しあわせは、ひとそれぞれ

2020.06.19 Friday

(Photo by Xie Okajima)

 

昨日は、いろんな「しあわせ」を書いてみました。

 

文学作品に書かれている「しあわせ」とか、もっと広い意味での内側から温かくあふれてくる「しあわせ」とか。

 

わたしにとっては、特に、後者の「しあわせ」は、何をするかに関係なく、存在するだけで満たされている感覚で、生きていく上での土台のようなものです。

 

ある神父さまが、幼稚園の卒園式に園児たちに贈ることばとして、「神様の子供たちであるみなさんを、神さまはいつでも愛していることを、忘れないでください」と、言っていたことがあります。

 

これ、とってもいいな、と思うのです。

 

大きなものは、人によって神さまと呼んだり、宇宙と言ったり、なにか、この世の人や、時間や空間を超えているものです。太極拳の太極という領域も、これだと思っています。

 

この世に「絶対」はない、と思っていますが、この大きなものに愛されていることだけは、絶対だと思っています。

 

「そう感じるから」としか、言えないのですが。

 

東洋でも西洋でも、古い時代も現代でも、このテーマを扱うものは、たくさんあります。

 

大切なことは、目に見えないけれども、感じることはできます。

 

何かを感じた人たちが、この世で見えるカタチで表現せずにはいられないものが、アート(芸術)だと思っています。そのおかげで、まだ気づいていない人たちにも、見えるカタチで伝えることができます。

 

そいう言えば、アインシュタインの名言のひとつにも、「人生の大きな決断は、宇宙を味方だと思うか、敵と思うか」がありました。味方=愛されている、ですよね。

 

これが腑に落ちたら、辛いことがあったとき、ひとりぼっちだと思うときでも、また立ち上がる力になるのではないでしょうか。

 

辛いとき、自分を守ために、心を閉ざすのは、防衛本能として当然かもしれません。そんなとき、自分ひとりでも「愛されている」ことを思い出せたらいいのですが、心が閉ざされていたら、難しいですよね。そんなときでも、宇宙はあの手この手で、いろんな見えるカタチで、それを見せてくれるのだと思います。

 

アートが人の心を救うと思っているのは、こういうことからです。

 

 

人は、本来踏み込んではいけない奥地に入って、自然環境を破壊したり、戦争したり、争ったりします。

 

でも、この世に人が存在するということは、宇宙や地球にとって必要だからだと思うのです。

 

全体が大きな「生命の循環」で回っているなら、そこには人も必要で、人は望まれて誕生しているとしか思えません。

 

そして、そんな人に望まれていることは、「しあわせに生きること」だけではないか、と思っています。

 

何にしあわせを感じるかは、人それぞれです。それを試行錯誤して探していくことが、時間と空間のあるこの世で生きることのような気がします。

 

 

わたしの学生時代の研究テーマは、文学作品にみる「宿命と自由意志」でした。

 

天動説が信じられていた時代、生まれたときの天空の図、星の位置をもとに、人の性質や体質が解説されたり、そこから病気になったときの治療方法を引き出していったりしていました。当時の文学には、この占星術の要素が、色々なところに現れています。人にはもって生まれた”Destiny(日本語に訳すなら、宿命)”がある、ということです。

 

このDestinyという単語、そうなると決まっている、という意味を持ちます。

 

今でも占星術のホロスコープとか、ありますよね。数秘とか、四柱推命とかも、そうでしょうか。

 

こういうものを知ることで、「どうして自分はこうなのだろう」という悩みの理由が、わかることもあります。「わたしにはこういう性質なのだ」と知ることもできます。

 

それだけではなく、人はそれぞれ違うのだと、理解するのにも役立ちます。目に見えない多様性ですね。

 

見える多様性は、見えるだけにはっきり問題になりますが、見えないほうは、問題として認識されにくいかもしれません。たいていの悩みは「どうしてあの人は、ああなんだろう」という、自分との違いから始まります。それは、違う人だからなのですが、それが目に見えないために、悩みも深いのかもしれません。

 

 

では、そうなると決まっている宿命を生きるとは、どういうことでしょうか。

 

わたしの実感としては、「やってみなければわからない」です。

 

ホロスコープは参考になりますが、その意味は、経験してはじめてわかります。「こうかな」と思ったことをやってみて、すごく苦しい思いをして「なんだか違う」と気づいては、また違う「これかな?」をやってみたり、の繰り返しだと思うのです。

 

