心を開いて、誉め言葉や心配を受け取る

2020.07.24 Friday

(2016年春、武当山で)

 

誰かから褒められたとき、心配されたとき、そのまま受け取れていますか?

 

褒められても、「いや、そんなことないよ」と、謙遜したりしていませんか?

心配されても、「大丈夫だよ」と、返したりしていませんか?

 

芸能人のように人前に出る仕事をしている人は別として、大多数の人は、褒められると照れてしまう傾向があると思います。

 

壇上に上がって、人前で何かをして、終わって拍手をされたとき、そこにとどまらずに逃げるように壇上から降りてしまう人も、多いのではないでしょうか。

 

数年前、わたしもそうでした。そういうわたしに、「去るな!そこにとどまって、ちゃんと称賛を受け取れ!」と言ってくれた人がいます。

 

慣れていないので、なんとも居心地が悪いのです。でも、おかしいですよね。褒められているのに、居心地が悪いって。「わたしは、そんなに褒められる価値はない」とでも思っているのでしょうか。

 

拍手した人からすると、ちゃんと受け取ってもらえた方がうれしいですよね。「よかったよ」と言ったときに、「そんなことないよ」と言われてしまったら、なんだかつまらないですよね。

 

わたしはクラスをしているとき、ちょっとでもいい方向に向かったときは、すごく褒めます。

 

いい感じになってきたと思えば、そう言うのですが、生徒さんは向上心が高いのか(笑)、はたまた「いい」という実感がないからか、納得のいかない顔をされることもあります。そういうときは、「先生がいい!と言ったら、いいの。先生の言うことが信じられないの?」と、冗談まじりに言うこともあります。

 

先生のうんぬん、などどうでもよく、称賛をそのまま受け取ってほしいだけなのです。まだまだの部分があったとしても、よくやったところを、自分で認められるようになってほしいからです。

 

褒められるためにやっているわけではなくても、誰かから、「いいね」と言われたら、うれしいですよね。照れずに素直に「ありがとう」と言えたら、自分もずっと楽に過ごせるのではないでしょうか。

 

心配されたときも、同じです。

 

先日、病気になった友人が、「あのときもっと『休め』と言っておけばよかったと言ってくれる人達がいるけれども、そんなことを思わなくてもいい。これは自分で選択したことだから」と言っていました。

 

自分で選択した、というのは、その通りだと思います。その人の人生は、その人のものなので、その選択は、どんなものでも最大に尊重したいと思っています。でも、それを聞いたときに、なんとも言えず、やりきれない気持ちになりました。

 

わたしも、「もっと『休め』と言えばよかった」と思っているひとりとして、その心配する気持ちを、受け取ってほしかったからです。

 

それは、わたしの勝手なエゴなのかもしれませんが。

 

自分のことを振り返っても、心配されたとき、「大丈夫だよ」と返してしまっていること、けっこうある気がします。

 

問題が解決していて、もう大丈夫だから、というときもありますが、心配されたくない、心配をかけたくない、みたいな気持ちが働いているときもあります。自分のことを、どれだけ偉くてすごい人だと思っているのかしらね。まったく、素直じゃないです。

 

たとえ問題が解決していたとしても、かけてくれた思いを、もっと正面から受け取りたいと思うのです。かといって、大げさに何かをするわけではなく、その瞬間の、ほんのちょっとの違いだと思うのですが、言葉にするなら、相手に心を開いて返事をする、という感じです。

 

心配されたくなくて「大丈夫」と言ってしまうときは、なおさらです。じゃあ、どいういう答えになるのか、と言うと、わかりませんが、これも心を開いて、その言葉を受け取ったときに、どんな反応や言葉が自分から出てくるのか、ではないでしょうか。

 

自分の足で立って、歩いて、選択していく、というのは、大切です。他の誰でもない自分の人生ですから、舵取りを他の人に任せることはできません。

 

もしかしたら、繊細で傷つきやすい人ほど、そして優しくて人の気持ちを考えてしまう人ほど、人に影響されて流されることが怖くて、ある時期には、外よりも、自分の内にぐっと入り込むことを大切にする時期があるかもしれません。

 

「こうしたらいい」「こうあるべきだ」という外の声に惑わされず、心の底から、自分が何を望んでいるのか、内側からくる声に耳をすませて、それに従って行動しよう、という時期です。

