大切な指針「自分も、見る人も気持ちよいのが、良い太極拳」

2017.11.12 Sunday

(Photo by Hirohisa Tajima)

 

どのクラスでも、よくする練習として、太極拳の基本功、と呼んでいるものがあります。

 

短くて単純な構成で、太極拳の大切な要素がたくさん入っており、体ものびのび、スペースが広がっていきます。

 

いきなり太極拳の套路(型)を全部覚えるのは大変ですが、これならだいぶハードルは下がります。それでもやっぱり「覚えられない」という声も、よく聞きます。

 

わたしが習う環境とはずいぶん違うので、覚えられないのも無理ないな、と思うのです。

 

わたしが習うときは、中国で、毎日やるのです。一度に10回とか15回、繰り返します。覚えよう、という意志は持ちますが、覚えやすいのは当然ですよね。

 

今日も、「覚えられない」と生徒さんがおっしゃるので、「ビデオを撮りますか?」という話になりました。限られた時間の中で習うときには、こんな工夫も必要です。何よりも、「おうちでやろう」という気持ちを、大切にしたいと思っています。

 

撮り終わった後、「体が伸びていくのを見ていると、一緒に自分も伸びていくよう。」というような感想を話してくださいました。

 

嬉しかったです。

 

太極拳をするときに、いくつか大切にしている指針があります。習う中で、先生からの言葉として聞いたことばかりです。その中のひとつに、”自分も気持ち良く、見ている人も気持ち良いのが、良い太極拳”があります。

 

太極拳には表演と呼ばれるように、人前でショーのように見せるものもあります。大会もあります。

 

一方で、「太極拳は、自分のためにするもので、人に見せるものではない」と言う人もいます。中国にも「本物は、6つの耳で聞くものではない」(「法不传六耳」)ということわざがあり、本当に伝えようとするときは、師匠と弟子の1対1、ふたりきりで部屋にこもり、誰にも見せずにお稽古する、という話もあります。

 

どれがあっているとか、間違っているという話ではなく、自分がどうやっていきたいか、だと思うのです。

 

4-5年前、当時、日本で習っていた先生に、「あなたもそろそろ、自分がどうやっていきたいかを決めるときです。」と言われたことがあります。

 

すぐに答を見つけられるものではありませんが、このときに問いをいただいたことは、とってもありがたいことだったと思います。

 

今のわたしにとっては、先生の言葉でもある、「自分も気持ちよく、見る人も気持ち良いのが、良い太極拳」という言葉が、しっくりきます。

 

太極拳をするときは、内だけに意識をむけるのではなく、外だけに意識をむけるのでもありません。内と外という境界線が、だんだんと曖昧になってくる感覚があります。内を大切にしながら、外にも意識が広がっていく感じです。

 

内と外も含めたいろいろな”バランス”の先に、”ひとつ”、という感覚にもつながります。

 

人に見せるためのものとは言えませんが、外に向かうエネルギーを人に感じてもらわないのは、もったいないと思うのです。これは、言葉とは違う形の、コミュニケーションだと思っています。

 

人はみんな、自分なりの表現をして生きています。わたしは、この表現方法が、好きです。

 

見ている人もそうですが、見ていない人にも、自然界の生きるものすべてに、波動で伝わっていくと思っています。それは、しあわせなことですよね。

 

 

【11月の特別クラスのご案内】

11月19日(日)14:00-17:00

Bouquet(逗子・葉山)「身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第3回:みんなが知らない太極拳ひみつ3 自然に学ぶ)です。詳細とご応募はこちらから。

 

11月26日 14:00〜16:30

特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 

 



 

 

 


ひと手間を惜しまない

2017.11.11 Saturday

 

 

太極拳を習ってきて、教えていて、大切だと感じることのひとつに、「楽をするためには、ひと手間を惜しまないこと」があります。

 

