老子のことば:水のように生きると、人びとは、いちばんいいタイミングで活動する

2017.11.23 Thursday

 

この前の日曜日、bouquet(ブーケ)主催の「身体と心のその先へ〜本当の思いに触れに行く太極拳」の、第3回「自然に学ぶ」を開催しました。

 

ブーケ主催の吉川美有紀さん(株式会社LIBERA seeds代表)との協力で生まれたこのプログラムは、前半が”おはなし”、後半が”体験”という構成です。

 

わたしは普段のクラスから、たくさんお話をします。そのために準備するわけではなく、普段の積み重ねから、その場で言葉がでてきます。

 

でもこのプログラムのように、1時間まとめて話すときには、構成を考えます。

 

大枠は決めていますし、早く準備すれば楽なのかもしれませんが、直前に、”これ!”と思った”旬”を活かす方が、好きです。

 

今回は、「老子の話にしよう」という流れになりました。

 

老子は、司馬遷の「史記」の記載によると、紀元前の周の時代の人です。国立図書館の役人をしていたのですが、あるとき、都を出ようと決めます。函谷関(関所)を通ったとき、関守の尹喜(いんき)は「ただものではない」と感じ、「どうか都にとどまってください」とお願いします。固辞する老子に、「ならば、何か書を残してください」と依頼します。こうして一晩で書き上げたものが、81章からなる5,000語の「道徳経」だそうです。日本語では、「老子」というタイトルで出版されていることが多いですね。

 

わたしがお稽古している武当カンフー発祥の地、中国の武当山は、道教の聖地のひとつです。そこで修行する人たちは、この「道徳経」を読み続けています。「読み続れば、いつかはわかると思うから」だと、教えてもらいました。

 

そして2年前、武当山で、今の先生の先生、田理陽師父(武当玄武派第十五代伝人)に5年振りにお会いして、「何か困っていることはないか」と聞いていただいたときにも、「生徒さんにも、老子を読んであげなさい」と言われました。

 

老子「道徳経」の内容は、深く、ちょっと難解です。訳注をいれたものを読んでいるのですが、訳者の思いが入る場合もあり、読み進めていくにつれて、「これは、何を言おうとしているのか」と、すごく考えさせられます。今の自分の状態によって、感じることが変わります。

 

結局は、身の丈にあったものしか、わからないのかもしれません。そこには、良いも悪いもなく、今、感じることでじゅうぶんなのだと思うのです。「読み続けていけば、いつかはわかる」は、そのプロセスが大切だと感じさせてくれます。

 

この日、いくつかお話した中から、”水”に関する章をご紹介します。

 

太極拳には、水のたとえもよく出てきます。水が上から下に流れるように自然に動くことは、大切です。水が岩など障害があっても、難なく避けて、下へ下へと流れていく様子は、争わずとも、自分が行きたいところに行けることを教えてくれます。

 

個人的には、自分の意識と体の使い方で、浮力が効いた水の中にいるような状態になり、膝などに負担がかからないようにできると感じています。老化・けが防止にもなりますし、とっても居心地良いのですよ。地に足がしっかりつきながら、体がふわーん、とするのです。

 

地球の海の割合と、人間の水分の割合が、どちらも7割くらいであることも、何か、感じるものがありますよね。呼応しているのでしょうか。人は、自分の中の水の性質を、もっと思い出してもよいかもしれません。

 

 

第八章 水のように

 

タオの在り方にいちばん近いのは

天と地であり、

タオの働きにいちばん近いのは

水の働きなんだ。

タオの人がすばらしいのは

水のようだというところにある。

水ってのは

すべてのものを生かし、養う。

それでいて争わず、威張りもしない。

人の厭(いや)がる低いところへ、先に立っていく。

水はよほどタオの働きに

近いんだ。

 

タオの人は、自分のいる所を、いつも

善いところと思っている。

心は、深い淵のように静かだ。

つきあう人をみんな善い人だとし、

自分の言うことは

みんなに信じてもらえると考え、

社会にいても

タオの働きの善さを見失わない。

タオの人は、手出しをしないで

あらゆる人たちの能力を十分に発揮させるから、

人びとは

自分のいちばんいいタイミングで活動する。

 

これをひと口でまとめると

争うな、ということだ。

水のように、争わなければ、

誰からも非難をうけないじゃないか。

(「タオ 老子」 加島祥造 筑摩書房)

 

ここで言う「タオ」は、道(中国語でDao)のことです。この本では「大いなるもの」と書かれているところもありますが、「タオの人」と言うときには、老子が「こんな風に生きたい」とした理想の生き方のように捉えると、わかりやすいと思います。

 

 

ブーケのプログラムをやっていて、すごくいいな、好きだな、と思うことがあります。

 

わたしが話している途中でも、参加者さんたちは、思いついたときに「今、思ったのですけれども」と、意見や疑問などを、自由に話してくれるところです。

 

わたしが話を振るわけではなく、事前に「何か質問があったら、途中でも聞いてね」という話もしていないのに、です。

 

これも、”水”のようではありませんか?参加者さんたちも、わたしも。上の言葉を借りるなら、「人びとは 自分のいちばんいいタイミングで活動する」のですよ。

 

わたしは3年くらい前に、「あなたに〇〇と言われてしまうと、『そう思わければ』みたいなプレッシャーがかかる」と言われたことがあります。そんなこともあって「違うんだったら、違うと言っていいよ」と、ひとこと、付け加えるようにしていたことがあります。

 

その頃のわたしは、怖かったですね、きっと。

 

まだ、何から守らねばならぬと思っていたのでしょう。本当は「つきあう人をみんな善い人だとし、自分の言うことはみんなに信じてもらえると考え」なのに、ですよね。

 

そんな変化が、とってもうれしいです。

 

 

 

【次回の「身体と心のその先へ〜本当の思いに触れにいく太極拳」のご案内】

 

12月17日(日)14:00-17:00

 第4回: みんなが知らない太極拳のひみつ4: 陰陽五行にみる 身体と心のつながり

「病は気から」といいます。病気の7〜8割は、ウィルス性のものではなく、心身によるものだそうです。

「怒ると肝臓に負担がかかる」など、心のあり方は体に大きく影響します。体と心の関係を陰陽五行の視点から理解し、

五臓をきれいにする中国古来の養生法、六字訣(ろくじけつ)を体験します。

※女性限定です。詳細とお申込みは、こちらから

 

(第5回目は、2018年1月21日(日)開催です。詳細とお申込みは、こちらから。)

 

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 

11月26日(日)14:00-16:30

特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 


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