鎮魂

2020.04.24 Friday

(站椿功)

 

ものすごく久しぶりに、黒い服を着ました。

 

ここ数年、明るい色とか柔らかい色の服ばかりで、黒は、ほとんど着ていません。

 

もっと若い頃は、よく着ていました。「若いうちはパワーがあり余っているから、黒を着ると抑えてくれてちょうどいい。年齢を重ねていったときは、明るい色の方がいい。」と聞いたことがあって、ああ、そんな感じかな、と思っていました。

 

でも、着たくなりました。

 

これは真っ黒というよりは、ほんの少し炭っぽく、肌なじみのよい柔らかい黒です。だから着やすかったのかもしれません。

 

新型コロナウィルス感染が、まだまだ収まりませんね。もう仕方のないことで、自制する生活にも慣れてきました。

 

人それぞれ、立場によっていろいろな事情はあるでしょうが、わたしの場合、今は動かない、自分がかからない、人に移さないことを第一に考えるしかなく、山を越えていくまでは、この状況でできることしかできません。

 

都知事は買い物は3日分をと、声をかけていますが、家族の分を含めても、わたしは1週間、できるなら10日に1回くらいにしようとしていて、意外となんとかなるものだなあ、と思っています。

 

それは、外で頑張ってくださる人たちを守るためでもあります。

 

かからない、移さない、そして感染した人は治療する、というだけでも大変な時期なのに、不満や批判があふれ出たり、差別が起きたり、その原因をめぐって新たな争いが起きていたりするのを見ると、辛いです。

 

怒るのも、批判するのも、争うのにも、エネルギーが必要です。その力は、今は命を守るために使った方がよく、それ以外は温存しておく方がいいのでは、と思うのです。

 

もちろん、怒りや批判や争いの奥には、守りたいものがあるからだと思うのですが。それなら、守りたいものを守れる行動を優先させる方が、みんなで乗り越える力になるのではないでしょうか。

 

命よりも大切なものは、ないと思っています。

 

自分の命よりも大切なものがある、という意見もあるかもしれませんが、たとえば命がけで何かをする場合、それは他の誰かの命を守ることだったり、人ではなくても、地球とか、人類の将来とか、何かの命を守ろうとする行動のような気がするからです。

 

自分の人生は自分のものなので、どんな選択をしても、自由なのですけどね。

 

そんなことを思いながら、日課の站椿功をしました。1回30分、日によって、体調とか、気分とか、時間や心の余裕によって、回数はまちまちです。

 

站椿功は、常に調和を取り続けていくようなものです。

 

なんとか調和を保っているとき、「これが失われるかもしれない恐れ」が出てきたこともありますし、

 

本当にバランスを崩して、後ろに傾くこともあります。陰陽のバランスは、陰が先、つまり後ろが先なので、後ろにひっぱる分に対して、前に出るのが遅れると、こんな風に後ろに倒れそうになります。

 

10年やってきても、まだ、そんな感じです。調子がよいときもありますが、「30分、楽勝だよね」みたいなことは、ありません。

 

それは、わたしの未熟さなのかもしれませんが。

 

站椿功のプロセスは、この世と同じで、不調和の上に調和が成り立っていると思っています。

 

太極拳も同じです。争いや衝突があるる中で、本来、いつもあるはずの調和を求め続けながら、進んでいきます。

 

それをよく、「人生の疑似体験」と言っていたのですが、今は、疑似体験ではなく、現実の体験と重なってきたような気がします。

 

不調和があるから、調和の意味がわかります。だから、不調和を経験することにも意味があって、それが生きていくことなのだと思っています。

 

調和を愛すると同じように、不調和も愛しく感じます。

 

それでも、今のような状況は辛く、たぶん20分を過ぎた頃に、自分の内側の深いところから、絞り出るみたいな涙が出てきました。

 

「争いが鎮まりますように。これ以上、悪者探しが進みませんように。」

 

もしも言葉にするならば、そんな感じかもしれません。

 

站椿功は、自分の内側の深く静かなところに入っていきます。覚醒しながら夢の中にいるような感じで、自覚していない潜在意識に触れているときでもあります。

 

自分の本当の願いが出てくることも、あります。

 

ふっと浮かんできたものに、自分でも驚くこともあって、それは本当の自分の願いというよりは、自分を超えて、もっと先にある”何か”なのかもしれない、と思っています。

 

站椿功をしているときに、涙が出ることはときどきあるのですが、こんな風に、内側から絞り出るみたいな泣き方は、久々です。

 

でも、終わったときには、いい顔をしているのですよ。

 

さて、お昼の時間になったので、今日はミートソースを作りました。お鍋いっぱいに作って、最初はパスタ、そのあとラザニアや、あれこれに利用できるので、作り置きの定番でもあります。

 

静かに泣いた後に、こんな風に思いっきり世俗的な作業をするのは、いいものです。

 

