人の助けを借りること

2018.05.08 Tuesday

 

自分の足でしっかり立つこと、他の誰でもない自分であることは、大切だと思っています。太極拳でも、そして生きていく上でも、です。

 

でもそれには、人の助けも必要です。

 

太極拳のお稽古でも、ふたり組になってもらうことがあります。自分を育てるために、人の助けを借りるのです。

 

わたしが中国でお稽古するとき、一生懸命やっていると、ときどき注意されたことがあります。「もっと力を抜いて」と。言われたとおり力を抜くと、「そうそう!」。わたしの感覚は「えっ?こんなのでいいの?」ちょっとさぼっているような感じです。

 

力任せの場合、自分でも「やっている感」が、しっかりあります。でも太極拳的に見る場合、それではたいてい、”やりすぎ”です。

 

さぼっているくらい、楽に動くことが、実はいちばん力があります(ただし、コツはあります)。それは、ひとりでは実感できません。そのため、ふたり組になって、もうひとりに負荷をかけてもらうことで、力の出具合を実感してもらいます。

 

想像で、川に入ってみましょう。いちおう安全のために、ライフベストを着ておきます(笑)。

川上に向かってばしゃばしゃ泳ごうとすると、すごい抵抗を受けます。大変ですが、なかなか進みません。

川の流れに身を任せると、すうーっと、けっこうな速さで、川下に向かって流れて行きます。楽で、早いです。

 

太極拳の体の使い方は、川の流れに身を任せることに、似ています。

 

川の流れに身を任せると、最初は「どうなっちゃうのかしら」と、怖いかもしれません。ある意味、主導権を手放すからです。

でも実際には、何もしていないようだけれども、かなりの距離を、かなりのスピードで、移動しています。

 

自分に充実感があるときほど、弱くて、

自分が何もしていないときほど、強い、というのは、

 

ちょっと笑ってしまいませんか?

 

普段の生活でも、似たようなこと、ありませんか?数年前のわたしは、「これをするためには、これと、これをして」と、頭で段取りを考える人でした。そんなわたしに、「積極的にやらないと、何も手に入らないと思っているでしょ。違うよ。待っていても、くるから」と言ってくれた人たちがいました。

 

わたしは「待っていたら、何にも来ない!」と、反発しました。でもそれは、川上に向かって必死に泳いでいるのと同じでしたね。

 

あの頃は、宇宙を信頼していなかったと思います。宇宙とのつながりに目をつぶり、ひとり孤軍奮闘していたようです。恥ずかしいほどの頑張りぶりで、恥ずかしいほどの空回りぶりですが、あまりにも過ぎるために、思い出すと笑ってしまいます。(今でも、やるかもしれません。)

 

昔の人の智慧である太極拳は、意識の仕方、体の使い方に、コツがあります。それをやっていくことで、まだまだ発展する可能性のある感覚を育てていきます。そのためには、自分の”いままでの感覚”から出てみることも、必要です。

 

人と比べるものではありませんし、競争でもありませんが、新たな自分を発見していくために、他人の助けを借りるというのは、いいものだな、と思います。人は、ひとりでは生きていないと感じます。

 

ありがたいです。

 

太極拳でも、人生でも、孤軍奮闘している自分に気づかせてくれるのは、他人です。

 

そして、太極拳って、ひとりでやっているように見えますが、本当は人との攻防の連続です。自分を育てるために、人の助けを借りるという視点から見ると、太極拳ってよくできているな、と思ったりもします。

 

世の中、うまくできています。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

 

5月13日(日)14:00-16:30は、「みんなが知らない太極拳のひみつ(2)太極と陰陽」です。詳細とご応募方法はこちらから。

5月20日(日)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第7回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

5月27日(日)13:00-15:00は「おためし体験〜みんなが知らない太極拳のひみつ」です(千葉県香取市)。詳細とご応募は、こちらから。

 

 

(中国、武当山)

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

........................

いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 


教えるときの、よりどころ

2018.05.03 Thursday

 

先日、ちょっぴり遠くからお稽古に来てくださった方が、いらっしゃいました。

 

太極拳歴はわたしよりも長く、先生なのだそうです。ブログを読んでくださって、参考にしてくださっているのだとか。

 

こんな話を聞くと、嬉しくってたまりません。ネットのおかげで、遠く離れたところに住んでいる方とか、以前では考えられなかったつながりができることは、本当にありがたいです。

 

お稽古が終わった後、「もっと自分のために習いたい、と思いました」とおっしゃいました。それを聞いて、「あぁ、いいな」と思ったのです。

 

この方のように、先生と呼ばれる方が、お稽古に参加されることもあります。なかには、教えることの悩みを抱えている方も、いらっしゃいます。

 

教えるときに大事なこと、あるような気がします。”よりどころ”です。

 

以前、気功を教えていただいていた先生は、中医学の先生でした。わたしが教えられるようになりたいと思っていることを、ご存知でした。先生のクラスを閉じることになったとき、「支えがあることは、とても大事。中国に中医学を勉強しに行くなら、紹介しますよ」と言ってくださいました。

 

長く教えてこられた先生にとっての”よりどころ”は、中医学の知識・経験です。もちろん、通常のお稽古をすることに加えて、です。

 

それまで1年近く、先生から「黄帝内経」という中国最古の医学書を、少しずつ習ってきました。ほんのちょっとの知識ではありましたが、教え始めたときには、わたしの”よりどころ”になってくれていました。

 

先生のお心は、とても嬉しかったです。勉強したい気持ちもありました。でも「中国語の学習、専門用語の学習、中医大学で合計5年」という現実を前に、やめました。

 

先生にそう伝えると、「そうですか。今が20代だったらね。」とおっしゃいました。

 

20代なら、行ったかもしれません。先生が言った意味とは違うかもしれませんが、まだ何も成し遂げていないからです。わたしが太極拳を始めたのは30代後半です。でも太極拳とは縁がなかったその時代に、たくさんの経験をしています。

 

「わたしなりの先生になれれば、それでよい」と思ったのです。

 

もちろん、理論や知識は大切です。幸い、わたしは習う過程で、理論や説明をとても重視する先生方に恵まれました。30代から70代までばらばらですが、いくつになっても、こどものように好奇心旺盛、好きで続けてきた姿に、憧れました。

 

うれしそうで、楽しそうな人のそばにいるのって、よいですよね?

 

もちろん、問題が起きることもあります。そんなときでも、誰かのせいにせず、真摯に向き合っている姿にも、じん、ときました。じん、と、ですよ。

 

基本は、自分の「もっと」だと思うのです。今がダメなのではなく、今はそれでよし、でも、未来の”今”では、「もっと」です。

 

体を使うお稽古でも「もっと」ですが、疑問を解明したくて、体の構造を教えてもらったり、整体の先生やボディワークをやっている先生に習ったり、理論の本を読んだり、自分の体で試したり、いろいろとやってきました。

 

やってこられたのは、この方向の「もっと」が、好きなのだと思います。

 

きっと誰にでも、自分が「もっと」と思えることが、あります。なぜかわからないけど、やりたいこと、強制されなくてもやってしまうこと、です。

 

最近読んだ太極拳の理論の本に、「理論がわかれば、迷子にならずにすむ」というようなことが、書かれていました。

 

確かに、ずっと前は「こう?それともこう?」と迷っていたことも、今は「たぶん、こう」と思えることが、多くなりました。絶対の正解ではなく、今のベストな答です。やってみて不具合があるなら、再調整します。だから”仮”です。ここにも、「もっと」があります。

 

教えるときの”よりどころ”があるとすれば、それは自分にあります。

 

違う言い方をすれば、諦めかもしれません。自分ではない、ものすごい先生であろうとすることを諦める、とか。別の人になろうとすることを諦める、とか。

 

諦めも、肝心。それはがっかりではなく、もうちょっと、清々しい諦めです。(ときどき、悶絶したりしますけどね。)

 

 

【特別クラスのお知らせ】

5月5日(土)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第6回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

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「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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太極拳は、心が大事

2018.05.03 Thursday

(2017年の秋、武当山)

 

先日、お稽古が終わって帰るとき、生徒さんが「太極拳は、心が大切な気がする」とおっしゃいました。

 

どんな流れだったか覚えていませんが、とても嬉しかったです。

 

套路(型)ができることは、努力の現れでもあります。「がんばったね」と言いたいです。

 

でも、套路が何種類できるかよりも、心のほうが大切だと感じます。心を育てるために、套路を覚えて、繰り返しお稽古するような気もします。そして心が育たないことには、体の更なる発展はないと、感じます。

 

