太極拳をはじめたきっかけ

2016.02.02 Tuesday














(お稽古前の、準備運動)

太極拳をはじめて、8年ほどになります。

「はじめたきっかけは何ですか?」と、よく聞かれます。
その答えは、拍子抜けするほどの小さなことです。

当時、知人が話しながら手を動かしていて、その動きがきれいだなあ、と思ったことがあるのです。
しばらくしてその方が、太極拳を習っていると知りました。

「それなのかも!」と思ったわたしは、さっそく見学に行かせてもらうことにしました。
それまで、太極拳に興味を持ったことは一度もありませんし、きちんと見たこともありません。
運動と言えば...水泳、テニス、スキーは好きでしたが、
かけっこが遅く、子供の頃の運動会は、”応援頑張る派”です。

いざ行ってみると、先生の、体の使い方、意識の持ち方などが、
わたしよりもずっとずっと、繊細で細かくて、広いのです。
「すごい。この人は、わたしにできないことができて、わたしがわからないことがわかる。」
そして、”上虚下実”という上半身を軽くして下半身を重く、という練習に惹かれて、
習い始めることにしました。

途中、ハーブやアロマの勉強をしていた時期、半年ほどのお休み期間をはさんで、
合計1年以上習っていたと思います。
でもわたしの感覚は、一向にピンときません。

だからと言ってやめようと思ったわけではないのですが、
なんだかなあ...というのが正直なところでした。

2008年の年末、当時、受けていたキャリアデザイン講座の先生が、
「中国で3か月、カンフーの学校に入ってくる」と言って、武当山に行かれました。

直行便もなく、国際線、国内線を乗り継いで、さらに車で2時間走ってようやく山のふもとに着く
という、当時のわたしにとっては”未知なる世界”です。
そんなところ、一生に一度行けるか行けないかだから、と、当時一緒に習っていた生徒さんたちと
訪ねていくことにしました。

せっかく行くなら、と、カンフー学校に入ってみることに。

太極拳をやっていたとは言っても、ピンとこないままですし、
しかも、一日中体育の授業のような学校、運動音痴を自負しているわたしに耐えられるのかどうか、
さっぱりわかりません。

結構な不安を抱えながらの、初体験でしたが、
そこで初めて習った武当太極拳に、「これはなんだか良い。やりたい」と、
初めて思えたのです。

それから7年がたち、日本でも中国でも学校が変わり、
習う先生が変わり、2014年くらいからは自分で教えるようになりました。
いろいろな出来事があり、出会いと別れもありました。

そのすべてが、今につながっています。

8年前のわたしが今の自分を見たら、びっくりすると思います。
太極拳の先生になる、ということだけではなく、
体はずっと健康になりましたし、何よりも、心がずっと穏やかになりました。
当時のわたしの想像を、いろんな意味ではるかに超えていると思います。

この期間、ずっとわたしが持っていたのは、「やりたい」気持ちです。
何のために、とか、どうなりたい、とか、具体的な目標があったわけではなく、
「今はこれがやりたい」だったのです。もっとわかりたい気持ちも、すごく強かったように感じます。

習う先生が変わっていくことは、楽な経験ではなく、
迷惑もかけたと思いますし、自分でも不安になったり大変な時期もありました。
それでも振り返ってみると、必要な時期にちゃんと、必要な先生が現れて、
指導していただいたと思います。

それには感謝しかありません。

そして大変な時期があったと言っても、お稽古自体が大変だったことは
一度もないのです。中国にお稽古に行く、というと「修業ですね。すごいですね」
と言われますが、これはわたしにとっては楽しくて楽なことなのです。
体力的な疲労はありますし、できなこともいっぱいありますが、
できないこと自体を、気にしたことは、ほとんどありません(ときどきは、あります)。

できないことがあって、やりたかったら、やるだけです。

合っているというのは、そういうことなのかな、と思います。


(2008年末に初めて武当山に行ったときの、カンフー学校。
今では校舎も移転して、この建物もありません。)


calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM