心の傷

2020.08.11 Tuesday

 

 

(Photo by Xie Okajima)

 

よく言われることに、「いつも穏やかそう」というのがあります。「怒ったりとか、しなさそう」に見えるのだとか。

 

実際、わりと気が大きいというか、おおらかな方なので、「ま、いっか」と流せることも多く、その印象は嘘ではないと思います

 

でも、ここに触れたときはダメ、というところもあります。

 

ここ数日、受けていた講座の影響もあるのか、だいぶ敏感になっていて、心の傷が浮上しやすくなっていたようです。ちょっとしたことでも、そこに触れたと自分が感じると、イラっとするのです。

 

最初は、その傷が何かわからなくて、イラっとする自分を扱いきれず、久々に自分が嫌になったこともありました。それまで、よく感じていた「わたしがわたしであることが、嬉しくってたまらない」なんて、嘘じゃないか、と思ったりしました。

 

実際には、嘘ではなく、「嬉しくってたまらない」と感じたときは、そのとおりで、「嫌だ」と思ったときも、その瞬間ではそのとおりで、時間が違うその2つを、一緒にすることが間違っていますけどね。人間の頭の間違った使い方です。

 

こういうときは、感情に流されていかないように、意識を体に戻して、自分の中心に戻す対処法があります。わたしの場合、日常的にやっている站椿功で、たいていのことはクリアできるのですが、今回は、それよりも傷の方が大きかったようです。

 

さて、どんな傷かというと、「愛を受け取ってもらえない痛み」です。

 

誰かに喜んでほしくて、とか、誰かのために、とか、誰かにかけた思いや心を、行動に移しても、その思いを受け取ってもらえないと感じるときです。けっこう幼い頃から、感じていたことです。

 

子どもって、そういうものなのか、もしくはわたしがそうなのか、周りの人に喜んでほしくて行動することも多いですよね。

 

でも、期待したほど喜んでもらえなかったりすると、だんだんと素直に、その気持ちを素直に表現したり、行動することが、できなくなります。

 

「わかってもらえない」寂しさもあり、自分の気持ちを素直に見せることにも、消極的になっていきます。

 

誰が悪いわけでもなく、この世で個として生きるとき、反応は人それぞれで、うれしいことも人それぞれ、なだけなのですけどね。

 

わたしの場合は、わたしなりの正義感が強いというのか、理不尽だと思うことを、そのままにしておくことができなくて、

 

周りと違う意見を言ったり、反発したり、悔しくて泣いたりを、30代になっても繰り返していました。やっかいですよね。

 

受け取ってもらえない痛みの矛先は、だんだん自分に向いていきます。

 

「みんな、うまくやっていられるのに、わたしだけができないのは、きっとわたしが悪いのだ。」とか、

「わたしがもっと、おおらかになれればいいのだ」と思ったりもしました。

 

これって、「ねばならない」ですよね。無理やり変えようとすると、さらに負担がかかります。試しに、反発したいときも、ぐっとこらえて我慢してみたのですが、当然の結果として、たまった怒りが爆発しました。

 

しばらくそれを続けたときに、「もうダメだ。これではやっていけない」と思いました。

 

ふり返ってみると、どうやってもダメなのだと腑に落ちるまで、やり切りたかったのだと思います。そういうところ、あります。徹底的に自分で経験しないと、納得できないのです。

 

それから、自分がどう生きていきたいのか、問いかけたときに出てきたのは、それでも周りに「愛している」と言って生きていきたい、でした。

 

この流れだけ見ると、「え?懲りてない?」と見えるかもしれませんが、実際は、その言葉がするっと下りてきて、素直に受け取っただけです。

 

ここで、思ったことを素直に表現するところまでは取り戻しましたが、それをした結果、やっぱり受け取ってもらえないことは起きて、さんざん泣いたりもしました。

 

それでもだんだん、「自分が思ったとおりに、素直に行動できたら、それでいい」と思えるようになりました。相手の反応は、相手の自由だと気づいたこともあります。

 

傷ついたと感じる大きな理由は、相手が自分が思ったとおりに受け取ってくれないから、です。でも、そもそも相手の反応まで期待するのは、自分勝手ですよね。「相手のために」みたいな、いい人っぽいふりをしながら、相手を好きなようにコントロールしようとしているのと同じです。

 

