足はどこから?

2019.02.14 Thursday

 

この写真は2015年の春、中国の武当山にお稽古に行ったときのものです。隣にいるのは、武当太極剣と形意八卦掌を教えてもらった兄弟子です。

 

あの頃、ずっと気になっていたことがあります。

 

わたしの腰のあたり、もっさりしていませんか?

 

お隣の方、すっきり伸びていませんか?

 

何かが違う気がして、立つ角度を変えてみたり、いろいろやってみたのです。でも、これという策はなく、いつも「うーん...」と思っていました。

 

最近、ようやく気づきました。これ、お腹や腰のあたりが緊張しているのです。

 

 

足はどこからだと思っていますか?

 

股下と言いますから、鼠蹊部の下あたりでしょうか?骨盤のあたりからという方も、いらっしゃるかもしれません。

 

解剖学的に足(もしくは脚)がどこかはさておき、意識としては「みぞおちの下あたりから」とすると、いろいろ、いい感じになります。

 

下図を見てください。

 

 

大腰筋というインナーマッスルがありますよね。上半身と下半身をつないでいる唯一の筋肉です。直立歩行するときに重要な役割を果たしていて、歩くとき、この大腰筋で足を引き上げたり、踏み出したりします。

 

年齢が上がってくると、足が上がらず転びやすくなったりしませんか?それは、大腰筋の衰えと関係しているようです。

 

大腰筋は、背骨のうち、腰椎5つと胸椎の12番(胸椎の一番下)から出て、大腿骨につながります。ですから、位置としてはだいたい、みぞおちの下あたりからです。

 

ここから足だと認識すると、お腹のあたりで左右に割れて、足がながーくなったようなイメージになります。これで歩いてみてください。(腰をわざと振らないように。緊張してしまいますから。)

 

歩幅が広くなり、ぐんぐん歩けるようになりませんか?

 

この意識を試してもらうと、膝に不安があって普段はできるだけ歩きたくない方々でも、「歩くの、楽しい!」と、嬉々として歩き続けたりします。

 

では、最初の認識にもどって、股下からが足だと思って歩いてみてください。

 

足は上がらず、ちょこちょこ、ちまちまとした歩き方になりませんか?いかにも転びそうです。意識ひとつで、ずいぶん変ります。

 

 

もうひとつ、わかりやすい動作があります。冒頭の写真のように、片足を上げてみてください。

 

,澆召ちの下あたりから足だと認識しているときと、股下から足だと認識しているときと、比べてみます。,諒が、はるかに楽に、上がります。わたしは10センチくらい違いましたし、どなたでも試してみると、違いが出るのです。筋力も何も変わっていないのに、です。

 

△両豺隋足は股下からだと認識すると、お腹や腰のあたりは無意識に固めてしまいます。緊張させてしまっています。これが、昔わたしが「腰のあたりが、もっさりしている」と感じたものの、正体です。

 

わたしなりのイメージは、こんな感じです。

 

 

,両豺隋丙検法△弔泙蠡膵筋を使って足を上げる場合は、体が縦に伸びています。足裏からは地中深くに伸び、頭は天に向かって伸びています。背骨の関節の隙間も、開いていますし、体の中にはスペースが生まれます。

 

△両豺隋扮Α法△腹や腰のあたりを緊張させて固めてしまっています。すると丸いふんわりしたボールを上下に押しつぶしたようになり、お腹まわりがもっさりします。腰は要(かなめ)というように、この上下をつなぐところを緊張させてしまうと、縦に伸びる力は生まれず、背骨の関節の隙間は詰まりますし、体の中は窮屈になります。

 

 

歩く姿を観察してみると、他にも大きな違いがあります。

 

大腰筋を使って足を引き上げて歩くと、背中(背骨)がゆるゆる動きます。大腰筋は6つの背骨にひとつずつついているので、当然ですよね。

 

股下から歩くと、背中は板のように固まります。使っていなければ、動きませんよね。

 

背骨には、たくさん関節があります。骨や筋肉は、バラバラに動くものなのですが、いろいろな理由で、ひとかたまりになっていることが、よくあります。

 

歩くときに「足はどこから」を意識するだけで、お腹や腰のあたりはほぐれ、大腰筋というインナーマッスルも日々、鍛えられます。年齢がいっても、しっかり自分の足ですこやかに歩ける可能性は、大きく上がるのではないでしょうか。

 

しかも、ぐんぐん歩けて、楽しいです。

 

