共に生きる仲間たち

2017.12.15 Friday

(古民家「うえみなみ」から見た朝日)

 

和歌山に行ってきました。

 

2013年に受けていた、CTIジャパン主催の「リーダーシップ」というプログラムの仲間たちと一緒です。同期は20名いて、今回はその中から5人。そこにひとり、期がちがう修了生も混ざって、6人の旅でした。

 

「リーダーシップ」というプログラムは、いわゆる組織の長というリーダーを育てるものではありません。”すべての人がリーダーだ”という言葉のもとに、ありのままの自分として生き、その影響力を体験し、実践していこうとするものです。

 

プログラムが修了してもうすぐ4年になります。ポツポツ会ったり話したりはしますが、今回のように2泊3日共にするのは、すごく久しぶりでした。

 

場所は、和歌山在住のメンバーが「とにかく、この場所にはみんな、ぜひ来てほしいんだ」と絶賛している古民家「うえみなみ」です。その古民家のオーナーも、今は「リーダーシップ」の受講生というご縁。そこから高野山や、近くの「天空の森」に行こう!と、企画してくれました。

 

 

旅は、最初からハプニング続きです。あわや、病院行きか!と思うような事態が起きたり(結局、無事でした)、1日目の晩から雪が降り、2日目には道路が凍結したため、車で高野山に行く案が中止になったり(結局、バスを使って行くことができました)。雪が降るほどの冷え込みに、体力的に歩き続けるのが難しくなる人も出ました(結局は無事に、3日を終えました)。

 

それでも、そのときどきに起きることに、みんなで協力して、軽やかに越えて行けていたことが、とても感慨深かったです。

 

みんな、それぞれの”好き”があり、それぞれにできること、できないことがあります。集団で行動するときには、誰かが我慢したり、そこにひずみが生まれることも、よくあります。でも今回は、誰も我慢することなく(というのは、わたしの見立てですが)、みんなそれぞれの”好き”がさく裂する中でも、居心地よく過ごせたことは、うれしかったです。

 

「リーダーシッププログラム」を受けたときのわたしは、自分が何をしたいか、何が好きか、よくわからなくて、でも、ひとりではどうしたらいいのかわからず、「誰かに助けてもらおう」と思って、申し込みました。

 

プログラムの細かい内容には触れませんが、いろいろな角度から、自分がどれだけ”ありのまま”で生きていないかを、思い知らされました。

 

「こうしたら、きっと良いだろう」

「こうしたら、上手くいくだろう」

「こうしたら、インパクトがあるだろう」

 

という頭で考えてからの行動は、「わたしは、こうしたい」とは違います。

 

赤ちゃんの頃は、「こうしたい」に従って生きていたはずです。成長するにつれて身に着けた社会性が、いつの間にか鎧のように自分の一部となり、重たいのに、それを着なければ守れないと思い込んでいたのだと思います。

 

守らなければならないものなど、本当はなかったのに、です。

 

当たり前のように着ていた鎧を脱いでいくのは、怖いです。ありのままでいることが怖くて、その自分からの影響が怖くて、最初は上手くできなくて失敗続きで、泣いてばかりでした。

 

なんでも自分でやらなければならないと思っていたわたしにとって、ダメな自分、できない自分をさらすことも、大きなチャレンジでした。

 

仲間たちは、うじうじ泣いたり怒ったりするわたしの話を、ずっと何度でも、そばで聞いてくれました。

 

それから4年が経って、一緒に旅をして、自分も含めたみんなの変化が、とっても嬉しかったです。あの頃よりも、確実に、みんな、ありのままの自分を表現して生きている、と感じました。

 

昔の自分だったら、集団行動するときの役割分担に、もっと意識が向いたような気がします。Aさんがこれをする、Bさんがこれをする、Cさん何もしない、ではダメでしょ、とかです。大変ですよね。

 

でも今回は、少なくともわたしはですが、自分ができることをして、したいことをして、できないことはお願いして、したくないことはそう伝えて、過ごすことができました。

 

