「陽だまりの人」小杉瑞穂さんのインタビューを終えて

2017.05.10 Wednesday

 

 

陽だまりの人Vol.2 小杉瑞穂さんのインタビューは、こちらからどうぞ。

 

曹洞宗の僧侶であり、小杉瑞穂さん(こーさん)主催の「坐禅の会」にはじめて参加したのは、2年半前のことです。昔懐かしい縁側のある民家で行われた会は、みんなでお掃除することからはじめ、食事を作り、いただき、坐禅をする、という流れでした。

 

お掃除の最中、こーさんが繰り返し言っていた言葉があります。「頑張りすぎないように。」その言葉が聞こえるたびに、ふっと緩むのを感じました。言い続けないと、人はつい、頑張ってしまうのですよ。

 

こーさんは、通常は僧侶の卵のみなさんの先生をされていますが、それ以外に、柔かく穏やかな坐禅を広める活動をされています。わたしが参加した会も、そのひとつでした。

 

この会の印象は、”なんでもあり”です。「寝てしまったら、それでもいいのですよ。」疲労しているときにゆっくり眠れたなら、それが一番でしょう、と。

 

体の使い方や、心の在り方など、わたしが大切にしている太極拳にも通じるものがあるように感じて、「一緒にやりましょう」という話になり、昨年の冬に1回目を、今年の春に2回目を開催しました。

 

坐禅は、こーさんが言うように、目的や意味を持たせるものではありません。「こう坐るのです」と説明したら、それで終わりで、あとはただやるだけです。こんな境地になる、という説明もしません。それを「外から何かを付けるというよりも、皮をむいたら中で光っているものに気づいた、というイメージがある」と話していたことがあります。

 

世の中には、「これをやったらこんな効果がある」という説明で溢れています。それを先に示すことで、やってみようかという興味がわくこともあります。忙しい毎日、”選択”して生きる中では、より有効な選択をしたいという気持ちも働くかもしれません。そのための判断材料が欲しいと思うのは、当然のことかもしれません。

 

でもわたしも太極拳をやっていて、明確な達成目標を掲げて目指すのは、何か違う、とよく思うのです。

 

理屈ではなく、何を得るとかそういうことでもなく、それをすることを通じて、「あぁ、いい時間だったなあ」と思ったり、そのときに感じた心地よさが、生きていくうえでのベースになるような気がするのです。そしてそれは「これで終わり」という達成点はありません。一生、続きます。修行とは、そういうものなのでしょう。

 

明快な目標があるわけではないため、一般的にはとっつきにくいという点は、坐禅も太極拳も、共通していると思います。そのままでは、やってみる人は限られてしまいます。もっと広く多くの人に体験してもらいたい、坐禅の未経験者がいないようにしたいという気持ちが、こーさんのこんな活動につながっているのは、とても共感できます。知ってもらう工夫をすることは、それをやっている人の、とても大切な役割なのかもしれないと思っています。

 

そしてその根底にあるのは、「坐禅は、よい」という信念のような信頼、想いのように、感じます。

 

ここで言う「よい」は、「良い、悪い」の良いではなく、自分がやったらよかったから、みんなやったらいいのに、というようなもので、言葉ではうまく表現できません。理屈ではなくて、よいからやってみようよ、というのが近いかもしれません。

 

何を習うかとは別に、誰に習うかも、大きなポイントだと思っています。わたしの場合は、「何」よりも「誰」の比重の方が、はるかに大きい気がします。そのときには、「○○に良いから」という効果ではなく、それをやってきたその人の経験や体験からにじみ出てくるようなものを、どこかで感じているのかもしれない、と思います。

 

インタビューでは、こーさんの坐禅に対する見方の変化や、身体の探究の話も出てきます。でもそれを一つひとつ聞かせてもらわなくても、目の前にいるこーさんの存在から感じることは、たくさんあります。

 

こんな交流は、とっても素敵です。

 

インタビュー中、最初のヨガインストラクターとのコラボでは「坐禅前の体をほぐす時間をヨガでやってもらえるなら、それはとても都合がいい」とおっしゃっていますが、この春、一緒に開催した「青空坐禅と太極拳の会」では、こーさんに体をほぐす時間を担当していただきました。

 

第1回目は、「体をほぐしてからのほうがいいから、太極拳が先ですね」と、太極拳→坐禅という順番でしたが、2回目は、「やってみたことがない順番でやってみたら面白いかも」という話になりました。わたしとしては、ほぐすパートも、こーさんにやっていただけるなら、とっても都合がいい(笑)と思ったのです。コラボならではの特典?です。