 

わたしにも、あります。共感性が高いこともあって、人の気持ちが100%ではないにしても、けっこうわかるところがあります。「こうされたくないよね」とか、「これは、嫌だよね」とわかると、大切な相手だったりすると、自分の気持ちよりも、相手の気持ちを優先させようとした時期があります。(人によっては、自分よりも社会的に強い立場にいる(と思い込んでいる)相手に、そうなることも、ありますよね。)

 

でもそれって、自分の思いを封じ込めていますよね。封じ込めたものは、パンパンになれば爆発します。その矛先は相手に向かいます。結局、相手にも迷惑をかけます。誰にとっても、いいことありません。

 

「違う」と思って、その行動を変えようとするときは、ものすごく勇気が必要です。それまで「はい」と受け入れていたことを、断ることも出てくるからです。相手は、激怒することもあります。

 

それでも、「自分の思いを大切にしよう」と、ギュッと耐えようとします。そんなときは、自分を守るために、外に壁を作るかもしれません。入ってこられないように、です。

 

断るにしても、馴れていないので、ためて、ためて、堰を切ったように一気に「できません」と言うことも、あります。ケンカしたいわけではないのですが、そのくらいパワーがないと、言えないからです。

 

そんな風に言われたら、相手は怒りますよね。今まで「はい」と言っていた人が、断るだけではなく、反抗的な態度をしたら(と、見えてしまう、の方が当たっているかもしれませんが)、当然ですよね。

 

そして、さらにその激怒から守るために、頑なに自分の内側に閉じこもります。

 

そんなことを繰り返しながら、少しずつ慣れていって、「あんなケンカ調子で断らなくても、もっと早い段階で、穏やかに断ればいいよね」と学んでいきます。

 

自分の内にある声を聞けるようになると、外界をシャットアウトしなくても、外に惑わされず、内の声を聞いて、それに従って行動できるようになります。

 

すると、表面にある壁は不要になります。自分を守る必要は、もうないからです。

 

そして、「自分が思うとおりに行動したいように、他の人も、思うように行動したいのだ」と、自分と価値観が違う相手も、自然と尊重できるようになります。価値観が違うので、一緒に何かをしていくことは無理ですから、離れるしかありません。でも、それぞれの場所で、それぞれやっていけばいい、と思えたら、相手へのストレスは、なくなります。

 

もう、心を開いても、大丈夫です。

 

ここまでのプロセスは、ボロボロになって再起不能にならないように、安心安全なコミュニティやグループの中で練習していくことも多いと思います。

 

わたしの場合は、現実の中で経験していったのですが、(けっこう、ズタボロです)、それでもその間に、話をそのまま聞いてくれる仲間たちがいて、大泣きしながら同じ話を何度もするわたしを、何度でも、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれたことは、本当にありがたかったです。それがなかったら、頑張れなかったと思います。

 

そのときに助けられたことを思い出すだけでも、もう心は開けますよね。

今、それを思い出しただけでも、号泣しながらこれを書いています。

 

そんなに助けてもらったことも忘れてしまって、称賛も、心配も、素直に受け取れないのかもしれません。

 

自分の足で立つことと、人に助けてもらうことのバランスは、ひとことでは言えませんが、その感覚をつかむために、どちらかに極端になって嫌な経験をしたりして、調整していくのではないかしらね。

 

心を開く、と言っても、誰でも、一気に、すぐには開けないかもしれません。でも、小さなことからだったら、できると思うのです。誰かに褒められたとき、照れずに受け取ることや、心配されたとき、その心を受け取ることなら、日々の生活の中で、やっていけるのではないかしらね。

 

世界は広すぎて、自分がすべてを知ることなんて、できません。まだまだ、なんてことは、死ぬまで続くと思います。今の自分ができたこと、知っていることが全てではないという視点は、自然に成長して生きるためにも大切ですが、それと、今の自分を存分に褒めることは、別のことです。同じように、心配されたからと言って、それは「あなたはダメだ」ということではないと思います。

 

お互いに褒め合ったり、いたわり合う世界は、やさしい世界だと思っています。そんな世界を、自分からも創っていきたいですよね。

 

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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