いまは、自分に栄養を与えて育てるとき

2020.03.27 Friday

(Photo by Xie Okajima)

 

新型コロナウィルス感染拡大を防ぐために、不要不急の外出を控えるように、呼びかけがありましたね。

 

今回は、自分の免疫力が高ければいいのではなく、元気な自分がウィルスを運んでしまうかもしれず、誰でも無自覚に加害者になってしまう危険性があります。

 

元気なのに外に出られないのは、辛いところもありますが、未知の事態には専門家の意見を尊重して、自制を心がけようと思っています。さらに制限が強くならないためには、今が、ほんとうに、がんばりどきなのでしょう。

 

この状況では、今までどおりのやり方では通用しません。テレワークが増えたり、対面の代わりにオンラインでイベントが開催されたり、新しいチャレンジも試されていますよね。

 

この時期をどう過ごすかは、個々のいろいろな事情によって違う気がして、一概では言えません。

 

そんな中、わたしが感じているのは、いまは、自分を養って育てるときなのかもしれない、です。

 

人には運気がありますよね。大殺界とか、天中殺とか、運気がよくない時期があります。タイミングは、人それぞれ、バラバラです。

 

何をやってもうまくいかない時期、と言われたりしますが、それは、外での活動という意味です。だからこそ、勉強したり、自分を充実させるにはいい時期でもあります。

 

こんなとき、作家の遠藤周作さんが、エッセイか何かに書いていたことを思い出します。

 

遠藤周作さんは、お若いころ体が弱く、よく入院されていたそうです。学校にも満足に行けず、病院のベッドから落ちる枯れ葉を見る、みたいな日が続く中、

 

だからこそ、本をたくさん読んだ、と書かれていました。

 

わたしにも20代の頃、思いはあるのに、なかなか外で活躍できない時期がありました。イギリス留学から帰国して、仕事を探そうとしたら、ものすごい不況で、すでに新卒ではなく、既卒になってしまったわたしには、門がとても狭かった時代でした。

 

仕事の文句を軽く言いながら働く友人たちに、「そんなに文句があるなら、代わってほしい」と思ったりしました。その人たちが一生懸命でなかったわけでもなく、何かが悪かったわけではないのですけどね。(そして、今から振り返れば、自分にとっても、あの時期を体験して良かった、と思えるのですけれどね。)

 

そんな頃、この話を読んで、とても勇気づけられました。

 

何も出来ないわけではないのだ、と。

 

 

この世界は、陰と陽のバランスで成り立っています。

 

毎日が、朝になれば太陽が昇り、夜になれば日が沈むように、

春夏秋冬と、四季が動いていくように、

 

一定のリズムで陰と陽がくるくると転換しつづけています。

 

陽となる昼間、陰がなくなってしまうわけではありません。見えないところで、陰の下支えがあるから、陽が成り立ちます。光は、暗いところにしか射しこみませんしね。

 

太極拳は、陰と陽がくるくる転換しながら、進みます。陰陽どちらか片方になることはなく、必ず両方が存在することで、バランスが保たれます。

 

動きで目立つのは、陽です。前へ、上へと進むからでしょう。それに対して陰は、後ろへ、下へ向かいます。小さいですし、とっても地味です。

 

人は、見た目に騙されやすいです。五感の中でほとんどを占めるのは視覚ですので、それも当然の成り行きなのかもしれず、太極拳でも、多くの人が陽を作り出そうとします。

 

でも、それは違います。陰と陽では、陰がベースです。陰を作れば、陽は自然に発生するというのが、陰と陽のバランスです。

 

例えばシーソーを動かすとき、左を持ち上げても、右を押し下げても、できる形は同じです。でも、その過程は、全然違いますよね。右を下げるほうが、はるかに楽です。この場合も、陰を作れば、陽は自然に発生してくれます。

 

陰と陽は、”休む”と”動く”にも当てはまります。よく眠ることで英気が養われたら、自然と活動できるようになります。

 

わたしの体験と、周りを見ていての感覚ですが、一心不乱に必死にお稽古していても、うまくなりません。眉間にしわを寄せて、できないことにイライラしている人は、ずっとイライラしています。(わたしにも、そんな時期もあります。)

 

やっているものの特性にも関係しているかもしれません。太極拳とは、苦しい思いをして、自分の身を削って体得していくものではなく、体と心を解放し、しばりから解き放たれて、楽になっていくためのものだからです。

 

お稽古時間に練習したら、休むときはゆっくり休む。

 

お稽古時間も、一心不乱に取り組むのではなく、ときにはみんなで遊んだり、大笑いした方が、いい調子で体が緩んで、いいお稽古ができます。

 

10年前、武当山に行き始めた頃のわたしは、赤信号でも無理やり渡ろうとするような性格で、とにかく考えて行動しなければ、何も成果はやってこない、と思っていましたが、

 

武当山で、あちらの人々に囲まれて、こんな経験を繰り返すうちに、そうではなく、やるときはやる、休むときは休む、それでいいのだと、わかるようになりました。青信号は渡る、赤信号はいったん止まる、です。

