武当山日記:型はあるけど、型ではない

2019.10.18 Friday

(武当山。お稽古場所から見える景色)

 

9月末から10日ほど、中国の武当山にお稽古に行きました。

 

今の武館(学校)は逍遥谷という観光地の奥にある、山深い静かなところで、知らない人が来ることはありません。

 

最初の日、2年前に一緒になった中国人の友人と、会うことができました。わたしは到着、彼女は出発の間際という、ほんの2時間です。

 

2年前と言えば、武館がお引越ししようとしていたときです。以前は南岩にありました。南岩は、ここから歩いて山頂に登る出発点でもあり、ホテルやレストラン、お店が立ち並びます。週末や祭日には観光客が押し寄せ、お稽古中も囲まれたり、写真を撮られたりと、宣伝にはなったかもしれませんが、落ち着かないこともありました。

 

師父(先生)は、もっと静かなところで、じっくりお稽古がしたかったようです。

 

両方に滞在したことのある友人は、「南岩は、ぶらぶら歩くのが楽しいところ。ここは、太極拳しかない。それがいい。」と話していました。

 

わたしも滞在中は一歩も外に出ることなく、ずっとここで過ごしました。

 

3度の食事はついていますし、生活に必要なものもそろっていますので、困ることはないのです。

 

見えるものは同じ景色ですが、同じではありません。光や雲、風や音など、どんどん変わります。

 

何もないけれど、すべてがある、と、感じます。

 

今回、主に午前中は、他の生徒さんたちと一緒に36式の太極拳をお稽古しました。

 

1〜2週間前から来ている人に合せて、最初から細かく教えていたようで、わたしが加わったときには、半分以上過ぎていました。

 

以前、習ったことのあるものなのですが、加わってみると、「あれ?」なんだか、全然違います。

 

それぞれが練習する時間に、「前に習ったときは、こうだった」という話をコーチ(師父のお弟子さん。師父の補佐として教えてくれます)にしたら、「そうなんだけれど、もうちょっといろいろ、あるんだよ。」

 

過ぎてしまったところをなんとかしなければ、と、お稽古時間が終わったあと、生徒さんの一人に頼んで教えてもらいました。

 

武館には、数か月とか1年とか、数年とか、長く滞在している生徒さんがいます。中国人が多いですが、外国人もいます。この中からお弟子さんになる人たちも出てきます。師父の教え方が良いためだと思いますが、こういう長期滞在の生徒さんたちは、とてもしっかり習っているので、こういうとき、頼りになるのです。

 

「ここで後ろ足を押して、ここで前足を押して、命門を回して、手が回ってくる」というように(それだけ言われても、何のことやら、かもしれませんが)、順を追って、詳しく教えてもらいました。

 

1回では覚えられないところもあるので、そういうときは「もう1回やって」とお願いしながらですが、嫌な顔せずに何度でもやってくれます。

 

ほかのときでも、確認したくなったとき、近くにいる人を捕まえて「ここからやって」とお願いすると、みんな丁寧にやってくれます。何度でも、です。

 

こういうところ、いいですよね。

 

ひとりで練習しているときも、師父も、お弟子さんのコーチも、生徒さん達も、「あ、そこは違うよ」と、ちょこちょこ直してくれます。

 

そうやって、だんだんといい感じになっていきました。

 

(武当山。晴れの日)

 

太極拳には、套路という型があります。

 

でも、前回習ったものと、今回習ったものでは、全然違います。知らない人が両方を見たら、「似ているけど、違う」という感じだと思います。

 

"違う"と言っても、変ってしまったのではなく、進化した、というほうがしっくりきます。

 

師父は、”感覚”を大切にする方です。

 

套路は型ですが、振り付けのようなものではなく、水がすーっと流れるように、エネルギーが流れ、力を発しながら、体が動いていくようなものです。

 

表に現れる形は、その結果でしかありません。

 

よりスムーズに、より力づよく、よりしなやかに、を求めて、細かい手順をみていくと、年月が経つにつれて、外から見た形は、変っていることも多くあります。

 

長年のお稽古友達が、「前は、この套路は忘れていない、と言えたけれども、今はそう言えない。なぜなら、どんどん変わっていくから。」と言っていました。

 

生きるとは、変っていくものだ、自然であることは、変わることなのだと、わかっているつもりですが、

 

毎回訪れるたびに、套路の型が変わっていくと、がっかり、しょんぼりする気持ちが起きることもあります。今回も、最初の日は、そうでした。

 

でも、淡々と、習い直して、良かったです。おかげで、進化した36式太極拳を、とっても気持ちよく、いい感じでできるようになってきました。

 

がっかりするのは、型があると思っているからなのかもしれません。

 

本当は、型なんてないのだ、と、思いました。

 

あるのは、エネルギーの流れだけなのだ、と。これがぴったりくる表現なのかどうか、わかりませんが。

 

大切なのは、まず伸びること。体がバネのようになっていることです。立っているときも、低い姿勢のときも、です。

 

そして、陰と陽で、てこの原理で動くこと、です。上げたいときは(陽)、まず下げること(陰)。前に進みたいときは(陽)、まず退くこと(陰)。空間が広がっていきます。

 

体は、四方八方に、膨らみながら、動いていきます。

 

動かさなくても、自然と動いていくようになります。水が流れていくように。

 

師父は、「自分の周囲を、すーっときれいにお掃除するような感じ」とも話していました。

 

自分の中に空間(スペース)を作り、人との間にも空間を作り、滞っているものを履いて浄めてしまう感じです。神社の、掃き掃除みたいな感じだな、と思ったりしました。

 

体も伸びるし、心も広がるし、とても気持ちよいです。来年くらいから、この太極拳を教えていこうと思っています。

 

同じ36式太極拳でも、人によって、違います。同じ時期、同じ場所で、師父の兄弟弟子が、別の生徒さんに36式太極拳を教えていたのですが、全然、違いました。

 

でもそれはそれで、ありなのです。

 

どちらが正しい、というものでもなく、それぞれ、大切にしていることを大事にして、守るべきことを守ったり、進化させたり、しているだけです。

 

もちろん、そこに至る前には、自分の先生がするとおりに、”しっかり、その通りに習う”ことが大切です。きちんと習った土台がなければ、進化もありません。

 

型はあるけど、型はない、と思えたことで、またひとつ、自由になれたのかもしれないな、と思います。

 

【10月の特別クラス】

10月19日(土)14:00-16:30 「はじめての武当気功詳細とお申込方法はこちら

 

10月20日(日)15:00-17:30「たのしい太極扇」 詳細とお申込み方法はこちら

 

10月27日(日)14:30-16:30「はじめての形意拳」 詳細とお申込方法はこちら

 

(最終日。太極拳をお稽古しているところ)

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらからどうぞ。


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