【講座のお知らせ】7月のお稽古

2020.06.25 Thursday

 

(中国 武当山)

 

2020年7月の「みんみんカンフー」お稽古予定です。どなたでも、どのクラスでもご参加いただけます。はじめての方も大歓迎です。

 

お申込みはminminkungfu★gmail.com(★を@に変えてください)、もしくは口頭やFBメッセージでお願いします。FBイベントがあるものは、参加ボタンを押していただいてもOKです。
 

 

【2020年月7月】

 

 

1

2   7:30 吉祥寺

    19:15九品仏

3

 

4 10:00 Park

 

513:00 小見川

 

6


 

7


 

819:00
  池尻大橋

 

9   7:30 吉祥寺

    19:15九品仏

 

10 

 

 

11 10:00自由が丘
    (シェア奥沢)

☆14:00 站椿功

12 10:00 Park

☆14:30 形意拳

 

13
 
14
 
15
 
16 7:30 吉祥寺

    19:15九品仏

17
 

18 10:00自由が丘
    (シェア奥沢)

19 10:00 Park
☆14:00 太極扇
20
 
21
 

2219:00
  池尻大橋

23 7:30 吉祥寺

    19:15九品仏

24
 

25 10:00 Park

☆14:00 はじめての太極拳

26 10:00 Park

 

27

 

28

 

29

 

30 7:30 吉祥寺

    19:15九品仏

31

 

 

 

☆は特別クラスです。

 

..............................................

 

【クラスのご紹介】

 

「体と心が目覚める太極拳」シェア奥沢(自由が丘)第2・3土曜日の午前中 

武当太極拳のほか、天地とつながる立ち方、やさしい歩法、呼吸法、太極拳の基本となる気功など、お稽古します。

 

「とっても自由なパークタイチー」(代々木公園):屋外。土日の午前中(不定期)

光を風を感じながら、童心にかえって遊ぶように、体と心をほぐしていきます。武当太極拳のほか、天地とつながる立ち方、やさしい歩法、呼吸法、太極拳の基本となる気功などお稽古します。

 

「体と心のデトックス:基本功(気功・瞑想・站椿功)」(自由が丘・九品仏/奥沢):毎週木曜日 夜 

ゆるゆる準備運動、スワイショウ、やさしい立ち方、歩き方、気功、站椿功(立禅)、瞑想など、体と心を緩ませていきます。太極拳はしませんが、太極拳の基本となる体の使い方を修得できます。週の半ばのリフレッシュにも。

 

☀「おはよう☀パークタイチー」(吉祥寺の公園):毎週木曜日 朝 

光と風を感じて、ゆっくり体と心を目覚めさせていきます。ゆるゆる準備運動、スワイショウ、気功、やさしい歩き方、武当太極拳をお稽古します。

 

〜武当太極拳〜

武当太極拳は、太極発祥の地とも言われている道教の聖地、武当山(湖北省)で伝えられてきた伝統太極拳です。水が流れるように自然に動き、陰陽のバランスで力が生まれてくる、”太極拳のひみつ”がギュッと詰まっています。円を描いてしなやかに伸びる動きが美しく、初心者でも経験者でも、また年齢を問わず、おすすめです。

※武当三十六式太極拳の動画は、こちらから。

 

≪太極拳以外のクラス ≫

「タオを生きることば」(池尻大橋):水曜日(月2回) ※老子「道徳経」を1章ずつ読みながら、タオのあり方を体感していきます。後半は体を動かしますが、お着替えいただく必要はありません。

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【7月の特別クラス】

 7月  5日(日)13:00-15:00 「麗屋 弘鈴庵の 立って、歩いて、太極拳(千葉県香取市)詳細とお申込方法はこちら

 

 7月11日(土)14:00-16:30  「やさしい站椿功」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

 

7月12日(日)14:30-16:30はじめての形意拳」(九品仏)詳細とお申込方法はこちら

 

 7月19日(日)14:00-16:30「たのしい太極扇」(九品仏)詳細とお申込み方法はこちら

 

7月25日(土)14:00-16:30 「ホントにはじめての武当太極拳・気功(九品仏)詳細とお申込方法はこちら

 

 

オンラインでの動画レッスンもあります。

ご自宅で自分のペースでお稽古されたい方に。

 

≪入門編≫

立ち方、歩き方の≪基本編 ≫と、太極拳の動作の練習としてもおすすめの≪武当五行六合功編≫のセットです。詳しくはこちら

 

≪武当太極拳編≫

武当三十六式太極拳をいくつかに分けてご紹介します。「その1」は、第1式〜第10式です。詳しくはこちら

 

≪立ち方編≫

地に足をつけて、自分らしく生きるための基盤を作ります。≪入門編≫の「基本編」第1講の単発講座。太極拳をしない方にも。詳しくはこちら

 

 

※個人レッスン(1時間半、10,000円)。

武当64式太極拳、武当36式太極拳、武当64式太極剣、武当丹剣、武当太極扇、武当逍遥掌、武当五形功、形意拳、気功、站椿功などのほか、体や膝に負担のかからない立ち方・歩き方も指導します。詳しくはご相談ください。

