自己責任と、おかげさま

2018.10.31 Wednesday

 

自己責任ということば、よく聞きますよね。

 

このことばが広辞苑に掲載されたのは、10年前に発行された第六版なのだそうです。日本人には、比較的あたらしいことばなのですね。

 

他人任せにせず、自分のことは自分でというのは、大筋では、その通りだと思います。

 

わたしの感覚では、自分のことを他人ごととしてとらえない、という方が、ぴったりくる気がします。

 

たとえば、過去に痒疹(ようしん)という皮膚疾患を患っていたとき、最初はブツブツができる皮膚が嫌でした。痒くて眠れないし、何よりも、見た目が美しくないからです。いろいろ、嫌なわけです。

 

今から振り返れば、あの頃は、自分のことを他人として見ていた気がします。”わたし”という他人に向かって、「あなた嫌い。醜いから」みたいな感じです。ひどいですよね。とほほほ。

 

他人だと思っているから、体が「辛い」と訴えても、無視できます。後回しにも、できるわけです。

 

そんな風に”他人ごと”にしてきたと気づいたとき、本気で自分に謝りました。「ごめんなさい。これからは絶対、あなた(わたし)は、わたしが守るから。何があっても優先させるから。」と約束しました。

 

気づきは大きな転機になりましたが、それだけで回復できたわけではありません。お医者さんのアドバイス、お薬、食事、生活環境、などなど、いろいろなものが力になりました。わかりやすいところで食事を例にすると、それを作った農家の方々、そしてその恵みを可能にしてくれた自然まで思うと、ものすごい助けを受けてきたわけです。

 

ありがたいとは、有難いと書きますよね。本当に、その通りだと思います。自分だけでできることなんて、ありません。

 

 

自己責任は、ボディワークを習っているときにも、出てくることがあります。やりすぎないように注意すること、無理しすぎないこと、でしょうか。

 

でも、わたしはこのような場合に、この言葉を使うことが、好きではありません。自分のことは自分で、という方向性を否定したいわけではなく、なんとなく乱暴に使われがちなところが、気になるだけです。

 

なぜなら、未経験の新しい領域に入っていく場合、どんなことが起きるかなんて、わからないからです。わからない人に、自分で責任を取るようにというのは、ちょっぴり乱暴に聞こえます。ちょっぴり、ですよ。でも、結構キツイです。

 

もちろん、指導する側にはわかるのかといえば、他人の体に起きることを全部わかるわけはありません。それでも、自分の体を大切にするのと同じように、他人が自身の体を大切に扱えるように、自分ができることはするという意識は、あります。自分がいる場所で起きたことに、「それは自己責任だから」というのは、ちょと寂しいような気がします。

 

 

自己責任は、英語で言うと、self responsibilityです。responsibilityという言葉は、response=反応する、という言葉からきていますよね。

 

つまり、自分自身で起きることに反応する、対応する、というような感じだと思います。

 

それは責任を持つ、ということになるのかもしれませんが、”責任”というと、ちょっと「あなたの責任でしょ」と他人を責めているような場面を思い浮かべてしまうのは、わたしだけでしょうか。

 

そもそも、誰にも迷惑をかけないで生きている人など、いないはずです。「迷惑かけてないもーん」という方がいらっしゃるとしても、誰のお世話にもなっていない人はいないでしょうし、「お世話になってないもーん」という方がいらっしゃるなら、誰とも関わりなく生きていくことは、人間社会では難しいと思います。

 

人との関わりを持つことは、人を成長させてくれます。自律神経システムの中の腹側迷走神経は、社会的つながりのシステムの神経と言われています。この腹側迷走神経が働くことで、誰かといても、戦ったり逃げたりすることなく、つながることができるのだそうです。そしてこれは、生まれた後、両親や周囲の人との関係の中で、育っていきます。

(参考:「『今ここ』神経系エクササイズ」浅井咲子著 梨の木舎 2017年)

 

 

日本語には、おかげさま、という言葉もありますよね。

 

「おかげさまで、助かりました。」という、わりあい直接的に関係している場合にも使いますが、「おかげさまで、元気にしております」など、聞いてくださってありがとう、ということ以外、それほど直接的な関係はないときにも使います。

 

それでも、おかげさま、なのですよ。

 

「おかげさまで」と、卑下することなく、偉ぶることなく、生きていきたいと、思います。

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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