弱さを出す人の、強さ

2019.03.30 Saturday

(「あんな風に生きたい」と憧れているパンダ。和歌山のアドベンチャーワールドで)

 

 

お稽古で大切にしていることのひとつは、「正直であること」です。

 

わからないのに、わかったふりをしたり、

嫌なのに、我慢してしまったり、

気が進まないのに、他の人に合わせてしまったり、

 

そういうことはしなくていいと、繰り返し伝えています。

 

ひとりが「わからない」と声を上げることで、「あ、わたしも!」と、他の人がホッとすることも、ありますしね。

 

そもそも、わたしが目指すのは、「みんなが満足するクラス」ではありません。

 

もちろん結果としてそうなれば、とても嬉しいです。でも、多種多様な人がいる中で、みんなにぴったりくるものを狙おうとすると、ともするおt、内容が薄まってしまう気がするのです。

 

教え始めた頃は、「みんなが満足するクラス」を目指していました。終了後に5段階(大変よい、よい、どちらでもない、悪い、とても悪い)で評価がつくアンケートをとるクラスを担当していたとき、「全員を『大変よい』にする!」を目標にしたことがありました。

 

鼻息荒すぎ、欲深すぎです。

 

でもあるとき、「なんだか違う」と気づきました。

 

友人と共同でワークショップを開催したときのことです。あるプログラムの課題として開催したため、ワークショップの様子をビデオにとって、後から見て振り返る、という宿題が出ていました。

 

ワークショップ自体は、アンケート結果もよく、「良かったね」と言っていたのですが、

 

ビデオを見てみたら、「...なんだか、全然だめじゃない?」さらに、参加していない人たちにも見てもらったところ、「これ、わたしが知っているみんみん(わたしのこと)じゃない!」とバッサリ。

 

ふりかえってみると、すべて想定内だった気がします。もちろん、参加者の反応は様々ですから、いろいろなことは起きましたが「想定外のことが起きる」ことを想定していた、という感じです。

 

優等生的というのか、まじめすぎるというのか、とにかく遊び心や、余裕がありません。

 

「なんだか、つまらない。」

 

こんなこと、したいわけじゃないのです。みんなが満足するものを狙うのはもうやめよう、「こんなの嫌!」という人が出るくらいのものにして、それを受け取っていこう、と思いました。

 

もちろん、炎上や反発を狙ったわけではありません。ただ、嫌だと思った人が、それをその場で言葉にできる雰囲気を、何よりも大切にしたいと思ったのです。

 

 

以前のわたしは、嫌と言えませんでした。言ってはいけない、と思い込んでいました。

 

その昔、こんなことがありました。

 

あるグループに所属していて、ときどき生徒であるわたしたちに、先生が頼みごとをします。クラスの中での役割だったり、それ以外だったり。

 

いつでも「はい」と答えてやるものだ、と思っていました。それだけの準備をしておかないと、とも思いました。

 

でも同じグループには、先生に頼まれても、おどおど不安そうな顔を見せたり、「できません」という人もいました。

 

そういう人を見て、ダメだなあと思ったのです(厳しいですよね、すみません。)

 

そういう人に、先生は頼みごとをしなくなるかというと、そうではありませんでした。ことあるごとにチャンスを与えます。それは、うらやましいものでした。

 

「わたしは絶対に断らないし、ちゃんとやるのに。なんで?」と、ストレスにも、なりました。

 

つい最近、ふとそのことを思いだして、「あれは違ったな」と気づきました。

 

「できません」と言えたその人は、素直で、実はとっても強かったのかもしれない、と。

 

できないと言ってはいけない、と思っていたわたしは、「できないと言ったら、チャンスがなくなる」と、怯えていたのです。勝手な妄想で自分を縛っていますよね。わたしのほうが、ずっと弱いです。

 

あの頃は、そういうことに、気づけませんでした。

 

その後、少しずつ「できない」と言う練習をしてきました。最初は、我慢し続けた後だから、爆発するみたいに「でっ...できませんっ!!!」みたいな言い方しかできなかったことも、あります。

 

幸い「わかった」と言ってくれる人たちに恵まれ、だんだん素直に、ふつうの口調で言えるようになってきました。

 

嫌だとか、できない、とか、後ろ向きのことばの背景には、自分が大切にしたい何かがあったりします。自分が大切にしたいことが、ないがしろにされていることが、嫌なこともあります。それを感じることは、自分を知るためのチャンスになります。

 

ちなみに、過去に所属していたそのグループでも、勇気を振り絞って「それはできません」と言ったことがあります。そのときは、先生から激怒されました。

 

否定的に聞こえることばを言うと、ときには傷つくこともあるかもしれません。それで相手が傷ついてしまうことも、あるかもしれません。

 

当時は悲しい思いをしましたが、今から振り返っても、あの経験はよかったと、思っています。

 

なぜなら、それでも大切にしたいものを、守れたわけですから。たぶん、はじめてね。

 

巻き込んでしまった方々には、本当にすみません、としか言いようがないわけですが、そんな縁もふくめて、縁とはありがたいものです。

 

 

 

【これからの特別クラス】

3月31日(日)/4月21日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇」です。詳細とご応募方法はこちら


4月7日(日)14:00-16:30は「やさしい站椿功」です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月14日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」第3回 ワニの上陸 です。詳細とご応募方法はこちら

 

4月28日(日)13:00-15:00は、千葉県香取市(小見川)の「立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募はこちら

 

4月29日(月・祝)14:00-16:30は「−20歳のカラダほんとにはじめての武当太極拳」です。全くの初心者、もしくは太極拳のお稽古に悩んでいる方に。太極拳とは?というお話から、基本的な体の使い方を体験できます。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...☆...

 

いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

ブログ: みんみんの陽だまり太極道日記(http://blog.minminkung-fu.com/)

「太極拳、あるある、ないない話」Facebookページで毎日更新:こちらから

「すきなもの」Instagramでほぼ毎日更新:Instagram(@mayuminmin927)

 


関連する記事
コメント
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM