気とは?

2017.12.22 Friday

 

先日、明治神宮の夜間参拝に参加しました。1年の締めくくりの大祓を、講座として開催してくださったのです。

 

日の出、日の入りに合わせて開門、閉門している明治神宮、今の時期は午後4時に閉門します。暗い夜、ひっそりとした中での参拝に、いつもとは違う雰囲気も味わえました。みんなで足並みをそろえて本殿に行くときには、足音が揃う一体感も感じられました。良い経験をさせてもらいました。

 

大祓は、年に2回、6月と12月の末に罪穢(つみけがれ)を祓って清めるものです。穢とは、”気枯れ”、つまり、気が枯れることです。清めるとは、”気をよみがえらせる”こと、気力、生命力の再生です。

 

ここで出てくる”気”、太極拳でも気功でも、出てきます。「気を練る」と言ったりします。ではその気とは、なんでしょうか?

 

”気”がつくことば、日本語にはたくさんありますよね。元気、気がつく、気配、気持ち良い、気力、やる気、など。目に見えるものではありませんが、雰囲気的に、あるとよさそうですよね。

 

逆に、気がふれるとか、気違い、など、どうやらずれが生じるとだめそうです。

 

中国でも”気”は昔から語られてきました。2000年以上前に書かれた養生書、「黄帝内経(こうていだいけい)」には、「百病は、気より生ずるを知るなり(余知百病生於気也)」と書かれています(素問 第39 挙痛論篇)。

 

「黄帝内経」は、黄帝という帝王と、その師である岐伯(きはく)との問答です。「昔の人は100歳を超えても衰えることはないと聞いたが、なぜ今の人は50歳くらいでみな衰えてしまうのか」から始まり、人と自然、宇宙のつながりの大切さ、つまり自然に生きる大切さが書かれています。

 

「不自然なことをするから早死にする、自然に従って生きれば100歳でもぴんぴんしていられる」ということですね。夜、スマートフォンや、パソコン、テレビを観るのを止めたら、ぐっすり眠れるようになったという経験、ありませんか?朝が来たら起きて(交感神経優位)、夜が来れば寝る(副交感神経優位)というサイクルが、スマートフォンなどを見ることで、体が「あれ?また朝?」と誤解し、リズムが崩れてしまうのです。

 

「黄帝内経」では、病気は、気の変調により起こる、と言っています。そして気の変調を起こす原因として、6つの感情と、3つの環境をあげています。

 

6つの感情は、怒る、喜ぶ、悲しむ、恐れる、驚く、思う(=悩む)です。これに”うれい(悲しむ+思う)”を足して、七情といいます。3つの環境は、暑さ、寒さ、そして労働です。

 

これらの要因自体が問題なのではなく、程度によって、突然、激しく、長く続くと、気を損ねかねません。労働を例にとると、「労すればすなわち気耗し(労則気耗)」、労働が大きすぎて気を消耗すると過労死につながりかねないのです。

 

この”気”も、”元気”とか”生きる気力”とかに置き換えると、なんとなくわかりますよね。

 

さて、どうやら気が満ちていることは大切そうですが、では、どうすればよいのでしょうか?

 

ひとつは、感情を穏やかに保つことです。突然、激しく、長く続くことは、避けた方がよさそうです。ただし、無理に我慢するとかえって負担になりますので、感情を無理に我慢しないことも大切です。

 

太極拳や気功も、気を練るのに、気を巡らすのに良いでしょうか?

 

そう感じます。でも、どうやって練ったり、巡らせたりするのでしょうか?目に見えないものだけに、わかりにくいですよね。それもあって、わたしはお稽古中、”気”について触れることは、ほとんどありません。中国でお稽古しているときも、先生が気について具体的に指摘することは、ほぼありません。

 

それでも、太極拳や気功では、”気”は大切です。でも、気が巡るのは結果であって、そこに至るまでに何をするかの方が大事だと思っています。

 

たとえば、”站桩歌诀(站椿歌決)”という、站椿功(立禅)についての詩があります。その冒頭は、

 

头顶脚踩身空灵(頭は天に向かって伸び、足は大地を踏みしめ、体にはスペースができて自由に変化できる)
身松意緊气绵绵(体は余計な力が抜け、意識がしっかりしていると、気は長く続いていく)

 

となっています。つまり、足は大地を踏み、頭が天に向かって伸び(背骨の隙間がのびて、体にスペースができます)、体は無駄な筋力を使わず、「こうする」という意志(意図)はしっかり持つ、をしていけば、結果として気は巡ります。

 

”血が巡ると気が巡る。気が巡れば血が巡るのを応援する”という表現もあります。要するに、血流を促せばよいのです。上記に書かれた体の使い方をすれば、その助けになります。

 

「気を巡らせるぞ」と意気込んでも、そこに至るまでのプロセスを通らなければ、なかなかそれは難しいでしょう。確かに、感覚として感じるものはいろいろありますし、それは楽しいのですが、あまり気にせず、「今日はこんな感じ」程度にとどめ、結果にはあまり執着していません。それよりも、”何をするか”を大切にしています。

 

さて、大祓の話に戻ります。大祓詞には意味があり、その解説もしてくださったのですが、講座の最後には、「でも、そんな意味をいちいち考えたら、いくら唱えても祓えは行われない。メモを取った人、残念ですね。」と笑いながらおっしゃるのです。

 

話とは、単に言葉を音に出すのではなく、心を放つことで、それが空気の振動となったものなのだそうです。普通の言葉では無理ですが、神様からの言葉である大祓詞を唱えると、その言葉の力で罪穢が祓われるのだとか。

 

それを、いちいち意味を考えたら、いくら唱えても祓いは行われないのだそうです。理屈のない神様の世界を、人間の作った理屈で解釈しようとしても、出来るわけがない、というのです。

 

いただいた資料の最後には、「現在の人々はあまりに理屈が多すぎますが、これで、理屈を言う人がちょっとでも減ったら、罪穢も祓われて、日本は幸せになるのではないでしょうか。」と、書かれていました。

 

メモを取ってしまったわたしは、あらまぁ、ダメですね(笑)。

 

気のはなしは、もうちょっと書きたいこともあります。それはまた次の機会に書きますね。

(高野山のお化粧地蔵)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 


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