(「3分太極拳」のリクエストにこたえて、腿上げ特訓中(笑))

 

(宿の近くの「天空の森」へ)

 

「リーダーシッププログラム」には、4回の合宿があります。1回目の合宿の最終日、リーダーのひとりが「自分の故郷では(アメリカ人ですが、出身はアフリカです)、Backdoor visitor(裏口からの訪問者)という言葉がある」と話してくれました。

 

「表の門からは、呼び鈴を押して、お迎えするお客様。でも、裏門からの訪問者は、いつでも好きなときに家に上がり込んで、いつでも家族と一緒に食卓を囲む、そんな人たちです。あななたち(プログラムの参加者)はもう、わたしにとっては、裏口からの訪問者です。」

 

そんな風に迎え入れてくれたことが、とてもうれしかったです。

 

4年たって、そのときの仲間は、”裏口からの訪問者”です。好き勝手をしても、ときに「えー」と思いながらも、「ま、いっか」と受け流し、くだらない話を延々としてゲラゲラ笑い、まじめな話もします。

 

一緒に行ったひとりが「お正月を親戚の家で過ごしたみたい」と言っていました。

 

「リーダーシップ」は、それぞれの期ごとにトライブ(Tribe / 部族)と呼ばれ、わたしたちの期は「こだま」と呼ばれています。

 

その命名の背景として、次の言葉を贈られました。

 

木霊(こだま、木魂)は樹木に宿る精霊。

また山や谷で音が反射して遅れて聞こえる現象である山彦(やまびこ)は、この精霊のしわざであるともされ、こだまとよばれる。

 

動物、植物、山、川、海...。

森羅万象に宿る多種多様な生命がありのままの声を発し、

国や人種、性別、すべての境界を超え、

こだまとなって世界に響きあってゆく。

という意味を込めた。

 

こんな日を迎えられるとは、あの頃は夢にも思いませんでした。

 

これからもみんな、ありのままの自分で。愛と光と感謝を。

 

わたしの中には、喜びとともに、何かふつふつと揺れるものを感じます。それが何か、まだわかりませんが、おいおい、言葉にしていこうと思います。

 

和歌山や、高野山での旅の様子は、また次の機会に書きますね。

 

(高野山)

 

(大きなしいたけ、いただきました)

 

【12月の特別クラスのご案内】

12月17日(日)の午後は、Bouquet(逗子・葉山)身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第4回:みんなが知らない太極拳ひみつ4 陰陽五行にみる体と心のつながり)です。詳細とご応募はこちらから。

 

12月23日(土)14:00-16:30は「みんみんの陽だまり時間:オレンジポマンダーを作ろう!」(自由が丘・九品仏)です。詳細と応募方法はこちらから。(太極拳クラスではありません)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 

 

 


お茶の時間

2017.12.05 Tuesday

(携帯用の茶器セット。片手の平に乗るくらいの大きさに収納できます。)

 

太極拳のクラスでは、ほぼ毎回、中国茶の時間があります。

 

お稽古時間によって、開始前だったり、終了後だったり、場合によっては途中休憩に淹れることもあります。公園でのお稽古のときも、水筒にお湯を入れて持って行き、その場で淹れています。旅行のお伴になるような、携帯茶器セットもあるのです。

 

このお茶の時間が、とっても好きなのです。

 

「中国でお稽古するときも、前後でお茶を飲むのですか?」と聞かれたのですが、そうではありません。

 

お茶を飲むのは、夕食後だったり、午後お昼寝の後の時間だったりします。お客さんを歓迎するために淹れることもありますが、みんなでワイワイ、お茶を飲みながらおしゃべりすることも、多いです。

 

(武当山で、お茶をふるまう先生(右))

 