※キャンセルの場合、10日前からキャンセル料2000円、当日は全額となります。

※同時にお二人まで可能です。料金は、おひとり10,000円です。

 

※出張グループレッスン

5名以上で出張グループレッスンも可能です。詳しくはご相談ください。

 

※講演会など

「みんなが知らない太極拳のひみつ」など、講演もお受けしています。ご相談ください。

 

 

【お稽古時間とお稽古代】朝の青空太極拳(吉祥寺)、特別クラスを除く

1時間半、回数券1回分(4回10,000円/9回20,000円、いずれも2か月間有効)、現金の場合は3,500円。

※初参加の方には、1000円割引券をプレゼントします(有効期間1か月)。

※3月28日以降に期限を迎える回数券は、10週間分、期限を延長します。

 

 

【服装】

動きやすい服装でお越しください(Tシャツ、ストレッチのきいたトレーニングパンツ、靴下、底の浅い靴)

 

通常レッスンの詳細は、下記をご参照ください。


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「体と心が目覚める太極拳」

【第2/3土曜開催】10:00-11:30 (15分前開場)

・7月11日(土)シェア奥沢 (自由が丘)

・7月18日(土)シェア奥沢 (自由が丘)

※シェア奥沢は、終了後にお茶の時間があります。

 

≪シェア奥沢≫(自由が丘)

※シェア奥沢は、映画、食事、音楽、絵画など共通の”好きなこと”に人が集う、あたたかい触れ合いのある場所です。

自由が丘駅南口改札を出て、左に進み、突き当りを右に曲がります。この通りが自由通りです。緑道を越え、世田谷区の看板を過ぎると、左に入る道があります。ここを左に曲がるとき、目印として右手に赤いアルソアの看板があります。道なりを進み、3つ目の十字路の右奥の民家が、シェア奥沢です。

 

(シェア奥沢)

 

 

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「とっても自由なパークタイチー」(代々木公園)

青空の下、風や木々の香りを感じながらの太極拳です。中国でも、早朝から公園で太極拳をする姿がたくさん見られます。童心にかえってのびのび体を動かして、体と心をほぐしてから、太極拳をやってみましょう。

  

・7月  4日(土)10:00-11:30

・7月12日(日)10:00-11:30

・7月19日(日)10:00-11:30

・7月25日(土)10:00-11:30

・7月26日(日)10:00-11:30

 

 

※雨天の場合は、静かにお休みです。ご参加予定者には、朝8時をめどに個別にご連絡します。

 

場所:代々木公園 ※待ち合わせ場所は、南門です。初めての方は、開始10分前にお越しください。南門から入って、梅の園、丘の広場の前あたりでお稽古します。

 

   

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「体と心のデトックス:基本功(気功・瞑想・站椿功)」(自由が丘/九品仏/奥沢)

基本功をゆっくり丁寧に練習するクラスです。站椿功、太極歩、武当五行六合功、六字訣、呼吸法、瞑想など。週の半ばに、自分の体と心と向き合って、きれいさっぱりデトックスしていきましょう。

(クラスについて、詳しくはこちら

※ 7月は五形功の蛇の予定です。

 

日時:毎週木曜日 19:15-20:45 (7月2, 9, 16, 23, 30日) 

   ※19時から中国茶をご用意してお待ちしています。

 

場所:九品仏駅近くの畳部屋 ※九品仏駅徒歩2分、自由が丘駅徒歩9分

        ※詳細は、ご参加の方にお知らせします。

 

 

 

☀「おはよう☀パークタイチー」(吉祥寺の公園)

ちょっと早起きして、ゆったり呼吸してゆっくり動き、全身を目覚めさせます。心と体を整え、1日をさわやかにはじめましょう。

 

日時:毎週木曜日 7:30-8:30  (7月2, 9, 16, 23, 30日)  

   ※屋外での開催です。雨天の場合、静かにお休みです。

 

場所:吉祥寺駅付近の公園(詳しくは、ご参加の方にお知らせします)

 

料金:1回1,500円(朝の特別価格)

 

 

 

「タオを生きることば」

2,000年以上前に書かれた「老子(道徳経)」は、武当功夫をする人たちを含むタオイスト(道士)の間でも大切にされており、修行者たちは「読み続ければ、いつかはわかる」と信じています。そこには、しあわせに生きるヒントがたくさんつまっています。

 

毎回1〜2章ずつ取り上げます。前半はお話と対話、後半は体感できるようなワークを、太極拳・気功・基本功・瞑想から選んでやってみます。(※お着替えいただく必要はありません。)

 

日時:    7月  8日(水)19:00-20:30 51章

           7月22日(水)19:00-20:30 52章

  

※開場は18:45です。

 

場所:池尻大橋駅近くの和室  ※詳しくはご参加の方にお知らせします

 

 

みなさまのご参加をお待ちしています^^

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

ブログ: みんみんの陽だまり太極道日記(http://blog.minminkung-fu.com/)

Youtube:こちら

「すきなもの」Instagram:Instagram(@mayuminmin927)


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    ひとりで、なんでもやらなくても、いい

    2020.06.24 Wednesday

     

