14年の間に、太極拳がもたらしてくれたもの

2020.08.12 Wednesday

 

武当三十六式太極拳(Photo by Xie Okajima)

 

太極拳のよいところは、いっぱいあります。

14年やってきて、わたしに起きたことを、駆け足のダイジェスト版で書いてみようと思います。

 

まず体を鍛えます。特に、脚です。

 

カンフー(注:太極拳は、カンフー=中国武術のひとつです)には、動功という動きがあるものと、静功という動かないもの、両方があり、太極拳は動功、站椿功(立禅)は静功に入ります。

 

静功には、静坐という、あぐらで座るものもありますが、割合としては少ないです。

 

現代人は、野山を駆け回ることが普通だった古の時代の人に比べて、体が弱いです。特に脚は、年齢が上がるにつれて重くなる上半身(頭の使いすぎで、頭でっかちになることも含まれると思っています)に対して、どんどん弱くなります。脚を鍛えることで上半身と下半身のバランスが取りやすくなります。

 

この世で生きていくために、脚が強いことは大切です。「地に脚のついた人」と言うと、落ち着いて、しっかり生きている人をイメージしますよね。

 

さらに体を持って生きるとき、不要な緊張に気づいて取り去ることにより、滞りをなくし、めぐりの良い体を作ります。血がめぐり、リンパがめぐれば、体温も上がります。無駄な緊張がないことで、内臓もうまく働きやすくなります。

 

「血がめぐれば気は巡り、気がめぐれば血はめぐる」と言います。

 

気は、元気の気、ですよね。生きていくための活力のようなイメージです。見えないものですし、お稽古では「気を巡らせて」と意識することも、する必要もないと思っていますが、元気がなかった人も、お稽古の後の方には、すっきり元気になるのは、気が巡って活力が湧いたと言えると思います。

 

体から無駄な緊張が取れていく過程で、自分の心のクセにも気づきます。

 

たとえば、立ち方を直して、もっと楽に立てることを経験してもらうと、「ずいぶん頑張りすぎていたんだな」と気づいたり。

 

頑張る力があることは、すごいことです。でもその力は、日常で消費してしまうのではなく、ここぞ!というときに使いたいですよね。

 

人が触れただけで、びくっと緊張して固くなったりする人もいます。素直な反応なので、それがダメなわけではなく、まずは気づくことが大事だと思っています。気づいた後は、不要だったらやめられますし(練習は必要です)、今は持ち続けたいなら、自覚して持ち続ければいいと思います。本人が必要だと思っているのに、無理やりはがしてしまうと、アイデンティティの崩壊になりかねません。成長のスピードや段階は、人それぞれです。

 

そして、体を観察し続けることで、意識と体が結びつくようになってきます。意図したとおりに体が動き、体の様子を把握できるようになります。この意識と体を結ぶ回路が、たいていの人は錆びついていて、思ったとおりに体が動きませんし、体の様子を把握することもできません。バラバラで、連動できない状態です。

 

体を細かく観察できるようになってくると、心の状態も、わかるようになります。心が閉じると、体の緊張として現れるからです。

 

このとき、まずは「心が閉じている」と気づくことが大切です。それからどうするかは、自分の選択です。

 

心は、穏やかな方が良いとされますし、健康にもよいです。自然に怒りを鎮められるならいいですが、無理やり押さえつけたら、いつか爆発します。健康にも悪いです。

 

ここから先は、今、感じている怒りをピンポイントでなんとかしようとするのではなく、意識のレベルを変えて、もっと広い視野から見ていく方がいいです。

 

どうやって?と思いますよね。その段階も、太極拳のお稽古のプロセスに含まれています。

 

太極拳をしているときって「夢を見ているような感じ」と表現されます。日常の意識とは、違います。

 

夜、寝ている間に夢を見るときは、潜在意識にアクセスしていると言いますよね。顕在意識のように通常、自分が認識できる意識では把握していないことも、夢には現れます。

 

ネイティブ・アメリカンの部族は、夢を大切にしていて、朝、起きると家長が家族を集めて、夢解きをするのだと聞いたことがあります。夢を、より真実を知るために大切にしてるのだと思います。もっと簡単なところでは、夢占いもありますよね。