お茶の時間があるといいな、と思いついたのは、2011年の春、中国にお稽古に行っていたときです。先生のお友達が作っている緑茶を、試飲させてもらう機会があり、そのとき一緒にいたドイツ人の友人が、「クラブに買って帰りたいから、たくさん買いたい」と話していたのです。彼の先生は、武当山にもよくお稽古に通っている人でした。お稽古前にいつもお茶を一杯飲んで、落ち着いてから始めるのだ、と話していました。

 

ドイツでも、みんな仕事が忙しく、ストレスを抱えていると聞いたことがあります。そんな中、お茶で一息ついてからお稽古するのは、大事な切り替えの時間なのかもしれません。主に東京で教室をしているわたしにとっても、同じことです。

 

そして、この時間、何よりわたしが好きなのです。

 

暖かいものをいただくと、ほっとします。

 

初参加で緊張気味な方にも、

あわてて駆けつけてきた方にも、ほっと一息。

 

お稽古に集中しすぎて周りが見えなくなっているときも、

上手くできないなあと、落ち込んだときにも、ほっと一息。

 

こんなゆとり、余裕を作ること(スペースを持つこと)を、とても大切にしています。

 

お茶自体が話題になることもあります。お茶から見えてくる中国の文化や生活など、わたしが感じたことを、いろいろお話をすることもあります。そんな話から、広がっていくものも、ありますよね。

 

お稽古の時間は、大切です。きちんと練習することは、必要です。

 

でも、わたしを育ててくれているのは、お稽古だけではありません。それ以外の時間、人との関わり、自然との関わりの中で、気づかせてもらったものがたくさんあります。

 

修行というものは、お稽古の時間だけにあるものではないと、感じます。

 

茶器セットが小さくて可愛らしいので、目を輝かせて見る方も。「ゆったりした時間を持ちたいから、欲しい」という方も。そんなことも、良いですよね。

 

 

 

【12月の特別クラスのご案内】

12月17日(日)の午後は、Bouquet(逗子・葉山)身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第4回:みんなが知らない太極拳ひみつ4 陰陽五行にみる体と心のつながり)です。詳細とご応募はこちらから。

 

12月23日(土)14:00-16:30は「みんみんの陽だまり時間:オレンジポマンダーを作ろう!」(自由が丘・九品仏)です。詳細と応募方法はこちらから。(太極拳クラスではありません)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ

 


好きなことをする

2017.11.25 Saturday

(今日の代々木公園)

 

わたしにとって、体を動かして感じて育っていくことは、大好きで、大切なプロセスです。

 

体はとっても賢くて、いろいろ気づかせてくれます。この世では体をもって生きるため、体を大切に扱うこと、無駄な負担をかけないことで、この世での居心地や”生き易さ”も、変わってくると思っています。

 

でも「だから、体を動かしましょう!」と言っても、ハードルが高いと感じる方もいらっしゃいます。そして「太極拳ですよ」というと、さらにハードルが上がります。太極拳って、名前は知られているけれども、内容はほとんど知られていないと感じるのですよ。

 

昔の人の智慧である太極拳を、たくさんの人に届けたいと思うなら、ハードルを低くしようと、今年は話す機会を増やしました。

 

2月におはなし会、6月にインターネットテレビ(自由が丘FMTV「みんみんの陽だまり太極道」)の番組を始め、8月に逗子ではじめたbouquetでの講座は、前半おはなし、後半体験という新しい構成になりました。細々とですが、「やろう!」と決めるとご縁がつながるものですね。ありがたいです。

 

こんな風に「やろう!」と思うとき、”好きかどうか”を大切にしています。

 

”好き・嫌い”は、思考ではありません。「〇〇した方がいいよ、大人なんだから」という理屈ではなく、本能につながっています。理由があったとしても、”後づけ”です。人を説得するために理由が必要なこともありますが、自分にとっては、どうでもよいわけです。

 

思考は、簡単にウソをつきます。悪気はないですけれどもね。本当はやりたくないのに「仲良しの〇〇ちゃんがやることだから、手伝わないと」とか、「お世話になっている〇〇さんが開催するから、行かないと」とか、ありませんか?わたしは、よくやりました。(今でも、やりそうになります。)