 

そんな新たな試みも含めて、楽しく、心地よい時間でした。

 

「今日はよかったな、楽しかったな」とか「またやってみたいな」とか、そんなことをもっと多くの方に感じてもらえるように、またご一緒できたらうれしいです。また次回は、新しい何かが生まれるかもしれません(し、生まれないかもしれません。どっちでも、良いのです。なんでもあり、ですからね。

 

感謝をこめて。

(こーさんのリードで、みなさんが体をほぐしているところ ^^)

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

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陽だまりの人 Vol.2: 小杉 瑞穂さん(曹洞宗僧侶)

2017.05.09 Tuesday

(小杉瑞穂さん)

 

インタビュー「陽だまりの人」シリーズ。わたしが目指している”陽だまり”な世界観を感じる方のお話を伺っていきます。

 

第2回目は、曹洞宗の僧侶である小杉瑞穂さん。小杉さんは、坐禅の”つらい、きびしい、難しい”といったイメージを払拭し、柔かく穏やかな坐禅をより多くの人に体験してもらうためにも活動されています。先日は、わたしと一緒に太極拳とのコラボイベントも開催していただきました。

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☀普段のお仕事

曹洞宗は全国に15,000ほどのお寺(宗教法人)があります。統括している本部が都内にあり、現在はその1部門である総合研究センターに在籍しています。全国から試験を受けて集まった25〜35歳前後、15〜20名の僧侶の卵のみなさんを3年間お引き受けして、禅の教えをどのように伝えていくかなどの学習と実習を積んでもらっています。先生、と呼ばれていますね。

 

 

☀ここ数年の坐禅を取り巻く状況の変化

駒澤大学内の坐禅堂で研修生が坐禅教室を開いているのですが、この5年でずいぶん参加者が増えました。25年前は1回に10人ほどでしたが、一時は90人ほどに増えました。現在は30〜40人で、熱がおさまったというより、坐禅をできる場所が他にも増えたために、分散しているとみています。

 

 

☀自分にとっての坐禅の変化

若い頃の私の坐禅観は、僧侶であるからやらねばならない義務のようなもので、それゆえ、きつくて辛いと感じることが多かったのです。トラウマになっている僧侶も多いのではないかと思います。私も最初はそうだったのですが、その中で「坐禅っていいな」と自然に感じる体験ができたことは大きかったですね。

 

1つ目は、大学生の時にやっていた児童教育部の活動でのことです。活動はハードで、毎週、都内のお寺で日曜学校を開催し、夏休みは長い時で3週間続けて地方を巡回し、子供たちを相手に人形劇やレクリエーションゲームをやる毎日でした。常に誰かと一緒にいる生活にストレスを感じていた中、ふと時間が空いて、お寺の縁側にぼーっと足を組んで坐り、外を見ていたことがありました。誰もいない、風そよぐ、静寂な時間。その時の清々しさ、心地よさが忘れられない体験となったのです。

 

2つ目は、總持寺(曹洞宗大本山總持寺)で、10か月修行したときです。厳しい指導で、最初の3か月は生活や作法をひたすら叩き込まれます。半年たって生活にも慣れ、ゆるやかに感じられてきたある日、夜の坐禅の時間に「今日は自由にしていい」と言われました。やってもやらなくても良いというのです。のんびりお風呂に入った後、修行仲間と自然に「坐禅する?」という流れになりました。それまでの坐禅は、寝ているところを見つかると、警策(きょうさく)で肩を打たれて強制的に起こされるのが当然なことだったのですが、そのときはもちろん監視などなく、すごく自由でした。開始も終わりも自由、自分で決められます。そのときに「坐禅っていいな」と思ったのです。

 

大切なのは「自分が選んでやっている」ことなのでしょう。させられる坐禅から自覚的な坐禅に、見方が大きく変わりました。

 

その2つの体験の後、スタッフとして参加した坐禅会で、自分も坐る機会がありました。そのとき何かの本に書いてあった「慈悲の瞑想」を思い出したのです。

 

「自分が幸せでありますように」から始め、「近くにいる人が幸せでありますように」と範囲を広げていくことで、自分の感覚が広がっていきます。イメージなら、地球規模まで広げることは簡単です。そのときに「そうなのか〜!」という発見がありました。それは「つながっていないものは、ない」という全存在での気づきでした。