もちろん、それまでに硬くしてしまったお腹や腰まわりの筋肉は、一瞬にしてほぐれるわけではありませんから、別途ほぐしていく必要はあります。でも少なくとも、これ以上の緊張を強いることは、なくなるはずです。

 

 

人の面白いところは、「こうだ」と認識すると、使えるようになることです。

 

この「足はどこから?」も、最近たくさんの生徒さんに体験してもらっていますが、みなさん、あっという間に変ります。

 

ヒトが直立して二足歩行になったとき、バランスがとりにくいために頭が発達した、と聞いたことがあります。二足歩行によって、体が上手く使えずに、あちこちコリや痛みが出たりもしているのでしょうが、一方では、発達した頭を使うことで、解消できることもあるわけです。

 

面白いですよね。

 

日々の生活の中、歩く間にほぐれていくか、常に緊張しているかは、大きく違ってくると思います。お試しくださいませ。

 

 

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2月16日(土)14:00-16:00 は「しあわせひきよせ ハッピーウォーク」は、足の使い方や、立つときの関節の緩み方、体のほぐし方などなど、歩くだけでしあわせ感が上がるような内容です。詳細とご応募はこちらからどうぞ。

 

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【特別クラスのご案内】

2月17日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第18回)」です。詳細とご応募方法はこちら

3月  3日(日)14:00-16:30は「やさしい站椿功第5回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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進化は、背骨に現れる

2019.02.12 Tuesday

 

先日、「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」の第1回目を開催しました。

 

今回は初回のため、進化の歴史と背骨に現れる変化、背骨の役割などについても、お話しました。それを、かいつまんで書いてみます。

 

人の背骨はS字カーブを描いていますよね。首のカーブ(頸前湾)、胸のカーブ(胸後湾)、腰のカーブ(腰前湾)、3か所のカーブがあります。それぞれ、その時期、その環境に適応するためにできたものです。

 

地球に生命が発生したのは、30億年以上前、海の無脊椎動物でした。

 

脊椎動物、つまり背骨を持つ生き物が出現したのは、5億年ほど前のことです。

 

魚の一種ですが、最初は、ひれを持たず、あごのない丸い口を開いたまま、海底を這うように進んでいたそうです。自然に流れ込む海水を、1本のまっすぐな消化管でろ過して、中に含まれる小さな食物を取り込んでいました。

 

この頃は、積極的に獲物を捕らえるような行動は、無かったのですね。

 

次に、ひれと顎のある魚が出現します。

 

その頃、陸が優勢になる時期と、海が優勢になる時期が、周期的に繰り返されました(造山運動)。同じ場所でも、海が優勢になると海底沈み、陸が優勢になれば陸になることが、繰り返し起きます。

 

その環境に適するように出現したのが、肺魚(はいぎょ)です。肺を持ち、水陸両方の呼吸に備える魚です。

 

その中から陸の生活に入っていくものがいました。この間、約1億年ほどかけて、行くか、行くまいかと逡巡するような。時期があったそうです。それが両生類、爬虫類へと進化していきます。

 

さて、ここまで、魚の背骨はまっすぐです。

 

上陸したときに、1番目の変化が生まれます。

 

陸に上陸すると、顎が地面に接したままでは、口が開きませんよね。頭を上げるしかありません。ここで、首のカーブができます。

 

2番目の変化は、四つ足になるときです。

 

ワニのような両生類は、足が胴体の横についていますよね。体が地面についているので、比較的安定していると言えるかもしれません。

 

それが、チーターのように四つ足になると、足が胴体の下に入り、胴体が地面から離れます。内臓が下に落ちます。それを支えるために胸のカーブができたようです。

 

人間でいうと、四つん這いの格好ですよね。ちょっと四つん這いになってみてください。背中がぺったんこだと、肩のあたりがキツく、体重を支えにくいのですが、ちょっと胸のカーブをつける(アーチ型)と、肩に力がかからず、楽に体を支えられます。

 

なお、四つ足と言いますが、前足と後ろ足の役割は、違います。後ろ足は蹴る足ですが、前足は衝撃を吸収したり、獲物を捕まえたりします。後ろ足で獲物を捕らえているチーターとかライオンとか、映像でも見たことありませんよね。

 

その前後の足役割が、もっと明確になってきたのが、ゴリラです。後ろ足だけで立つようになり、手が自由になります。でもゴリラの立ち姿は、人間のような直立ではありませんよね。

 

3番目の変化は、人間になるときです。直立するために、腰のカーブができます。

 

数億年をかけて、背骨の3つのカーブができあがり、今のわたしたちの体になっています。

 

進化は、こうして進んできました。でも、運動能力としては、人間よりも魚の方が、すごいのです。

 

たとえばマグロは、2メートルの巨体で、海中を時速100キロで泳ぎます。150キロ、という説もあるそうです。

 

チーターも時速100キロですが、わずか十数秒しか持ちません。でも走り始めて1秒で、時速70キロに到達します。獲物を捕らえるためには、最適な能力ですよね。

 

四つ足動物から爬虫類に戻って、かつてTVCMで大人気になったエリマキトカゲも、すごい運動能力です。足は人の親指と人差し指を開いたくらいしかないそうなのですが、なんと、時速27キロなのだとか。

 

魚は、頭と背骨(と肋骨)しかありません。尾びれや胸ひれは、背骨についていません。泳ぐときは背骨の力だけ、体幹だけで泳ぎます。

 

一気にスピードを上げるチーターも、基本は背骨で走ります。足は、背骨の動く力、動力を伝える拡大伝達器官です。

 

背骨、すごいです。

 

チーターのように四つ足で走るようになっても、魚が背骨で泳いでいたときの力がそのまま引き継がれているように、進化によって構造が変わっても、背骨の能力は、そのまま引き継がれています。

 

つまり、人間にも、魚の頃からの能力が、そのまま引き継がれています。

 

それを証明できることがあります。赤ちゃんです。

 

赤ちゃんは、生まれたとき、S字カーブは完全に育っていません。生まれてから1年〜1年半をかけて、作り上げられます。

 

オギャーと生まれたとき、背骨は一様に後ろにカーブしているそうです。3か月から半年、首がすわってお座りができるようになると、首のカーブができます。肺魚が意を決して上陸し、両生類になっていったときですね。進化の歴史では1億年かけましたが、赤ちゃんは3か月〜半年でやりきります。

 

寝返りをし始め、ハイハイをし始めると、チーターのように四つ足で歩くようになりますよね。胸のカーブも、ゆっくり進んでいくのは、このときでしょうか。

 

そして1歳から一歳半になると、立って歩きはじめます。このとき、腰のカーブができます。

 

数億年をかけて進化してきたものを、赤ちゃんは、わずか1年とか1年半で成し遂げます。

 

みんな、これをやり遂げて、大人になっているのです。

 

しかも赤ちゃんは、「さあ、こうやって呼吸しましょう」とか、「こうやって寝返りをうちましょう」とか、「立ち方教室」みたいなものは、ありません。能力は、誰にでも内包されています。

 

人には、人類の祖先が経験した多くが、DNAや構造に、残されています。

 

大人になると、いろいろな理由で(それは自分を守るためだったりしますが)、体が硬くなり、背中も1枚板のようになっている人も多いです。

 

本当は誰でも、体が組織通りに分化して、骨は骨、筋肉は筋肉として使えはずです。もっとしなやかに、力強く、大海原をぐんぐん泳ぐような力が、備わっています。

 

「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」は、背骨を使うことを忘れてしまった体に、もう一度、思い出してもらうクラスです。眠っている力が、内側から湧き上ってきます。外に何かを求めて身につけていくのではなく、内側にある自然の力を呼び起こします。それは、自らの内なる自然に還る旅です。

 

1回目の卵は、じっくりと、背骨の関節ひとつずつを、ゆっくりじっくり感じながら、動きました。動きは小さいのですが、しっかり体を動かした感じがします。

 

お話を聞いてから、体をほぐしてから始めたからか、みなさん、とってもよい感じに、丁寧に動いていました。途中、「ああ、無理っ」という声も聞こえたりして、まさに、進むか、還るか、逡巡した”あの頃”のようなことが、起きているかもしれませんね。

 

どれも、いい経験です。

 

なにしろ何億年も費やした進化ですから、クラスでも、焦らず、ゆっくり時間をかけて、ちょっとだけ進んでいきます。

 

1回目の卵に続き、2回目はいよいよ、魚です。ゆらゆら、背骨だけで泳ぎます。単発参加もできますので、タイミングの合う方、ぜひお越しください。
 

3月10日(日)14:00-16:30「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」第2回 人体の中にある魚

 詳細とご応募方法は、こちら

 

 