    (2016年秋。武当山で。兄弟子と、仲良しの友人たちと)

     

    「ひとりで、なんでもやらなくても、いい」と、よく思います。

     

    今、いろんな技術の発達もあり、やろうと思ったら、かなりのことが自分でできますよね。

    やり方も、ちょちょいネットで調べたら、でてきます。

     

    昔は、知っている人を探して、手紙を書いたり、電話で約束して、会って話を聞いて、という方法しかなかったのに、です。

     

    でも、なんでもひとりでやろうとしなくても、得意な人がいるなら、その人にやってもらうほうが、いいじゃないかと思うのです。

     

    自分がやりたいなら、やればよくて、その気にならないなら、やらなくてもいい。それが世の中に必要なことなら、自分より、もっとふさわしい人が現れて、代わりにやってくれるものです。

     

    そう思うのには、こんな体験があるからです。

     

     

    4年前、中国の武当山で出会った友人がいます。

     

    とてもいい人なのだけれども、他人との間に壁を作っているような感じで、少し窮屈そうに見えました。

     

    「そんなにいい人でなくても、大丈夫なのに。」と思ったものの、自分が言いたい気分にならず、そのままにしていました。言ったら気まずくなる、と思ったわけではなく、今じゃない、という気がしたのです。

     

    こういうとき、「その人のためなら、耳の痛い言葉も言うべき」という意見もあるかもしれませんが、わたしはそうは思いません。伝えるには、状況やタイミングがあります。その人が受け取れそうな状態かとか、あるような気がします。

     

    そうしたら、です。

     

    ある日、みんなでお茶を飲んでいるとき、ある中国人の男性が、「〇〇(その人の名前)!君は、心を開いていない!」と言い出したのです。

     

    みんなの前で、大きな声で、びっくりです。

     

    言われた本人、「何を言うの!わたしはとってもオープンなのに」と、ニコニコ笑顔を絶やさずに、反論します。

     

    わたしは「まさに、これだ」と、自分が思っていたことが、違う人の口から出てくることを、驚きながら眺めていました。

     

    他の人たちも、しばらくお茶を飲みながら見守っていましたが、やがて違う話題に変わって、やりとりは終わりました。

     

    翌朝、その友人は、だいぶ柔らかくなったというか、壁が少なくなったような気がしました。それを見て、なんだかすごく感動して、本当によかったと、思いました。

     

    このことから「自分じゃない、と思ったことは、そのままにしてもいい。わたしよりも、もっとふさわしい人が現れて、やってくれるから」と学びました。

     

    わたしは何もしていないのですが、願いは叶っているわけです。うれしいです。

     

    (夕食の後、お茶をふるまってくださる先生。上の話は、この後、先生が立ち去った後のことです。話題の人は、左のふたりではありません。)

     

     

    今回、コロナにまつわる自粛でも、同じようなことを感じました。

     

    外での活動が出来なくなり、対面クラスを10週間、すべて休止しました。その間、閉塞的な気分になったり、ストレスがたまりがちになる状況に、何かしたい思いがあって、

     

    太極拳を知らない人でも、短い時間で、畳半畳くらいあればできるカンタン体操を動画でアップしたり、

    ひとりでもお稽古をしたい人のために、動画レッスンを用意しました。

     

    役立ててほしい気持ちもありましたが、自分が楽しんでできるかどうかを、大切にしました。

     

    もともと、わたしは気分で動く人で、その気にならないと、動きません。

     

    ただし、最初は乗り気でなくても、ちょっとすると、がぜん、やる気になったりするので、「こんなのやってほしい」とかは、いつでも大歓迎なのですけどね。

     

    この期間、周りでたくさんの人が、リアルタイムのオンラインレッスンを提供していました。わたしがそれをしなかったのは、楽しんでできそうな気がしなかったからです。

     

    チャンレジから逃げている面もあるのかもしれませんが、自分が大切にしたいことが、その環境で大切にできる気がしなかったことと、

     

    外に出られないなら、同じことを違う方法でやるよりは、自分とじっくり深く向きあう時間にしたかったこともあります。

     

    自分に栄養をあげて、外に出られるようになったときに、機が熟して花が開くように。

     

    もちろん、リアルタイムで一緒にやる機会を求めている人もいます。それで心がほぐれたり、ちょっとニコッと笑顔になれたりすることも、ありますよね。それはまさに、この時期にわたしが願っていたことです。

     

    「こうなったら、いいよね」と願うことを、実現するのにふさわしい人がいるなら、自分がしゃしゃり出るより、その方にお任せするほうがいい、と思います。わたしは、そんなに器用ではないので、しゃしゃり出るほどの余力もない、という事情もありますが。

     

     

    こんな風に思うのは、人は存在するだけでも十分だ、という思いがあるからかもしれません。

     

    これまで生きてきた中で、「何もしない役に立たない自分ではだめだ」と思っていた時期もあり、この思いを信じているというよりは、これを学ぶために生きているのかもしれませんが。

     

    日本の神さまのお話の中に、好きなエピソードがあります。

     

    男女ペアの神さまといえば、イザナギ、イザナミですよね。でも実は、その前に、知られていないけれども、何組か男女ペアの神さまがいらっしゃるのだそうです。

     

    何もしなかったから、知られていないのですが、それを教えてくださった神主さんが、「いたことに、意味があると思っています」と話してくださいました。

     

    いいでしょ。じーんと、きます。

     

    自分の願いを叶えることって、自分が直接行動することだけでは、ないような気がしています。そう考えると、気楽になれることも、あるのではないかしらね。

     

     

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    【6月の特別クラス】

    6月27日(土)13:00-15:00 「麗屋 弘鈴庵の 立って、歩いて、太極拳(千葉県香取市)詳細とお申込方法はこちら

     

    6月28日(日)14:30-16:30「はじめての形意拳」(池ノ上)詳細とお申込方法はこちら

     

     

    「陽だまり」とは

    「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

     

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    いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

    太極道家

    講座のご案内は、こちらから


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      ありがとう

      2020.06.23 Tuesday

       

      (Photo by Xie Okajima)

       

      6月に入って、徐々に対面クラスを再開しています。屋外クラスから始めて、中旬頃から室内クラスも再開しました。

       

      再開のご案内をすると、生徒さんから「待ってました!」と言っていただいたり、

       

      自粛中の5月、できるかどうかわからない中で予定を立てたときには、「中止する可能性もわかっているけれど、行く予定がある方が楽しいから」と申し込んでくださったり、

       

      自粛中、「不安な気持ちや閉塞感の中で、太極拳の教えを知っている事が、とても助けになります」と言ってくださったり、

       

      そんな一つひとつのやりとりを、しみじみうれしく感じました。

       

      ありがたいです。

       

      コロナと共に生きることになった日常では、マスクをして、消毒液を用意して、自分もお部屋も消毒するという、新しい習慣ができました。

       

      わたしは生徒さんに、よく触ります。力があるかどうか、実感してほしいからです。

       

      力があるというのは、筋力とか、踏ん張る力ではなく、風船が四方八方に膨らむような、押されてもつぶれない体になっていることです。

       

      そうなっていたら、体に無駄な緊張もなく、全身が連動してバランスを取っていて、結果、健康を促進する状態になっていると言えます。(さらっと書きましたが、これが実現できていたら、すごいです。)

       

      コロナ以前は、何も考えずにバシバシ触っていたのですが、この状況で、事前に確認を取ることになりました。個人差がありますので、「嫌だ」という人には、何か別の方法を考えようと思っています。まめに消毒した上で、「触ってもいいですか?」って、怪しいですけどね。

       

      触らずに進めていくと、カタチだけ追ってしまいがちになり、本当に感じてほしいところに届きにくくなる気がします。あくまでも、わたしのやり方では、ですが。

       

      わたし自身も、そこそこ「これは違う」「これはできている」と、生徒さんのカタチから見ることはできますが、微妙なところは、触って確認しないとわかりません。

       

      ましてや、習う側の生徒さんは、言葉を尽くして伝えても、なかなかその通りにできません。出来ているか、いないのか、それがわからなかったりします。

       

      太極拳を教えるときに、何を伝えたいのかにもよるかもしれませんけどね。わたしは、一つひとつ、実感しながら進んで欲しいのです。


      そうやって感覚が育つことが、ほかの誰でもない自分の人生を生きる助けになると、思っているからです。

       

      そんなこともあって、対面クラスを再開できたことは、とてもうれしいことでした。

       

      クラスは、みんなでつくるものだと思います。

       

      教える役割をしているのは、わたしですが、一方通行ではありません。

       

      内容は、大まかには決めていますが、実際には、その場で参加されている方の様子や反応を見て、変えたりします。

       

      生徒さんには、「この動作がやりにくい」とか、「これだと〇〇が痛い」とか、「わからない」とかあったら、遠慮しないで言ってね、といつも伝えていて、

       

      実際に、そういう声を聞いて、わたしが自分では無意識に調整している動作を、細かく分解して説明できるようになることも、あります。

       

      大切にしたいのは、太極拳の套路がいくつもできるようになることではなく、本来の優しく素直なままで、しあわせに生きていける人を増やすことです。

       

      人はもともと、誰でも優しい存在だと思っています。でも、優しいままではいられない状況では、体に鎧を着て武装したり(それが体の無駄な緊張です)、心を閉ざしかないこともあります(心を閉ざすと、体も硬くなります)。

       

      太極拳は、相手がいる武術ですが、相手を倒すためのものではなく、共に生きる生き方を学ぶためのものです。

       

      自分が優しいまま、生まれたての赤ちゃんのようであれば、そこに争いは起きにくく、攻撃されることも少ないでしょう。それも、太極拳を通して学べることです。

       

      太極拳は、攻防の技の連続ですが、それは何かの誤解で相手が攻撃してきたとしても、それに乗せられて攻撃し返すのではなく、相手が自分でやめていくように仕向けるためのものです。

       

      それには、まず自分を見失わないことが、大切です。


      どんな状況であっても、優しいままの存在でい続けることです。

       

      技や技術は、競争で上達することもありますが、純粋に切磋琢磨すること以上に、余計なものを持ちこんでしまうこともあります。それで好きで始めたことが、苦しくなってしまうこともあります、

