次に進むために

2020.02.28 Friday

(Photo by Xie Okajima)

 

最近聞いた話の中で、「恋愛の最初の高揚感は、『これを経験したらここまでいけるよ』を、最初に見せてくれるからだ」というのがありました。

 

実際に経験していく道は、いつも楽しいわけでもなく、ときには苦しかったり、大変だったり、最初の高揚感なんてとんでもない!くらいのことも起きるわけですが、

 

それをちゃんと乗り越えたときには成長した自分がいる、という話でした。

 

言われてみたら確かに、好きになる人は、そのときの自分の課題に関係していたり、可能性を広げてくれるような気がします。

 

そして、これって恋愛だけではなく、出会う人やモノにも言えるような気がします。

 

理由もわからず、「これ、いい!」と思うこと、ありますよね。

 

わたしにとっての太極拳も、そうでした。

 

始めるその日まで興味を持ったことはなく、きっかけも知人が習っていたから、だけでした。でも行った先の先生を見て、「すごい!この人には、わたしにできないことができて、わたしにわからないことがわかる」と思い、始めようと決めたのです。

 

何がすごいのか、知識もないのにわかるわけもないのですが、何か、感じたのですよね。

 

武当太極拳に出会ったときも、そうでした。

 

太極拳を習い始めたものの、ぴんと来ることもなく、うまくなる感じもなく、やめようとは思いませんでしたが、「なんだかなあ」と思っていたところ、武当太極拳を習う機会がありました。

 

このときも、知識もないのに、「これは、シンプルでいい気がする。やりたい。」と思ったのです。

 

武当山という場所も、同じです。

 

初めて行ったときではなく、2回目にひとりで行ったときのことです。早朝、ひとりでランニングとストレッチをしていると、理由もなく涙がこぼれて止まらないことが、何度もありました。

 

悲しいわけでもなく、なぜ涙が出るのかわかりませんでしたが、そのときになんとなく、「もうだめだと思ったときでも、ここに来たら、またやり直そうと思える気がする」と、思ったのです。

 

どれも、何の根拠もありません。

 

でも人は、そうやって、自分に必要なものをかぎつける力があるのではないかしらね。

 

そのときには、”自分に必要なもの”が何か、具体的にわからなかいのですけれどもね。

 

さて、「これ、いい」から始めた太極拳も、武当太極拳だけで12年目に入りました。

 

5年前にホームページを立ち上げたときに、「太極拳とは、自分の人生を生きること」という言葉が出てきたとおり、誰か別の人になろうとするのではなく、素直に自分らしく生きる道を教えてくれていると感じています。

 

「これ、いい気がする」というカンは、続けていくうちに、具体的な成果としてやってきました。それは、始めたときには想像できなかったものばかりでした。

 

途中、どうしていいかわからずに悩んだこともありましたが、そんな経験も含めて、良かったと思います。

 

心身ともに得たものはいろいろありますが、その一つが、体です。

 

最近お世話になった整骨院の先生が、「あなたは自分で自分の体を治してきたね」と言ってくださいました。

 

まったく自分だけでというわけではなく、太極拳の先生たちや、ほかにもいろいろな助けがありましたが、基本は、自分で治したと思います。

 

問題を教えてもらっても、それを自覚するのは自分です。やり方を教えてもらっても、それを実行するのは、自分しかいませんし、その様子を観察できるのも、自分しかいません。自分に治そうという気持ちがあり、そのために行動できることが、大切だと思います。

 

わたしは子供のころに側弯症を発症して、そのまま大人になりました。「これは長いから、骨がまっすぐになることはない」と、専門家も含めて多くの人が言い、長いことわたしのコンプレックスでした。

 

でもあるとき、「あなたの心がまっすぐになったら、背骨はまっすぐになる」と言われたことをきっかけとして、「治る」という選択肢が、自分の中に生まれました。

 

それからあれこれ「これはよさそうだ」と思うことを試しているうちに、少しずつ成果が出てきて、気づいたら、今ではかなり改善し、もはや「これって、コンプレックスたっけ?」と思えるようになりました。

 

他人から見たら、「へえ」くらいに思えるかもしれませんが、この変化は、ほんとうに大きな出来事でした。奇跡みたいです。

 

何もあきらめることなんて、ないのですよ。

 

太極拳をやったら良くなった、という単純な話でもなく、途中、一生懸命に練習したら、かえってゆがみがひどくなってしまったという、悲しい出来事もありました。

 

でも、その経験から「正しいやり方でやる」ことへの意識が高まったと思えば、貴重な経験をしたと言えます。

 

体が整ってきた今、なんとなくここで、一区切りついたような気がしています。

 

太極拳は、その人の体の詰まっているところ、緊張しているところを気づかせてくれます。その詰まりを取れば、巡りはよくなります。体の詰まりは、体からくることもありますが、心からくることもあります。「こんなところが緊張している」とか、「こんな時に緊張する」とかに気づいては取り去ることを、繰り返していきます。