例として、もしお時間があれば下記の動画をちょっと見てください。これは先日の自由が丘FMTVの番組の録画で、中国の中国武術大会に出たときの話をしたときのものです。終わり近くで、大会での太極扇の演武ビデオを流しています。演武は50分46秒あたりから始まり、見てほしいところは、51分27秒から31秒のところです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=wm-LloKc5LM

 

 

足を2歩、後ろに出しながら、腕をくるくると回して、片足で立つポーズにつながるところです。体がくるくる、まわっていますよね。

 

足を見ると、2歩ですが、足の位置は5回変えています。

 

開いている扇を閉じながら

1.右足つま先を内側に

2.左足を後ろに出す

3.右足のつま先の向きを内側に

4.左足のつま先を外側に

5.右足を後ろに出す

 

です。この後に、右手上で扇を開いて、左足を上げて右足で立ちます。

 

つま先を動かすときに、重心が主にその足に主に乗っていると動かしにくくなるため、体重移動も細かくしていきます。

 

こうやって細かく足の位置を変えて、体重移動をすることで、体が安定したまま、くるくる回ることができます。そうすると、腕も軽く、くるくると回せます。できると、とっても楽しいです。

 

この細かい足の踏み変えをせず、2歩後ろに下がるだけだと、体の安定は失われ、動きは遅くなります。

 

ひと手間を省くことで、体の楽さは失われ、体も緊張するのです。

 

積極的に省いているわけではないでしょう。ここで、もうひとつの問題が露見します。自分が何をやっているかに気づいていないことです。

 

数十年、一緒に生きてきた体でも、意外に自分の体は意識したとおりに動きません。例えばご挨拶の手の形を教えるとき、「親指と中指でOリングを作ってね」と言うと、半分以上、もしかしたら8割くらいの方が、親指と人差し指でOリングを作ります。「それは人差し指ですよ。」と言うと、「えっ?」

 

(見えませんが、左手は親指と中指でOリングを作っています。これは女性用で、男性は左右逆になります)

 

自分の意識と体が、つながっていないのでしょう。

 

自分が緊張していることに気づいていないのは、めずらしい話ではありません。お稽古は、その緊張を一つひとつ認識していくことから初めて、次にはそれを緩めた楽な感覚を体験していく時間でもあります。

 

続けているうちに、だんだんと体がどうなっているのか、微細な変化も捉えることができるようになります。

 

太極拳の套路(型)は、昔の人の智慧であり、贈り物だと思っています。それを真似していくことで、楽に体を使えるようになります。

 

ちょっと話は逸れますが、以前、岩がごろごろしている道を数人のグループで歩いたとき、行きは、その場所を知っている人が先頭に立ってくれました。でも帰りは、「じゃあ、近い人から下りて行ってくださいね。わたしは最後を歩きますから。」

 

帰り道に一番近いところにいた人を見ると、動きだす気配がありません。気が進まないのに先頭に立つ必要はないですよね。じゃあ、と、わたしが先に歩きはじめました。しばらく歩いた後、後ろからその方が、「みんみんの後は安心するなー。」と言うのです。

 

誰かが先に歩いてくれると、その足の置き場所やコースが参考になるので、安心して歩きやすいことも多いですよね。套路は、こんなふうに、最初はここ、次はここ、と、楽な道順を示してくれているようなものだと思うのです。

 

真似すれば、誰でも、楽な方法にたどり着きやすいでしょう。そして慣れてくれば、自分でもうちょっと楽な方法も、見つけられるようになってきます。同じ套路でも、やる人によって違う場合があるのは、そのためでしょう。

 

急がば、まわれ、ですね。ビデオの動きのように、くるくる早く体と腕をまわしたいなら、丁寧に足の踏み変えをする方法を習うこと、です。

 

これを意識して練習していくことで、日常生活でも気づけることが多くなると、感じています。

 

丁寧に生きるとは、そこにあるのだと思っています。

 

 

11月26日(日)に開催する特別クラス「太極扇を体験してみよう」では、この足の踏み変え部分も入れようかと考えています。扇をバサッと開いてみたい方、安定してクルクル回ってみたい方、なんだかやってみたい方、などなど、ご興味のある方、お待ちしています。初心者、経験者、どちらも大歓迎ですよ。(「太極扇を体験してみよう」のご案内は、こちらから)

 

 

☀「陽だまり」とは

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一瞬で痩せる

2017.11.07 Tuesday

(太極拳の最初のところ。縦に伸びる力を存分に働かせているところ)

 

「痩せたくて.....」という方が、太極拳の講座にいらっしゃることがあります。そんな方には、「一瞬で痩せます。」と、お答えします。

 

体重が変わるわけではありません。どういうことでしょうか?