       

      武当山でお稽古していても、先生を見ていても、お弟子さんや生徒さんを見ていていても、切磋琢磨することはあっても、ライバルのような競争心は、見えません。

       

      なんでも教え合いっこしますし、一人で練習していると、気づいた人が「そこはこうだよ」と、ちょこちょこアドバイスしてくれます。

       

      太極拳をすることは、今の自分をそのまま、表現することでもあります。

       

      自分の世界ではその時のベストであっても、もっと広い世界から見たら、「そうじゃないよ」ということも、あるわけです。

       

      そうやって、人に助けてもらいながら、世界を広げて、より自由になっていきます。

       

      お稽古しているとき、あまりにできなくて落ち込むこともありますが、基本的には、ずっとみんな、笑顔です。できていないことは「違うよ」と言いますが、みんな、わかるまで何度でも教えます。できないことで、優劣ができるわけではありません。

       

      そういう環境がいいな、と思っていて、自分のクラスでも、みんながそれぞれ、自分に素直に向き合って、気づいて、より自由になっていけるようにと、いつも願っています。

       

      前に生徒さんが、クラスに来たことのない人に、「他の人と自分を比べることもなくって、自分に集中できることがいい」と言っていたことがあって、それを聞いたときは、とても嬉しかったです。

       

      人は人、自分は自分ですから。

       

      そうやって、みんなが自分のことに一生懸命に取り組んでいる姿は、とても美しいのです。とっても可愛らしかったりします。

       

      先生っていい役だな、と思います。みんなのそういう姿を、いっぺんに見られるのですから、役得ですよね。

       

      そもそも、わたしが「人はみんな、優しい」と信じられるのは、生徒さんのおかげでもあります。

       

      お稽古中は、みんな、優しくて素直なのです。そういう姿を見ていて、無駄な競争とかに巻き込まれず、ストレスがかからなかったらみんなこんなに優しいのに、と思うようになりました。

       

      そんな姿を見せてくれて、そして一生懸命取り組んでくれて、もう本当に、ありがとうしかありません。

       

      みんなのおかげで、クラスを再開できて、しあわせです。

       

      本当に、ありがとう。

       

       

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      オンラインでの動画レッスン始めました。
       
      ≪入門編≫
        立ち方、歩き方の≪基本編 ≫と、太極拳の動作の練習としてもおすすめの≪武当五行六合功編≫のセットです。詳しくは
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      ≪武当太極拳編≫
        武当三十六式太極拳をいくつかに分けてご紹介します。「その1」は、
        第1式〜第10式です。詳しくは
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      ≪立ち方編≫
        地に足をつけて、自分らしく生きるための基盤を作ります。≪入門編≫の「基本編」第1講の単発講座。太極拳をしない方にも。詳しくは
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      【6月の特別クラス】

      6月27日(土)13:00-15:00 「麗屋 弘鈴庵の 立って、歩いて、太極拳(千葉県香取市)詳細とお申込方法はこちら

       

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      「陽だまり」とは

      「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

       

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        しあわせは、ひとそれぞれ

        2020.06.19 Friday

        (Photo by Xie Okajima)

         

        昨日は、いろんな「しあわせ」を書いてみました。

         

        文学作品に書かれている「しあわせ」とか、もっと広い意味での内側から温かくあふれてくる「しあわせ」とか。

         

        わたしにとっては、特に、後者の「しあわせ」は、何をするかに関係なく、存在するだけで満たされている感覚で、生きていく上での土台のようなものです。

         

        ある神父さまが、幼稚園の卒園式に園児たちに贈ることばとして、「神様の子供たちであるみなさんを、神さまはいつでも愛していることを、忘れないでください」と、言っていたことがあります。

         

        これ、とってもいいな、と思うのです。

         

        大きなものは、人によって神さまと呼んだり、宇宙と言ったり、なにか、この世の人や、時間や空間を超えているものです。太極拳の太極という領域も、これだと思っています。

         

        この世に「絶対」はない、と思っていますが、この大きなものに愛されていることだけは、絶対だと思っています。

         

        「そう感じるから」としか、言えないのですが。

         

        東洋でも西洋でも、古い時代も現代でも、このテーマを扱うものは、たくさんあります。

         

        大切なことは、目に見えないけれども、感じることはできます。

         

        何かを感じた人たちが、この世で見えるカタチで表現せずにはいられないものが、アート(芸術)だと思っています。そのおかげで、まだ気づいていない人たちにも、見えるカタチで伝えることができます。

         

        そいう言えば、アインシュタインの名言のひとつにも、「人生の大きな決断は、宇宙を味方だと思うか、敵と思うか」がありました。味方=愛されている、ですよね。

         

        これが腑に落ちたら、辛いことがあったとき、ひとりぼっちだと思うときでも、また立ち上がる力になるのではないでしょうか。

         

        辛いとき、自分を守ために、心を閉ざすのは、防衛本能として当然かもしれません。そんなとき、自分ひとりでも「愛されている」ことを思い出せたらいいのですが、心が閉ざされていたら、難しいですよね。そんなときでも、宇宙はあの手この手で、いろんな見えるカタチで、それを見せてくれるのだと思います。

