大好きで、しあわせを願っている

2020.06.02 Tuesday

(Photo by Xie Okajima)

 

先日、3、4年ぶりの方から、ブログにコメントをいただきました。

 

10年前くらい、いろいろ悩んでいたときに相談していた占い師さんで、悩みが薄くなってきた後も、年に1回くらいお話ししていました。

 

所属されていたところをやめられてからは、連絡先もわからず、ときどき思い出して、元気でいらっしゃるか、心配していました。

 

それでも、ホームページを持っているわたしの連絡先はわかるし、いつかまた話せるときもくると、思っていました。

 

最初に届いたメッセージは、「お元気ですか?ずっと応援しています。あなたのことを、ずっと忘れずに、心に気にかけています」というものでした。

 

びっくりして返信したら、「元気がなくなったり、嫌な思いをしたときには、変わらずまゆみちゃんのことを、大好きで幸せを願っている私のことを、思い出してください」というお返事がありました。

 

ぽろぽろと泣いてしまいました。

 

どうして今のタイミングで連絡をくださったのかは、わかりません。特に今、元気がないとか、嫌な思いをしているわけではないのですが(たぶん...)、カンのいい方なので、何かを感じたのかもしれません。

 

「あなたが大好きで、しあわせを願っている」というのは、この方がずっと、わたしに伝えてくださったことでもあります。

 

占い師さんとお客さんだからでしょ、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、仕事で表面的に言っているのか、心から言っているのかは、わかるものです。

 

その思いを受け取るか、受け取らないかは、人それぞれの選択だと思うのですが、わたしは、その思いをそのまま受け取れる自分であることを、うれしく思いました。

 

「しあわせを願う」というのは、今のわたしにとっては、大事なキーワードでもあります。

 

先日、2日間くらい、数時間おきに泣き続けたことがあったのですが、それは、あるきっかけで、「この人は許せない」と思っていた人を、「そんな思いも、もう手放せるかな」と感じたからでもありました。

 

いろいろなやり取りの中で、とても傷ついたし、(それは、相手も傷つけているはずです)、脅しのような文言(と、当時のわたしには感じられた)のメールは、「いざというときのために」と、しばらく保管していました。

 

それからかなりの年数がたった今、「あのときは、相手も、自分を守ろうと必死だったのかな」と思いました。

 

人は誰でもやさしいのだけれど、環境とか状況で、やさしいままではいられないことがある、と、思っているのですが、この場合も、そうだったのかもしれません。

 

そして、相手がやさしいままでいられなかったように、わたしも、やさしいままでいられなかったのだと思います。どちらが先なのか、それはわかりませんが。

 

あの頃はわたしも、自分を責めたり、攻撃していました(自覚せずに、です)。そんな状態だと、ほこ先は、他人にも向かいますよね。

 

「汝の敵を愛せよ」と言いますよね。

 

あれは、本当にそのとおりだと思います。ただ、無理やりそうしようとすると、うまくいきません。でも、自然とそう思えるときがきます。状況と、タイミングが整えば。

 

ある時期、わたしがブログやSNSに書くことに、いちいち批判してくる人がいました。

 

世に出したものについては、もう手を離れているので、どう受け取られても、気にしないようにしているのですが、

 

それが続くと、さすがにへこみます。

 

「わたしはこんなに頑張っています」と主張するのも好きではなく、それは、したいことをしているだけだからなのですが、

 

さすがにこのときは、「わたしだって、努力している」と言いたくなりました。

 

でも、それを伝えるのも違う気がして、そのままにしておきました。

 

ただ、イライラは募っていたようで、あるとき椅子を思い切り蹴飛ばしたい衝動にかられました。「もし壁が壊れたら修理...」と、現実的になって思いとどまったのですが、そのとき、「わたしは、そんなことをする人じゃないのに。おかしい」と思いました。

 

自分を見失っていたのだと思います。

 

心を静めて、失っていたものを取り戻していくと、自分の内側に、平和が戻ってきました。そして自然に、その批判してきた相手の心にも、同じように平和が訪れますように、と祈っていました。

 

それからもしばらく批判は続きましたが、もう、それほど嫌悪感は感じませんでしたし(もちろん歓迎してはいません)、自分の平和が乱されることは、もうありませんでした。それから数か月後、ぱったりと途絶えました。

 

嫌だと思っているときに、「許しましょう」というのは、受け入れられませんし、そんなことしなくてもいいと思っています。

 

ただ、自分の中に怒りがある限り、それは自分を攻撃して、椅子を蹴飛ばしたくなったわたしのように、狂暴に変身させますし、その怒りを誰かに向けて増大させることも、あるでしょう。

 

それで傷つくのは、自分です。

 

「自分を傷つけるのは、自分しかいない」という考えに従うなら、「傷つく」ことを選択しているのは、自分です。ただ、いろいろあるときに、嫌だと思わないこと、傷つかずに通り過ぎることは、難しいのではないでしょうか。

 

そして、すごく大事なことですが、「傷ついていないもんね」と表面的に強がると、さらに自分を追い詰めてしまうことになります。これは、ぜったいにやめたほうがいいです。

 

傷ついたら、それは認めるほうがいいです。傷がひどかったら、自然に治るまでは、その場所やその相手から、離れます。

 

なかったことにするのではなく、しばらく見えないところに離れればいいのです。

 

それを「保留箱にいれる」と表現した人がいました。「なかったことにするのはダメ。でも見ると辛いものを、見ようとすると、さらに傷つく。だったらその時期は保留箱に入れて、蓋をちょっとだけ開けておく。ときどき、ちらっと見て、見られそうだったら見ればいいし、ダメだったら、離れればいい。」

 

わたしが「許せない」と思っていた人は、数年にわたって、その保留箱に入っていました。入れたことも忘れているくらいで、ときどき見ようともしていませんでした。

 

それでも、タイミングは、来るものです。

 

今は、保留箱から出して見ても、心は傷つかないですし、「あんなことが、あったな」という事実があるだけです。

 

ひとつ抜けられたのかな、と思って、その話を当時を知る人に話してみました。そのとき、「でもね、好きじゃないけどね」と言ったら、「どうしてそこで、自分のやさしさをあきらめるわけ?」と言われてしまいました。

 

「あなたはやさしい人なのに、ときどきそうやって、自分のやさしさをあきらめるんだよね」と。

 

その人は、「わたしも、できているわけではないけれど」と言いながら、「仲良くしなくてもいいけれど、できればその人のしあわせを願う人でありたいと思わない?」と言うのです。

 

わたしの「好きじゃないけど」という言いっぷりに、トゲがあったらしいです。「そのトゲは、必ず自分に向かうからね。」と。

 

もう大丈夫、と思ったのですが、まだちょっと残っているみたいです。だいぶ小さくなって、たぶん10%くらいになっているとも思うのですが、まだ保留箱ですかね。はーっ...。

 

冒頭の「大好きで、幸せを願っている」という言葉は、そんなタイミングで届きました。

 

もちろん、保留箱に入れている相手とは関係性が違うのですが、そう願ってくれる人がいることが、どれだけ力になるか、どれだけ勇気づけられるか、すごく感じました。

 

わたしは、できれば、しあわせを願う人でありたいと、思います。自然にそう思える人でいられたら、きっとわたしは、しあわせに生きていられるのだろうな、と思います。

 

久々に受け取ったメッセージには、「自分の居場所は見つかりましたか?」とも書かれていました。

 

見つかったような、見つかりつつあるような、かな。

 

 

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