 

太極拳をしているときは、起きて動いていますので、意識ははっきりしています。でも同時に、意識が潜在意識の領域にまで広がっていくので、少しぼんやりしてきます。

 

潜在意識よりもさらに深いところには、世界の普遍的なもの、集合の無意識があります。深く入ると、そこまで行きます。

 

「入静」という状態ですね。心も体も、深く静かな状態に入っていきます。

 

どんな感じかを言葉で書くのは難しいのですが、体も心も、広がりが生まれます。少しぼんやりして、でもはっきりしていて、宇宙にふわふわ浮いているみたいな感覚です。

 

とっても気持ちいいのですよ。

 

実際、体は、見えている限界よりもさらに遠くまで届くような動き方をしていますし、脚で大地を押して頭が天に伸びることで、自分のいる空間が、浮力の効いている空間になり、現実に体が軽く浮く感じになります。

 

太極拳の動きがゆっくりなのは、丁寧にプロセスを飛ばさずにすることもありますが、体感が、浮力が効いている水の中にいるようになるので、自然とゆっくりになることもあります。

 

片足を前に出すときに、猫が歩くように足音が出ないのも、浮力が効いているためです。ひざに負担も、かかりません。

 

そして意識も、(それは心、と言ってもいいかもしれませんが)、自分の体の限界を超えて、広がっていきます。

 

広がっていっても、自分の体から抜けたりしないのは、体がしっかりしていて、地に脚がついているからです。これって、すごく安全な方法なのです。

 

昔、中国で気功が流行ったときに、精神病棟が満床になった話を聞いたことがあります。気功で到達する脳波の状態と、精神的にあぶない脳波の状態はとても似ていて、ちょっとしたことで、コロッと落ちてしまうのだそうです。

 

実際にどんなことが起きていたのかは知りませんが、もしかしたら、体が育っていないうちに、意識が広がってしまうと、そういうことが起きるのかもしれないと思っています。気功が危ないわけではなく、やり方によると思いますし、わたしが知る気功は、脚を使うので、危険だとは感じていません。

 

自分が天地と繋がって、意識が広がっていくと、さっきまで気になっていた日常のことは、ささいなことに思えるようになります。

 

50cm四方の紙の上で見ていた問題が、紙の大きさが1kmになったら、相対的に小さくなりますよね。そんな感じです。

 

怒りがあったとしても、自然と「ま、いいや」と思えるようになることもあります。

 

ですから、何か煮詰まったり、イラっとしたときは、いったんそこから離れてお稽古する方がいいのです。終わったときには、答えや次の行動が、自然と決まっていることも、多くあります。

 

もしかしたら「呼吸は?」と思う方がいらっしゃるかもしれないので、触れておきます。呼吸は、体と心が整ったら、自然と、本来の良い呼吸が戻ってきます。

 

人は、生まれたときに、誰にも教わらずに呼吸を始めますよね。生まれながらにして、呼吸の達人なのです。

 

その呼吸が浅くなってしまうのは、心と体に無駄な緊張があるからで、その問題が取り除けたら、本来の呼吸が戻ってきます。一気に、というよりは、そこから肺を育てたりすることが始まるのですけれどもね。

 

呼吸は、「呼吸法」としてお稽古することもあるようですし、いろいろな取り組み方があるのだと思いますが、わたしが習ってきた方法は、こんな感じで、特に意識したりしません。

 

それでも呼吸は自然と深くなり、7年前には1分7回(吸う、吐く、で1回)だったのが、今は、3〜3.5回くらいです。だいぶ育ちましたよね。

 

 

ここまで太極拳の話だけを書いてきましたが、太極拳だけで、この体と心の状態になるわけではありません。

 

体を育て、意識の広がりを促すために役に立つのが、站椿功(立禅)です。

 

特に腕を前にあげて木を抱えるようにする形の站椿功は、生きていくために必要な筋肉も育てますし、バランスのとり方も育ちます。

 

(站椿功)

 