(ほんとうのところ、なんのために套路を練習するのか、それはあまり考えたことがありません。でも振り返ってみたときに、こんな感想が出ることもあります。)

 

武当六十四式太極拳は、第一式から六十四式まであり、最初のふたつは動作がありません。

 

第一式は、”浄身収心”。身体を落ち着かせ、心を穏やかにします。

 

第二式は、”吐故納新”。古い息を吐いて、新しい空気を入れます。第一式で、心身はすでに落ち着いて穏やかな状態にあり、バランスが取れています。第二式で呼吸しながら、自分の心身と周囲との調和を図ります。天地、左右に、平和な空間をつくります。

 

第三式は、”混沌初分”。陰と陽が分かれ、動き始めます。ここから動作が始まります。

 

太極拳の始まりは、宇宙や天地の創造、人が生まれるときに、なぞらえることもできます。

 

もともとひとつの太極の状態から、陰と陽という二極が生まれ、陰と陽ががクルクルと転換しながら、命が進んでいきます。

 

いろいろと経験して、最後はもとに還ります。人であれば、生涯を終えて天に還るときです。ひとつの命の一生だと思うと、ドラマチックですよね。

 

いろいろと経験するときも、心は常に静かです。動いてはいますが、体も静かです。

 

”入静”という言葉があります。心身ともに”静”の状態になることを言います。

 

”静”の状態とは、どういうことでしょうか?「太極拳理論の要諦」の著者、銭育才さんは、「心も体も自分で動かさずに、地球の運動に同調させること。」と言っています。「すべての雑念が排除され、体内部の陰陽バランスが保たれ、よって経絡が疎通されて気血が順調に運行している状態」とも書かれています。

 

そのためには、心を清め、欲をなくすことです。

 

そう言われても、どうやって......となりますよね。よく瞑想などで、「雑念が浮かんでも、ただ眺めて、無を目指す」と言われたりしますが、これ、難しいですよね?

 

わたしは気功の先生から「意識をひとつに集中させる」と習いました。「雑多なものをひとつに集中させれば、消すことはできるから」と教えていただいたのです。呼吸に意識をむける、体に意識をむける、などいろいろありますが、太極拳の動きに意識を集中させることも、そのひとつだと思います。

 

いろんな経験をしながら、心身ともに静かであるためには、柔かさが必要です。硬いものは、カキーンと壊れたり、ガチガチと相手?に当たったり、柔軟に対応できません。そう思うと、”静”は、なかなか奥深そうです。

 

柔かさには、〇(丸)も、大事です。三角や四角には角がありますが、丸にはありません。線には始点と終点がありますが、丸はどこが始まりか、わかりません。優劣がない、と言えます。丸の意識を持ち、弧を描いて動きます。そして体は球体が外に向かって膨らみ続けるように、力が外に向かいます。でも同時に、求心というか、内側に向かう力もあります。洗濯機の渦を見ると、外に向かって出て行く力もありますが、真ん中にも集まっていますよね。

 

暗さのないところに光は射さないように、静のないところに動は生まれません。またちょっと、”静”のイメージが膨らんだでしょうか?

 

7年前、中国の武当山で田理陽師父(武当玄武派第十五代伝人)に教わったとき、「あなたには、太極の心がある」と言っていただきました。

 

ある、というよりは、それを見失わないように心がけなさい、という意味だと思っていますが、当時は言葉をいただいたことがうれしいだけで、それがどういうものか、よくわかっていませんでした。

 

でも、こういうことがあると、その問いを意識し始めます。今も「わかった!」とは言えませんが、自分なりに思っていることは、「調和の心(和の心)」です。それは、すべてはもともとひとつ(太極)ということにも、関係しています。

 

争いやケンカ、すれ違いやイライラなど、いろいろなことが起きる世界は、調和しているとは言えません。不調和に突入す誘惑も、あちこちにあります。

 

体がどこかにぶつかるとその箇所を意識するように、相手と衝突することで、自分を感じたいのかもしれない、と思っています。

 

その根底には、自分を感じることができない、自分の価値を認められない問題が、ある気がします。

 

だからこそ、心身を落ち着けて静かな状態にして、調和に向かう時間が必要なのだと思います。そして調和の時間を増やすために、太極拳の鍛錬があると、思っています。

 