         

        アートが人の心を救うと思っているのは、こういうことからです。

         

         

        人は、本来踏み込んではいけない奥地に入って、自然環境を破壊したり、戦争したり、争ったりします。

         

        でも、この世に人が存在するということは、宇宙や地球にとって必要だからだと思うのです。

         

        全体が大きな「生命の循環」で回っているなら、そこには人も必要で、人は望まれて誕生しているとしか思えません。

         

        そして、そんな人に望まれていることは、「しあわせに生きること」だけではないか、と思っています。

         

        何にしあわせを感じるかは、人それぞれです。それを試行錯誤して探していくことが、時間と空間のあるこの世で生きることのような気がします。

         

         

        わたしの学生時代の研究テーマは、文学作品にみる「宿命と自由意志」でした。

         

        天動説が信じられていた時代、生まれたときの天空の図、星の位置をもとに、人の性質や体質が解説されたり、そこから病気になったときの治療方法を引き出していったりしていました。当時の文学には、この占星術の要素が、色々なところに現れています。人にはもって生まれた”Destiny(日本語に訳すなら、宿命)”がある、ということです。

         

        このDestinyという単語、そうなると決まっている、という意味を持ちます。

         

        今でも占星術のホロスコープとか、ありますよね。数秘とか、四柱推命とかも、そうでしょうか。

         

        こういうものを知ることで、「どうして自分はこうなのだろう」という悩みの理由が、わかることもあります。「わたしにはこういう性質なのだ」と知ることもできます。

         

        それだけではなく、人はそれぞれ違うのだと、理解するのにも役立ちます。目に見えない多様性ですね。

         

        見える多様性は、見えるだけにはっきり問題になりますが、見えないほうは、問題として認識されにくいかもしれません。たいていの悩みは「どうしてあの人は、ああなんだろう」という、自分との違いから始まります。それは、違う人だからなのですが、それが目に見えないために、悩みも深いのかもしれません。

         

         

        では、そうなると決まっている宿命を生きるとは、どういうことでしょうか。

         

        わたしの実感としては、「やってみなければわからない」です。

         

        ホロスコープは参考になりますが、その意味は、経験してはじめてわかります。「こうかな」と思ったことをやってみて、すごく苦しい思いをして「なんだか違う」と気づいては、また違う「これかな?」をやってみたり、の繰り返しだと思うのです。

         

        生まれたときに選んだ(らしい)ホロスコープを、あれこれ試行錯誤してみたわたしの体験は、「クールでホットなわたしを生きる」(2019年4月22日)と「最上志向のわたしを生きる」(2019年4月23日)に書きました。ひとつの例として、もしよければ読んでください。

         

         

        あれこれやってみるのは、自分の自由意思です。

         

        宿命とは、言ってみれば神さまの領域で、時間も空間もなく、過去、現在、未来、すべてが見えています。

         

        でも、この世には、時間と空間という広がりがあります。ものごとは、いっぺんには見えず、未来はわかりません。

         

        この時間と空間という広がり(スペース)があるからこそ、人は自由意志を働かせることができます。

         

        言い換えれば、そこで自由意志を働かせて、行動していくことが生きていくことで、そうやって、自分にとっての「しあわせ」を知っていくのではないでしょうか。

         

        自由意志というか、どうやらわたしが自分で決めたらしい例が、ひとつあります。

         

        数年前、占星術のわかる友人と、四柱推命をする人、ふたりから、「あなたはもうすぐ、中国に行かなくなる」と言われました。「それは、自分側の理由ではない」ということも。

         

        言われたとき、「そんなことも、あるかもしれないな。でも、自分の理由ではないって、なんだろうな」と思いました。

         

        でも、それからたぶん2−3年は、毎年、行っていました。そして、今年に入って新型コロナウィルスが出てきたときに、行けなくなりました。まさかウィルスが原因で行かなくなるとは思っていませんでしたが、「このことだったのかな」と思いました。

         

        「あの話、そうだったね。でも、それが一昨年とか去年じゃなくて、今年でよかったと思っている」と、占星術のわかる友人に話したら、「あれは、ホロスコープではなくて、カンだったんだよね。でもあの後もずっと行っていたから、わたしのカンも外れたな、と思っていたのだけど、やっぱり時期は自分で選ぶんだね。」と、言われました。

         

        時期は自分で選ぶ、というのも、自由意志を働かせる余地があることの、ひとつかもしれません。特に意識しているわけでは、ないのですけどね。

         

         

        自分にとっての「しあわせ」は、ひとつではなく、増えていくかもしれませんし、変わっていくかもしれません。でも共通しているのは、とにかくやってみないとわからないことだと思います。

         

        中でも、特に大切なことについては、違うことをやりきって、「もうだめだ」とならないと、気づかないこともあります。わたしにもそんな経験があって、「なんであのとき、あんなに辛かったのに、やり続けたんだろう」というのもありますが、きっとそれは、違うと実感できるまで、やり切りたかったのだと思います。

         

        それなら、仕方ありませんよね。遠回りしているように見えるかもしれませんが、自分にとっては、必要な時間と経験だったと思います。

         

