自分の内に響く歌をうたう

2020.03.21 Saturday

 

(南紀白浜)

 

先月、たまうた”(魂とつながる歌の唄い方)というワークショップに出てから、歌いたい気分が続いています。

 

もともと適当な鼻歌は歌うのですが、今は、もっと響かせて歌いたい気分です。

 

どこに響かせるかというと、自分の内側です。

 

骨が、細かい振動で震える感じです。意識しやすいのは、胸のあたりの胸骨です。

 

歌うとき、つい外に向けて歌おうとしませんか?大きな声が出るのがいい、と思ったりしませんか?

 

意識が外に向きすぎると、内側から絞り出すような感じになり、窮屈だったり、苦しかったりします。

 

大きな声は出るかもしれませんが、その声はとがっていて、戦闘態勢のようです。絞り出した後の自分はすっからかんで、頑張りすぎて、くたびれたりします。

 

頑張ることをやめて、自分の内側、骨や細胞に響かせるように歌ってみると、振動でふるふるしてきます。声の質も、とんがりが取れて、ふわっと広がる感じになります。

 

「ふるえる」と言いますよね。

 

「魂がふるえる」とか、「心が震える」とか。じーんと感動したり、しみじみ感動した場合などに使います。

 

からだの中で、振動が起きる感じです。振動数が上がると、本来のすこやかさを取り戻しやすくなると思うのです。

 

以前、こんな話を読んだことがあります。

 

生まれる前の魂は、どこでも自由に行けます。振動数は、高いです。でも、魂がからだに入って、この世に生まれるときは、振動数を落とすのだそうです。からだには制約があって、地球の裏側に一瞬で行けたりはしませんしね。

 

からだが動かないと、どんどん振動数が落ち込んで、その文字通り、自分の心も落ち込んでいくのだそうです。

 

落ち込んだ振動数を上向きにさせるための簡単な方法は、器(からだ)ごと動かすことです。からだを動かすとスッキリするのは、振動数が上がるから、だとか。

 

この信ぴょう性を計るのは難しいかもしれませんが、わたしには「なるほど!」と、しっくりきます。

 

そして、器ごと動かすのもいいのですが、歌って内側をふるえさせるのも、いいと思うのです。

 

骨に響かせて、細胞を揺らして、からだの中の水分も揺らします。「流れる水は腐らない」というように、水は流れれば、きれいなままでいられますよね。

 

 

人は、人の中で生きているので、意識が外に向きがちになることもあります。自分の価値を、自分で認めることができず、人の評価で一喜一憂することも、ありますよね。

 

人の期待に応えることに一生懸命で、期待された結果は出しても、自分は楽しくないし、疲労困憊状態、なんて経験もあるかもしれません。

 

自分の中が空っぽで、何かを決めるときでも、「評判がいいから」とか、「〇〇さんという専門家が良いと言うから」でしか決められないことも、あるかもしれません。

 

「特に不満があるわけではないけれど、なんだかつまらない」とか、人によっては、病にカタチを変えて訴えてくることも、あるかもしれません。

 

そういうときは、まず自分の内側に意識を向けます。

 

太極拳や気功を例にしてみると、自分のからだの状態に意識を向けて、どこが緊張しているのかに気づいて、手放して、楽になっていくことで、自分を感じる力を育てていきます。

 

場合によって、目を閉じたりするのは、外を遮断して、外に行きがちな意識を内側に向けやすくするためでもあります。

 

この内に内へと向かうとき、外に向けてアピールする力は、ありません。

 

こんな状態のときの太極拳は、すごく地味に見えたりします。わたしにもありますし、兄弟子にも、そんな時期があったように思います。

 

それより、外へ外へと向けて演武する意識が強い人の方が、映えますし、カッコよく見えます。

 

以前、こういうふたりが一緒に演武したとき、一緒に見ていた友人が、「Aさん(内に向かっている人)は、Bさん(外に演武する意識が強い人)よりも、丁寧に自分のリズムでやっているのだけれども、見た目には動きが遅れて見えちゃうね。」

 

その通りだな、と思いました。

 

太極拳には、「入静」ということばがあります。

 

静かな状態に、深く入っていくという意味ですが、それは、からだも、心もです。

 

外ではなく、内へ内へと入っていきます。これがぐっと深く入っていけるようになると、内だけでなく、外にも広がり始めます。内と外はペアなので、本来どちらか一方ということはありません。

 

こうなったとき、見ている人も、気持ちいいのです。「自分も、見ている人も気持ちいいのが、よい太極拳」と、わたしの先生が言うとおりです。

 

 

人の見た目も、同じようなことがあります。

 

からだの緊張が強い人、心がパツッと張っている人は、実際には弱い自分を鎧で防衛している感じなのですが、外に向けてアピールする力があり、ぱっと見たときに、キレイです。

 

でも、常に戦闘状態にあることに疲弊して、やめようとしているとき、からだの緊張を手放そうとしているとき、「自分はどうしたいのだろうか」と内側と対話しているようなときは、外へのアピール力は弱くなります。そんな余力は、ないからかもしれません。見た目にも、力が抜けて、ほわんっ、となり、地味になる気がします。

 

内側が充実してくると、内側からの光が、外に広がっていく気がします。防衛状態だったときのキレイさとは違う、美しさが現れます。外にアピールする意識はなくても、光が漏れて、みんなを照らすって、いいですよね。

 

 

歌も、似ているところがあるような気がします。

 

まず内側に響かせることで、それが充実してきたら、外にも同じように広がっていく気がするのです。

 

そういう声は、自分を癒して、人の心も動かすかもしれませんよね。自分もここちよく、周りの人もここちよいって、いいですよね。

 

そして、歌いたい歌は、今の自分のテーマだったりします。

 

歌には歌詞があって、メロディがあって、力があると思っています。その力を借りるからなのか、自分の持っているものと融合していくのか、

 

どういうことなのかわかりませんが、自分が大切にしたいものを確認できたり、前に進むための背中を押してくれたり、そこから動きはじめることも、あります。

 

そういうのが、いいな、と思っています。

 

 

今、歌いたいのは、米津玄師さんの「海の幽霊 ~Spirits of the Sea~」です。

 

映画の「海獣の子供」の主題歌で、もともと原作のファンだった米津さんが作っただけあって、映画の世界観にも、ぴったりです。映画の最後にこの歌が流れたときには、号泣しました。

 

この世から消えてしまった命を想うような歌で、「大切なことは言葉にならない」という歌詞が、ぐっときます。

 

歌っていると、どうなっていくのかしらね。今の重苦しい空気をちょっと軽くして、ごきげんになれるだけでも、十分なのですけどね。

 

 

 

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「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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