 

”縦に伸びる力”を働かせているだけです。足裏から大地を押すように踏むと、上に向かって伸びる力が働きます。自分の中心軸を作るやり方で、これによって背骨や首の頸椎の関節の隙間が空いていきます。

 

洋服に例えてみます。床の上に丸めておいた洋服を見ると、もっさりしていますよね。でも、ハンガーにかけてつるした洋服は、すっきりしています。

 

床の上に丸めた洋服が、何もしていない状態。ハンガーにかけてつるした洋服の状態が、”縦に伸びる力”を使っている状態です。

 

ただし、洋服は人間とちがって自分で立てないので、縦に伸ばすためにしていることは、違います。

 

人間の場合も、上から吊るせば伸びるのだと思いますが、大地に足をつけて生活する人間にとって、その状態は、非日常的です。もっと現実的な方法でやろうとすると、大地を踏んで上に伸びる力を働かせる、ということになります。

 

”縦の伸びる力”を働かせて、体の中に隙間(スペース)ができることで、体の中の交通渋滞が緩和されるようなイメージで、血が流れるのを応援してくれます。血が流れれば、体温は上がります。体温がある、ということは、赤ちゃんを想像してもわかるように、生命力の象徴です。冷え症の赤ちゃんは、いないですよね。

 

縦に伸びる力を使って自分の中心軸ができれば、腕はぶらりとそこから下げることができます。肩は、本来の位置まで下がります。腕の力が抜けるように、他の部位も、緊張させて引き上げなくてもよくなるため、体の無駄な緊張は取れやすくなります。そうなると、横隔膜も呼吸に応じて上下しやすくなり、それが適度に内臓のマッサージをしてくれて、内臓機能がきちんと働くことを応援してくれます。長期的に見ても、良さそうなことが、いっぱいです。

 

太極拳とは、体の関節の隙間を開いていくものでもあります。

 

立つときには、まず、上に書いた”縦に伸びる力”を働かせて、縦のラインの関節の隙間を開きます。それから、最初の動作、腕を横から開いて上にあげていく動作では、肩〜ひじ〜手首の関節の隙間も開いていきます。

(横に伸びる力を働かせて、肩、ひじ、手首の関節、指の関節の隙間を開けていくところ)

 

人の体は、そのままにしておくと、硬くなる方にと進んでいきます。生まれたときから、死に向かって生きることを考えると、日々、体が硬くなるのは、当然のことのように思います。でも、当然だからと言ってそのままにしておくと、老化がどんどん進み、硬く、縮んでいきます。

 

それを日々、自分の意志で、緩めて、スペースを開けていくわけです。

 

「太極拳をやっている人は、20年後も同じ体」ということがあるのは、こんなところからもきていると思います。

 

太極拳は、縦にも横にも、四方八方に、力が広がっていきます。少しずつ、途切れず、広がり続けます。わたしが見ていて「いいな」、と思う人の太極拳は、この”のび”があります。そうでない人に比べて、もしかしたらほんの数ミリなのかもしれませんが、ちょっと先までのびていくのです。

 

体という物体には限界があるため、際限なく伸び続けることは、実際にはできません。でも、例えば立つとき、意識としては、限界なく、ずっと伸びていくのです。その意識があることで、他の人が見たときに、縦にスッと伸びていくものを感じさせられるのかもしれないと思っています。

 

男女問わず、これをしている人の立ち姿は、美しいです。天地をつないぐ人、”天地人”という一体性を感じるからかもしれません。

 

この立ち方、新たな体の使い方と意識の持ち方を必要としますが、誰でもできる素養はあります。これを身に着けることで、腰も膝も痛めにくくなるのですよ。

 

最後に、先日開催したBouquetでの講座「身体とこころのその先へ〜本当の思いに触れにいく太極拳 第2回:太極と陰陽」から、太極拳の最初の部分のビデオをご紹介します。このはじまりのところ、意味的にも、からだ的にも、とっても大切で、とっても好きなところなのですよ。(ビデオは、こちらから

 

 

☀特別イベントのご案内

※「身体とこころのその先へ〜本当の思いに触れにいく太極拳 第3回:自然に学ぶ」(11月19日(日))のご案内は、こちら

 

※「太極扇を体験してみよう」(11月26日(日))のご案内は、こちら

 

 

☀「陽だまり」とは

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らくちん静功:体は内から膨らみ、心は深く静かに

2017.10.15 Sunday

(武当山の雨の日に。太子洞にて)

 

雨の日に、雨音を聞くことが好きです。

 

雨は苦手で、体が重く、眠気も強くなりがちです。外出、億劫になります。

 

それでも、雨の音を聞いていると、とっても落ち着くのです。好きだな、と感じるようになったのは、ここ1〜2年だと思います。

 

水に関する言葉をみても、「みずみずしい」「うるおっている」「しっとりした」という表現は、肌の状態にも使いますが、人の在り方や、心の様子にも使われることもあります。どちらも、良い感じがしますよね。

 

人間の体の6-7割は、水です。雨音を聞くと、自分の体の中に、水分が満ちていくような、そんな気分にもなります。

 

今朝、雨音を聞きながら、武当山で教えていただいた静功をしてみました。とっても気持ち良かったです。やり方をご紹介しますね。

 

これは、とっても楽な”静功”です。苦しいことは、何一つありません。

 

まず、座ります。あぐらでも、足を前に投げ出しても、椅子に座っても、どれでも大丈夫です。自分が楽だと感じるものが、一番です。

 

今朝は、あぐらにしました。腕は力を抜いてダラリとたらします。手のひらをひざ頭に置いたり、膝の内側に置いてもよいです。このときに脇を締めてしまうと肺がつぶされて、空気が入りにくくなりますので、脇は体側から少し離れているようにします。

 

ポイントは、お腹と頭です。

 

お腹は、収めます。これは太極拳で立つときと同じで、腰の反りを消すためにお腹を後ろ側に収めていきます。お腹に力を入れてはいけません。力を入れて表面だけ引っ込めると、腰(ウェストの裏側)は動かず、それでは違います。お腹を収めるとは、お腹が後ろにいくと、おへその裏のツボの命門(めいもん)が後ろに膨らんでいくような感じになります。

 

おへその下あたりに手の指を突き刺すようにして、お腹をゆっくり押していったときに、じゅぶじゅぶと、いくらでも入っていく(沈んでいく)ような感じといえば、わかるでしょうか?

 

もうひとつのポイント、頭です。あごを少しずつ引いていくと、頭のてっぺんが天に向かって伸びていきます。あごと頭のてっぺんが連動する感じです。これで腰から頭のてっぺんに向かう中心軸を作ります。

 

あごをいきなりキュッと引くと、緊張してしまいます。逆にあごが出ていると、中心軸が、首のあたりで途切れてしまいます。

 

あごを引く意識は、終わりがあるわけではなく、ずっと続けます。表に現れる動きとして止まっているように見えても、自分の意識ではずっと、少しずつ引き続けます。

 

あごを引き続けて頭のてっぺんが天に向かうことで、体(上半身)がつぶれず、ゆとりを保つことができます。頭が下に落ちると、上半身が押しつぶされるようになり、内部のゆとりも押しつぶされます。

 

間違いやすいところは、背中の形状です。静功(ここでは坐禅や瞑想も含めています)をするとき、背中を板のようにまっすぐ立てる方がいらっしゃいますが、先生いわく「それではくたびれて続けられない」のです。背中の上の方、胸の裏側あたりは、少し丸みをおびているほうが、楽です。背骨の後ろ側を伸ばしていくような感じです。