ミートソースを作るとき、いつも思い出すことがあります。

 

作り方を教わったのは、23歳のとき、イギリスで初めて自炊生活をするようになったとき、何かの機会に知り合ったイギリス人から教えてもらいました。

 

大学で、ITを専攻している院生で、わたしが日本人だとわかると、「日本の皇太子さまに英語を教えたことがあるんだよ」と話してくれました。

 

そのときのわたしが、なぜその言葉をそのまま信じたのか、わかりません。でも、そうなんだ、と思っていました。

 

あるとき、同じ大学にいた日本の大学の先輩から、「ボーイフレンドが、あなたに話したいことがあるから、いらっしゃい」と呼ばれました。

 

その彼は、ミートソースの人と同じ学部でした。

 

真剣な顔で「彼はうそつきなんだ。もう彼と会ってはいけない。」

 

「あなたがどんな行動をしようが、わたしには関係ないのだけれども、あなたは僕の彼女のかわいい大切な後輩だから、あなたが騙されるのを黙ってみているわけにはいかないんだよ、ハニー。」

 

あなたにハニーを呼ばれる筋合いはないけれど、と思いながらも、

 

その真剣な顔と言葉と、隣で心配そうに見守る先輩の気持ちを汲んで、「わかりました。もう、会いません」と約束しました。

 

その後、どのくらい後かは忘れましたが、ミートソースの人と同じ寮にア人の住むイタリア人の女性に会いました。

 

経済学の博士課程にいる人で、くるくる巻き毛の、陽気な、よい人でした。

 

彼女は、ミートソースの人の評判は知っていましたが、「でもね、彼はいい人なのに。」と言いました。

 

そうなのです。嘘があったとしても、わたしが被害にあったわけでもありません。

 

寂しい人であったのかもしれませんが、わたしに何か悪いことをしたわけでもありません。

 

その後も、ミートソースの人に会うことはありませんでした。

 

あれからずいぶんたった今も、ミートソースを作るときには、いつもそのことを思い出します。

 

「マッシュルームはね、火の通りが悪いから、別に炒めてから加えるんだよ。」と教わったことも、きちっと守っています。

 

これからも、同じように思い出して、同じように守っていくような気がします。

 

本当に悪い人など、本当はいないのだと思います。

 

それでも、いつもみんなで一緒に仲良くいられるわけでもなく、自分が離れる選択をすることもあります。

 

そんなことを思っていたら、また絞り出るような涙が出てきました。今日は、そういう日なのかしらね。

 

自分自分と言いますが、自分なんて本当はなくて、これまで出会った人や、場所や時間や、経験や、そんなもので出来ているような気がします。

 

自分があるとしても、自分の周りに広がる世界や人を、映している鏡のようなものなのかもしれません。

 

鏡の質は、人それぞれかもしれなくて、わたしの鏡は、けっこう情に厚いようです。だから泣いてしまうのかもしれません。

 

その涙は、力に変えるのだ、と思っています。

 

誰もが、平和で、穏やかに過ごせますように。

 

今日の站椿功をしたときのお供は、マイケル・ナイマンの「THE PIANO」でした。映画「ピアノレッスン」のサントラ盤です。

 

深い情緒のある旋律が好きで、ときどき思い出しては、手に取ります。

 

いちばん有名な曲のタイトルを、今日まで気にしたことはなかったのですが、「THE HEART ASKS PLEASURE FIRST」と名前がついていました。

 

CDには「楽しみを希(ねが)う心」と訳されていましたが、

 

わたしが訳すなら、「心は何よりも喜びを求める」かな。

 

今もCDを聞きながら、この文章を書いていて、「今、流れている曲はなんだろう?」と、見てみたら、「ALL IMPERFECT THINGS (すべて不完全なるもの)」でした。

 

不完全でもいいし、喜びの裏にある悲しみへの思いも忘れたくないし、

 

どうかお願いだから、無駄な争いが、これ以上広がりませんように。

 

わたしは、わたしの出会った人と経験とで出来ているなら、わたしの内側が、これ以上悲しいものになりませんように。

 

(THE HEART ASKS PLEASURE FIRST by Michael Nyman)

 

 

オンライン視聴できる動画レッスンを開始しました。

 遠方で通えない方、ご自宅でじっくり練習されたい方に。入門編と、武当太極拳編があります。

 ・≪入門編≫は、基本編と太極拳の基本練習にもなる武当五行六合功編です。詳しくはこちらから。

 ・≪武当三十六式太極拳編≫は、こちらから。

 

 

≪”おうちで過ごそう” 応援企画≫は、ご自宅でカンタンにできる運動をご紹介しています。

 笑顔と活力を失わないためにも。詳しくは、こちらから。

 

(黒い服だけど、レギンスはピンク)

 

「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...

 

いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらから

 


0
    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    3031     
    << August 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM