いくつになっても

2020.09.10 Thursday

(Photo by Xie Okajima)

 

先日開催した特別クラスで、生徒さんに「何か質問があれば、どうぞ。今、話したこと以外でもいいですよ」と言ったら、

 

「先生は、何歳なのですか?」と聞かれました(笑)。

 

昔も今も、日本でも海外でも、年齢不詳に見えるのは、変わらずです。

 

とりあえず、半世紀は生きています。今月は、お誕生月なので、もうひとつ年を重ねることになります。

 

このくらいの年齢になってくると、「もう年だから」という人もいますが、

 

それを聞くたびに、「うーん、10年前より元気だけれど」と思うのです。

 

体の調子や動きとして、できるようになったことはたくさんありますが、今のところ、できなくなったことは思い当たりません。

 

くたびれたら寝る、無理しないというのも、大きいとは思いますが。

 

わたしが太極拳を始めたのは、30代後半のことで、「今からでは、もう遅いかも。」と思ったこともありました。

 

そもそも、とってもヘタレだったのです。

 

2008年の12月に、初めて中国の武当山に行って、カンフー学校に入って毎日お稽古したとき、初日に片道4時間かけて山頂まで登って、下りてきただけで、足首は腫れてしまいました。

 

ひねった覚えはありません。

 

太極拳には、仆歩(プーブー)という低い姿勢があるのですが、このカタチが入っている套路を2009年に習ったときには、下がっていくと、そのまま、ぺしゃんとお尻が地面についてしまいました。

 

先生たちが、寄ってたかって、「しゃがまないんだよ」と言うのですが、下がっていくと、耐えきれずに、ぺしゃん。

 

ついに、「...そんなに低くしなくていい。高いままで」ということになりました。

 

どうですか、このヘタレぶり。それなのに、よく続けてきたと思いますよね。

 

(仆歩(プーブー)。続けていれば、できるようになるものです)

 

人によるかもしれませんが、こういうものって、できるからやりたいのとは違うのですよね。周りと比べても、本当にできないのだけれども、それでも、なんとなく「これ、いいな、もっとやりたいな」と思って、今日まで続けてきただけです。

 

純粋に、ただ、やりたかっただけです。そういうものは、欲も生まれにくいです。

 

人には欲があるもので、わたしにももちろん、ありますが、太極拳に関しては、なぜかそれがほとんど発動されずに来た気がします。ヘタレだったからかもしれませんが。

 

後付けですが、動物のカンというか、深い本能のところで、「これ、いいかも」と感じたのかもしれません。

 

「世界に一つだけの花」という歌がありますよね。それぞれの花を咲かせる、という意味では、自分がどんな花で、何色なのかを知ることは、大事なのだと思うのです。それがわかると、違う人の花もきれいだね、いいね、と思える気がします。

 

自分がどんな花なのか、わかるための手段は、いろいろあると思いますが、わたしにとって太極拳は、その大きな役割を果たしてくれています。

 

太極拳をすることで、自分を知り、自分の生かし方がわかり、この世での自分の活かされ方が、わかってきたような気がします。

 

太極拳自体が、効率的に体を使い、老化を遅らせるものであることも、大きいと思います。

 

アドレナリン全開で動ける年齢もありますが、ある程度になると、それでは体がついていかなくなります。わたしも過去には、気力だけで長時間労働を続け、週末になると電池が切れたように寝ていたことも、ありました。

 

若い頃は、体を無視してガンガン生きても、なんとかなります。ただし、表面的にガンガン行けているだけで、裏で疲労は確実にたまっていきます。わたしは、それが不調として外に現れても、まださほど気にすることなく、さらにひどく外に現れるようになって無視できなくなった頃に、太極拳に出会って、自分の体を顧みるようになりました。タイミングとしては、神の采配かと思うくらい、うまくできています。

 

太極拳は、やりすぎていることに気づいて、それを手放していきます。無理をかけない、無理をしない、とも言えます。

 

無理しないというと、なんだか隠居のように聞こえるかもしれませんが、そうでもありません。それよりは、自分を最大限に生かすというイメージです。

 

パワーの大きさ、持久力などには、個人差がある気がします。年齢で一括りにできるものでもなく、隣の人と比べるものでもありません。

 

自分だったらこのくらい、というのがあります。

 

無理をしないというのは、自分の器の大きさを知って、自分の最大のパフォーマンスを出す、みたいな感じじゃないかと思うのです。

 

ちょっと話は変わりますが、交通機関の発達のおかげで、短い時間で遠くに行けるようになりましたよね。国内でも、海外でも。

 

