站椿功と進化

2018.07.13 Friday

 

先日、お稽古で站椿功をやってみたときのことです。

 

初めて体験した生徒さんに、終わってから感想を聞いてみたら、「肩が痛くて辛いだけだったのですが、正しくできたら、気持ちよいものなのでしょうか?」

 

正しくできたら、という点はさておき、わたしの経験で言うなら、「ずーっとこのままでいたい」と感じるときもあります。そういうときは、30分でも、1時間でも、それ以上でも、いくらでも続けられそうな気がします。

 

つまり、痛さ、辛さ、苦しさとは無縁です。気持ち良いのですよ。

 

そうではないときも、あります。痛く、辛く、苦しいときです。

 

でも、その痛さとか辛さを経験することも、大切だと思っています。なぜなら、それを解消するためにあれやこれやと、自分で工夫し始めるからです。その工夫が、進化につながると感じています。

 

ダーウィンの進化論でも、強い生物が生き残ってきたわけではなく、変化に対応できた生物が生き残ってきたといいます。過去、人間に至るまでの過程でも、なんらかの不便さを感じ、上手く適応しようとした結果の変化が、進化につながってきました。

 

そう思えば、站椿功の不便さも、進化へのヒントなのですよ。

 

わたしはこれまで、人間とは、直立歩行する動物の完成形だと思っていました。

 

でも実際、きれいに楽に立てる人は、とっても少ないのです。

 

体の調整をしている友人も、「きれいに立てている人って、いない。なんでこんなに大変なのに、立つって決めたんだろうと思う」と、言っていました。

 

そうなのです。知れば知るほど奥が深く、難しいのが、”立つ”ことなのです。

 

そう思うと、二足歩行する動物としても、人はまだまだ発展途上、進化の過程にいるような気がします。よく考えてみれば、あたりまえですよね。生物は絶えず変化しているものだから、今の”人”が、完成形であるはずがないのです。

 

カンフー(功夫)をする人は、站椿功、”立つ”鍛錬を、とても重視します。

 

站椿功とは、杭を打つように立つ、という意味です。

 

一般的には、腕を前に丸く上げる形(上の写真)がよく知られていますが、腕を下げて、ただ立つだけ(下の写真)でも站椿功です。

 

(これは腕を下で重ねていますが、横にラクに下げても良いのです)

 

”立つ”鍛錬をする意味として、中国の先生の兄弟子(清風子、武当玄武派第十六代伝承人)が、こんな話をしていました。

 

「人は、年を取るにつれて、下半身が弱くなり、上半身が重くなる。上下のバランスが崩れて、膝を悪くしたり、転びやすくなる。だから、下半身を鍛えることが大切です。」

 

体に加えて、わたしは、上半身が重くなる、という中には、いろいろ知恵がついて頭でっかちになることも含まれているような気がするのですよ。

 

立つため、歩くための筋肉は、毎日使っていないと衰える、と言います。お年寄りが入院すると、入院の原因が治っても、立てなくなったり、歩けなくなってしまうこと、ありますよね。

 

立つことは、大変です。どう考えても四つ足よりは不安定です。だからこそ、上手くバランスを取ろうとして、頭(知能)が発達した、という話もあります。ジョギング中やお散歩中に、アイディアが浮かぶ、という人が時々いますが、うなづけますよね。

 

さらに、この”大変さ”があるからこそ、どうにかしようと工夫して、その結果が進化につながるのだと思うのです。

 

最初に「正しくできたら、というのはさておき」と書いたのは、そういう意味です。自分で探っていく中に、間違いとか正しいは、ありません。

 

もちろん、膝を痛めたり、腰を痛めたりするやり方は、よくありません。その意味では、先生の指導はあった方が良いと思います。

 

でも大切なのは、正しさよりも、自分で感じることです。

 

同じ姿勢で制約をつけると、その中で何とかしようと工夫を始めます。意識もそうですが、体自身も、そうだと思います。自覚はなくても、楽になる方向を探っているときも、あるような気がします。

 

さらに、同じ形を取ることが、ひとつの基準というか、バロメーターにも、なります。

 

たとえば、中国でお稽古するとき、時々、お稽古時間に鬼ごっこや、サッカー、馬跳び、縄跳びならぬ棒跳びなど、遊ぶような時間があります。大声で笑ったり、きゃあきゃあ言いながら遊んだ(?)後、站椿功をしたら、とっても楽なのです。

 

遊ぶと、体はゆるみます。大まじめに「さあ、練習しますよ」と構えるよりも、思い切り楽しく遊んだ方が、ずっと緩むわけです。

 

站椿功で感じられることは、たくさんあります。先生や、先人たちは、それについて、いろんな話をしてくれます。すぐにそれを感じられなくても、ふーん、と聞いておくと、ある日、それがやってくることもあります。

 

いくつか挙げてみますね。

 

]咾魎櫃上げる場合、腕の内側を、気が時計と反対回りに回る。

 

⇔つことで地とつながる。地とつながれば、天ともつながる。

 

9を低く落とす場合、15分でもものあたりが震えてくる。縦揺れ、横揺れ、とやってきて、ピタッと止まる。

→これは、グリコーゲンが足りなくなって震えるらしく、足りないものが補給されると震えは止まるようです。1度終わっても、また15分後に震えはやってきます。

→ただし、腰を低く落とす場合、膝を痛めるやり方をする方が多いため、腰を落とす方法は、初心者にはおすすめしていません。

 

と瓩靴ないのに、涙がでる。

 

上で上げたことは、聞いたことでもありますが、その後、実際に自分で体験し、実感したことでもあります。

 

站椿功のよさは、頭では理解しきれないことです。体での体験、経験がすべてです。そしてそれは、生物が魚から陸に上がり、走り、二足歩行をするまで進化をしてきた人間の、現在の進化の過程なのだと思います。

 

だからこそ、時間をかけて、やっていく意味はあるのです。

 

なんでも便利にすぐわかる今の時代には、地味でそぐわないですが、技術の進歩だけではなく、自分の進歩、進化に取り組むことも、すてきなことじゃないかしらね。

 

一見、地味に見えるこれは、本当はとてつもなく豊かなのだと、やっている人はみんな、知っているのですから。

 

 

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☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

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