≪参考図書≫

「究極の身体」高岡英夫著 講談社+α文庫

「胎児の世界 人類の生命記憶」三木成夫著 中公新書

「『退化』の進化学 ヒトに残る進化の足跡」犬塚則久著 講談社 

 

 

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コンプレックス

2019.01.18 Friday

 

2月から、新しいプログラムを始めます。「内なる自分に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」です。

 

卵→魚→へび→ワニ→チーター→ゴリラ→人間という進化は、背骨の変遷でもあります。魚として背骨だけで大海原を悠々と泳いでいた能力は、今のわたしたちのDNAにも伝わっています。

 

でも、現代に生きる人たちの背中は硬く、一枚の板のようです。

 

ほんとうは、背中はもっと柔かく、龍のようにしなやかに動きます。自分の中に備わっている力を取り戻せたら、今まで想像できなかった可能性や世界が広がるはずです。

 

......というのは、一般向けのご案内です。もちろん、この思いにウソはありません。

 

でも、もっと個人的な思いもあります。

 

背骨のコンプレックスです。

 

わたしは13歳のときに、若年性の突発性側弯症と診断されました。

 

側弯症の発症では、一番多いケースに入るようです。全体の8〜9割が成長期である小学校高学年から中学校に発症し、さらに女子の発症は男子の5〜7倍のようです。

 

当然、病院通いが始まります。それと同時にカイロプラクチックの施術も受け始めました。

 

子供で骨が柔かいこともあったのか、カイロプラクチックの施術は、すごく効きました。歪みは大幅に改善し、そのスピードには病院のお医者さんも驚くほどでした。

 

でも、施術には通い続けられなかったのです。

 

なぜか。

 

どうしても、そうやって人に体を触られることが、嫌だったのです。

 

もちろん何かがあったわけではなく、施術士さんのせいではありません。家族もお世話になっていた方で、おじいちゃんと言えるようなお年の、優しい笑顔の方だったことは、記憶にあります。

 

でも、とにかく嫌だったのです。

 

頑固だったわたしは、どれだけ母に言われても、断固拒否しているうちに、ゆがみは、また戻ってしまいました。今度は無理やり母に連れていかれましたが、頑なに拒否するわたしを、施術できるわけがありません。今度は先生の方が「勘弁してください」とおっしゃいました。当然ですよね。

 

病院で「コルセットはした方がいい」と言われても、そちらも拒否。なぜそんなに素直じゃないのだ、と、今のわたしなら、あきれながら言うでしょう。

 

こんな調子で、側弯症と一緒に生きていくことになりました。

 

側弯症の中には、どんどん歪み続けるものもあるようです。イギリスのユージェニー王女も、同じ若年性の突発性側弯症だったと告白されていましましたが、彼女の場合、ゆがみ続けるのを止めるために手術してボルトを入れたようです。

 

その手術跡を見せてのウェディングドレス姿は、その思いや人柄がにじみ出ているようで、とても美しかったです。

 

幸いわたしは、背骨がまっすぐになることはないものの、悪化することもなく、成人しました。

 

整体やカイロプラクチックに行くことに、抵抗はなくなりました。良いと言われるところを探して行きましたが、言われることは、同じです。

 

「このくらいの背骨のゆがみなら、問題ではありません。ただ、その影響で回りの筋肉が固まりやすいので、ほぐすことを心がけて。」

 

この程度は問題ではないと言われることに、ほっ、としつつ、「治らないんだ」という暗い気持ちも、心に、張り付くようにありました。

 

太極拳を始めても、わたしの側弯症に気づく人は、先生を含めて、あまりいませんでした。でも誰よりも、自分がいちばんよく知っています。湾曲が強いところ、左の腰の筋肉は、いつも硬いのですから。肩の高さが違うのも、その影響です。

 

「あの人の体は、太極拳に向いているよね」みたいな話題になるたびに、うらやましく思っていました。

 

今となっては、太極拳に向いている体というのが、あるとは思っていないのですけれども。あの頃は、何しろコンプレックスでしたからね。

 

あの頃のウエストは、右のくびれはあっても、左のくびれはなかったのです。

 

ストレッチで緩めようとしても、これだけ硬いと、ひきつるような、ちょっと特殊な痛みが出ます。単純に硬いのとは違います。それでもあきらめず、「少しずつ、少しずつ」とやり続けました。

 

いちばん辛かったのは、一生懸命に練習すればするほど、歪みが強くなることでした。

 

