考えることと、感じること

2018.01.30 Tuesday

 

数年前、痒疹(ようしん)という湿疹に悩んでいたとき、何人かのお医者さんにお会いしました。

 

一度良くなり、再度悪化したとき、セカンドオピニオンを求めて訪ねたお医者さんが、「治りますよ。でもその前に、なぜこれが起きているかをお話しないとね。」と言って説明してくれたのが、上の図です。

 

「頭と心と体のバランスが取れていたら、まぁるいニコちゃんマークになるけれども、あなたの場合、頭でっかちだから、つぶれてこんな悲しい顔になっています。」

 

「例えて言うなら、青信号は進めだけど、赤信号は、止まれでしょう。あなたは赤信号でも無理やり渡ろうとしています。それは無理でしょ。」

 

とってもわかりやすかったです。この先生のおかげで、痒疹はどんどん回復しました。再度問題になることは、今に至るまでありません。

 

それ以前の自分を思うと、一生懸命なのだけれども、猪突猛進だったり、”木を見て森を見ず”だったと思います。赤信号で渡る人は、怖いですよね。そして、他人にもそれを求めていたような気がします。当然といえば、当然ですね。(ひどいですが。)

 

そんなわたしに「あなたの言うことは正論だけど、そうできないこともある」と怒ったり、「あなたみたいに、なんでもできません」と言う人もいました。それを努力しない人の言い訳だと、思っていたのです。わたしだって、なんでもできるわけではなく、努力しているのだと、思っていました。(ひどいですね。)

 

そんな風に、赤信号でも無理やり渡り続けていれば、湿疹が出るのも無理ありません。上のお医者さんにアドバイスされてから、自分の考え方や、習慣を変えようとしてみました。最初は、東京でそれまで通りの生活をしながら、なんとかしようとしました。なかなかうまくいかず、それなら思い切って「環境を変えよう」と、しばらく武当山に行くことにしました。

 

武当山での日々は、週に5日は午前、午後とクラスがあります。ほぼ毎日、朝から晩まで、体を動かすわけです。頭でっかちのクセを変えるために、「考えず、とにかく動く」生活をしよう、としました。

 

最初の1か月は、平和に過ぎました。心も穏やかで、体も健康でした。「東京に帰っても、こんな風に毎日過ごすことができるはず」と、明るい希望を持ちました。

 

でも、それは”旅行者”という立場での、”非日常”がうまく作用していただけだったのかもしれません。1か月を過ぎた頃から、だんだん武当山の生活が日常になってくるにつれて、イライラすることも増え、人とのトラブルも起きました。人と言い争いになったときは、「ここに何しに来たんだろう」と、自分を失いかけることもありました。

 

そんなときでも、「考えずに、体を動かそう」から外れることはありませんでした。そして、ひたすら練習を続けました。

 

結果、気づいたことがあります。考えることは、人間らしさのひとつですし、それ自体に問題があるわけではありません。ただ、以前とは順番が変わりました。”考えて動く”だったのが、”動いて感じてから、考える”、となりました。そしてそれは、今の自分のベースにもなっています。

 

太極拳を続ける中で、太極拳に関するもの、体に関するものなどなど、本や情報も、たくさん読みます。専門家の話も、聞いてみます。それは自分の感覚や経験と照らし合わせていくという形で、とても役に立っています。

 

だからかもしれませんが、読んでも、まったくピンとこない本もあります。そして1年後、同じ本を読んで、「すばらしい!」と感動することもあるのです。ピンとくるまでには、年月と経験が必要だったのかもしれません。

 

新たな視点をもらうこともあります。そしてそこから、体での経験を積んでいくこともあります。

 

ちゃんと自分の体で感じること、そしてそれを言葉にしたり表現すること、それができているときは、とっても居心地よいのです。それが、ありのままの自分の表現なのだと感じます。

 

こういうことは、人それぞれですので、違う道をたどる方もいらっしゃると思います。それでも、この世で生きることは、この体を持っていることであり、亡くなるときは、体が機能しなくなるのだ、と思うと、体を使って感じることは、多かれ少なかれ、大切なのではないかと思います。

 

ちょっと不思議なのは、以前の頭でっかちのわたしでも、太極拳については、理屈をこねたり、頭で考えてからやるようなことは、最初からほとんどありませんでした。

 

やり方もよくわからず、ひたすら真似したり、ひたすらやり続けるものも多かったのです。同じことをやっても、昨日はよい感じだったものが、今日はぴんとこないこともしょっちゅうありましたが、「今日は、そうなのだ」とあまり気にしなかったのです。今の自分を感じることに、二度と同じ瞬間はなく、それをどこかでわかっていたのかもしれません。

 

今、教える立場になって、生徒さんにも言うことがあります。「上手くできる、できない、は、ある意味ではどっちでもいい。それを感じることが大事。」

 

だから、続けているなら、常に発展中なのですよ。行き詰っているように見えたりしても。”感じる”という体験は、積み重ねることはできても、差し引くことは、できないのですから。

 

感じてみたら、「なんでもできない自分」が、よくわかってきました。それで、いいのだ。不得意なものは、得意な人にお任せする方法もありますしね。

 

 

【2月の特別クラス】

2月11日(日)14:00-16:30は「太極扇を体験しよう(第3回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

(Photo by Xie Okajima)

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、キリリとした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 



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