        そうやって人が、あれこれやって気づいていくように、地球全体としても、あれこれやって気づくこともあるのかもしれません。環境破壊についても、良かれと思ってやってみたことが、「あれ?困ったぞ」という結果として現れるという、試行錯誤のひとつなのかもしれません。

         

         

        「しあわせ」は、人それぞれです。

         

        わたしの場合は、空を見上げているとき、鳥の声が聞こえるとき、緑の中にいるとき、とかもありますし、おいしいものを食べるときも、そうです。

         

        好きなことにまい進する人を見るときも、匠みたいな技を見るときも、

         

        気づかってくれたり、助けてくれる人たちがいたり、一緒に笑う時間とか、

         

        「愛されている」ことを感じた人たちが、表現してくれるものに触れたときも。

         

        ひとことで言うなら、美しいものに触れるときが、しあわせですが、わたしなりの「美しい」という基準があると思います。そういうときは、自然に笑ったり、泣いたりします。

         

        人によっては、社会的に成功することとか、地位や名誉をあげる人もいるかもしれません。そんなものは死ぬときに持っていけないよ、という人もいるかもしれませんが、社会的に成功することで、影響力を持って、大事だと思っていることを、多くの人に伝えられることもありますしね。

         

        そして、この世でどんな役割を担って生きるかという、自分の使命を果たすことも、「しあわせ」につながると思います。

         

        わたしにとっては、「愛していると伝えること」だと思っているのだけれど、その手段とか方法は、いろいろあるわけです。太極拳をすることも、教えることも、こうやって文章を書くことも、誰かに何かを話すこともそうですし、他にもまだまだ、方法はあると思います。

         

        その前に、自分がそれをあきらめてしまおうとするときもあり、それも含めて、試行錯誤なのかしらね。

         

        やってみなければわからないのだから、おおらかな心で、大目にみようと思います。自分のことも、他人のことも。

         

        そして、そうやって生きること自体がしあわせなのだと思います。

         

         

         

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          しあわせって?

          2020.06.18 Thursday

           

          (photo by Xie Okajima)

           

          しあわせって、なんでしょうね。

           

          これまでに、「しあわせ」について気づいたり、感じたり、いくつか印象的な出来事があります。そんな体験を振り返ってみます。

           

          23歳、大学院生だったとき、イギリスの中世、14世紀後半の、ジェフリー・チョーサーという詩人の作品を研究していました。

           

          「カンタベリー物語」の「騎士の話」の中に、”しあわせを求めるのは、酔っ払いが家に帰ろうとするようなものだ”、という話がでてきます。

           

          酔っ払いは、家があるのはよく承知しているが、帰り道がわからず、溝に落ちたりもする、というような文章でした。しあわせを,

          家にたとえています。(参考として、前後を含んだ文章を下に載せます。)

           

          すごく印象的な一節でした。

           

          もうひとつは、Happyという単語の成り立ちです。中世の中英語には、"hap”という単語がありました。"by chance"、偶然、という意味です。

           

          ”起こる”という英語は、occur とか、happenがありますが、occurは原因があって起きる場合、happen は偶然に起きる場合です。”hap"の名残が見えますよね。

           

          Happyには、偶然やってくるというニュアンスが入っています。求めたり、狙って、やってくるものではないのですよね。

           

          ただし、この”偶然”は、ちょっとくせものです。

           

          たとえば、道端に咲いている花に「きれいだな」と小さなしあわせを感じるとき、その花は自分が植えたものではありませんが、誰かが植えたかもしれませんし、種が飛んできたかもしれませんし、別の原因があります。

           

          こんな風に、誰か別の人が作った原因と、自分が手にする結果が結びつくことも、よくあります。「ここ掘れワンワン」で掘ってみたら、大判小判がざっくざくなんて話も、そうですよね。

           

          自分にとっては”偶然”でも、宇宙レベルで見たら、原因と結果は、つながっています。

           

          こうやって文学作品の中で気づいたことは、その後の日々の暮らしでも、いつも心のどこかにあった気がします。あれから倍以上の年齢になっても、まだ覚えているくらいですしね。

           

          しあわせを、実感として感じたのは、今から10年くらい前のことです。

           

          それまで感じたことがなかった訳ではなく、それまでとは全然違う種類の、上に書いたしあわせとも、たぶん種類が違うものを感じた体験です。

           

          2011年の春、中国の武当山にお稽古に行っていたときのことです。

           

          毎日、午後の練習は、六字訣(ろくじけつ)という内臓をケアする気功から始まりました。あぐらで座り、それぞれの臓器に対応する音を自分で出して、響かせていくものです。

           

          やり方を詳しく教わったわけではなく、毎日、お手本を見ながら真似する方法で学びました。時間はかかりますが、そういう学び方も、あります。

           

          よくわからないなりに、とにかくやり続け、1か月くらいたった、ある日のことです。

           

          「背中(腰)が、ほわ〜っと、あったかい。」と感じました。それまでにない感覚です。


          部屋の窓からは緑の樹が見え、明るい光がさして、鳥が鳴いています。お天気もよく、おひさまの光がきれいで、窓から見える緑は、風に吹かれてキラキラしていました。

           

