見えないものを信じる

2017.12.30 Saturday

 

(デブリハットに入ったところ)

 

2年前に「見えるものに騙されない」という話を書きました。今回は逆で「見えないものを信じる」ことを、書こうと思います。(「見えるものに騙されない」のブログは、こちら。)

 

2014年の1月、「今年は森で野宿したい」という夢がむくむくと盛り上がってきました。そうは言っても、いきなり一人で野宿するわけにもいかず、誰か知っている人に安全な森を教えてもらうか、誰かと一緒に行くか、どうすればいいのかな、と思っていました。

 

そんな中、真冬に外で野宿ができる(かもしれない)プログラムに遭遇しました。

 

それは「死と誕生」というプログラムでした。1日目に、森の中でネイティブアメリカンのシェルター、デブリハットを作ります。2日目は、人生最後の日を迎えるという設定で、みんなに最後のお別れを言い、お墓に見立てたデブリハットに入ります。「人は死んだら土に還り、生きるものの栄養となっていく」というような話も聞いて、「死んでも何もなくなるわけではないんだ」と思った記憶もあります。やがてデブリハットは、胎内に変ります。自分が生まれたくなったら、デブリハットから出てくるのです。

 

デブリハットは、自然にあるもの、木の枝と枯葉だけで作ります。冬、外で過ごさないといけないときに身を守るための方法で、雨が降って地面が濡れているときでも、体が濡れないように枯葉でマットレスを作るなど、知っていると大違いの智慧を学ぶ機会にもなりました。

 

(頑丈です。上を歩いても、崩れません)

 

さらに「人は食べなくても26日くらい死なない」という話もありました。それを知っておけば、2-3日食べ物がなくてお腹が空いてきても、パニックにならずに済む可能性は高くなると思います(幸運にも試す機会はまだ訪れていません。)

 

1日目、2グループに分かれて2つのデブリハットを作り、夜、その中で一人ずつ寝られることになりました。希望者でじゃんけんです。外れても寝袋で野宿はできるのですが、せっかくならデブリハットで......勝ちました!

 

夜、穴の開いている入口から、あおむけになって足から入り、頭まで入ったところで枯葉で蓋をしてもらいます。中は真っ暗、何も見えません。狭いため、寝返りもうてません。モコモコにダウンまで着こみましたが、すごく寒いです。靴下に小さい靴用のホッカイロをはっていたので、それをはがして手に持ってみたり、あちこち順番に温めました。小さなホッカイロが、命綱のように、とってもありがたく思えました。

 

途中、外で何かが吠える声が聞こえました。

 

その動物が、枯葉を掘ってきたらどうしよう、と怯えましたが、そのまま何も起きませんでした。そして、いつの間にかぐっすり眠ってしまいました。

 

明け方、と言っても外が見えないので、時間はわかりませんが、目が覚めました。

 

「あれ?」

 

目を開けると、中が明るくて、デブリハットの内側がはっきり見えます。茶色っぽいオレンジ色で、いろんな形のものがへばりついています。

 

「これは何?」

 

デブリハットの中は、昼間でも真っ暗なはず。おかしいな、と思って、持っていた携帯のスイッチを入れてみました。さっきまで見ていた様子とは違う景色が見えました。骨組みの木の枝と、その隙間からは枯葉です。

 

携帯を消すと、今度は何も見えませんでした。

 

入口の枯葉をごそごそを取り除いて、外に出てみました。うっすら明るくなり始めた頃でした。

 

とっても不思議な体験でした。

 

見えるはずのないものが見えたこと、それがなんだったのかは、わかりません。なんとなく、胎内から見るとあんな様子なのかしら、あの横に伸びているのが膵臓だったり、など想像したりもしましたが、わかるわけがありません。

 

「見えるものしか信じない」と言っていたわたしに、「見えるものを信じるな」に続いてやってきた「見えないはずのものが見える」経験は、印象的な出来事でした。

 

この10年で学んだ大きなことのひとつは、「物事は理屈ではない」ということです。昔は「白か黒か」だったものが、「ほとんどのものはグレーなのだ」と思うようになったり、見えるものに騙されることもあるのだと、学ぶこともありました。「なんで〇〇なの?」という批判を込めた問いも、”なんで”という問題ではない、と感じるようになりました。

 

見えないはずのものが視覚的に”見えた”のは、あの時だけです。でも、見えるものでも、見えないものでも、現実には、自分の感覚を大切にすることかな、と感じます。見えるから”ある”とか、見えないから”ない”ではなく、どう感じるかを大事にしたいと思っています。

 

空間だって、みっちりと詰まっていますしね。手を当ててみれば、何かしらの感覚を感じたりします。これからもっと、感じられるものも増えるかもしれません。

 

それにしてもデブリハット、翌日に教えてもらったのですが、完成度は6割か7くらいだったそうなのです。「もっともっと枯葉をバサッとのせないとだめなの」だとか。すごく寒いのは当たり前です。このプログラムは何度か実施しているのですが、たいていデブリハットの出来は中途半端で、寒くてみんな夜中にギブアップして部屋に入ってくるとか。「よく朝まで過ごせたね」と、感心?されました。小さなホッカイロのおかげかしらね。技術革新も、ありがたいです。

 

(2日目、誕生したときの景色を見ているところ)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 



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