 

目は、閉じても開けたままでも、楽な方を選びます。開ける場合、視線は鼻先が見えるくらい、凝視するのではなく、ぼんやり、広い視野をキープします。

 

口は閉じて、鼻呼吸です。舌は、上あごの下につけます。自分なりに楽なリズムで呼吸を続けます。

 

お手本になるような写真を探してみたところ、兄弟子の写真によさそうなものがありました。下記です。

 

(2016年の春、夕方、雷神洞でお茶を飲んだとき。このときの兄弟子の姿のようなイメージです。)

 

これが、”放松”と呼ばれる状態です。”松”は、中国語で緊張と逆の意味で、緩める、抜くという意味です。体のこわばりをなくして、ゆっくり伸びて内側から膨らんでいくような感じです。

 

元気な人を見ると、内側から柔かく膨らんでハリがあるように見えませんか?そんなイメージです。

 

呼吸をつづけながら、耳を外に大きく開くと、まず雨の音が入ってきます。そしてだんだんと、耳は外に広く開きながら、自分の心の音を聞くようにします。

 

心が落ち着いてリラックスしている状態は、中国語で”静”とも表現されます。だんだん深い落ち着きに入っていくことを、”入静”とも言います。

 

これ、とっても気持ち良いのですよ。

 

自分が平和で、それを見る人にも平和な気持ちが広がるようなものが良いな、と思います。

 

今朝は、目を開けたままやっていたのですが、途中でサッと何かが変わったというか、クリーンになったような感覚がありました。ちょっと小波がざわついていたのが、落ち着いて明鏡止水のようになった、といえばわかるでしょうか。

 

言葉の説明だけだと、わかりにくいかもしれません。頭、お腹の使い方は間違えやすいですし、背中については、普段から胸をはりがちな方は、「こんな猫背で良いの?」と、心配になるかもしれません。こういう場合でも、横から写真を撮ると、猫背ではないのですよ。

 

これ、雨の日限定ではありません。晴れでも曇りでも、いつでもやり方は同じです。

 

静功は、陰気を育てると言います。太極拳や気功などの動功は、陽気を育てます。陰のないところに陽は育たないため、静功は基盤を充実させたり、熟成させることでもあります。これがしっかりしていれば、陽気を育みやすくなりなす。陽気は、生きていくためのエネルギーです。

 

やってみてわからなかったら、お会いしたときに聞いていただくか、メッセージをくださいね。

 

(武当山、逍遥谷)

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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「太極十年不出門、形意一年打死人」

2017.10.04 Wednesday

(形意拳)

 

中国には、「太極十年不出門、形意一年打死人」ということわざがあります。

 

太極拳は使えるようになるまで10年はかかるが、形意拳は1年で人を打ち倒せるようになる、という意味です。

 

太極拳と形意拳は、よく対照的に語られます。

 

太極拳は、原則、ゆっくり動きます(例外的に早く動くこともあります)。直線ではなく、丸く円を描くような動きが特徴的です。直線でカタイものは実は弱く、やわらかく丸いものが強いことを体現しており、「柔を持って剛を制す」と表現されます。

 

硬い棒は、力をかければ折れますが、柳の枝は、しなるだけで折れにくいですよね。同じように人の腕も、まっすぐにぴんと伸ばすと弱く、少し湾曲させる方が折れにくくなります(コツは、必要です)。

 

コマがくるくると回るとき、とんでくるものをはじき返すことをイメージしても、わかりやすいかもしれません。

 

表向きにはやわらかく、優雅にも見える太極拳は、内面では何よりも強い力を蓄えています。

 

形意拳は、動きが早く、打撃も続くため、直線的で、力強い印象を受けます。見た目の印象としては、ゆっくり丸く動く柔かい太極拳と、早く直線的で硬い形意拳と、対照的に映ります。でも実際に形意拳をするときには、内面がとてもリラックスしていること、やわらかいことが大切です。動作は小さく、シンプルで、体力を使わずに強い打撃力を得ることができます。