 

 

だから、外での活動がしにくいならば、今は内を充実させるとき、自分を整えて育てる時期なのかもしれません。

 

遠藤周作さんのように病床にいるわけではありませんし、日々の生活のためには、なんとか外に向けて活動しないと、という場合もあるでしょうから、みんなに当てはまることでもなく、ひとつの過ごし方の、小さな提案でしかありません。

 

家にいる時間が多いなら、お掃除・お片付け、どんどん断捨離をすると、この空間で過ごす時間も、快適になります。すっきりしますしね。

 

食生活を見直すのにも、いい時間かもしれません。ちょうど冬から春に移るため、脂肪を落とすにはいい時期です。寒さに耐えるために蓄えた脂肪は、暑い時期には邪魔になります。

 

そして、いつか読もうと思っていた本を読むのにも、ぴったりです。

 

本を読む人、あまり読まない人、いますよね。新しいことに触れる方法は、人それぞれです。実際、本を読まない人の人間としての厚みが、本を読む人に比べて薄いと思ったことはありません。

 

ただ、わたしにとって本は、大切なものです。新しい世界を見せてくれて、そのときどきの価値観を揺さぶり、視野を広げてくれるものです。

 

本のよいところは、想像力が働くこと、”行間を読む”力がつくことかもしれません。

 

単なる文字の羅列から、状況を想い浮かべて、登場人物に寄り添ってみたり、

 

2次元のものが、自分の中で3次元に展開されていく中で、表面には表れていない奥にあるものを感じることもできます。

 

自分にはないことを疑似体験することで、現実にその状況のいる人への理解を、少し深められるかもしれません。

 

そういうことの積み重ねで、実際に人やことがらに対面したとき、

 

表に出ていることよりも、その奥に隠れている別の顔や、もしかしたら真実に近いものが、見えるようになるかもしれない、と思っ

ています。

 

 

陰と陽の話にもつながりますが、意外と人も、いちばん表に見えている顔と、その奥にある顔と、違ったりします。

 

わかりやすい例でいうと、素直に喜びを表現する人は、わかりやすいですよね。愛されやすいと思います。でも、中には喜びや感動を、じっくりとかみしめる人もいて、「何か文句があるのか」くらいに見えてしまうこともあります。こういう人は誤解されやすく、「わかりにくいと思いますが、すごく感動しているんです」とわざわざ言ってくださる方も、いらっしゃいます。

 

後者を”感情を表現するのが下手な人”として、「表に出せるように、していこうね」と言う方もいらっしゃいますが、わたしはそうは思いません。

 

人は、それぞれです。喜びの表し方も、それぞれで、じっくりかみしめる人は、そのまま大切にしたらいいと思っています。

 

すぐにはわかりにくいですが、じっと見ていれば、その人が感動していることは、わかったりします。

 

この人が、この場面で、こういう感じになっている、と、とらえた場合、そういうことが見えてくることもあります。

 

発言も、同じですよね。その言葉だけ聞いたら、「ケンカを売っているのか?」のようなことも、その流れの中で感じていくと、「本当に言いたいのはそれではない」と感じられることもあります。

 

これの何がいいかというと、表面的なことに自分が振り回されにくくなることです。自分のゴキゲンを損ねずにすめば、平和でいやすいですよね。

 

わたしの場合は、太極拳を通して、その人の緊張ぐあいや、体の使いかたから、奥に隠されたその人を見ることも多く、単純に本の行間を読むように、その人の奥行きを見ているわけではないと思いますが、

 

それでも、様々な人、出来事への理解を広げてくれることで、愛を素直に表現しやすくなる気がします。

 

さまざまな存在への思いやりや、尊重です。

 

「そんな行為は、嫌だよね」ということはあっても、「それでも、この状況や流れだったら、それも致し方ないかもね」と、温かい眼で見て、その人自身を否定せずに済むことも、あると思います。

 

いつも絶対に、というわけではなく、たとえばマスクを高値で転売する話を聞くと、「そんなことしていると、いい死に方をしないよ...」と思ってしまうこともありますが。

 

人とは、情けなくも弱いものだ、というのも、ひとつの事実です。

 

ダメなものはダメと、冷静に見ることを大切にしたいですが、その一方で、温かい目で思いやることも、忘れたくありません。

 

 

今の時期、どんな栄養を自分に与えたいかは、人それぞれでしょう。

 

しっかり栄養を取って、しっかり休んだら、タイミングが来たときに、自然と芽が出て茎が伸びていくように、ぐんぐん成長しはじめて、いつかはきれいな花が咲きます。

 

そのためにも、地味で目立たないけれど、根っこをしっかりはって、お水と栄養を与えてみようと思います。

 

時期がきて、あふれるように表に出始めるかもしれませんしね。

 

その時期がいつ来るのか、今はまだわかりませんが、しばらく、がんばろうね。


そういえば、封鎖が続いていた中国の武当山は、3月25日、60日ぶりに封鎖が解除されたようです。やまを越えるときは、きっとわたしたちにもやってきます。

 

 

「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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