7年後に訪れた終わり

2020.09.26 Saturday

(Photo by Xie Okajima)

 

先日、約7年ぶりに、かつての知り合いと街ですれ違いました。

 

顔は合わせていません。正面ではなく、距離があり、通りすぎた後に声で気づいたからです。

 

大きな恩もあれば、激しい確執もあった人で、もう会うことはないと思っていたため、ちょっと動揺しました。振り返りは、しませんでした。おそらく、相手は気づいていないと思います。

 

正面で出会わなかったことが、神様の采配のように思えました。

 

しばらく自分の中で留めた後、当時のことを知る人に、話を聞いてもらいました。

 

聞いてくれた人は「離れた人と、そんな風に会うときは、そのことが終わった、ということじゃないかな」と話してくれました。ご自分にも、そんな体験が何度かあるのだそうです。

 

続けて「もう大丈夫でしょう。よく頑張ったと思う。めいっぱい自分を褒めてあげていいところだと思うよ。」と言ってくださいました。

 

約7年前、離れたときには、離れた後悔や、「どうして上手くできなかったのだろう」と自分を責めたり、相手を非難したり、いろいろな気持ちがありました。

 

もう、そんな気持ちは残っていません。

 

このことは、誰が悪いわけではなく、単純に合わない組み合わせだっただけだと思うのですが、合わないものをなんとかしようとして、うまくできなかったことに、疲弊しきって、傷も大きかったと思います。

 

あまり自覚症状のなかったわたしに、「今は羽が折れているから、飛べるわけがない。必ず飛べるようになるから。でもそれは、今じゃない」と言ってくれた人もいました。

 

冷静に考えたら、どうしようもないものを、どうにかしようと奮闘していたわけですから、それは消耗しますよね。

 

ただ当時は、本気でそれを、どうにかしようと思って、どうにかできると信じていました。わたしという人は、自分でやれるだけやりきってからではないと、「これは無理だ」と納得できないようです。

 

今回、話を聞いてもらった人は、カンも強い人なので、そこから離れない限り、わたしの可能性は広がらないとわかっていたそうです。

 

「でもそんなこと、当時、あなたに言わなかったでしょ」と。

 

「先が見えていても、それは99%の確率でしかないし、もしかしたらひっくりかえせるかもしれない。何よりも、あなたが自分で決めて離れることが大事だと思っていた。でも、それは辛いから、壊れてしまわないように、その間はそばにいようと思った。」

 

ものすごく、ありがたかったです。

 

当時は、その人だけではなく、まわりにいた友人たちにも、何度も話を聞いてもらっていました。泣きながら、何度も同じ話をするわたしを、何度でも聞いてくれて、「どうしてそれでもそこにいるの?」と言われたことはありましたが、「やめるべきだ」と言った人は、いませんでした。

 

羽が折れながらも、なんとか乗り切れたのは、そうやって、ただ話を聞いてくれた人たちがいたからだと思います。感謝しかありません。

 

そして、あの経験があるからこそ、自分が大切にしたいことがわかったし、今があると思っています。

 

 

その人は、わたしの背中をたくさん押してくれた人でした。

 

ただ途中から、制御されるようになりました。自分を押さえろとか、「目立つから、一番後ろに下がれ」と言われて、必要だから言っているのだろうと頑張ってみました。でも、そもそもわたしに目立ちたい気持ちはなく、自然にふるまっているとそうなるだけです。それを我慢するのは、不自然です。

 

自分を押さえろ、というのは、当時のわたしには必要なことだったのかもしれません。

 

ただ、最後の結果だけ変えようとするのは、どうしても無理があります。そうではなく、そこに至る道のりの中で、すべきことがあって、それをしていけば結果として変わるという方法でないと、うまくいかないと思っています。

 

それは、今、わたしが教える仕事をしているときに、一番大切にしていることでもあります。

 

見た目にわかるのは、結果です。太極拳だと、それは套路という型になります。

 

でも、套路という型だけを教えると、中身がスカスカで、表だけ取り繕っているハリボテみたいなものが出来上がります。表面的にかっこよく美しく動けたとしても、その人の中から花が開いていくような発展性は、ありません。

 

太極拳の套路は、これをして、これをするという結果として、カタチになるものです。最後のカタチより、そこに至るまでの行程が大切です。

 

そもそも、「〇〇をするな」と言うと、人は絶対にそれをしてしまうものです。

 

よく例えとして「ピンクのぶたの貯金箱を思い浮かべない、とすると、絶対にピンクがちらつく」という話をします。そうじゃありませんか?