いい先生にお会いできて、毎朝、公園に通って教えていただいたことがあります。先生が大好きで、楽しくて、一生懸命に練習していたのですが、歪みがある場合、たくさんすればするほど大きくなっていきやすいのです。あの頃は、歪みを出さないようにするやり方も、知りませんでした。

 

(2013年の冬に出会った李先生。四節八極拳という珍しい中国武術を伝えています。この先生の、しなやかで龍のような、ぐるんぐるん動く体、柔かい心、子供のように楽しそうにお稽古される姿に、とても影響を受けました。)

 

こういう経験を重ねていると、だんだん基本に意識が向くようになるのかもしれません。どれだけ太極拳の套路(型)を覚えても、歪みが大きくなっては、本末転倒です。もともと太極拳自体、無駄なものをそぎ落としていくものですから、当時のやりかたでは、「何か方向性が、ちょっと違う」と思ったのかもしれません。

 

基本中の基本、「ちゃんと立って、ちゃんと歩きたい」と、ご縁があったボディワークの先生に、泣きながらお願いしました。

 

なんとその先生、わたしに向かって、「あなたの心がまっすぐになったら、背骨はまっすぐになるわよ。」とおっしゃるのです。

 

医学的には、東洋医学も含めて、「歪みは治らない」と言われ続けた背骨ですが、この先生は違いました。

 

青天の霹靂というのか、世界が一瞬で変わったというのか、それは自分の可能性を信じ直す、きっかけになりました。

 

奇跡は、起こるのですよ。

 

そして体と心、両方からアプローチした結果なのか、実際に背骨の状態はずいぶん変りました。くびれのなかった左のウェストにも、ちゃんとくびれがよみがえりました。

 

まだコリはありますが、ひきつるような痛みは、もうありません。

 

今はもう、コンプレックスではなく、わたしの今の特徴のひとつという感覚です。もうちょっと楽になれると思っていますが、そこに悲しみや辛さは、ありません。

 

そして、背骨を活かす可能性は、もっとあると思っています。

 

わたしに最初に、背骨の可能性を見せてくれたものは、太極拳でした。中国の先生たちの背中は、龍のようにしなやかに柔かく動くのです。今から思えば、背骨にコンプレックスがあった分、憧れを感じたのかもしれませんし、「これだ」と思ったのは、本能で、背骨の問題が関係していたのかもしれません。

 

(2011年に教わった田理陽師父。武当玄武派第十五代伝人。厳しい方ですが、大きな笑顔のやさしい先生です。太極拳を始めると、まわりの空気が一瞬で変わります。この先生が「あなたはよくやっている」と言い続けてくださったことが、どれだけ力になったかわかりません、)

 

(今の先生、明月師父。武当玄武派第儒六代伝人。広く穏やかな心、やわらかい体、取り組み姿勢、面白さも、すべてを尊敬しています。)

 

 

そして背骨の可能性を、よりはっきり見せてくれたのが、アニマル進化体操(R)です。今回のプログラムのベースになっているものです。

 

卵から始まり、魚、ヘビ、ワニ、チーター、ゴリラの体の使い方を真似していきます。真似していくというよりは、自分の中にある魚を呼び戻したり、チーターの能力を取り戻す、という感覚です。

 

使えていないだけで、その能力は、誰の体にも備わっているからです。

 

魚は背骨をゆらゆらさせます。つい、腰で振ってしまうところ、先生から「魚には腰はありませんよー。」という声が飛びます。「腰はないのだ、ないのだ」と自分に言い聞かせながら探っていく過程は、面白く、楽しく、上手くいかなくても、笑いが溢れます。

 

ワークをした後は、わたしの感覚ですが、まず背骨がしっかり認識できるようになります。「これ」という感覚です。

 

そして自然に、柔かく動くようになります。

 

このワークは、医師で人類学者のレーモンド・ダート博士(1893年〜1988年)の研究成果であるダート・プロシージャーをもとにしています。息子さんが脊椎側弯症で、その治療方法をもとめてアレクサンダーテクニークに出会い、そこからのご縁でこのワークにつながっていったようです。

 

それを知ったとき、「子供だった頃のわたしが、このワークに出会っていたら」と思いました。

 

先生のサポートは入りますが、人に施術してもらうのではなく、基本は自分でやるワークです。「これならできたかもしれない。あの辛い思いは、しなくても済んだかもしれない。」

 

