足し算ではなく、引き算

2020.02.11 Tuesday

(武当山 明月道院のお稽古場にある 老子のことば)

 

ずっと大切に続けてきた練習のひとつに、武当五行六合功があります。

 

養生功、気功のひとつです。5つの歩法(下半身)と6つの動き(上半身)の融合で、動きは単純ですが、奥深いです。

 

たとえば、”随波遂流”(波に従い、流れにのる)という動きは、立ち姿勢でする場合、両腕を交互に、前後に動かすだけです。

 

(武当五行六合功)

 

このとき、下がっていく(後ろに動く)腕が陰、上がっていく(前に動く)腕が陽になり、左右の腕の感覚は、全然違います。

 

陰と陽の関係は、質の違う両者がお互いを補完して、調和を作りだします。どちらかが多いと、バランスが取れません。

 

この陰と陽が調和する関係を活かして、力を生み出すのが、てこの原理です。

 

重いものを持ちあげるとき、そのまま上に持ちあげるのではなく、てこを使って、もう一方を下げれば、重いものは簡単に持ち上がりますよね。

 

太極拳の力の出し方は、てこの原理を使います。

 

下がるが陰、上がるが陽です。陰を作り出すことで、陽は自然に発生します。

 

”随波遂流”の場合も、意識して作り出すのは、下がっていく腕の方です。作り出すとはいっても、腕の重さをそのまま利用すれば、落ちる力になります。

 

もう片方の上がっていく腕は、それに押し上げられるように、ふわっと上がります。

 

陰と陽が調和する関係、てこの原理を利用せず、この動きをすると、両腕を、ある意味では均等に使って、片方を下げ、片方を持ち上げることになります。よくある日常の体の使い方は、こんな感じだと思うのです。

 

下げる腕、上げる腕が、調和もなく、それぞれに緊張して、それぞれに筋肉を使い、そしてその他の体の部分である胴体や足とは無関係に動かします。

 

大変そうじゃないですか?

 

気づかずに、こんな大変なことをしていることも多いのです。

 

そしてもうひとつ、これでは全身の巡りは滞ります。

 

流れる水は腐らない、というように、全身が常に巡っていれば、体はすこやかでいられますが、どこかに緊張という詰まりがあると、巡りは遮断されます。

 

その大変なことを、やめていくのに役立つのが、こういう単純な動きの基本練習です。

 

最初は「左右の腕の感覚の違いが、さっぱりわからない」こともありますし、

 

下がっていく腕が、重さだけで自然に落ちていく感覚が、ぴんとこないこともあります。

 

重力があるので、そのままにしておけば落ちるのですが、見た目に騙されて、力で引き落としてしまうことも、あります。

 

そういうところを、ひとつひとつ丁寧に「それはしなくても大丈夫だよ」と教えていきます。

 

もうひとつの難関は、視線の使い方です。

 

よくあるパターンは、意識があるところに視線が行きます。

 

この練習の場合、意識があるのは、作り出したい陰、つまり下がっていく腕です。上がっていく腕、陽は、陰のおかげで自然に発生するからです。

 

そして視線は、陽の腕に向けます。向けるとはいっても、ピンポイントで見るのではなく、ぼんやりと周辺まで含んでみる感じです。

 

これも、最初は戸惑います。

 

でもこのときに、意識が陰、視線が陽、と分けることで、陰と陽の調和がとりやすくなると感じています。

 

意識も視線も陰にいってしまうと、陰の方に偏りすぎてしまう気がします。

 

型って、ほんとうにうまくできています。

 

それは、新しい方法、新しい体や意識の使い方を学ぶためのもので、最初は足していくように見えるかもしれません。

 

でも実際は、その型にはめることで、やりすぎていることや、いらない緊張に気づいて、やめていくためのものです。

 

身についてくると、巡りがよくなります。そして型があるにもかかわらず、いろんな呪縛から解き放たれて、心身ともに自由になっていきます。

 

 

老子の「道徳経」の第48章には、次のようなことばがあります。

 

為学日益、為道日損 (学問をする者は日々にいろいろな知識が増えていくが、道を得る者は、日々何かを捨てる)

損之又損、以至於無為(これを捨て、また捨て、そして無為に至る)

無為而無不為    (無為であれば、為しえないことはない)

 

老子のことば は、ぱっと読んだだけでは難しいのですが、太極拳のお稽古に照らし合わせていくと、腑に落ちることもたくさんあります。ここも同じです。

 

上にあげた五行六合功でも、太極拳でも、他のカンフーでも、最初は学びます。型を学ぶというよりは、まだ知らない体や意識の使い方が型に入っている、と言うほうが、わたしには、ぴったりきます。

 

ひたすらそれを続けていくことで、いらないものを手放していけます。

それは、外から得た知識をそのまま持ち続けるのではなく、自分の体内で消化して、血肉にしていくことにもなります。

 

足し算よりは、引き算です。

 

そうやって、本来の自分に戻っていくのではないかしらね。そして、「無為であれば、為しえないことはない」になっていくのだと思います。

 

 

クラスでこの”随波遂流”を練習した方が、後日、「あの後、体調がすごくよくなった」と教えてくださいました。

 

「今、いろいろあるから、内臓が冷えていたみたいで。冷えていることにも気づいていなかったのだけれども、あの後、お腹があったかくなったから、すごーい、と思って。」と。

 

不安になるような話もある中、緊張していたこともあるのでしょうか。うれしかったです。

 

気づくこと、変わることは、こういう ちょっとしたきっかけだと思います。

 

うまくいかないとき、何かを足せばと思いがちかもしれませんが、得た知識を活かすためにも、ほんとうに必要なのは、引き算だと思っています。

 

こういうことを、「あなたは、ありのままの、あなたのままでいい」ともいうのではないかしらね。

 

 

(photo by Xie Okajima)

 

 

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「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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