 

わたしの場合、共感性が強いことが、さらに事情を複雑にします。「共感性が高いこと、人の気持ちを理解できることは、ひとつの力ではあるけれども、あまりに過ぎると、どれが自分の気持ちかわからなくなるから、ほどほどにするんだよ。」とアドバイスされたことがあります。人の気持ちを自分の気持ちのように感じ、わけがわからなくなるのですよ。

 

さらに「こうしてあげたら相手にとって良いだろうな、という思いは、相手にはわからないよ」とい言われたこともあります。

 

人に何かをすること自体がダメなわけではありません。してあげたいことをして、その思いが伝わらないとき、がっかりすることありませんか?わたしには、あります。でもそれ、すごく自分勝手ですよね。相手にしてみたら、「そんなこと頼んでない」でしょう。

 

そんなことも多々経験し、もっとシンプルに生きよう、好きなことをしよう、と思うようになりました。

 

シンプルなのですが、意外と手ごわいです。世間体や、「まっとうな人間だったらこうする」という妄想、義理、「やらないと言ったら、あの人が火のように怒り出す」という恐怖感などなど、好きなことを素直に選ばない理由(言い訳)は、たくさん出てきます。やりたいと思って始めたのに、だんだん苦しくなることもあります。ちょっとした無理があると、結局は自分を傷つけます。

 

勇気を振り絞らないと、「こうしたいの」と言えなかったこともあります。我慢してきたものが堰を切ったように流れ出すため、ほぼ絶叫、ケンカを売っているようになってしまったこともあります。たくさん迷惑もかけながら、「もっと普通に言えばいいよね」とか、「こじれる前に言わないと」とか、”好き”を通すやり方も、少しずつわかるようになってきたかもしれません。

 

さて、”好き”に話を戻します。インターネットテレビで放映された自分の番組は、必ず後から見ているのですが、「あらまあ」と思うところ、突っ込みどころは山ほどあれど、自分の話しているトーンは好きだな、と感じます。心地よいのです。

 

客観的に見たら、どれだけの人に届いて、役立っているのかが大事なのでしょうが、それはさておき、自分が”好き”と思えることが、うれしいです。その先のことは、わたしがどうこうすることではないですしね。わたしがしたいことは、誰かの期待に応えることではないのです。

 

そして、以前聞いた「何をやっても、巡り巡って、結局はどこかの誰かの役に立つ」という言葉が、心に響きます。

 

”好き”は、最強なのですよ。

 

 

【特別講座のお知らせ】

11月26日(日)14:00-16:30

 特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 

12月17日(日)14:00-17:00 ※女性限定 Bouquet

 身体とこころのその先へ〜本当の思いに触れにいく太極拳 第4回 「陰陽五行にみる 身体とこころのつながり」

 詳細とお申込みは、こちらから

 

(お茶を淹れながらおはなしするのも、好きな時間。先日のBouquetの講座にて)

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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前に進めない躊躇

2017.11.17 Friday

(Photo by Hirohisa Tajima)

 

秋に中国の武当山にお稽古に行っていたとき、先生のお弟子さんのひとりと、「これからどうしていくか」というお話をしました。

 

今は先生に「手伝って」と言われて学校にいるのですが、「先のことはわからない」と。

 

「自分で教え始めようと思わないの?」と聞くと、「中国武術(カンフー)は、中国のものだから、国内は競争が激しい。動画もたくさんあって、みんなあれこれ比べるし、実際に行って『違う』と思えば、すぐ別のところに行く。この中でやっていくのは、難しい」と、言うのです。

 

わたしは、「今すぐ先のことを決める必要はないし、決められないしね。ずっとここにいられて、自分もいたいなら、それもいいし、自分で始める状況になったり、始めたいなら、それもいい。でも、何をするにしても、自分が大切にしたいことだけ、はっきりさせたらいいと思う」と話しました。

 

