武当山の頂上:金頂への道

2016.10.21 Friday

(金頂。文字通り屋根が金色に輝いています)

 

武当山の頂上は、金頂と呼ばれ、標高1612メートルにあります。

 

行き方は、ふたとおりです。山の途中までバスで行き、そこからケーブルカーか、徒歩で登ります。(注:バスの行先も2つで、ケーブルカーで登る起点と、徒歩で登る起点は違います。)

 

今回は徒歩で登りました。宿泊している南岩から、約3-4時間の行程です。道は整備されており、ほぼ、階段を登り続けることになります。整備されているのが良いのか悪いのか、山道を歩くより大変です。

 

この日は朝から小雨も降っており、レインコートを着て出発です。山登り日和とは言えませんが、小雨の降る山は、空気がことさら新鮮で、香りもたっぷり楽しめました。

 

(ずっと、こんな景色が続きます)

 

ここは道教の聖山でもあるため、頂上に登る途中にも、見どころはたくさんです。そのひとつ、朝天宮がこちらです。

 

朝天宮というのは、天に続くお寺、というような意味で、英語ではPilgrimage Palace(巡礼寺)と表記されています。”朝”は、日本語の意味とは違い、”〜に向けて”という意味なのです。“宮”は、道教のお寺という意味で、大きなものは"宮”、小さいものは”観”と教えてもらったことがあります。ここは”宮”の名前がついていますが、小さいところでした。

 

ここで道はふたつに分かれます。一つは清の時代に作られた近い道、もうひとつは明の時代に作られた道で、少し遠くて急だけれども一、二、三門と朝聖門(Celestial gate)をくぐる風光明媚な道、と言われています。いつも近道を通っていたのですが、今回は門を通る道にしてみました。

 

(朝聖門の前で)

 

一、二、三という門は、老子の「道徳経」にも書かれているように「道生一、一生二、二生三、三生万物(道は一を生み、一は二を生み、二は三を生み、三は万物を生む)」という道士たちの概念にもつながっています。道教では三は無限大を意味し、発展を示す数字だとされています。一、二、三門をくぐるこの道は、人間界と天界との境目とされています。ジグザグに進む道は人生に例えられ、喜びや悲しみなど様々なことを経験します。現実に向き合い、自然の流れに沿って生きることがわかりさえすれば、人生は幸せに満ちてくる、という解釈がなされているようです。

 

一門からニ門の間は、”360歩古神道”と呼ばれ、文字通り360歩だそうです(今回は、数える余裕はありませんでした)。この数字は、陰暦(旧暦)の1年が360日になぞらえているようで、人生の期間を象徴しているようです。

 

長い長い階段を見上げると、気が遠くなっていきます。こんなときは、次の一歩だけを見て、常に今にいるようにします。到達は、その積み重ねの結果です。(そうは言っても、つい見てしまいますが。)今、思い返すと、確かに人生と同じですね。先(将来)を見ると、気が遠くなったり、心配にかられたりしますよね。

 

途中で、一緒に登った方が、「なんで人生とかは上向きだと良い調子なのに、山は登るのが大変なんでしょうね」とつぶやいていました。これも今、思い返すと、的を得た感想ですよね。他人から見たら、もしくは過去を振り返ってみたら上り調子でも、そのときの本人は、一歩一歩、大変な思いをして登っている、ということかもしれません。

 

 

建築群が世界遺産に指定されている武当山には、観光客がいっぱいです。この日も、雨にも関わらず、中国人観光客がたくさん登っていました。途中、お話したり、長い階段を登りながら励まし合ったり、わたしたちが日本人だとわかると「ふるさと」の歌のフレーズを口ずさみ、「歌ってくれ」と言われたり。そんなひと時の交流も楽しいです。中国人は軽装で登る人が多く、靴もふつうの運動靴(確かに、山用の靴で登るような山道ではありません)がほとんどで、スカートで登る人や、ハイヒールで登る人も!

 

そんなこんなで励まし合いながら、ようやく頂上に到達です。真っ白で何も見えないかと思っていたのですが、霧がさっと動いて、すごく美しい風景が現れました。

 

 

(小さく点々と見えるのは、ケーブルカーです)

 

「来てよかったね」と、ひとこと。

 

最初の写真は、亀の頭のように見えませんか?実は、武当山を航空写真で撮ると、亀の形をしているのです。「航空写真が撮れるようになるずっと前から、ここに住む人たちは、ここが亀の形をしていると知っていたんだよ」と、学校の人が教えてくれたことがあります。

 

頂上にあるのは、太和宮と呼ばれています。武当山の別名は、太和山です。太和、という言葉で思い出すのは、前に先生の兄弟弟子が、「わたしたちはみんな”太和”、大きな家族だよ」、と言ってくれたことです。直訳ではないと思いますが、みんなつながっている、というような意味を感じます。あたたかいですよね。

 

 

登り切ってみると、いつも「来てよかった」と思います。一緒に登ってくれる人がいたり、途中でいろんな出会いがあることも、大切な要素です。人生と一緒、一人では生きていませんね。

 

今日も、一歩、一歩を大切に。気分が落ち気味だったり、心配ごとがあるときに、この道のりを思い出そうと思います。どんな道でもきっと、「来てよかったね。」

 

(登頂?記念に)

 

(参考:「Tour Guide to Wudang Mountain」Chief Editor: Chen Ying  2011年版 中国旅游出版社)


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