太極拳は、性格が出る?

2020.01.20 Monday

 

最近お稽古に来てくださるようになった方が、「太極拳って、性格が出るのでしょうか?」と聞いてくださいました。

 

最初の数年は、わたしもそう思っていました。

 

せっかちとか、

焦り気味とか、

遠慮がちとか、

強気で張り切るタイプとか、

見た目を気にするタイプとか、

 

いろんな性格が、動きの中に現れます。

 

お稽古中に、動きを見たり、体を触ると、普段は見えていない姿が見えてくることもあります。

 

でも、この「太極拳は性格が出る」という見方は、ある日「違うのだ」と気づかされます。

 

武当山で武当玄武派第十五代伝人の田理陽師父に習っていたときのことです。

 

それまで1か月、毎日、個別に教えていただいていたこともあり、それなりに先生を知っているつもりでした。

 

明るく、優しく、おおらかな方でした。毎朝、学校に着くと、みんながお稽古しているそばを、ニコニコしながら小さな歩幅でランニングされていました。そんなときにも、みんなの様子をよく見ていらしたと思います。

 

お稽古は厳しい方でしたが、折に触れて「きみはよくやっている」と、励ましてくださいました。

 

お客様がいらっしゃるときは、生徒たちに演武をさせ、ご自分は一緒に座ってお話をされていました。

 

でもある日、ご自分で太極拳をされたときがありました。

 

短い部分だけだったのですが、「これは誰?」と思ってしまうほど、知らない人がそこにいるような気がしました。

 

つかみどころのない人のようで、それは、これまで先生に抱いていた印象とは、まったく違うものでした。

 

「これが太極拳なんだ」と、そのとき、感じました。

 

 

冒頭の、太極拳には性格が出る、というのは、その人の生きクセのようなものだと思います。

 

自分の本質が、まあるい風船だとしたら、生きクセとは、一部をひっぱって、ねじねじして、飛び出る部分を作っている、みたいな感じでしょうか。

 

 

太極拳は、無駄な力を抜いて、その人本来の力を取り戻すものです。つまり、そのねじねじして飛び出た部分を、するっと解けば、ぷんっと張り感のある、満ち満ちた自分がそのまま表れます。

 

飛び出た部分に気づくことができるのは、型がある良さだと思っています。

 

型は、その人を押し込めようとするものではなく、緊張を解くためのものです。

 

カタチではなく、こういう動き方をすれば、緊張しないですむよ、という方法です。その結果がカタチとして現れるだけです。

 

動きの中で、無理があったり、緊張がある部分に気づいては、解いていく、の繰り返しですが、どこに緊張が出るか、そしてどういう行動や動き方がその緊張を作っているのかに、その人のクセが出るように感じます。

 

滞りのない、巡りの良い体は、緊張のない体です。体と心はつながっているため、体がほぐれると心もほぐれ、生きクセも取れていきます。すると、田理陽師父のような太極拳になっていくように、思います。

 

では、そのクセがなくなったとき、個性がなくなってしまうのかというと、そうではないと思っています。

 

人というのは、外見上、頭ひとつ、腕2本、足2本と、同じに出来ています。

 

そのために、みんな同じだと誤解しやすいのかもしれませんが、

 

その中身というか、本質の部分は、見知らぬ宇宙人同士のように、いろんな形があって、ちょうどスターウォーズに出てくる登場人物みたいな感じじゃないか、と思うのです。いろいろ、なかなかユニークですよね。

 

簡単にたとえるなら、外見は同じでも、中身はイカだったり、タコだったりするわけです。

 

それが、「タコが良いのだ」と、どこかで教わったり、思い込むような出来事があると、イカは、はみ出してしまう自分の部分を、押し込めて隠したり、タコの着ぐるみを着て過ごそうとしはじめるかもしれません。

 

それは、無理がかかるでしょう。

 

タコはタコとして、イカはイカとして生きれば、それでいいですよね。

 

イカが、タコのふりをやめて、イカとして生きはじめたとき、あまりに自然で無理がないため、当たり前すぎて、目立ちませんよね。

 

わたしが、田理陽師父の演武を見て、つかみどころがないと感じたのは、そういうことではないのかなと思っています。

 

個性がないというというより、クセがない、という方がぴったりきます。

 

無理のない、その人の本質が表に出てきます。

 

それはとても静かで、清らかで、パワフルで、美しいものでした。

 

「する人も、見る人も気持ちよいのが、よい太極拳」というとおり、着ぐるみを脱いだその人が現れると、見ている方も心地よくなります。

 

性格とか個性といっても、実はそのレベルはいろいろあるようです。

 

クセもあれば、本質的な部分もあるでしょう。

 

クセは、社会に適用しようとして身に着けた鎧のようなものもあり、そのときは、身を守るために必要だったかもしれません。

 

でも、いつもそれを着続けていると、着ていないと不安になりますし、着ていることも忘れてしまいます。

 

「〇〇しないと」とか、「〇〇であるべき」という中にも、そういうものがあるのではないでしょうか。

 

太極拳のお稽古を続ける中で、「これは鎧で、素の自分じゃないよね」と気づいていきます。そこから先、脱ぐか、着続けるかは、自由です。

 

わたしは、気づかないうちに「〇〇であるべき」という考えにとらわれすぎていたときもありましたが、そのころは、自分が何をしたいのか、わからなくなっていました。

 

ひとつずつ、いらないものに気づいて、脱いでいくことを繰り返していくうちに、素の自分でいられるようになってきたと思います。

 

その方が、楽です。

 

イカはイカとして、堂々と生きるほうが、いいですものね。

 

 

【1月の 特別クラス】

1月25日(土)14:00-16:30  「やさしい站椿功」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら


1月26日(土)14:00-16:30 「ホントにはじめての武当太極拳・気功(九品仏/自由が丘)詳細とお申込方法はこちら

 

「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...

 

いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらから

 


0
    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << July 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM