、という方がうまくいきます。

人は、”やっている感”や”頑張っている感”で、生きている実感を得ようとする、
という話があります。無理したり、頑張りすぎたりしてしまうのも、このためです。
やっている感があることで、満足を得ようとします。
今回のわたしの貧乏性も、同じです。

でも、そんなに負担をかける必要はないのです。
少なくとも、歩くという動作には、必要ありません。
もっと楽に生きて良いのです、と、今のわたしは思うのです。
実際「できるだけ筋肉を使わないように、心がけて歩いてみて」と言われて
やったほうが、ずっと良かったのです。

自分が得たものは、体が記憶しています。
わざわざ言語で意識しなくても、それをベースに今日を生きています。
「あれができたから」「あれをやったから」という余計な考えを外側にまとうことで、
自然な動き方が損なわれます。

ちょうど、中国に行く前に「自分というリソースを、ちゃんと使い切っているんだろうか?
もっと使い切らないともったいない」という話をしていたのですが、このときも貧乏性だったのかも
しれません。使い切っている感がありありだったら、それは負荷をかけすぎ、やりすぎではないのかしらね。

ついつい貧乏性が顔を出してしまい、そのたびに愕然としますが、
わたしはまだ、もっともっと楽に生きられる気がします。



 


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