お弟子さんの躊躇も、わかるなあ、と思うのです。わたしもホームページを開設するとき、すごく躊躇して、なかなかスタートできなかったのです。

 

日本は、武当功夫(カンフー)をする人が少ないこともあり、中国と状況は違います。それでも、「ホームページを出したら、何を言われちゃうんだろう」とか、「上手くいかなかったらどうしよう」とか、「そもそも、そんなにたいした自分ではないし」とか、ごちゃごちゃ出てきて、ずっと足踏み状態でした。

 

そんな状況をある人に話したら、「はっきり言うけど、それ、思い上がりでしょ(笑)。」と一言。「自分が大した人だから、たいしたことをせねばならぬ、と思っているだけだよ。」

 

「たいしたことないし」と言いながら、実は自分が「たいした人である」だと思っている、ということです。とほほ。

 

「たいしたことのないわたしですが、これが好きでやっているの、という気持ちになれたら、すぐにできるよ。」その通りでした。

 

大切にしたいことは、人と比較するようなものではありません。なんでも良いし、変化していっても良いと思っています。

 

大切にしたいことを大事にしているうちに、いつの間にかそれが縛りとなり、苦しくなってくることも、ありますよね。

 

”今、何を大切にしたいのか”は、その都度、その瞬間、自分に確認していくものなのかもしれません。

 

以前、「需要に応えるか、自分が好きなことをやるのか、どちらをするのか」と悩んでいる人がいたのですが、それも自分の選択です。一般論(もしくは大多数)として、「こうする方が、今は良い」という道はあるのかもしれませんが、大抵の場合、その”良い”自体も、一般論や大多数の”良い”でしょう。

 

自分の”良し”は、隣の人の”良し”とは違うでしょう。どれだったら自分はやりたいのか、どれだと苦しくなるのか、そんな自分の状態を見てあげられることが、大切だと感じます。

 

好き・嫌いは、思考を通るものではありません。「〇〇すべきだ」に支配されず、本能に直結した思いです。この好き・嫌いに従えばよい、と、いたってシンプルですが、なかなか難しいこともありますよね。

 

なぜなら、わたしはずっと、自分が何が好きかとか、嫌なのに我慢していることとか、よくわからなかったのです。

 

カンフーを続けてきて、自分の体と心を見て、育て、感覚も育てていくという過程は、少しずつではありますが、わたしに好き・嫌いを感じられる力と、好きなことをする力を、つけてくれたと感じます。

 

人から見て上手くいっていないような状態でも、自分がよければ、それで良しです。

 

人の指紋が人の数だけあるように、好き・嫌いも、人の数だけあっても良いですよね。

 

ついでに言うと、足踏み状態だった時間も、愛しく思えます。あのときの自分は、そうしたかったのでしょう。たいした人になろうとして、それを諦めるまでやり続けたかったのか、モゴモゴと躊躇したかったのか、よくわかりませんが、モゴモゴを諦めたときに、自分の中から、大切にしたい思いが出てきたからです。

 

だから、きっと大丈夫なのです。悩んでいたり、あれこれ手を出しては挫折することが続いたとしても、それはまだ道の途中なのですね。

 

 

 

【11月の特別クラスのご案内】

11月19日(日)14:00-17:00

Bouquet(逗子・葉山)「身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第3回:みんなが知らない太極拳ひみつ3 自然に学ぶ)です。詳細とご応募はこちらから。

 

11月26日(日)14:00-16:30

特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 

(武当山、南岩)

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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あなたは、よくやっている

2017.11.15 Wednesday

 

(2011年の春、武当山。手前が田理陽先生、すぐ右後ろがわたし。首がまっすぐでないところが、まだまだ、笑)

 

数年前、武当山にお稽古に行っていたときに、田理陽先生(武当玄武派第十五代伝人)からときどきかけていただいた言葉が、「あなたは、よくやっている」でした。

 

長めに滞在していたときで、最初の1か月は形意拳の基本の五行拳をしていました。ほかにやりたいものもあり、この先にどうするか悩んで、先生に聞いてみました。「太極扇を習いたい気持ちもあるのだけれども、このまま形意拳を続ける方が良いと思いますか?」と。

 

先生の答えは、「よくやっているし、体もできてきたし、成果も出てきているから、このまま続けるのも良いと思う。でも、太極扇も教えられるし、それも良いよ。自分で決めなさい。」でした。

 

わたしの気持ちは、形意拳を続ける方に傾いたのですが、先生はそれから、太極扇を教える準備を始めました。わたしに教える役の人を選んで、お稽古をつけ始めたのです。

 

結局、滞在期間の最後の10日間で、太極扇を習いました。最終日、先生が「見せてね」とおっしゃって、先生の前で披露することに。ほかの生徒にビデオを撮らせながら、です。

 

1回目は最初と最後が逆向きに終わってしまい(つまり、どこかで間違えています)、2回目は途中が抜けてしまい、3度目でようやくひととおり最後まで到達できた、という、やれやれな出来でしたが、先生は「10日間でこれだけできるようになって、あなたは本当によくやっている」と言ってくださいました。

 

厳しい先生で、ほめて育てるタイプではないようですが、ときおりかけてくださる「あなたは、よくやっている」という言葉に、とても勇気づけられました。

 

今、当時のわたしを振り返るならば、全然なっていないことだらけです。もちろん、先生には見えていたはずです。そんなわたしに「よくやっている」と言葉をかけてくださったことの意味を、今になって、しみじみ感じます。

 

人にはそれぞれ、段階があります。1歩目を踏まずに10歩目に行くのは、無茶です。1歩目も踏んでいない人が、100歩目の人になろうとしても、無理です。

 

1歩目を踏み出した人は次の2歩目、100歩目の人は101歩目と、それぞれの段階で進むだけです。そのペースも、人それぞれだと思うのです。

 

こうしてみると、どの段階にいる人も、今の1歩が大切なことは、同じです。それを大切に踏み出していることが、「よくやっている」ことだと思うのです。

 

お稽古中、わたしはよく、「ちょっとずつ努力する」という表現を使います。例えば、腰を回す準備運動などでも、「ずっとずっと、1ミリずつでも遠くに、という意識を持つ」と、話します。

 

「できた!」とそこに安住するのではなく、ほんのちょっとずつ先に進むのです。それは、すごくよくやっていることなのだと思います。その結果は、参考としてさらっと見ておけばよいのです。

 

どんな結果でも、それが今の自分です。100歩先のほかの人になんてなれませんし、なる必要もありません。

 

途中休憩も、もちろんありです。歩き続けられる人は、いません。

 

今、生徒さんを見ていると、みんなとってもよくやっています。その変化は、自分で気づいていけるものですが、そこに気づく前に迷子になってしまう場合も、ないわけではありません。

 

わたしの役目は、迷子になりそうな人に、ちょっとだけ「次の1歩はここだよ」と見せることと、次の1歩を踏めていたら「よくやっているよ」と声をかけてあげることだけです。

 

みんなちゃんと、自分に必要なものを自分から取りに行く力は、あるのです。

 

だから、みんなちゃんと「よくやっている」のですよ。わたしも、あなたも。そのことにいつも気づけるかどうか、それも大切ですね。

 

 

【11月の特別クラスのご案内】

11月19日(日)14:00-17:00

Bouquet(逗子・葉山)「身体とこころのその先へ 〜本当の思いに触れに行く太極拳〜」(第3回:みんなが知らない太極拳ひみつ3 自然に学ぶ)です。詳細とご応募はこちらから。

 

11月26日(日)14:00-16:30

特別クラス「太極扇を体験してみよう」(自由が丘・九品仏)です。詳細はこちらから

 

 

(田理陽先生(右端)のお誕生日。左から2番目、赤いお稽古着で笑っている方が今の先生、明月先生)

 

 

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