”静”の感覚は、言葉の限界をはるかに超えるものです。それは体験を通して、感じていくものです。その先に何があるのかも含めて、です。だって銭さん曰く、「地球の運行に同調させる」ですからね。それは、頭で考えても無理です。

 

だからみんな、ながーくながーく、続けるのではないでしょうか。

 

わたしは10年をちょっと超えたところで、まだまだ、ひよっこです。でも、ひよっこは、いきなりニワトリにはなれませんし、今はひよっこを満喫しています。

 

 

(参考図書:「太極拳理論の要諦」銭育才 2017年 武道ユニオン社)

 

 

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(2017年の秋、武当山で。明月師父(武当玄武派第十六代伝人)とのお稽古。形意拳の”馬”。)

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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陰と陽、しゅるっ と ふわっ

2018.04.26 Thursday

(2016年秋、生徒さんと一緒に武当山で五行六合功をお稽古)

 

この前、「太極拳と聞いて思い浮かぶことは?」と聞いたとき、「陰陽」と答えてくださった方がいらっしゃいました。

 

おおっ!と思いました。

 

誤解のないように言っておくと、答えは、どれが正解というものでもありません。よく返ってくる「中国の公園で、おじいちゃんがやっているあれでしょ」とか、「ゆっくり動くのでしょ」というのも、もちろんその通りです。

 

ただ、もうちょっと深く、大事なところほど知られていないと思う中、「陰陽」というのは、わりと深いところに差し掛かっています。

 

太極拳の特徴のひとつは、小さな労力で大きな力を出せることです。

 

秘訣は、てこの原理です。重いものを持ち上げたいとき、てこを使うと楽に持ち上げられますよね?人間の体は、てこの原理を応用した使い方ができます。てこを下げる力が”陰”、その影響で持ち上がる力が”陽”になります。

 

地球には重力がありますから、上げる、下げるのうち、下げる方がはるかに楽です。下げる方、つまり”陰”を作りだすことで、上に上がる”陽”が自然に発生します。

 

樹木や花も、同じですね。目立つのは地上に出ている部分、咲いている花の部分ですが、はじまりは、下に向けて伸びる根っこです。上に伸びる力を出したいのなら、まず下げる、です。

 

太極拳は、止まることがありません。見た目に止まっているように見えたとしても、実際には動いている通過点の一部でしかありません。それは、陰と陽がクルクル交代して動き続けているのです。

 

人間は普段、こういう体の使い方をしていません。慣れるためには基本の練習が大切で、それにちょうど良いのが、武当五行六合功という気功です。

 

「五行六合功をひととおり練習してから太極拳を習う」という習い方もありますし、「これだけをひたすら40年練習する」というやり方もあります。どのやり方も良いのですが、わたしの太極拳クラスでは、五行六合功の一部を練習する→それを応用して太極拳の動きを練習する、というやり方もしています。

 

このところよく取り上げるのは、”极”です。太極(中国語で极)をうまく運ぶ、というような意味です。イメージは、ボールを体の左右でくるくると回転させるものです。

 

下記の動画の4:05〜4:40あたりに出てくる動きです。

 

 

これ、腰が回って腕が体の左右のどちらかに動いたところで、上にある手が落ち、下にある手が上がります。これがボールの回転です。手が落ちるのが”陰”、上がるのが”陽”です。

 

これをよく、「しゅるっ(陰)」と「ふわっ(陽)」と、音で表現します。「しゅるっ」が、先に動き、その影響で「ふわっ」と上がります。

 

何が言いたいかというと、両手の感覚がかなり違うのです。ボールを持って、両手を均等に使って上下をひっくり返すのではありません。

 

あくまでわたしのイメージですが、「しゅるっ」と落ちる方の手のひらには粘性があって、ボールが吸い付き、最後に手がボールの下に入って支えます。「ふわっ」は文字通り、ふんわり押し上げられ、最後はボールの上にポンと乗ります。

 

お稽古では、この「しゅるっ」と「ふわっ」をひたすら繰り返します。

 

これをやってから、太極拳の套路(型)で、この動きに似ているところを練習すると、「なんだか、それっぽくなった」という感想も聞かれます。

 

「それっぽい」という感覚は、かなり良い感じです。実際にどう感じているかは本人のみ知るところですが、それでも、なんだか良い感じがします。

 

どこまでやったらゴールというのはありません。目指す方向はありますが、絶対的な正解はなく、「こんな感じ?」が続いていきます。言葉で表現できるものを超えた世界です。その過程すべてが、かけがえのないものだと思っています。

 

新しい体の使い方、新しい感覚、それができることで、毎日の生活が変わってきます。どう変わるかは人それぞれですが、体が楽になることを含めて、より健やかで明るい方向に行くと思っています。

 

5月13日(日)の午後の「みんなが知らない太極拳のひみつ」のテーマは、太極と陰陽です。しゅるっ と ふわっ ではないかもしれませんが、陰と陽のバランスや力の使い方なども、体験できます。さらにその前には、太極の意味、陰陽とは?というおはなしもありますよ。ご案内とお申込み方法は、こちらからご覧いただけます。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

5月5日(土)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第6回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

5月13日(日)14:00-16:30は、「みんなが知らない太極拳のひみつ(2)太極と陰陽」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

(武当山、南岩宮)

 

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「好き」に、理由なんていらない

2018.04.10 Tuesday

(武当山で、形意八卦掌のお稽古)

 

武当拳の先生は中国にいらっしゃるので、年に1〜2回、武当山に習いに行って、ふだんは自分でお稽古します。でも今年に入った頃から、八卦掌(はっけしょう)をもっと習いたいな、と思うようになりました。

 

武当拳にも八卦掌があり、2年前から習っているのですが、歩法に、すごく苦手意識があるのです。

 

八卦掌の歩法は、太極拳とは異なります。一直線上を、足裏を水平に、地面すれすれ、でも触れずに、足を移動させて歩きます。スルスル進む足は地面に吸い付くようで、忍者のようだと思います(忍者を見たことはありませんが。)

 

動きは早く、すばやく方向転換したり、くるくると回ったり、舞踏のようだと言われます。美しいのです。

 

最初に八卦掌を習ったとき、兄弟子が「歩法は、焦らず長く練習していくんだよ」と教えてくれました。そう、時間がかかるのです。苦手意識があるのは、単に練習が足りていないだけです。

 

さて、ある日、ご縁あって、とある先生のところに体験に行きました。

 

直線歩き、方向転換、円を描いて歩くことを教えていただき、ひたすら歩きます。

 

これが、楽しいのですよ。腰を落とした姿勢のためか、しばらくすると汗がじんわり、噴き出してきます。それも気持ち良いのです。

 

すごく大切なものを、思い出した感じがします。

 

この歩く練習、つまり足を育てるには、まじめに取り組んで3年と言われます。功夫(カンフー)では、よくある普通のペースですが、一般には気が遠くなる時間かもしれません。

 

これをやって何になるか?なんて、わかりません。そもそも、「できるようになったら〇〇をしよう」とか、考えていません。

 

こういうとき、自分が”あほ”のようにも思えます。でも、”あほ”かもしれないけれど、こういうときは、とっても幸せなのです。

 

わたしがカンフーが好きなのは、頭でっかちだったわたしの固定概念を、打ち破ってくれる経験をさせてくれるからかもしれません。

 

「これをしたら、こうなる。想定されるリスクはこうで......」とか、「これをやったら、きっとみんなにウケる」とか、頭で想定しながら行動することが普通になっていたとき、なんだかおかしい、と思うようになりました。楽しい、と思えていないのです。

 

「考えるのをやめよう」と、その方法として選んだのは、とにかく体を動かすこと、カンフーの練習をすることでした。悩むことがあっても、考える前に動くと決めて、練習していた時期があります。

 

結果、「やっぱり頭は使うのね」に至りましたが、順番は「体験してから考える」と変りました。前は、体験する前に考える、だったのです。

 

先に考えると、その想定以外のことを、自ら排除してしまうことも、あるかもしれません。その生き方がダメなわけではありませんが、わたしには楽しくなかったのです。そして、想定通りにいかない場合、そしてそもそもの想定がひとりよがりなときもあって、結果に苦しむこともあったわけです。

 

たぶん、世界はもっと柔軟なのです。過去、現在、未来は、直線状にあるわけではなく、もっと複合的で、突然、上のルートに移ることも、あるのだと思います。

 

ひたすら歩いて、どこに行くかなんてわからない方が、楽しいですよね。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

4月14日(土)18:30-20:30は「太極扇を体験しよう(第5回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

4月15日(日)14:00-16:30は、新講座「みんなが知らない太極拳のひみつ(1)天地とつながる立ち方」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

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