”立つ”こと

2018.10.17 Wednesday

 

太極拳のお稽古で、ベースになっているのは、立つことだと思っています。

 

”立つ”にはじまり、歩いて、動いて、また”立つ”にかえっていく感じです。だから、立つお稽古でもある站椿功は、大切なのです。

 

站椿功をする理由として、武当山にいる先生の兄弟弟子が、こんな話をしていました。「年を取ってくると上下のバランスが崩れる。重くなってくる上半身に、下半身が耐えられなくなり、膝を痛めたり、歩けなくなったりする。だからバランスをとるために、足を鍛えることが必要。」

 

人は、特に都会に住む現代の人は、足を使う機会が少ないです。電車や車、バスやタクシーという交通手段があり、歩くとしても野山ではなく舗装された道路の上です。お買いものも、足を運ばなくてもネットですみます。

 

足自体も、アスファルトの上を歩くために、クッションのきいたスニーカーや靴で防備されています。足自体も、鈍感になりますし、弱くなります。

 

逆に、頭は使う機会は増える一方です。パソコンや携帯電話でやり取りし、知りたいことがあればネットで調べ、ゲームで遊んだり。頭でっかちになる環境が、そろっていますよね。

 

足を鍛えるためなら、立つこと以外に、歩くこと、ランニングでもいいのでは?と思うかもしれません。もちろんそうだとも思いますが、歩いたりランニングするときに、膝に負担がかかって痛めることもあります。そうならないためにも、”立つ”という基本に戻ることは大切だと思っています。

 

站椿功は、10分とか30分とか、人によってはもっと長く、ひたすら立つ練習です。腕の形を変えていくものもありますし、同じ形を保つものもあります。

 

”立ち続ける”という制限がある中では、ある意味、逃げ場がありません。この窮地をなんとかしようと工夫する過程に、意味があると思っています。

 

例えば、慣れないうちに感じがちな痛みは、「ここが弱いよ」と、脳に伝えていることでもあります。人の体はものすごく柔軟に対応することができて、弱いところがあれば、そこをなんとかしようと工夫するのです。

 

さらに、要らない力を入れているために、痛みや苦しさを感じることもあります。長いことその姿勢を続けるために、そのままではいられません。不要な力みに気づいては緩め、気づいては緩め、を繰り返します。

 

この、自分で気づいて緩める、という過程が、大切なのではないでしょうか。「いらないんじゃないかしら」と気づいて緩めることは、意識と体がつながっていることでもあり、双方が納得して緩めていくからです。

 

コリや痛みの対策として、整体や針治療をすること、ありますよね。その時は効いても、また痛みがぶり返してくること、ありませんか?しかも、コリがもっとひどくなったり、整体に行くことがルーティーンになっていることも、あると思います。

 

体には防衛本能があって、痛みやコリは、何かの理由があって固めているのだと思っています。理由はどうであれ、そのときの体は、「守るためにはそれが必要」と認識しているのです。それを、外的な要因で急に緩ませた場合、体は焦るかもしれません。危機感を覚え、さらにカタくなるというのも、わからない話でもありません。

 

整体や針治療がダメという話ではありません。わたしも、必要だと思うときには、お世話になっています。整体や針治療の優秀さとは別に、本人の状態次第で起きるのではないかと、思っています。

 

不要な痛みは、「そのカタさ、要らないよ」というお知らせでもあります。それに体も意識も同意して緩めていけたら、元に戻りにくくなるのではないでしょうか。

 

站椿功をしているときは、意識と体と対話している時間でもあります。頭だけ動いているのではなく、からだ全体、意識も含めて、要らない緊張をそぎ落とし続ける感じです。もちろん、それ以外にやってくる感覚もあり、人によってはそれを「気を感じる」という言い方をするかもしれませんが、それは結果ですからね。自分でどうこうするものでは、ありません。

 

「站椿功の代わりに、スワイショウでもいいのでしょうか?」という質問を受けたことがあります。

 

個人的な感覚ですが、站椿功とスワイショウは、重なるところはあっても、代わりになるものではありません。

 

スワイショウは、中国で長く続けられてきた養生法で、とっても優秀だと思っています。腕を振り続けるという単純な動作で、誰でも簡単にできます。站椿功に比べたら、動きがある分、初心者にもなじみやすい気がします。立つときに、站椿功の立つ”コツ”を当てはめていけば、立つ練習にもなります。(スワイショウのやり方はこちら、感想や質問はこちらをご参照ください。)

 

わたしは1000回、16〜17分くらいをおすすめしています。これだけすると、もちろん個人差はありますが、体の中のめぐりも活発になり、腕の力は抜けやすくなります。その人なりに、やる前よりも、無駄な力が抜けてリラックスしている状態を感じやすくなります。

 

要らない緊張を抜くためには、リラックスした状態を知っていることが役に立ちます。スワイショウは、そのときの緊張を緩めることにも役立ちますが、その後にも目安となって、役立ってくれます。

 

こう書くと、スワイショウで代わりになるような感じもしてきますが、ひとつだけ足りないところがあると思っています。站椿功は、自分で気づいて緩めていくのに対して、スワイショウは、物理的に緩んでいく感じなのです。気づく、という過程がない(もしくは少ない)気がします。

 

そして、”めぐる”という点については、なぜだかわかりませんが、動かない站椿功の方が、めぐりやすい気がします。站椿功をすると、血流が3倍速くなるという話を聞いたこともありますが、それも納得できる気がします。(参考:「気功で新しい自分に変る本」星野真木著 BABジャパン)

 

冒頭でご紹介した、中国の先生の兄弟弟子は、「足を鍛えると、大地と繋がれる。大地と繋がれば、対になっている天ともつながれる」とも、言っていました。

 

人と、大地と、天がつながれば、意識は体の大きさを超えて、どんどん大きくなっていきます。日常のわずらわしいことが、小さなことに感じられるようになってきます。自分はひとりでは生きていないこと、もともとはひとつなのだということにも、気づいていきます。

 

ことばで言うと、どうしても薄っぺらくなってしまいますが、これを体で感じることは、とっても素敵なことなのですよ。

 

立つことは、人が人として生きるすべてを思い出させてくれると、思っています。

 

☀站椿功について、参考はこちらから:武当山日記:站椿功がもたらす「喜悦」

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

........................

いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

☀「太極拳、あるある、ないない話」は、Facebookページで毎日更新中。こちらからどうぞ


コメント
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM