武当山で感じたこと:のんびりいこう

2017.09.24 Sunday

 

 

中国の武当山に、お稽古に行っていました。1年ぶりです。

 

2008年末に初めて行ってから9年、今の学校に行くようになってからは、5年になります。

 

その間、大きく変わったと感じることのひとつは、「のんびり学ぼう」と思えるようになったことです。

 

最初は、団体で行ったこともあるためか、なんだかとっても忙しかったのです。練習、ごはん、と、シンプルなスケジュールなのですが、学校の館内移動も、階段をせかせかと早足で移動した記憶があります。真冬で、お湯はタンクに貯めたものがなくなると終了なので、シャワ―や髪の毛を洗うのも、高速作業です(笑)。初めての武当山生活で非日常感も大きく、こんな経験も楽しかったですけれどもね。

 

2回目から、生活自体は、ゆったりになりました。他人を気にせず、自分がしたいことを大切にしよう、と思い始めたことも関係あるかもしれません。でもお稽古は、何よりも最優先で、「遊ぶより練習」という時期が、何年か続きました。強制されたわけではなく、自分がそうしたかったのです。

 

例えば、全部で2週間弱、行くとします。学校は、週に1.5日〜2日、お休みです。短い滞在のわたしは、お願いしてお休みの日にもお稽古してもらっていました。ほぼ個人稽古になるため、当時は、たくさん教えてもらえる、と感じていました。

 

2009年の7月、2回目に行ったときのことです。お休みの日にもお稽古を入れていたある日、向こうで知り合った友人たちが「午後、逍遥谷に遊びに行きましょ」と誘ってきました。お稽古が......と思ったものの、結局、一緒に行くことにしたのです。そしてその半日が、とっても、とっても楽しかったのです。

 

誘ってくれて、一緒に過ごしてくれて、本当に感謝しています。

 

さてさて、そんなことがあっても、それからも”お稽古最優先”の日々は、続きます。その間、学校は3つ変わりましたが、どこでもお稽古中心、周りがやらなくてもやる、先生が不在でもやる、というのは変わりませんでした。

 

変ってきたのは、今の先生に習うようになってからです。突然ではなく、いろんな体験を経て、だんだん変わってきたのです。

 

ひとつは「大切なのは、習う時間の長さではない」と感じるようになったことです。2014年の春に行ったとき、学校は経営問題でもめていて、先生はいつも不在、弟子も育っておらず、ほぼ自主練が続きました。そんな中、ほんの短い時間、10分とか15分くらいだと思うのですが、ようやく先生が現れて、「次の段階に進むときだから」と太極拳の大切なポイントを教えてくださいました。そのとき「これだけで、今回は充分だ」と思えたのです。

 

ポイントが分かっても、それを体で表現できるようになるには、時間がかかります。この頃から、「形を習う」よりも、「習ったものを自分で熟成させる」ようになったのかもしれません。

 

そしてこのとき、困難に向かう先生の姿勢や、自分の過ごし方や感情など、お稽古以外にもすごく貴重な経験ができた時間でもありました。カンフーとは、生きていくことなのだと、より深く実感し始めたときでもあります。

 

お稽古時間の過ごし方から、わかったこともあります。時々、鬼ごっこしたり、サッカーしたり、という時間があるのです。楽しいのですが、「お稽古しないんだ」と、最初は思っていたのです。でもある日、大笑いしながら、さんざん遊んだ後に、站椿功(立禅)を始めたとき、「あれっ?」。とっても気持ち良く、とっても楽なのです。いつまでも続けていたいほどです。そんなわたしを見て先生が、「とっても気もち良いでしょ」と、一言。

 

目標にむけて、一目散にやり続けることで、視野も狭くなり、体も硬くなることもあります。モーレツ社員も、ずっと走り続けることはできません。笑って楽しく過ごせば、体も心もほぐれます。先生はきっと、そういうこともわかっているんだなあと、改めてお思いました。

 

そして2016年、去年からは「休みの日は、休むのだ」という、当たり前の生活をしようと思うようになりました。そのためもあって、いつもより長めの1か月という期間にしました。「いつもより長いね」と言う先生のお弟子さん達に、「のんびり習いたいと思ったから」と答えると、「ああ、それは良いね。」

 

自分が何を大切にしていきたいのかも、はっきりしてきました。

 

お稽古の時間、きちんと練習することは大切です。でも、度が過ぎて執着になると、その周りにある豊かな経験を、自ら無視してしまうことになりかねません。

 

焦らず、のんびり学ぼう。わたしの目指すことは、幸せに生きることなのだから。

 

今回、新しい校舎へのお引越しもあり、平日でもお休みになることがありました。そんなとき先生は「良いお天気だね。椅子を外に出してみんなで座ろう。」そして「気持ちよいねー。」と、ニコニコ。

 

武当山での生活の中で、何かを強制されたことは、一度もありません。ひたすらお稽古を優先したときも、自分の選択です。やりたいことをやるという経験は、あの時は良かったと思いますが、今は、心も体も、ぽかぽかと暖かく、ゆるくなるような、陽だまりの時間を存分に味わえる自分になれたことが、とてもうれしいです。

 

修行とは、強制されるものでも、辛いものでもなく、自らやりたくてやるもので、その過程でたくさんの発見があり、豊かさを与えてくれるものだと思っています。

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

武当山での日々をお話した自由が丘FMTV「みんみんの陽だまり太極道」は、こちらからどうぞ↓

 

 


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