 

習い始めは、ついつい見た目のハードさに目を奪われて、力強くやろうと(力を使ってやろうと)することも多いと思います。でも、そんなことをしたら、体が持ちません。体に負担をかけてしまい、ヘンな筋肉痛や痛み、凝りが出てきます。

 

そういう経験は、わたしにもあります。これは悪いことばかりではなく、「そのやり方は違っているよ」というお知らせでもあります。自分で内面を硬くしてしまっているところに気づいて、それをなくしていくと、だんだん楽に動けるようになります。

 

”柔”と”剛”は、陰陽で見ると、柔が陰、剛が陽です。陰と陽はお互いに助け合いながらバランスが成り立っています。そして陰の中には陽の要素があり、陽の中には陰の要素があるように、ばっさり二つに分けられるものでもありません。これはわたしの理解ですが、同時に存在すると考えると、外側が柔かく見える太極拳の内側は剛で、外側が剛に見える形意拳の内側が柔かいことには、納得できます。

 

形意拳の見た目のハードさに目を奪われて、力づくでやろうとする場合、その”剛”は、”柔”を含んだ”剛”ではありません。だから弱いし、自分もくたびれます。

 

太極拳の見た目のソフトさに目を奪われている場合、その”柔”は、”剛”を含んだ”柔”ではありません。だから押されるとすぐに倒れます。(ただし、たとえ倒れやすかったとしても、ゆっくり動くことで副交感神経の働きが上がり、自律神経のバランスが整っていくことはある、と思います。せかせかした毎日を送りがちな場合、心のゆとりにもつながると思います。)

 

冒頭の「太極十年不出門、形意一年打死人」という言葉から見ると、柳のような強さを持って太極拳ができるようになるよりも、力づくで形意拳をやらないようにする方が、わかりやすいような気がします。

 

さらに、形意拳は直線に動くように見えますが、その力を出しているのは、やはり丸い動きです。太極拳が陰陽バランスで力を出していくのと、同じ原理です。そう見ていくと、表面的、平面的には真逆に見えるものでも、立体的に見て、その構成を見ていくと、同じものが見えてきます。

 

”一撃必殺”と表現されるような形意拳ですが、先生の形意拳を見ていると、とても平和で穏やかな気持ちになります。いろいろあっても丸く円満におさまり、平和で穏やかに生きていける道に続いていくこと、教えてくれるような気がします。それは、太極拳が見せてくれるものと、同じです。

 

ここからも、すべてのものは、もともとひとつなのだと、感じます。

 

攻撃性が高い形意拳をお稽古することは、しなやかで強い柳のような体を作ることにも役立つと思っています。さらに、争いがある中で攻防を経験し、そこを超えて”ひとつ”に行くという道を、わかりやすく体験することでもあるような気がします。それは、太極拳の体感覚と理解をも、深めてくれると感じます。

 

さて、最初の「太極十年不出門」にかえると、わたしはちょうど今、10年くらいです。まだまだな部分はありますが、ちょうど10年になるくらいの去年あたりから、迷うことが少なくなりました。できているわけではありませんが、自分なりに「ここはこうだろう」という理解ができるようになり、体でも表現しやすくなったと感じます。

 

十年という表現は、焦らず気長にね、という意味でしかないと思いますが、石の上にも十年という表現もあるように、人の体感としては、一区切りなのかもしれません。

 

そしてその10年という期間は、一足飛びに10年目に到達するのとは違い、そのプロセスを歩むこと自体が豊かさをもたらしてくれたと感じます。だからこそ「10年かぁ」と気が遠くなるのではなく、そのときそのとき、今の自分にできることを淡々としていくことで十分なのだと思います。

 

武当山での写真は、こちらから

武当山での日々を語った自由が丘FMTVの録画は、こちらから

 

(薄く雲海が出た武当山の朝)

 

☀「陽だまり」とは

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