アート

2020.03.12 Thursday

(武当丹剣 Photo by Xie Okajima)

 

平野啓一郎さんの小説が、好きです。

 

「ある男」は、事故で亡くなった夫が、まったくの別人だったことがわかり、その人は誰かを探っていく話で、

「空白を満たしなさい」は、自殺をテーマにしています。

 

どちらも、世の中には、おそらく結構ある状況だと思うのですが、繊細な話題だけに、おおっぴらに話すこともあまりなく、それだけに、悩みや苦しみを閉じ込めて生きている人たちも、たくさんいるのではないか、と思います。

 

その状況にいない人たちは、そのことを思いやるには、あまりに知らなさすぎで、もしもそんな人たちに会った場合、どうしたらよいのかわからず、はれものに触るようになってしまうかもしれません。そしてそれは、相手の傷をさらにえぐってしまうかもしれません。

 

小説のよさのひとつは、当事者に近い状況にいる人、その状況にいない人、どちらにとっても、この話題へのハードルを下げてくれることだと思います。

 

日々の生活の中で、さらっと本を取ってページをめくるだけで、繊細で触れることを恐れてしまいそうな話題に、するっと入っていけます。

 

専門家しか知らない話を、ストーリーの中に入れることで、全然知らなかった面が、見えてくることもあります。

 

状況的には関係ない話であっても、どこか自分とつながる部分を感じられることもあります。

 

生きている人が書いているものは、どれも「生きること」がテーマになっています。だから、それは当然のことなのかもしれません。

 

もうひとつ、平野さんの本を、いいな、と思うのは、愛を感じるからです。登場人物を見ている視線が、とても暖かくて、優しい感じがします。

 

登場人物、そしてその先にある、そんな状況にいる人たちの命を、尊重して、大切にしながら書いている感じがします。

 

何をするにも、やっぱり「愛」がなくちゃね。

 

 

わたしが文学部の大学生だったとき、恩師から言われたことばがあります。

 

「文学は、社会の役に立たない。その役に立たないものをやる意味を、考えなさい。」

 

役に立たない、という意味は、実学ではないという意味です。実学とは、実生活に役立たせることを趣旨とした学問のことで、工学・医学・薬学・農学・法学・経済学・教育学などを指すようです。

 

当時のわたしに意味はわからず、でも、それはきっとそうなのだと思い、そのことばを心の片隅に置いてきました。

 

わからないけれども、「そんな気がする」ことは、一緒に過ごしていくことで、少しずつわかってくることがあります。

 

大学での勉強が楽しかったので、もっと続けたくなり、イギリスの大学院に行きました。最初の頃は授業もありましたが、後半は、すべて自由時間で、ひたすら本を読み、考えて書き、提出してみてもらう、という作業が続きます。

 

書けないという生みの苦しみもありましたが、したいことだけすればいい時間は、すごくしあわせでした。

 

ひとつの単語の意味や、書かれていることばに、ぐぐっと心を揺さぶられて、ひとりでじーんと感動したり。”生きる”ことを、文学を通して、いろんな面から知り、経験して、啓発されました。

 

そのまま学問の道を進むよりも、実社会に出よう(という言い方が正しいのかどうか、わかりませんが)と思い、研究生活は終わらせましたが、

 

そのころテーマとして扱っていたことは、今でもとても大切にしていることで、結局、人は何をやっても、自分にとって大切なところに還ってくるのだなあ、と思います。

 

当時、滞在していた寮は、広い芝生に囲まれた建物で、部屋の窓からは、その季節の色が見えました。

 

芝生と空、それだけの景色ですが、

夏は緑が濃く、秋は枯れた色が混ざり、空気が澄む冬は色がぱっきりして、春になると若々しい黄緑色になり、

同じ場所が、驚くほど違う様子を見せてくれることを、このときに知りました。

 

自然とのつながりを思い出し始めたのは、この経験からかもしれません。

 

イギリスの大学院には、いろいろな人がやってきます。わたしのように、大学を卒業してすぐ来る人もいれば、10年くらい社会人として働いてからやってくる人もいますし、パートタイムといって、1年のうち数か月だけ学生になる人もいました。オープンユニバーシティーという制度を利用して卒業した人も、いました。

 

いろいろ、自由なんだなあ、と思いました。

 

修了するとき、その後を迷っていたわたしに、40歳になって大学に戻ってきた同級生が、「急ぐ必要はない。わたしは、この年になって、どうしても戻りたかったから来た。戻りたくなったら、いつでもできる。」と話してくれました。

 

自分がしたいことは、いくつになっても自由に選べる、と思えるようになったのも、このおかげかもしれません。

 

 

社会の役に立たない文学を学ぶ意味は、それが心を震わせてくれるからだと思います。

 

心というのか、魂というのか。

 

それは直接的に今日のごはんをもたらしてくれるわけではないかもしれませんが、

希望とか、生きる力を与えてくれます。

 

それがなかったら、わたしの心は閉じてしまい、死んでしまうかもしれません。

心が死んでしまったら、体も死んでしまうかもしれません。

 

文学だけではなく、アート(芸術)とは、みんなそういうものだと思っています。

 

 

アートとは、この世にある大切な、見えないもの、みんなが忘れてしまっているもの、隠されてしまっていることを、

 

曇りのない眼で見て、濁りのない耳で聞いて、透明な心で感じて、

 

それをそのまま、それぞれの方法で表現してくことかな、と思っています。

 

曇りのない眼を持つことも、濁りのない眼で聞くことも、透明な心で感じることも、それなりに鍛錬が必要で、

 

それを表現していくための技も、必要ではないか、と感じます。

 

それは、子供の純粋さを持ち続けることでもあると思いますが、

 

子供が、その純粋さを持ち続けるのは、なかなか難しかったりします。わかってもらえなかったり、周りから浮いてしまったり、多くの人が良しとすることに強い反発を覚えたり、狭い子供の世界では、自分の居場所がない苦しさを感じることもありましたし、

 

自分の大切な思いを隠して生きたことも、あったと思います。

 

それはそれで、社会の中で生きることを学ぶという以外にも、いろんな人がいて、いろんな考えがあることを知るためには、通るべき道でもあると思いますが、

 

大人になることは、その子供の純粋さを取り戻せるときだと思います。

 

生きる場所は、自分の選択で広げられますし、多くの人が良しとすることにも、反発するよりも「あなたはそれが大事なんだね」と理解を示せるようになります。「でもわたしは、これを大事にしたいんだよね」と自分の大切なものを大切にする強さも、持てるようになります。

 

子供もいいけれど、

大人になることも、いいですよね。

 

 

武道である太極拳も、アートだと思っています。それはわたしなりの表現方法で、大切なものを大切にする方法で、人に伝える方法でもあります。

 

小説や映画や音楽から、生きる希望や勇気をもらえるように、

太極拳からも、生きる力をもらっています。

 

 

生きることは、それだけで、すばらしいです。

 

そして、誰でもみんな、愛されていることを、忘れずにいられますように。

 

 

【3月の特別クラス】

3月15日(日)14:00-16:30「たのしい太極扇」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

 

3月28日(土)14:00-16:30 「ホントにはじめての武当太極拳・気功(池尻大橋)詳細とお申込方法はこちら

 

3月29日(日)14:00-16:30  「やさしい站椿功」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

 

 

「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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