武当山日記:教え方

2018.09.14 Friday

 

太極拳の教え方は、先生によって、いろいろです。

 

「先生の動きを、ひたすら真似する」もあれば、

 

「まずは形を覚えて、それから次の段階に」というものもあります。

 

わたしは、上記の両方を経験しています。先生はそれなりの意図を持ってされていると思います。ですから、どれが良くて、どれが悪い、というものではありません。どれも、意味はあると思っています。

 

今の先生(武当玄武派第十六代伝承人、明月師父)は、5年くらい前は後者のような教え方もされていたと思いますが、今は、上の二つのどちらでもなく、初心者でも、10年やっている人にでも、教えるポイント(大事にするところ)は同じような気がします。

 

太極拳は、末端を見ると、それは本当に様々で、複雑な動きをします(正確には、「するように見えます」、です。)。形を真似しようとすると大変すぎて、挫折してしまうこともあります。

 

でも、幹の部分、本質をみれば、とてもシンプルです。そこを掴んで自分の体で表現できるようにしていけば、末端に現れる形に惑わされず、でも結果的にそんな複雑な動きができるようになります。さらに新しいところを学ぶときにも、役立ちます。何よりも、心身ともに良いのは、こちらです。

 

先生は、誰に対しても、この幹の部分、本質を教えています。初心者であっても、最初から、です。

 

幹の部分は、シンプルですが、なかなかしっくり体で表現できないこともあります。そんなときも、先生は焦らず、ずっとずっと、ずーっと、同じところを繰り返します。ときには手取り足取りで、言葉での説明も、たくさんします。

 

今回の滞在期間中、わたしにも、そんなときがありました。

 

武当丹剣を習っていたのですが、ある一部、秒数にしたら、ほんの3−4秒のところが、なんとかなるまでに、2日ほどかかりました。

 

大まかな動きは、3回くらい一緒にすれば覚えられます。でも、この時点で、大事なポイントは、全然できていないわけです。

 

「違う」「違う」の繰り返し。先生の動きを見る、一緒にやる、直してもらう、ひとりでひたすら練習する、直してもらう、の連続です。

 

あまりのダメさに、泣きが入りそうな気分になったときに、先生が「ここは大事なところだから、今、細かく丁寧にやって出来るようになれば、残りの部分は簡単だよ」と言うのです。

 

その言葉が、どれほど励みになったことか。

 

先生が、わたしの落ち込みに気づいたのかどうかは、わかりませんが、絶妙なタイミングです。一緒に練習していた人が、「こういうところ、先生のすばらしいところだよね」と言うのです。本当に、その通りです。

 

ひたすら続けると、できるようになるものです。2日たつ頃には、気持ちよく、楽に、だいぶ、のびのび動けるようになってきました。

 

「小さいことだけれど、大きな違いだから。」と、先生は、おっしゃいます。2日後の今であれば、その大きな違いと言っている意味も、わかります。

 

(問題の場面の一部)

 

ふと隣を見ると、ほぼ初心者の70歳の方が、手をとって、気功を丁寧に教えてもらっています。何度も、何度も、同じところを繰り返しています。2日後、その方の動きは、驚くほどの進歩を遂げていました。その変化には、感動するほどです。

 

こんな風に、生徒がだれであっても、教え方は変わらないのです。経験があるから上の段階を教える、ということではありません。

 

それだけ、幹の本質にあたるポイントは、シンプルで、でも奥深くて、ということだと思います。

 

ここで”同じ”、と言っているのは、教えるときにこだわるポイントのことです。先生は、それぞれの生徒の特性(身体能力、体の状態、柔軟性、覚えるスピード、耐久力、などなど)を見抜いていて、それに応じて教えているため、厳密に言うと、教え方は同じではありません。

 

この場合、生徒にもそれなりの根性は必要です。簡単によし、としてもらえないからです。

 

でも、違う見方をすれば、先生が「初めてだし、このくらいできれば十分」とした場合、その人の力を、勝手に低く見ていることにならないでしょうか?生徒の力量、可能性を狭められてしまうこともあるのではないか、と思うのです。(もちろん、そんな意識でやっているわけではなく、結果としてそうなる、という意味です。)

 

教えるときには、

大切にしたいことを、大切にする。

生徒の力量を、勝手に制限しない。

 

こんな姿に、わたしはとても影響を受けています。

 

今回は、久々に、本気で泣きが入りそうになりましたが、それも良い経験でした。

 

あきらめずにやれば、いつかは必ずできる。それを信じることです。生徒としても、先生としても。その前提として、やりたいと思ってやっているかは、重要ですけれどね。

 

大切にしているポイントについては、また別の機会に書きますね。

 

(中央が先生)

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

........................

いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 


コメント
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM