太極拳は、心が大事

2018.05.03 Thursday

(2017年の秋、武当山)

 

先日、お稽古が終わって帰るとき、生徒さんが「太極拳は、心が大切な気がする」とおっしゃいました。

 

どんな流れだったか覚えていませんが、とても嬉しかったです。

 

套路(型)ができることは、努力の現れでもあります。「がんばったね」と言いたいです。

 

でも、套路が何種類できるかよりも、心のほうが大切だと感じます。心を育てるために、套路を覚えて、繰り返しお稽古するような気もします。そして心が育たないことには、体の更なる発展はないと、感じます。

 

(ほんとうのところ、なんのために套路を練習するのか、それはあまり考えたことがありません。でも振り返ってみたときに、こんな感想が出ることもあります。)

 

武当六十四式太極拳は、第一式から六十四式まであり、最初のふたつは動作がありません。

 

第一式は、”浄身収心”。身体を落ち着かせ、心を穏やかにします。

 

第二式は、”吐故納新”。古い息を吐いて、新しい空気を入れます。第一式で、心身はすでに落ち着いて穏やかな状態にあり、バランスが取れています。第二式で呼吸しながら、自分の心身と周囲との調和を図ります。天地、左右に、平和な空間をつくります。

 

第三式は、”混沌初分”。陰と陽が分かれ、動き始めます。ここから動作が始まります。

 

太極拳の始まりは、宇宙や天地の創造、人が生まれるときに、なぞらえることもできます。

 

もともとひとつの太極の状態から、陰と陽という二極が生まれ、陰と陽ががクルクルと転換しながら、命が進んでいきます。

 

いろいろと経験して、最後はもとに還ります。人であれば、生涯を終えて天に還るときです。ひとつの命の一生だと思うと、ドラマチックですよね。

 

いろいろと経験するときも、心は常に静かです。動いてはいますが、体も静かです。

 

”入静”という言葉があります。心身ともに”静”の状態になることを言います。

 

”静”の状態とは、どういうことでしょうか?「太極拳理論の要諦」の著者、銭育才さんは、「心も体も自分で動かさずに、地球の運動に同調させること。」と言っています。「すべての雑念が排除され、体内部の陰陽バランスが保たれ、よって経絡が疎通されて気血が順調に運行している状態」とも書かれています。

 

そのためには、心を清め、欲をなくすことです。

 

そう言われても、どうやって......となりますよね。よく瞑想などで、「雑念が浮かんでも、ただ眺めて、無を目指す」と言われたりしますが、これ、難しいですよね?

 

わたしは気功の先生から「意識をひとつに集中させる」と習いました。「雑多なものをひとつに集中させれば、消すことはできるから」と教えていただいたのです。呼吸に意識をむける、体に意識をむける、などいろいろありますが、太極拳の動きに意識を集中させることも、そのひとつだと思います。

 

いろんな経験をしながら、心身ともに静かであるためには、柔かさが必要です。硬いものは、カキーンと壊れたり、ガチガチと相手?に当たったり、柔軟に対応できません。そう思うと、”静”は、なかなか奥深そうです。

 

柔かさには、〇(丸)も、大事です。三角や四角には角がありますが、丸にはありません。線には始点と終点がありますが、丸はどこが始まりか、わかりません。優劣がない、と言えます。丸の意識を持ち、弧を描いて動きます。そして体は球体が外に向かって膨らみ続けるように、力が外に向かいます。でも同時に、求心というか、内側に向かう力もあります。洗濯機の渦を見ると、外に向かって出て行く力もありますが、真ん中にも集まっていますよね。

 

暗さのないところに光は射さないように、静のないところに動は生まれません。またちょっと、”静”のイメージが膨らんだでしょうか?

 

7年前、中国の武当山で田理陽師父(武当玄武派第十五代伝人)に教わったとき、「あなたには、太極の心がある」と言っていただきました。

 

ある、というよりは、それを見失わないように心がけなさい、という意味だと思っていますが、当時は言葉をいただいたことがうれしいだけで、それがどういうものか、よくわかっていませんでした。

 

でも、こういうことがあると、その問いを意識し始めます。今も「わかった!」とは言えませんが、自分なりに思っていることは、「調和の心(和の心)」です。それは、すべてはもともとひとつ(太極)ということにも、関係しています。

 

争いやケンカ、すれ違いやイライラなど、いろいろなことが起きる世界は、調和しているとは言えません。不調和に突入す誘惑も、あちこちにあります。

 

体がどこかにぶつかるとその箇所を意識するように、相手と衝突することで、自分を感じたいのかもしれない、と思っています。

 

その根底には、自分を感じることができない、自分の価値を認められない問題が、ある気がします。

 

だからこそ、心身を落ち着けて静かな状態にして、調和に向かう時間が必要なのだと思います。そして調和の時間を増やすために、太極拳の鍛錬があると、思っています。

 

”静”の感覚は、言葉の限界をはるかに超えるものです。それは体験を通して、感じていくものです。その先に何があるのかも含めて、です。だって銭さん曰く、「地球の運行に同調させる」ですからね。それは、頭で考えても無理です。

 

だからみんな、ながーくながーく、続けるのではないでしょうか。

 

わたしは10年をちょっと超えたところで、まだまだ、ひよっこです。でも、ひよっこは、いきなりニワトリにはなれませんし、今はひよっこを満喫しています。

 

 

(参考図書:「太極拳理論の要諦」銭育才 2017年 武道ユニオン社)

 

 

【特別クラスのお知らせ】

5月5日(土)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第6回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

5月13日(日)14:00-16:30は、「みんなが知らない太極拳のひみつ(2)太極と陰陽」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

(2017年の秋、武当山で。明月師父(武当玄武派第十六代伝人)とのお稽古。形意拳の”馬”。)

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 


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