 

わたしも指摘するときには、わかってもらうために「〇〇をしない」と言いますが、直すときには、「〇をして、〇をする」とアドバイスします。そうでないと、できないからです。

 

そしてもうひとつ、どんなにそれが必要なことでも、押し付けはうまくいきません。

 

型にはめることは、底上げにはなりますし、ある程度の結果も出るでしょう。でもそれは、それまでの誰かの規範に無理やり合わせるだけで、一方でその人の個性や特性は失われていきます。

 

わたしは、型にはまることが極端に苦手で、とにかく自由でのびのびとしていたい人です。

 

すでにあるものを広めることには興味がなく、自分の中から出てくるものを大事にしたいと思っています。今、細々と自分でやっているのは、大切にしたいことを、大切にしたいからです。

 

すでにあるものにも、もちろん価値はありますが、そういうものは大抵、他にきちっとやってくれる人がいます。そういう人、それをやりたい人に任せた方がうまく行くでしょう。

 

でも、あの頃のわたしは、「これをしてはいけない」「これは我慢だ」と、どんどん委縮していって、最後は動けなくなり、不整脈が出たときには、さすがに「これでは危ない」と思い、距離を取るようになりました。

 

そんなわたしの態度は、さらに怒らせることになり、結局、離れることなりました。

 

 

7年たって、自分の未熟さが引き起こしたことだと自覚しつつ、結果としては離れてよかったと思っています。

 

教えるとき、わたしも時々、すごく厳しいことがあります。どんな人でも価値ある存在だと思っていますが、だからと言って、何をやってもいいわけではありません。

 

套路という型を覚えないことや、何かができないことで怒ったことはありません。そうではなく、何かをごまかしたり、逃げが見えたときです。

 

そこでごまかしたり、逃げたらもったいないですし、それは学ぶ姿勢ではないと思っているからです。

 

受け取る、受け取らないは、相手の自由です。受け取らなかったとしても、執着しません。タイミングもあることですから。そして、わたしが100%正しいわけも、ありません。受け取った人が好きで、受け取らない人は嫌い、ということも、ありません。

 

こんなとき、大切なのは、相手の可能性を信頼することだと思っています。そこに愛はあるか、みたいな感じです。

 

愛と忍耐、かしらね。

 

 

人それぞれ、特性が違います。わたしと、わたしが離れた人は、大切にしたいことが違っていただけです。どちらがいいという話ではなく、それぞれでいいし、それぞれに合った人と一緒にいれば、それでいいと思っています。

 

それがわかったのは、その人のおかげでもあります。

 

今度こそ、もう会うことはないと思いますし、関わることもないと思いますが、しあわせに生きていってくれたらいいな、と心から思います。

 

 

7年間、思いだすことが辛くて、保留箱に入れていた期間も長かったのですが、「なかったことにしてはいけない。保留箱に蓋をしてはいけない」と言ってくれた人のおかげで、いいタイミングで、自然に解放することができた気がします。

 

7年と言うと、長いようですが、意外と短かった気がします。どうやらわたしは、ゆっくり生きるタイプのようで、犬が散歩するときに、あちこち立ち止まってクンクンするように、まっすぐ効率的には歩けません。

 

 

もうひとつ、今回のことで感じるのは、ただ側にいて、話を聞く大切さです。人は間違ったこともしますし、やめた方がいいと思われるようなこともしますが、本人がやりたい限り、その思いをできるだけ尊重する人でいたいと思っています。

 

それは、人は自分で学ぶ力があると、その人を信じることでもありますよね。

 

 

ひとつ乗り越えて終わったら、次がはじまります。ちょうど、明日は誕生日ですし、生まれてきたこと、生きていることに感謝して、大切なことを大切にして、楽しく生きていこうと思います。

 

生きることは、大変なこともありますが、やっぱりいいですよね。

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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