今、わたしと同じような状態になった人に、この選択肢があったら、きっといい、と思うのです。

 

自分で何でもできるとは思っていないため、お医者さんや施術士など、人や専門家の手は、必要ならいつでも借りようと思っています。ただ、自分の心身は自分で面倒を見る心意気は、大切だと思っています。

 

整体に通うとしても、一時的にサポートしてもらうためで、それが自分の人生の一部として組み込まれたくはないのです。

 

このあたりの望みは、人によって違いますよね。ですから通うことがダメだとは思っていません。ただわたしが、それを望まないだけです。

 

もしかしたら、13歳のわたしは、人に触られるのが嫌だったというより、人に自分の体を動かされるのが嫌だったのかもしれません。

 

コンプレックスは、ないに越したことはありません。その原因をつくるものも、ない方がいいと思います。

 

でも、望まなくても(少なくとも、表層意識では望んでいなくても)、側弯症にはかかります。

 

でも、それがあるから、痛みや辛さがわかったり、なんとかしようとします。わたしの場合はそれが、自分の願いや、したいことにつながっています。

 

病気やコンプレックスに「ありがとう」と言えるかと聞かれれば、そうは言えません。でも、それは、わたしが無駄なものをそぎ落として、本来の自分として生きようとするためには、大切な経験だったと思います。まぎれもなく、今のわたしの一部です。

 

コンプレックスがあったからこそ、「一生懸命やる人に、歪みが起きるような思いをさせないように」を、強く心がけるようになりました。ひきつるような痛みを感じる人がいることも理解できますし、自分が経験していない辛さを感じる人もいるだろうと、思いをはせることもあります。歪みを取りながら、その先を積み重ねていく方法も、いろいろ研究するようになりました。

 

そして、頑固なまでに嫌がった13歳のわたしのような人が目の前に現れたとしたら、「なぜそんなに素直ではないのだ」と言うのではなく、そこには何か、大切にしたいものがあるのかもしれないと、裏まで読み取ろうとすると思います。

 

これらは、わたしが対人で教えるときの、根幹にもなっています。

 

なお、今回のプログラムは、側弯症に悩む人に特化したものではなく、誰でもご参加いただけます。側弯症であろうと、なかろうと、ほとんどの方が、背骨の本来の力を活かせていないように見えます。

 

これは、もしかしたら、それぞれの方が抱えている悩みに、光を射してくれるかもしれません。

 

単発参加も可能ですし、最初の卵からしなくても、チーターだけ、とかでも大丈夫です。タイミングがあう方のご参加、お待ちしています。

 

 

「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」 第1回 進化は背骨に現れる は、2月10日(日)14:00-16:30です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

【特別クラスのご案内】

1月27日  (日)13:00-15:00は、「麗屋 弘鈴庵の『立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募方法はこちらから。

2月  3日(日)14:00-16:00は「やさしい站椿功第4回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

2月17日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第18回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

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武当山日記:変化は、そのうち、やってくる

2018.09.25 Tuesday

(逍遥谷。わたしたちが歩いた後に、野生の猿が出現)

 

武当山での滞在中、先生から「午後のお稽古は遠出するから、1時間早めに集合。」と声がかかりました。

 

普段は、午前中のお稽古は逍遥谷、午後は学校の敷地内で、と決まっているのですが、ときどきこんなイレギュラーがあります。

 

逍遥谷は、手前の方が観光名所になっていますが、その奥もずっと歩けます。その道は、金頂と呼ばれる山頂まで続いていると、聞いたこともあります。

 

(逍遥谷。ここは観光客も、来るところ)

 

今回は、その奥をずっと歩いて、玉虚岩まで行き、そのあたりや途中でお稽古しよう、という話でした。

 

先生は、よい景色の中でお稽古することも、大切にしているようです。より自然の中に行くと、より自然に還っていくようです。

 

この地方では、ときどき大雨が降ります。わたしは幸い、遭遇したことはありませんが、道に水が溢れて、川のように流れている映像も見たことがあります。

 

逍遥谷も、2年くらい前の大雨で橋が壊れてしまいました。観光地としては、しばらく閉鎖です。1年たっても修理しておらず、今年はようやく元通りになっていました。

 

しかし、修理したのは手前の、観光客がたくさん来る辺りだけ。

 

その奥は、少し歩くと、先頭の人が「橋、壊れている〜!」とか、「道がない〜!」とか、叫ぶよなありさまでした。そのたびに、別の道から行けるか、壊れているけれども歩けるかなど、確認しながら進みます。

