非常事態に生きるために

2020.01.28 Tuesday

(2018年夏、中国 湖北省 武当山の逍遥谷で。静坐する師匠と パパの真似をする小さな娘さん。平和で大好きなシーン)

 

中国で、新型肺炎が拡大していますね。

 

武漢をはじめとするいくつかの都市は閉鎖され、日本から湖北省への渡航は、4段階のうちの上から2番目、渡航禁止勧告が出されました。

 

湖北省には、わたしが毎年お稽古に訪れている武当山があります。武漢に住む友達もいて、何か助けられることはあるか、何人か連絡を取ってみました。

 

学校と、武当山にいる友人は、「元気だから大丈夫。」というお返事でしたが、武漢に住む友人は、武漢を離れてご両親の家(同じ省内)に避難していました。「マスクと防御用の眼鏡が欲しい」というので、集めて送りましたが、春節(旧暦のお正月)という、ただでさえ動かない時期入り、さらに都市の閉鎖などもあり、無事に届くことを願うばかりです。

 

日本など他国でも発症しており、すでに対岸の火事ではありませんが、できる予防をして、無事を祈りながら、淡々と過ごそうと思います。

 

SNSで「東日本大震災の時の日本を、海外の人はこんな気持ちで見ていたのだろうか」と投稿している人がいました。

 

そうだったのかもしれないな、と思いながら、あのときの怖かった気持ちなども思い出しました。

 

東京にいたために、被災者ではありませんが、その後の原発事故のことなどもあり、「いったい、どうなってしまうのか」と、冷静ではいられませんでした。

 

当時勤務していた会社の指示もあり、早々に関西に避難しましたが、ストレスがかかった状況では、人はヒステリックになりやすく、わたしも例外ではなかったような気がします。

 

震災当時、太極拳を習い始めてから3年くらいで、これからどうやって生きるかについても、過渡期のような時期でした。

 

好きな仕事を選んでやってきたつもりが、何が好きなのかもわからなくなり、皮膚疾患も抱えて体もきつく、精神的にもきついと感じることが多くなりました。

 

「このままではだめだ」と危機感を感じて、頭で考えるクセを変えようとしましたが、それまでの生活を続けながらでは難しく、そんなときに起きたのが震災でした。

 

「自分の体は、自分しか守れない」という思いもあり、このときは、何が何でも自分の体を優先させようと、震災の2か月後に武当山に行って、2か月間の静養期間を取ることにしました。

 

武館(カンフー学校)で、とにかく毎日、体を動かすことだけに集中したら、何かが変わるかもしれない、と思いました。

 

最初の1か月は旅行者気分で、その非日常感からくる楽しさや気楽さで、「もう大丈夫じゃないかしら」と思えました。でも2か月目に入って、その生活が徐々に日常になってくると、あれこれ小さなトラブルも起き始め、東京でもあることは武当山にいても起こるようになりました。

 

「結局、全然変わっていない」とひどく落ち込み、泣いたりしながら、とにかくコンスタントに練習することだけはやめませんでした。

 

それしか、できませんでした。

 

帰国する日、当時は武館のコーチだった今の師匠(武当玄武派第十六代伝人 明月師父)が、「ずっと同じ調子で練習し続けたね。それは、体の調子がとてもいい、ということだ」と言ってくれました。

 

そして気づいたら、考えるばかりだったのが、まず感じて、それをもとに考えるというように、順番が変わっていました。

 

「結局、人は考えるのね」とは思いましたが、このときから順番が変わったことは、ものすごく大きかったです。

 

太極拳のお稽古とは、まず、詰まりのない、巡りの良い、すこやかな体を作ります。詰まりは、心の緊張が影響することもあるため、自分の体の緊張から、心の状態を知るようにもなりました。

 

その過程を通じて開いていくのは、感覚です。

 

今、自分の体がどうなっているのか、心がどうなっているのかを、繊細に感じるようになりました。

 