向こうからみたら、勝手におせっかいを焼いて、勝手に怒っている、みたいな感じですよね。始末が悪いです。

 

これに気づいたとき、「これからは、とにかく自分がしたいことだけをしよう」と思いました。

 

「この人に、これを伝えたい」と思ったら、その通りにするだけです。シンプルですよね。

 

もちろん受け取ってくれたら嬉しいですが、スルーされても、怒らせてしまっても、自分がしたいことをしただけなので、そこは引き受けられます。

 

自分を責めずに、「仕方ない」と、自然に思えるようになります。多少の悲しさはあったとしても、です。

 

中には、思ったことがあっても、「今は言いたくないな」と思うと、そのままにすることもあります。

 

何を伝えくて、何を言わないかは、頭で考えるとダメで、自分の深いところにつながったときのカンみたいなものなのですが、わたしの場合、それは太極拳のお稽古を続けることで、訓練されたと思っています。

 

太極拳って、体を整えて、健康にするだけではないのです。通常、自分で自覚している顕在意識から、自覚していない潜在意識まで意識を広げていって、さらにはその先に広がる宇宙の普遍的なものにまで広げていくことで、自分が何のために生まれて、どう生きていきたいのかを、感じられるようになっていく深さがあります。

 

これができるようになったことで、理不尽さやに怒ることも、わかってもらえない悲しさも、極端に減りました。

 

もっともらしい表現でいうなら、「自分を尊重できたら、人も尊重できるようになった」と言えますが、後付けですよね。こういうものは、How toとかメソッドではないので、目の前に来たものを自分で体験して、乗り越えていくしかありません。言葉にすると薄くなっちゃう、と思いつつ、言葉で表現するしかないのが、もどかしいです。

 

もうひとつ大きなことは、相手の言葉や行動を、その言葉通りとか、表面に見えているとおりに受け取らなくなったこともあります。

 

言葉の使い方が下手な人って、いますよね。そんなつもりはなくても、誤解されて、相手を怒らせてしまったり。

 

わたしも、言われたときに、一瞬ぎょっとすることはありますが、同時に悪気がないこともわかります。見えていない奥にあるものを見るのは、わたしの特性のひとつかもしれません。

 

そもそも、日本語が話せたら共通言語がある、と思うことが、間違いです。

 

教えていると思い知るのですが、「あ」と伝えても、「はあ」と聞こえる、みたいなことは、よく起きます。同じ言葉でも、それにこもっているものは、それぞれの生きてきた道によって違います。

 

そんな経験をたくさんすると、伝わらなくても、いちいちイライラしなくなります。頭を抱えることはあっても、そこに怒りと批判の感情はなく、伝えたいなら、どうやったら受け取ってもらえるのか、工夫しようと思いますよね。

 

教えることを選んで、良かったです(笑)。

 

その結果が、今よく言われる「わりとニコニコわりと、穏やかな印象」につながるのかもしれませんが、

 

それだけに、今回のイライラは、ちょっとショックでした。まだまだだったのだ、と。

 

ただ、今だけの反応ではなく、昔からある傷に反応しているのだと気づいたことで、少しすっきりしました。

 

では、どうしたいか。

 

思いの行き場がないから、イライラしているのであれば、自分で受け取ってしまえばいい、と思ったのです。

 

自分が受け取ったら、そのまま宇宙に流れて回っていくような気がしたのです。

 

上手く言えませんが、時間も空間も、ピンポイントではなく、広く見ることができたら、ものごとの違う面が見えて、受け止め方が変わることもあるような気がします。

 

そして、今ではないにしても、巡り巡って、いつかは伝わるかもしれません。

 

もっと言うなら、怒ってもいいですよね。自分がそうしたいなら、です。そこには、自分の大切にした思いがあるわけですし。

 

「怒りで伝えなくてもいいでしょ」とか、「怒りは怒りを呼ぶ」というのは、実体験でも、太極拳の疑似体験でも、山ほどしていますが、

 

それでも、自分の素直な心は大切にしたいと思っています。わたしは、わたしの一番の味方なのですから。

 

今回のイライラは、まだまだだなあ、とか、学んでいないなあ、と思ったりもしましたが、

 

それでも、いい。大切にしたいことを、またあらためて確認して、あきらめないで、前に進めれば、それでいいのだから。

 

(イライラモードからは、もう抜けました。)

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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