でもたとえば、飛行機に乗って海外に行くとき、その疲労は、移動時間より移動距離に比例するような気がします。短時間で歳をとるみたいな感じです。

 

飛行機に乗れば、気圧の変化で体に負担もかかりますし、新幹線にのっても、特にのぞみのように速いものは、Gがキツイです。

 

短時間で長距離を移動するのは、見た目、効率的に見えますが、実際の消耗は、それなりにあるのではないでしょうか。

 

なんとなく、の、体感ですけれども。

 

もちろん、太く短く生きるという生き方も、あります。好き好きだと思います。

 

ボッと大きく燃やして、消えて、また火をつけるのに労力をかけて、とやっていくのか、

 

自分なりの大きさを、ずーっと絶やさず燃やし続けるか、です。

 

自分なりの大きさというのが、上に書いたボッと燃やす人よりも、大きい場合もありますよね。器が大きい人ならば。

 

器の大きさは、個性だと思います。大小で価値が決まることもなく、自分の器どおりに生きることが、その人のしあわせじゃないのかしらね。

 

自分の器を知ることで、他にもいいことはあります。たとえば自分が赤い花だとわかれば、それを美しく咲かせることは、世の中の喜びになりますよね。黄色と白しかない中に、「赤い花がある」というのは、うれしいじゃないですか。そんな風に、自分を生きることが、社会の中での自分の役割を果たすことにもなり、他の人の喜びにもつながるような気がします。

 

ひとりで馬車馬のようにブンブン動いているときよりも、ずっと大きく動いているのではないかしらね。

 

昔のわたしは、何かターゲットがあったら、それに向けて、まずこれをやって、次にこれをやってと、計画を立てて進めるタイプでした。動かないと、何も手にできない、と思っていたからです。

 

そんなわたしに、「あなたは待つことを知らない。待っていたら、やってくるよ」と言ってくれた人たちがいました。

 

そんなことあるものか、と懐疑的ながらも、「そうなの?」と思うこともあり、その後、数年をかけて、その言葉どおりなのだと知っていくことになります。

 

この大きな宇宙の中、小さな自分だけでガンガン動いても、たかが知れています。瞬間的な成果としては出るかもしれませんけど、それより宇宙は自分の味方なのだと知って、それと一緒に動く方が、ずっと楽に、ダイナミックに動けます。

 

それが流れに乗る、だと思っています。

 

そうやって自分を生きるようになると、「もう〇歳だから」という年齢からくる思い込みも、意味をなさなくなります。

 

いくつになっても、やりたいことがあれば、そのときがタイミングなのではないかしらね。たとえば、多くの人にとって20歳で訪れるそのタイミングは、違う人にとっては40歳で訪れるかもしれませんしね。

 

タイミングが来たものは、できないわけがありません。だって、自分のタイミングですから。

 

それは、一般的な「〇歳になったらこれをして、〇歳でこれをして」という流れとは、だいぶ違うかもしれませんけれど、自分を生きるようになって、自分のタイミングで動くようになると、そういうものからも解放されていきます。

 

わたしの場合も、ずいぶんのんびり生きている感じがしますが、そのせいで若く見えるのかもしれない、とも思っています。

 

わたしは、太極拳を通して、体の使い方、心の在り方、自分の生かし方に気づいてもらうようなことをしていますが、生徒さんの中には、「もっと早くこれを知っていれば」という方もいらっしゃいます。

 

でも、そんなことありません。世の中でHow toが流行っても、自分というオリジナルに役立つものは、ありません。

 

だから、「こうかな?」と思うとおりにやって、うまく行かないこともあって、それで自分を知っていくのだと思うと、無駄なことは何もないと思います。

 

そして、「もっと早く...」と言う方を見ていても、今からでも十分、大きな花をきれいに咲かせるじゃないか、と、思います。実際、そうですし。

 

自分の花は、何度も咲くのだと思います。いくつになっても。真実ではない思い込みで、自分を縛りさえしなければ、です。

 

太極拳をする人は、20年たっても同じ体、と言われます。実際、年齢よりも若々しい人たちを、たくさん見てきました。

 

わたしは、大きな目標を立てることが苦手で、今、したいことを積み重ねていくだけしかできません。積み重ねていった結果は、それをする前の想像をはるかに超えるからでもありますし、たとえば10年後、20年後は、今の価値観で見ても意味がない(変わっていくはずだから)、というのもあります。

 

それでも、ひとつだけあるのは、世界一かわいいおばあちゃんになって、70歳とか80歳になっても、シュンシュンと、軽く速く動けたらいいなあ、と思っています。

 

そういう人がいたら、世の光になるのではないかしらね。ね。

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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