 

そんなこんなで、ようやく玉虚岩へ到着です。さあ、ここでお稽古を、と思いきや、残暑も厳しい中、日陰の場所もなく、お稽古は無理だということに。

 

(玉虚岩)

 

(玉虚岩で動物に遭遇。キツネの一種らしいです。突然たくさんの人に見られたのが怖かったのか、怯えていました)

 

帰り道、ちょっと広場のような場所に通りかかったときには、先生が「前は、ここはとっても気持ちよく練習できるところだったんだ」と。でも、大雨の名残なのか、木材が散乱していたり、どうにも落ち着きません。

 

結局、歩いて行って、帰るだけ、となりました。合計3時間です。ただでさえ山道で、気が遠くなるようなながーい階段があったり、岩の上を歩いたりする行程に加え、壊れた橋や道を注意しながら進むという、体力的にも、気持ち的にもエネルギーを必要とする道のりでした。暑さによる疲労も、ありますしね。

 

お稽古はしませんでしたが、別の意味では、十分にお稽古したとも言えます。

 

(途中、気持ちよさそうに坐りはじめた先生。隣の小さな子は、娘さんです)

 

こういう道を歩くとき、どんな心づもりをして、どんな体の使い方をするかで、自分の心身への影響は、全然違ってきます。

 

高さのある細いところを歩くとき、緊張すると、体が硬くなります。そうならないように、できるだけ平常心をこころがけます。平常心が保てていれば、呼吸は自然にあるべき状態で行われます。(逆に、呼吸が早くなっていたら、緊張しているのだと、気づくきっかけにもなりますけどね。)

 

高低差のあるところや、岩場などを歩くとき、膝に負担がかからないように、常に”頭は上”と、縦に伸びる力を意識して歩きます。

 

その結果、膝も、体も、今回はどこも痛くなりませんでした。もちろん疲労はありますが、休めば(寝れば)回復するレベルです。

 

一緒に行った人たちの中には、「全身筋肉痛」という人や、「膝にきた」という人もいます。武当山に来るのが初めての人たちも、いましたからね。

 

こういうときに、太極拳を続けてきた変化を、感じます。「心身ともに、強くなったなあ」と思うのです。

 

2008年の末、はじめて武当山に来たときは、南岩から山頂まで歩いて登っただけで、ひねっていないのに足首が腫れてしまうくらい、体は弱かったのです。

 

その後も「足首を怪我しないように」と、マメにケアしたり、筋肉痛のときにはスポーツ用タイツを履いたりと、そんなことが、5年前くらいまで続いたかもしれません。

 

その後は、運動量が多くても、山頂まで歩いても、休めば回復する以上の疲労をかかえなくなりました。

 

太極拳を続けるとどうなるのかは、いろいろありますが、山を健やかに歩けるようになるというのも、そのひとつです。

 

それは、続けてきたことへの裏付けにもなり、自信を持っておすすめできる理由にもなります。

 

何よりも、そういう自分であることが、とってもうれしいです。年はとりましたが、10年前よりも、心身ともに元気です。

 

太極拳は、これをやったら、こうなる!というような、即効性を求めるものとは違うと思っています。日々の様子にこだわることなく、とにかく続けます。もちろん「こんな点を気をつけてやってみよう」と、自分なりに設定することはありますが、正解を当てるのではなく、よりよい方向を探り続ける感じです。

 

だから、こんな山歩きのときに、疲労しない心身ができているのを感じると、とっても嬉しいのですよ。

 

続けていれば、変化は、そのうち、やってきます。さりげなく、でも確実に、です。

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

講座のご案内は、こちらからどうぞ
 


痛みが伝えてくれること

2018.06.11 Monday

(あじさいの季節にぴったりの、しなやかな麻のショールと、やわらかいウサギ)

 

昨年から、MSIというボディワークを受けています。

 

MSIとは、筋膜を緩めて、しなやかな体を取り戻していくものです。目安は1か月に1回、パーツごとにケアする10回+2回で、12回完結です。

 

わたしはのんびりペースで、「そろそろ行こうかな」で、続けています。1年たっても、7番目の口・鼻が終わったところです。

 

口、鼻の回は、なんと!両方とも、口の中、鼻の中に指を入れるのですよ(施術者さんは、ゴム手袋をしています)。あちこちから「痛くて泣いた」という声も聞こえてくる、ある意味クライマックス(というものは、ないのですが)です。痛さの盛り上がりの頂点、という意味のクライマックスですね(しつこいですが、ただの勝手な妄想です)。

 

そして実際、受けてみたところ、口の右下あたりは、かなりの痛さでした。あとで聞いたら、とても硬かったそうです。でも、涙が出るようなものではありませんでした。

 

痛みに強いのでしょうか?

