太極拳は、そのまま伝えられてきたのか、変化したのか?

2017.08.24 Thursday

(64式武当太極拳) Photo by Xie Okajima

 

先日のお稽古で、生徒さんから聞かれたことです。

 

「伝統的に伝えられてきた太極拳は、そのまま変わらずに伝わってきたのですか、それとも変化してきているのですか?」

 

まず、太極拳の大きな分類から見ると、伝統太極拳という、文字通り伝えられてきたものと、後から編纂された制定太極拳に分類されます。

 

制定太極拳とは、毛沢東が、人民の健康促進のため中国全土に太極拳を普及させようとして、古くからある太極拳をシンプルにまとめるように、伝統拳の五大流派に命じて作らせたもので、1956年に発表されました。一番普及している簡化24式は、この制定太極拳に入ります。制定拳は、その後に表演用の音楽も作られ、音楽に合わせることで、太極拳のリズムを感じ取るようになっているようです。

 

では、古くから伝わった伝統太極拳のすべての套路(型)は、変化せずに伝えられてきたのでしょうか?

 

変化してきていると思います。

 

なぜなら、套路が変化していることを、何度も経験しているからです。同じ先生からひとつの套路を習い、1年後にまた習うとき、小さな変化ばかりだけではなく、ある一部がごっそり抜け落ちることもあります。聞くと、「そこは必要ないから」と、ひとこと。

 

人が違っても、套路は違います。微妙な違いもありますが、かなり違うこともあります。このため、初心者が異なる先生について習うときは、混乱します。「どっちが正しいの?」と言いたくなるでしょうが、どちらも”あり”です。この先生たちが、兄弟弟子同志(同じ先生について修行した人たち)であっても、師匠と弟子という間柄であっても、同じことは起きます。

 

大枠は同じでも、細かいことまで含めると、人の数だけ套路がある、ようなイメージです。

 

どうしてこんなことが起きるのでしょうか?

 

その答えは、以前習っていた気功の先生の言葉の中にあると思っています。「習うときは、きっちり、その通りに習う。でも、たとえば一緒に習った人が3人いたとして、その3人から出てくるとき(その人たちが教えるとき)は、三人三様でよい。」と教えてくださったことがあります。

 

3人いれば、体格も、思考も、違います。筋肉質な人とそうでない人、大らかな人、神経質な人、闘争好きな人、などなどです。同じようにきちんとそのまま習ったとしても、それぞれの体格、理論の理解、何を大切に感じるのか、などによって、形は変わってくるのは自然の流れとも言えます。さらに、元の先生から習うばかりではなく、他の先生に習うなど、個々人の経験から得た内容を入れ込んでいくことで、3人の太極拳は、三人三様になってきます。

 

これらを同じ太極拳の名前で呼ぶこともありますし、自分の名前を付けて、新しい太極拳として創設する場合もあります。

 

これを話したら、「伝言ゲームみたいですね」と、生徒さんから言われました。

 

そうですよね。伝言ゲームと同じ、押さえるところは押さえておかないと、わけがわからないものになってしまいます。

 

だから、習うときは、とにかくきちんとその通りに習うことが大切です。

 

自由というのは、基本があるから、自由に動けるのだと思います。見た目は全然違う動きになっていたとしても、いくつかの型が亡くなってしまったとしても、基本から外れたわけではありません。その基本をしっかり会得するまでは、基本に忠実に習う方が、より自由に動けるようになると思います。

 

また、この変化は自然な変化で、「新しい套路にしよう」という意図が働いているものではないと思います。何度も何度も同じ套路を繰り返しているうちに、「ここはこうする方が自然にできる」と気づいて変化するような感じだと思います。

 

太極拳は、太極や陰陽理論などなどの理論や思想をベースとして、最後にカタチとして成り立ったものだと思えば、表面的なカタチが違うことは、それが単なるカタチではないことを証明しているとも言えます。

 

どれが正しく、どれが間違っているわけではないのです。

 

人が介在して伝わっていくことで、発展もあります。ひとつの太極拳が、豊かに広がっていくとも言えます。

 

そして、違う人の違うものを観たとき、自分の基本がしっかりしていれば、動揺することもありません。「ああ、そうなんですね」と、素直にそのまま認めることもできます。それは多様性の広がりにもつながります。

 

自由でいるためには、基本はしっかり、きちんと、ですね。

 

(中国、武当山の山頂にある、太和宮。道教寺院)

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 

 

 


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