          ものすごく平和で、しあわせな感覚でした。(そのときの話は、「心身の、平和な記憶」2015年8月12日)

           

          日本語にしたら「至福」、中国語だと「喜悦」、英語だとblissと表現すると思います。

           

          どの単語も、何かを達成した場合のしあわせにも使いますが、この場合は、別です。何かを達成したわけでもなく、何かしたわけでもありません。

           

          ただ存在するだけでしあわせで、内から湧き上がってくる喜びとか、ものすごく満たされている、そんな感覚です。

           

          この経験があるから、何かをするからしあわせになれる、とかではなく、ただ生きているだけで、すでにしあわせなのだと、わかりはじめたのだと思います。

           

          ときどき(しょっちゅう)、忘れますけどね。でも、忘れて、戻って、を繰り返していくうちに、だんだんと覚えている時間が長くなっていきます。

           

          こういう感覚は、理屈ではありませんし、頭での理解では到達できませんし、「これをすれば必ず体験できる」というものでもありません。

           

          それでも、わたしが知っている中では、太極拳とか站椿功(立禅)は、この感覚に届きやすい方法のひとつです。

           

          特に、静功という動きのない站椿功が、いちばん届きやすい、と感じます(動きがない、と言っても、それは見た目で、実際には動き続けます)。

           

          武当山で先生(武当玄武派第十六代伝人 明月師父)が、站椿功のお話をしてくれたことがあります。

           

          站椿功には、やり方のコツがあります。それをやった先にくる感覚なのですが、「天と地は友達だ。そこにつながっていくと、日常の気になっていることなど、どうでもよくなるよ」と、言うのです。

           

          そして、この感覚を「喜悦(Xǐyuè)」と、表現していました。外部の要因による嬉しさ(中国語だと「高兴(Gāoxìng」)とは違って、内から沸き起こる喜びのような感じです。(このときの話は、「武当山日記:站椿功がもたらす『喜悦』 2018年9月26日

           

          ちょうど上で、六字訣をしていたときに感じた感覚にも、通じます。

           

          この感覚を忘れているとき、もしくはもう一段深くなったときは、涙が出ることもあります。

           

          涙が出るのがいいわけではなく、忘れていたことを思い出したときに出る、と感じていて、忘れずにいられる時間が長くなってくると、泣かなくなってくる気がします。

           

          「あなたにとって、しあわせってどんなもの?」と聞かれるとき、

           

          いろいろ答えはあるでしょう。わたしも、きれいなものを見たときとか、おいしいものを食べたときとか、人と一緒に楽しい時間を過ごしたとき、とか、しあわせを感じます。

           

          でも、この「喜悦」みたいな感覚は、そういうものとは次元が違って、すべての土台で、いつでもここを始まりとして生きていく、みたいな感じです。

           

          この土台があっても、大変なこと、嫌なことは、起こります。でも土台に還ってくることで、感じ方や対応は、変わってくると思います。

           

          わたしの体験では、嫌なことは、圧倒的に少なくなります。

           

          この「喜悦」は、太極という宇宙の根源の感覚でもあると、思っています。太極拳をするときって、内に深く潜って、同じように外にも広がって、意識は覚醒しつつ、ぼんやり夢を見ているみたいな感じになってくるのです。

           

          そういう時間があることは、日々を生きていく中では大切です。これに助けられて、今を生きています。

           

          こういう感覚は、太極拳だけではなくて、芸術と呼ばれるものの奥にあると、思っています。文学とか、音楽とか、絵とか、映像とか、建物とか伝統芸とか、いろいろ。

           

          奥、と書いたのは、その手前に、たとえば「悲しみ」という、しあわせとは逆のテーマがあることも、あるからです。でも、その奥とか土台には、絶対的なしあわせがある、と思います。

           

          心は、そういうものに救われると思っています。

           

          最後に書いたしあわせは、大きな意味でのしあわせですが、もうちょっと狭い意味で、「わたしにとってのしあわせとは?」も、ありますので、それは次回に書きますね。

           

          ※続きの、「ひとそれぞれの、しあわせ」は、こちら

           

           

          ≪参考:「カンタベリー物語」騎士の話から≫

          ああ、人々はそろいもそろって、なぜこうも神や運命の摂理に不平を言うのだろうか。自分たちでは思いもつかぬほど、さまざまに良いはからいを授けられているというのに。金持ちになりたいと願い、そのために殺されたり、大病をわずらったりする人がいる。また、牢屋から喜び勇んで出たものの、家で下男に殺される人もいる。この問題について不幸な例はいくらでもある。この世では何を願っているのやら知るよしもない。まるで酔いどれねずみのような暮らしぶり。酔っ払いは家があるのはよく承知しているが、帰り道がわからない。そのうえ道に足をとられやすい。ところがじっさいわたしたちはこの世でそんな生き方をしているのだ。ひたすら幸せを求めはするが、ほんとうのところはほとんどが見当はずれ。

          (「カンタベリー物語:騎士の話」ジェフリー・チョーサー著 繁尾久訳 グーテンベルグ21)

           

           

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