 

そうではなく、「この痛みは、キケンではない」と、わかったからだ、という気がするのです。

 

痛みを感じつつ、冷静に「あらー、ここがこんなに硬いのね」と観察している感じです。キケンではないから、抵抗することなく、じーっと一緒にいることができます。すると、だんだん緩んできて、痛みは消えていきます。

 

口は、右下でほぐれたおかげか、左下、右上、左上は、楽勝でした(笑)。

 

この場合の痛みは、普段の生活で、その部分を不必要に緊張させているからです。痛みにより「”いらない緊張”に気づき、自分で緩めていくものだ」、と説明されました。

 

そして「みんみん(わたしのこと)は、緩めるのが上手だよね。」と。

 

自分のことは、自分で面倒をみるものだと思っています。自分で責任をもつとも言えますが、それはスーツを着てビシッと「責任を!」というものではなく、優しく愛でるような感じです。

 

自分で面倒をみるためには、他人の助けを借りることも、必要です。なぜなら、自分の体というのは、どんな状態であっても、「これなのだ!」というベストを尽くしている、と思っているからです。いらないコリも、「これがないとダメなのだ!」と頑張って緊張させているため、他人から「あのー、ここ、こんなに緊張していますけど、緩めていいんですよ」と言ってもらわないと、気づかないのです。

 

太極拳のクラスでも、「体が硬くて」と悲しそうに、恥ずかしそうに、話す方も多いのですが、その硬さは、自分を守るための結果であることが多いと思っています。どこかをかばって、バランスを取るために、自分を守るために、硬くしているのです。

 

ですから、そういうときは、「コリや硬さは、自分を守ってくれた結果だから、まずは”ありがとう”ですよ」とお話します。

 

体のコリは、心の硬さともリンクしています。

 

痛みに涙が出る人がいるのは、「こんなにがんばってきたんだ」と気づいたり、「もう、こんなにがんばらなくてもいいんだ」と気づくからなのかもしれない、とも思います。

 

人の体は7割が水です。地球の海の割合と同じです。人の体は、水の質をすごく持っているのだと思います。

 

水の質とは、環境に応じて変化できる”やわらかさ”です。川を流れる水は、停滞することなく、流れ続けます。岩という障害があっても、スムーズに避けて進んでいきます。硬いところは、ありません。(寒いと雪や氷に変化しますけどね。氷は砕けても、また溶ければ元の水になるだけで、失われてはいません。)

 

そう思うと、人も、本質は、しなやかで、やわらかいのだ、と思うのです。そして、変化にも柔軟なのだ、と。

 

わたしは、なにかあったとき、「なんですって!?」となるときに、体が硬くなることで、心が硬くなっていることに気づきます。気づいて緩める、を繰り返しています。しなやかで、やわらかく、水のように生きるほうが、わたしにとっては、ここちよいからです。

 

この「なんですって?」も、何かが侵害されると思って、自分を守ろうとして硬くなっているのかもしれませんよね。守らないといけない場合もあるかもしれませんが、そんなもの、ない場合もあります。自分の思い込みかもしれないのですよ。

 

水のように、環境に応じて変化することは、進化の過程にも見られます。進化は、強いものが生き残ってきたのではなく、変化に対応できたものが生き残ってきたのだ、と言いますものね。恐竜は、絶滅しちゃったものね。

 

痛みが伝えてくれること。がんばってきた自分、でも、もうそんなに頑張らなくてもいいのだ、ということ。感謝と希望をもちながら、しなやかさと、やわらかさと取り戻すとき、ということかしらね。

 

 

※MSIの施術をしてくれているNoriko Gendaさんのインタビュー記事は、こちらから。

 

 

【特別クラスのお知らせ】

6月20日(水)19:00-20:30は「タオを生きることば」です。詳しくはこちらの講座案内からご覧ください。

6月17日(日)14:30-16:30は「太極扇を体験しよう(第8回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

7月15日(日)14:00-16:30は「みんなが知らない太極拳のひみつ」(4)です。詳細とご応募方法は、こちらから。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

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体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

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