自分にとって居心地のよい、落ち着いている状態がどういうものか、

 

そして、ちょっとしたことで、その状態から外れてしまうことも、知るようになりました。

 

そして感じたことに、敏感に、俊敏に反応するようにもなりました。

 

わたしにとっての居心地のよい状態とは、本能で動けるときです。

 

最近の例で言うと、困っていそうな人がいたとき、「大丈夫ですか?」と声が出てから、その行動を起こした自分に気づいたことがありました。考えるより前に声が出ていました。

 

そうではないときは、「困っているのかな、声をかけようかな」と考えてから、声をかけると思います。

 

どちらも行動は同じですし、声をかけるタイミングも、ほんの1、2秒の差なのかもしれませんが、

 

わたしにとって、この差は大きいです。

 

ほんとうに大切なときに、自分が心から望む行動を起こせるのは、前者のように本能で動けるときじゃないのかな、と思います。

 

後者のように、”考える”が入ると、躊躇したり、「それは無理だ」と動きを制限してしまうこともあるでしょうから。

 

今回のような感染症や、災害や、なにか大きなことが起きたとき、不安になるのは当然です。

 

でも不安が膨れ上がり、頭の中の妄想で自分を追い詰めることがないように、自分の状態に気づけるようでありたいと、思っています。

 

そして、こういうときに大切なのは、すこやかな体です。

 

海外で地震が起きたときにボランティアに行かれた方が、「家を失ったのに他の人のために笑顔で活動する人たちがいて、そういう人たちはみんな、体が元気だった」と話されていたことがあります。

 

体が強いこと、正常に免疫力があること、そしてありもしない妄想で自分の心を追い詰めたりしないこと、などは、非常事態では、人を救えるか救えないかにかかわってくるような気がします。

 

自分も、他人も、です。

 

カンフー(功夫)とは、長い時間をかけて、技を磨いていくこと、そういうことをする人、という意味です。わたしの中では、匠みたいなイメージです。

 

はじめての体験で、その片鱗を感じることもできますが、習得するためには、長い時間、自分で鍛錬を積むしかありません。

 

感覚を育てるには、時間がかかるからです。

 

世の中には「〇〇のためには▲▼筋を育てるのがよいから、そこをトレーニングしましょう」という方法もあり、もちろんそれが役に立つこともありますが、人から言われた方法をやる前に、自分がどういう状態なのか、感じられることの方が大切だと思っています。

 

体幹を育てるよりも、体感が先です。

 

筋肉はそのままでも、骨の構造というのか、積み上げ方というのか、それを修正していくだけで、しっかり立てるようになることも、よくあります。よくありますというより、わたしの経験では、100%の方が、そうです。

 

いろいろ忙しい中、効率的にものごとをすすめたい風潮の中で、地味に鍛錬を重ねていくことは、時間的にも気持ち的にも簡単なことではないのかもしれませんが、

 

適切な方法で続ければ、誰でも必ず結果は出ます。

 

「なんだかおかしい」とか、「このままではだめな気がする」という気がする方は、ひとつの選択肢として、太極拳を試してみてほしいと思っています。

 

そして、どうせやるなら、しばらく頑張るつもりで。

 

感覚は、自分で思っているよりも、なかなか育たないのですから。

 

 

 

【2月の特別クラス】

2月2日(日)13:00-15:00 麗屋 弘鈴庵の 立って、歩いて、太極拳(千葉県香取市)詳細とお申込方法はこちら

 

2月 8日(土)14:00-16:30  「やさしい站椿功」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

 

2月 9日(日)14:30-16:30「はじめての形意拳」(池尻大橋)詳細とお申込方法はこちら

 

2月16日(日)14:00-16:30「たのしい太極扇」(自由が丘)詳細とお申込み方法はこちら

 

2月23日(日)14:00-16:30 「ホントにはじめての武当太極拳・気功(池尻大橋)詳細とお申込方法はこちら

 

「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらから


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