生まれたときに選んだ(らしい)ホロスコープを、あれこれ試行錯誤してみたわたしの体験は、「クールでホットなわたしを生きる」(2019年4月22日)と「最上志向のわたしを生きる」(2019年4月23日)に書きました。ひとつの例として、もしよければ読んでください。

 

 

あれこれやってみるのは、自分の自由意思です。

 

宿命とは、言ってみれば神さまの領域で、時間も空間もなく、過去、現在、未来、すべてが見えています。

 

でも、この世には、時間と空間という広がりがあります。ものごとは、いっぺんには見えず、未来はわかりません。

 

この時間と空間という広がり(スペース)があるからこそ、人は自由意志を働かせることができます。

 

言い換えれば、そこで自由意志を働かせて、行動していくことが生きていくことで、そうやって、自分にとっての「しあわせ」を知っていくのではないでしょうか。

 

自由意志というか、どうやらわたしが自分で決めたらしい例が、ひとつあります。

 

数年前、占星術のわかる友人と、四柱推命をする人、ふたりから、「あなたはもうすぐ、中国に行かなくなる」と言われました。「それは、自分側の理由ではない」ということも。

 

言われたとき、「そんなことも、あるかもしれないな。でも、自分の理由ではないって、なんだろうな」と思いました。

 

でも、それからたぶん2−3年は、毎年、行っていました。そして、今年に入って新型コロナウィルスが出てきたときに、行けなくなりました。まさかウィルスが原因で行かなくなるとは思っていませんでしたが、「このことだったのかな」と思いました。

 

「あの話、そうだったね。でも、それが一昨年とか去年じゃなくて、今年でよかったと思っている」と、占星術のわかる友人に話したら、「あれは、ホロスコープではなくて、カンだったんだよね。でもあの後もずっと行っていたから、わたしのカンも外れたな、と思っていたのだけど、やっぱり時期は自分で選ぶんだね。」と、言われました。

 

時期は自分で選ぶ、というのも、自由意志を働かせる余地があることの、ひとつかもしれません。特に意識しているわけでは、ないのですけどね。

 

 

自分にとっての「しあわせ」は、ひとつではなく、増えていくかもしれませんし、変わっていくかもしれません。でも共通しているのは、とにかくやってみないとわからないことだと思います。

 

中でも、特に大切なことについては、違うことをやりきって、「もうだめだ」とならないと、気づかないこともあります。わたしにもそんな経験があって、「なんであのとき、あんなに辛かったのに、やり続けたんだろう」というのもありますが、きっとそれは、違うと実感できるまで、やり切りたかったのだと思います。

 

それなら、仕方ありませんよね。遠回りしているように見えるかもしれませんが、自分にとっては、必要な時間と経験だったと思います。

 

そうやって人が、あれこれやって気づいていくように、地球全体としても、あれこれやって気づくこともあるのかもしれません。環境破壊についても、良かれと思ってやってみたことが、「あれ?困ったぞ」という結果として現れるという、試行錯誤のひとつなのかもしれません。

 

 

「しあわせ」は、人それぞれです。

 

わたしの場合は、空を見上げているとき、鳥の声が聞こえるとき、緑の中にいるとき、とかもありますし、おいしいものを食べるときも、そうです。

 

好きなことにまい進する人を見るときも、匠みたいな技を見るときも、

 

気づかってくれたり、助けてくれる人たちがいたり、一緒に笑う時間とか、

 

「愛されている」ことを感じた人たちが、表現してくれるものに触れたときも。

 

ひとことで言うなら、美しいものに触れるときが、しあわせですが、わたしなりの「美しい」という基準があると思います。そういうときは、自然に笑ったり、泣いたりします。

 

人によっては、社会的に成功することとか、地位や名誉をあげる人もいるかもしれません。そんなものは死ぬときに持っていけないよ、という人もいるかもしれませんが、社会的に成功することで、影響力を持って、大事だと思っていることを、多くの人に伝えられることもありますしね。

 

そして、この世でどんな役割を担って生きるかという、自分の使命を果たすことも、「しあわせ」につながると思います。

 

わたしにとっては、「愛していると伝えること」だと思っているのだけれど、その手段とか方法は、いろいろあるわけです。太極拳をすることも、教えることも、こうやって文章を書くことも、誰かに何かを話すこともそうですし、他にもまだまだ、方法はあると思います。

 

その前に、自分がそれをあきらめてしまおうとするときもあり、それも含めて、試行錯誤なのかしらね。

 

やってみなければわからないのだから、おおらかな心で、大目にみようと思います。自分のことも、他人のことも。

 

そして、そうやって生きること自体がしあわせなのだと思います。

 

 

 

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