モンゴルの夏休み:馬と羊と、遊牧民(その2)

2019.07.24 Wednesday

(乗馬体験。いちばんうしろが、わたしです)

 

夏休みに旅したモンゴルで、印象深いことを書いてみています。

 

「未知の国、モンゴルでの夏休み」は、こちらから。

「モンゴルの夏休み:馬と羊と、遊牧民(その1)は、こちらから。

 

今回は乗馬をする機会もありました。

 

モンゴルでは、旅行者向けに遊牧民が乗馬させてくれるところはたくさんあるようなのですが、体験するときには注意が必要です。

 

なぜなら、遊牧民は馬の乗り方を教わることなく、小さな頃から当たり前のように乗り、落馬しながら学んでいくため、「馬の乗り方を教える」とか、「馬の乗り方を習う」という概念が、ないのだとか。

 

でも旅行者は、遊牧民の小さな子供とは違うので、落馬したら危険です。

 

そこで「乗馬するなら、絶対ここ」とおすすめされたのが、Normad Horse Campです。ここは、もともと遊牧民の出身の方が、「馬に乗るという文化を伝えていくことも必要」と、はじめたキャンプです。

 

「モンゴル人に『乗馬を教える』というと、『お前はおかしいんじゃないか』と言われる。でも、今の時代には必要だから。」と。

 

それでもキャンプを開いた頃は、自分は乗れるけれども、どう教えたらいいのかわからない状態だったそうです。2年かけて、教え方を修得していったのだとか。

 

乗る前に、注意事項や乗り方の説明もあり、コツも教えてくれます。シンプルでわかりやすいため、乗っているうちに、自分のできていないところも、だんだんわかってきます。

 

初心者は、遊牧民のガイドが馬を引いてくれますが、「ひとりで乗れそうだな」と判断したら、馬を引かずにひとりにさせてくれます。「その判断も、2年前はできなかったけれど、今はわかる。出来そうな人はひとりで乗せる」とおっしゃっていました。

 

モンゴルでも、ウランバートルなど都会で育つ人は、馬に乗れない人も多いそうです。

 

今のモンゴルでは、子供の頃から馬に乗ってきた人か、まったく乗れない人か、どちらかに分かれるのだとか。大人になって、乗馬を習う人は皆無だそうです。「習う」文化がありませんから、当然ですよね。

 

今のところキャンプのお客さんも、「100%外国人」だそうです。

 

できることと、教えることは違うのは、よくあることですよね。名選手が名コーチにならないとか、選手としては花開かなくても、コーチとして大成する人もいます。もちろん、両方できる人も、います。

 

また、カリスマのような存在は、教え方うんぬんより、いてくれるだけで絶大な影響力があることもあるでしょう。雰囲気から学ぶことも、あると思いますし。

 

このあたりは、人それぞれ、好みじゃないかしらね。教えたい人、そうではない人、教えたいわけではないけれども人が自然に集まってくる人、どれもそれぞれです。

 

それにしても、モンゴルの「乗馬を教えるという概念がない」というのは、驚きました。

 

その遊牧民の常識や慣習を超えて、乗馬を教える場を作るという新たな挑戦をしてきた熱意と実行力には、もっと驚かされました。

 

それは、遊牧という文化を、新たに守り、つないでいく方法のひとつかもしれません。

 

安全に乗馬体験できることももちろんですが、そんなお人柄に触れたり、お話を聞いたりできたことも、とても良かったです。

 

こちらは、日本語でも英語でも対応可能です。どの季節でも乗れますが、冬は雪が積もって真っ白になるそうです。そんなときも、遊牧民の出番です。彼らは、どこに穴があるかを把握しているため、安全に乗るために、冬は遊牧民を先頭にして一列になって進むのだそうです。ここでも、モンゴル人の(というか、遊牧民の)地形を把握する能力に、脱帽です。

 

まれに、どすっと穴に落ちることもあるそうなのですけれどもね。落ちるのは先頭の遊牧民ガイドなので、お客さんは安全ですよ。

 

(短い時間ですが、ひとりで乗せてもらえました)

 

乗馬体験のときには、同時にお料理教室にも参加させてもらい、ボーズという肉餃子を作りました。名前の由来は、中国語の包子(バオズ)、肉まんから来ているようです。作り方は、中国の餃子とほぼ同じですが、中身はたいてい、肉のみです。ただし、これも各家庭の味があるようで、このキャンプを主宰されている方のお家では、お肉とキャベツを混ぜていたそうで、日本人には食べやすい味でした。

 

(まずは皮から。棒状にして、ナイフで切り、丸めていきます)

 

中国の餃子と同じで、旧正月に各家庭で作るそうです。1000個くらい作るのだとか。皮を丸く伸ばすひと1人に対し、包む人は4人です。皮を準備するのは、その家族で、いちばん上手な人が担当するそうです。

 

たくさん作って家族で食べたり、お客さんが来たらふるまったり、それぞれの家庭の味を堪能するようです。楽しそうですよね。

 

包み方は、色々です。小龍包のように丸くするもの、バラのようするもの。春巻きくらいの大きな皮に、くるくると巻いたものものは、「なまけボーズ」というそうです。手早くできますからね。

 

(皮を伸ばすときは、まん中が厚くなるように)

 

(透かしてみると、まん中が厚いでしょ)

 

ボーズは蒸しますが、それを油で揚げたホーショールという食べ物もあります。これは、油の通りをよくするために、形が平になっており、うすーいピロシキみたいな感じです。

 

味付けは、やはり塩。お肉の味がしっかりしているせいか、はたまた塩がおいしいためか(モンゴルの塩は、有名です)、お醤油などをつけることもなく、おいしくいただけました。

 

餃子をつくるとき、皮と中身がぴったりのとき、どちらかが余ったりするとき、ありませんか?こちらでは、それで新しい年を占うようで、

 

皮が余る → 衣服に困らない

中身が余る → 食べ物に困らない

皮と中身をぴったり使い切る → 衣服も食べ物も豊かな年になる。

 

悪い年はないあたりが、素敵です。

 

(包み終わって)

 

(いただきます!)

 

遊牧民の文化は、知れば知るほど新しく、でも「そうだよね」と思えることもある、驚きと納得がたくさんでした。

 

チンギス・ハーンの生涯を描いた井上靖さんの小説、「蒼き狼」には、こんな一文があります。

 

「この自分たちが大自然の中の無力な小さい点であるという思いは、牧草を求めて転々とし、定住する家屋も、定住する土地も持たない遊牧民たちの誰もが必ず心の底のどこかに持っていて、いかなる行動もいかなる考えをも、結局はその根底に於てそれを支配する呪文のようなもの」(「蒼き狼」井上靖 著 新潮文庫)

 

放牧も、食べるときは肉をきれいにこそげとることも、山の地形で方角を見ることも、いろいろこの「大自然の中の無力な小さな点である」ことに、結びつくような気がしました。

 

”モンゴル、よいとこ、いちどはおいで。”

 

 

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