「辛くて苦しい」とか、「意味がわからない」と、敬遠されがちな站椿功ですが、続けていると、もたらしてくれるものの価値を体感で理解できます。ですから、強制されなくても、自ら進んでするようになります。

 

わたしの場合、今のところは站椿功の方が、意識は深い静かなところに入っていきやすいです。

 

太極拳は動きがある分、気を取られるのか、深さがちょっと浅くなる気がします。

 

それでも站椿功で体を育てることで、動くときに勝手に体がバランスを取って動くようになってきていますし、これからまた少しずつ、站椿功をしているときと同じような状態に行けるのかもしれない、と思っています。

 

 

参考になるかどうかわかりませんが、站椿功をしているとき、わたしが感じていることをひとつ、ご紹介します。

 

朝は、音楽をかけずにすることが多いです。鳥の声とか、夏は虫の声とか、世界は音に溢れているからです。

 

東京の住宅街に住んでいるため、自然音だけではなく、車の音や、生活音もたくさん聞こえます。自転車がキーッとブレーキを踏んだり、子どもが叫んだり、パトカーや救急車のサイレンが聞こえることもあります。

 

めちゃめちゃですよね。

 

でも、体と心が静かな深い状態に入っていって、意識が広がっていると、このすべてが調和の中にあると感じられます。ふつうだったら嫌な音も、全く気になりません。

 

不思議でしょ。不思議だけど、そうなのです。

 

もう一つ、例をあげます。

 

放松功(ファンソンゴン)という、二人一組になってするお稽古があります。一人が腕を下した站椿功の状態で立ち、もうひとりが、あちこちから押したり引いたりして、立っている人の無駄な緊張を探していきます。

 

このとき、くすぐったり、爪でつねったりすることもあります。最初は、びっくりしました。

 

普通の意識だと、当然、くすぐられたら笑ってしまいますし、つねられたら痛いです。

 

でも、体と心が深く静かな状態に入っていると、わりと平気なのです。爪の跡がつくくらいつねられても、平然としていられます。

 

外で起きていることは同じでも、自分へのダメージは、全然違うのですよ。

 

 

こんな風に、意識が広がっていくと、ものごとや問題のとらえ方も、おおらかで気楽になりますが、それだけではありません。

 

潜在意識や、その先の集合無意識に入っていくということは、自分の本質に触れに行くことになります。自分の本当の願い、何のために生まれて、何をして生きていきたいのか、に触れにいきます。

 

人生は選択の連続ですが、自分の本当の願いがわかっていると、望ましい選択をしやすくなります。

 

集合無意識にもつながっていくので、自分の動きが、宇宙の動きと呼応するようになります。流れに乗るというのは、こういう感じだと思います。

 

わたしの場合は、たとえば星占いとか運勢を、先取りして行動するようになってきました。「今年はこんな年になりますよ」と言われる前に、それがすでに起きているような感じです。「そうだよね」という答え合わせみたいになってきます。

 

カンも、適当ではないような気がします。

 

もちろん大変なことも起こりますが、それに振り回されるのではなく、自分の人生の舵を、いつでも取っている感じです。静かな海でも、突然の荒波でも、です。

 

いつでも舵を取っていられたら、自分への信頼も育ちます。

 

この体を持って、この世界で生きていくことが、より、嬉しく楽しく感じられるようになります。

 

もちろん、常に安定しているわけではなく、揺れている中でバランスを取り続けているようなものなので、ぶれるときもあります。でも、相対的には、10年前よりもずっと楽に、望むように生きられていると思います。

 

 

ざっくり14年の間にもたらしてくれたものを書いてみましたが、抜けているものもあるでしょうし、扇や剣などの武器を使う経験や、八卦掌や形意拳での経験も、ここにでは触れていません。書ききれないほどの経験や気づきは、どれも大切なものです。

 

何かができるようになることよりも、そのプロセスを歩んで経験していくことが、生きることを豊かにしてくれると思っています。

 

出会いと、師匠たちと、友人たちと、生徒さんと、環境と、そして運に、心からの感謝を。

 

大変な時期もありましたが、いつも楽しく努力を続けられたことは、大きな喜びです。

 

 

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「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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