「安定」の奥に隠されているひみつ

2019.11.14 Thursday

 

「安定」とは、どんなイメージでしょうか?

 

辞書を見ると、「物事が落ち着いていて、激しい変動のないこと」(大辞泉より)とあります。

 

「心が安定している」とか、「物価が安定している」とか、落ち着いて穏やかな感じですよね。

 

「激しい変動がないこと」とあるとおり、動きが少ない印象もあります。でも、そうなのでしょうか?

 

ふと、そんなことを思い、老子と太極拳から、安定の意味を考えてみました。

 

老子「道徳経」の第42章の書き出しは、次のとおりです。

 

「道生一、一生二、二生三、三生万物。万物負陰而抱陽、沖気以為和。」

 

(道が一(一気)を生じ、一から二つのもの(陰陽の二気)が生まれ、二つのものから三つのもの(陰陽二気と中和の気)が生まれ、三つのものから万物が生まれた。万物は陰の気を背負い、陽の気を抱いて、中和の気によって調和を保っている。)

 

道から万物が生成される過程を表しています。ここでは、「道 → 一 → 二 → 三 → 万物」となっていますが、「道徳経」の他の部分では、道=一とされてるところもあり、道と一は、同じと考えてよいようです。

 

「道徳経」には、「太極」という言葉は出てきません。太極ということばが最初に現れたのは、これより前、夏(紀元前2070−前1600)の時代の「易経」です。そこにある「易に太極あり。これ両儀(陰陽)を生ず」と合わせて考えると、「道 = 一 = 太極」と理解することができます。

 

太極とは、すべてのひとつの源であり、陰陽の質を含みつつ、それが分かれていない状態です。わたしのイメージでは、この世で明確に目に見えるものではありません。そこから天地に代表される陰陽が生まれ(ここからは目に見えます)、天地の気が相互に交流して活動が起こります。

 

陰陽の気が相互に交流して活動が起きる、と言われてもピンと来ないかもしれませんが、例として呼吸をみてみましょう。

 

吸う(陰)と吐く(陽)の繰り返しは、陰陽の相互交流で、そこから活動(生きること)が生まれます。吸うと吐くは、自然であれば偏ることなく、調和が取れています。活動は続きながら、自然に調和が保たれます。

 

ここで大切なのは、活動が起きること、つまり常に変化し続けていることです。吸う、吐く、を固定してしまうと、呼吸になりませんよね。

 

体でも、”めぐりがいい”とか”新陳代謝がさかん”のように活動している方が健康的なイメージですよね。逆に、”代謝が悪い”とか、”めぐりが悪い”は、滞っていたり、止まっていて、不健康な印象です。

 

生きるとは、常に変化していることです。

 

バランスを求めるとき、動かないもののバランスを取るなら1回すれば済みますが、動き続ける場合、常にそのバランスを探り続ける必要があります。

 

つまり安定とは、固定するものではなく、常に変化する中で探っていくことになります。

 

安定に対する認識が、ちょっと変わってきませんか?

 

熟練した人の太極拳は、安定しています。見る方も心地よく、安心して見ていられます。

 

でもこの安定は、動き続ける中で常にその瞬間のバランス(調和)を図る結果、生まれる安定なのだと感じています。

 

ではバランスは、どうやって図るのでしょうか?

 

太極拳の動きには、陰陽があります。シーソーは、片方を下げたら(陰)、自然にもう片方が上がりますよね(陽)。

 

これはてこの原理でもあり、このおかげで、少ない労力で大きな力を出すことができます。

 

陰陽の組み合わせは、右手と左手とか、両腕と体とか、いろいろです。さらに、陰が極まったら陽になり、陽が極まったら陰になるように、それまで左手が陰で右手が陽だったら、次は左手が陽で右手が陰になるように、くるくると転換していきます。

 

これが、変化しながらバランスを図る、というプロセスです。

 

その調和のバランスは繊細で、簡単に崩れます。その繊細さを、どれだけ瞬時に捉えて反応できるか、その感覚を育てるのが、お稽古です。

 

初心者と長年の経験者とのひとつの大きな違いは、この感覚の違いに現れると感じます。

 

例えるなら、初心者が5秒ごとに捉えて反応するとしたら、熟練者は1秒ごとだったり、0.1秒ごとだったり、より細かく、繊細にとらえて、同時に調和を求める反応力も発揮できます。

 

バランスは、まず自分自身のバランスからです。体の陰陽のバランス(調和)をとり、さらに心を落ち着かせ、心身のバランスをとります。心がざわつくと、体の緊張となって現れやすく、体のバランスもとれないものなのですよ。

 

ここまでは、気功でもできます。

 

太極拳になると、攻めてくる相手がいる想定ですので、その動きは攻防の連続です。自分の調和だけではなく、相手との調和も入ってきます。

 

現実社会の疑似体験ですよね。

 

生きていれば、誰かと衝突することもありますし、調和が崩れることもあります。そんなときにどうするか、です。

 

衝突し続けたり、多発すると、くたびれます。心もささくれ立ちますし、体も疲労します。居心地も悪いですよね。

 

それを自覚して選ぶなら良いのですが、「そうなりたくないのに、いつもそうなっちゃう」場合、何かが滞っていて調和がとれていないのかもしれません。

 

まずは、いつ、どこでバランスが取れていないのか把握し、そして希望するなら、調和を取り戻すように反応していくこと、です。太極拳は、それを疑似体験していけますし、その繊細な感覚も育てていくことができます。それに長けていけば、「どうしてこうなっちゃうのかしら」とは、なりにくくなるかもしれません。

 

その反応は、力づくではないため、相手にダメージを与えずに、衝突を終わらせることもできるのですよ。これを体で経験するのは、目からうろこみたいな体験になります。

 

安定しているように見える人は、実はとっても動いているのかもしれません。

 

太極拳をする目的は、人それぞれです。解釈や、大切にしているポイントも違うように感じますが、わたしは、この繊細な感覚を育てていくことを、大切にしています。(他を否定しているわけではありません。念のため。)

 

もともとバランスが取れていることを考えると、それは取り戻すとか、思い出すだけとも言えます。だから、誰でも大丈夫。できない人は、いません。

 

いいお知らせでしょ。

 

 

参考:「老子」〈道〉への回帰 神塚淑子著 岩波書店

 

 

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☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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