 

その過程で発達するのが、感覚です。

 

人って、意外と鈍いのです。何か問題を抱えていて、「これをやったらいいよ」とアドバイスされても、なかなか実施できないこと、ありますよね。そういう人がなぜ多いのかと言えば、その問題の重大性に気づいていないからだと思うのです。

 

口では「問題だ」と言っていても、ほんとうに腑に落ちているわけではなく、当然、真剣に取り組む気持ちにはなりませんよね。

 

これを表面的に見たら、「やらないのが悪い」なのですが、ほんとうの問題は、「それが大きな問題だと、認識できるだけの感覚が育っていないこと」だと思うのです。

 

それでは、自分の人生を生きることはできませんし、場合によっては、命とりになりかねません。

 

わたしが太極拳を人に伝えているのは、太極拳が、生き抜くために必要な体と心を育て、感覚を育ててくれると実感しているからです。

 

成果の現れ方は、人それぞれです。ほとんどの人が、具体的な目的をもって始めたわけではないのですが、続けていたら、ある日、人生で大切な選択ができるようになったり、治らないと言われた体が治ったり、いろいろなことが起きます。

 

正しい方法で習うことは大切ですが、行動するのは本人です。続けた人にしか、成果はやってきません。

 

ですから、そういうものを見せてもらうたびに、「よく頑張った!」と大きな拍手を送りたいですし、うれしくて泣きそうになります。

 

これを選んでやってきて、しあわせだな、と思えます。

 

そんな今は今で、じゅうぶんなのですが、まだ先があるような気がします。先というのは、今の延長というより、まだ想像できていない何かです。

 

それが何かは、今のところはわかりませんが。

 

今、熱心に站椿功をやっているのは、そこに行きたいからです。

 

去年の10月から、毎日の習慣にするようになり、体の面では、成果も出てきました。頭で考えるよりも体が先に動くようなことが、太極拳の套路だけではなく、日常生活でも起きるようになっています。

 

そんなことが起きるとは、想像していませんでした。

 

ハムストリングスが強くなっているので、大腰筋も強くなっていると思います。(ハムストリングスを使うときは、大腰筋も使われています。)大腰筋は、上半身と下半身をつなぐインナーマッスルで、意識して使うというよりは、発達すれば使えるようになる、という筋肉だと思っています。

 

自分の体で生きるためには、強い大腰筋は大切なのですよ。

 

「太極拳は中腰で」というのは、この大腰筋を育てたいからだと思うのですが、中腰の認識を間違えるとまったく育たないという悲劇に見舞われることもあり得ます。

 

これも、続けてみないと、わからないことでした。

 

でも、まだありそうな気がします。

 

武当山で修行する道士たちの中には、「続けていれば、いつかはわかる」という考えがあります。これ、好きなのです。

 

いつかはわかる、というのは、永遠に正解には行きつかない、とも言えますが、その時々で、「こうじゃないかしら」とわかることがあって、それがずっと続いていくことでもあります。

 

それって、楽しいじゃないですか。

 

正しい方法で、とにかく続けてみること。

そして、あとは神さまに「助けてください」とお願いすること。

 

そうすれば、何かはやってくるような気がします。

 

朝がくれば日が昇り、夜がくれば沈み、どんなに暑い夏でも終わりがきて冬がくるように、自然とは、変化し続けることです。

 

人も同じで、自然であるなら、変化し続けるし、成長し続けると思っています。それを信じて、あとは自分に合う正しい方法を選ぶ、ということろかしらね。

 

わたしは、もう10年くらい、迷ったときにはとにかく站椿功という感覚があり、集中的にやった時期も、何度もあります。中には、「あのやり方、今思えば違っていたな」というものもありますが、それでも必ず次に進む力になってくれました。

 

ブログでは、ことばで表現するしかありませんが、実際には、ことばで言い切れないものを、たくさん感じてきました。

 

こんなに書いた後に、ですが、ほんとうに大切なことは、ことばでは表現できないのです。それは、自分がわかればいいし、それを経験している人たちは、ことばを超えて分かり合えるものがある、と思っています。

 

 

【3月の特別クラス】

☀ 3月 1日(日)13:00-15:00 「麗屋 弘鈴庵の 立って、歩いて、太極拳(千葉県香取市)詳細とお申込方法はこちら

 

3月8日(日)14:30-16:30「はじめての形意拳」(九品仏)詳細とお申込方法はこちら

 

3月15日(日)14:00-16:30「たのしい太極扇」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

 

3月28日(土)14:00-16:30 「ホントにはじめての武当太極拳・気功(池尻大橋)詳細とお申込方法はこちら

 

3月29日(日)14:00-16:30  「やさしい站椿功」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

 

 

「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらから

 


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