 

 

☀「坐禅会」の変化のはじまり

坐禅は、目的や意味を持たせるものではありません。段階論ではなく、「こう坐るのです」と説明したら、それで終わりです。あとはただやるだけです。こんな境地になる、という説明もしません。そのため、一般の方にはとっつきにくいものに感じられてしまいがちです。

 

一般の方は修行僧とは違うので、坐禅を伝える方法や説明にも、もう少し工夫があってもよいと思うのですが、曹洞宗は「型」を伝える方法を大切にしてきており、誰に対しても僧侶と同じような坐禅指導法でやってきました。

 

そんな中、6年前に研修センターのプロジェクトで、30〜40代の女性をコアターゲットにした”朝活禅”の企画がスタートしました。コアターゲットの設定というマーケティング的なことを土台として始めたことが、まず画期的でした。そして内容も「また参加したい」と思ってもらえるような、新しいカタチを考えていったのです。そのひとつはカルチャーセンターのような連続講座です。より丁寧に坐禅作法をお伝えすることができるため、身につきやすく続けやすくなります。もうひとつは禅の食事作法でお粥をいただいたり、写経の時間や掃除を組み合わせて、変化を持たせたものです。今までにないものにしたい、という思いが強かったですね。

 

 

☀藤田一照さんとの出会い:身体論からの坐禅

その頃、現在では曹洞宗の国際センターの所長をされている藤田一照さんに出会いました。アメリカで長く坐禅を指導されていた方で、1時間ほどゆっくりストレッチしてから坐禅する会を開かれていたのです。藤田さんは「どうやったら体の落ち着きを見出せるのか」という身体論から坐禅をとらえていらっしゃいました。実際に来ていただいて教えていただいたのですが、そのとき「骨盤を立てて坐るのですよ」と言われたときには、まさに目からうろこでした。それまでは足を組むところから坐禅が始まると思っていて、骨盤がどうなっているかなど考えたこともありませんでした。じゃあ足はどうするのか?というと、足を組むことは骨盤を楽に立てるひとつの方法なのだ、とわかってきたのです。酌んだ足がもう片方の足を押すという、最初は苦痛にしか感じられなかったことが、実はどれだけ体に安定感をもたらしていたのかも、わかってきたのです。うわー、面白い!と思いました。

 

そこから俄然、興味がわいて、坐禅における身体の研究をはじめました。いろいろなボディワークをネットで検索したり、本を読んだり、体験したり、そのひとつとして太極拳もやってみました。太極拳はキツくないですし、自分を見つめるものなので、親和性があると思っています。いろんなことをやってみましたが、やったことすべてが今につながっていると思います。

 

 

☀坐禅会への思い

コラボイベントをするようになったきっかけは、人と交流する中で、わたしが坐禅をすごく楽しそうに話していたのが大きいようです。自然に「一緒にやりましょうか?」という流れになりました。最初はヨガのインストラクターの方と一緒にやったのですが、坐禅する前に体をほぐすことは必要なので、ヨガでほぐしてもらえるなら、それはとても都合がいいじゃないか(笑)と。

 

私が行っている坐禅イベントの目的は、「坐禅未経験者を減らす」ことです。コンセプトは「もう一度やりたくなる坐禅」です。だからこそ、なるべくゆるやかに、おだやかな場づくりをしています。

 

坐禅は、初回にすべてが入っています。足りないものは、ありません。私は自分も楽しみながら、その”初回”を提供したいのです。実際は100回目でも、毎回が”初回”ですけどね(笑)。同じ経験は、2度とありません。

 

私の坐禅の会にいらしてくださる方の中には「坐禅は興味があるけれども、お寺は敷居が高すぎて」とおっしゃる方も多くいらっしゃいます。どうも近寄りにくいようなので、こちらから出かけていってお寺ではないところ(カフェ・古民家・公園・市民会館など)で坐禅の場を開いていたのは、正解だったのですね。

 

坐禅は、私が坐っているのではなく、坐らせてもらっているのです。床があって、「地球ごと坐っている」と感じています。そう思うと、ものすごい安定感じゃないですか?

 

(4月に開催した「青空坐禅と太極拳の会」)

 

(文責:いしい まゆみ)

 

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☀プロフィール

小杉 瑞穂さん

曹洞宗僧侶。曹洞宗大本山總持寺にて修業。現在、曹洞宗総合研究センターにて、若手僧侶の育成に携わり、現代における禅の普及方法について研究。特に坐禅のつらい、きびしい、難しいといったイメージを払拭し、柔かく穏やかな坐禅をより多くの人に体験してもらうために活動している。

 

イベントこーさん&みんみん 青空坐禅と太極拳」の開催報告は、こちらからご覧いただけます。

 

≪みんみんのインタビュー後記は、こちらからご覧いただけます≫

 

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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「陽だまりの人」近藤陽子さんのインタビューを終えて

2017.04.21 Friday

(左が近藤陽子さん。東京で。)


陽だまりの人Vol.1: 近藤陽子さんのインタビュー記事は、こちらからどうぞ

 

”やさしさ活動家”として、名古屋で会員制の「カフェコスモス」を運営している近藤陽子さん(お〜にゃ〜)との出会いは、それこそ名古屋で、2013年の秋だったと思います。

 

友人から紹介された、あるセミナーに行きたくて、名古屋まで行ってしまいました。東京でも開催しているのですが、そのタイミングであるのは名古屋のカフェコスモスでの開催だったのです。

 

そのときは話した記憶もなく、「ここのオーナーの、お〜にゃ〜です」と紹介されていた彼女は、ニコニコと笑っていて、なんというのか、背景の一部のようでした。

 

それから今に至るまで、対面したのは片手をちょっと超えるくらい、両手の指の数には届いていません。

 

でもなんとなく、ずっと一緒に生きていて、つながっている気がするのです。

 

フェイスブックやブログで見かける彼女の言葉や、それと一緒に感じる空気に、気づかされること、勇気づけられること、心を温めてもらえることも、たくさんありました。たまに会って話すときには、悩んでいることも含めて、思っていることがスルスルと言葉に出てきて、たぶん、言葉ではない形でも出てきて、つながって話している、という感覚があります。友達っていいな、ありがたいな、一緒に生きているな、としみじみ思うのです。

 

お〜にゃ〜のブログで、すごく印象的だった言葉があります。

 

「一年前に夢みていたことが、ひとつでも現実になっているならば、あなたは今、あの頃に描いた夢の世界を現実に生きている。」

 

お〜にゃ〜は、まさにこの言葉を生きている人だと感じます。

 

カフェコスモスという場を作るという現れてきた壮大な夢を、「ムリムリ〜」という自分の声が聞こえてきても、勇気を出して精一杯”受けとっていく”ことを続けることで、あの頃に描いた夢は現実になりました。

 

「『こんな場所を作りたいの』と言い続けていたら、それが現実になった」という言い方をされていましたが、現実には、ドキドキしながら話したり、知らない人ばかりの場所でチラシを配ったり、まだできていないのに「カフェコスモスへようこそ」というブログを書きはじめたり、その活動を振り返ってみると、それは、すごいです。ものすごい行動力です。

 

でもそれは、夢に向かってガシガシと行動したというのではなく、思い浮かんだ夢を、彼女なりに精一杯受け取り続けた時間だったような気がします。

 

「夢を持つこと、手放さないことは、自由である」という言葉どおりです。

 

夢を手放すことも、自由です。つまり、ほんとうは人は、誰でもとっても自由なのだと思います。なんでも自由にできるなら、どうしたいのか。そこで浮かんだものを、本気で受け取っていきたいと思うかどうかも、自由です。

 

それを受け取り続けたらどうなったか、というお〜にゃ〜の話は、わたしにとっても、そしてたぶんみんなにとっても、夢を現実にするのは、夢物語ではないのだと、教えてくれると思うのです。

 

わたしの好きな、老子の言葉と言われているフレーズがあります。

 

“If you are depressed you are living in the past.
If you are anxious you are living in the future.
If you are at peace you are living in the present.”

(もしあなたが落ち込んでいたら、あなたは過去に生きている。
もしあなたが心配ばかりしていたら、あなたは未来に生きている。
もしあなたが平穏だったら、あなたは今に生きている。)

 

映画のカンフーパンダには、おそらくこれを参考にしたであろう、亀仙人のセリフがあります。

 

"You are too concerend with what was and what will be.
There is a saying:
Yesterday is a History, Tommorrow is a Mystery, but today is a Gift.
That's why it is called the PRESENT."

(お前は過去と未来を気にしすぎている。
こんなことわざがある。
昨日は歴史、明日はミステリー、でも今日はギフトなんだ。
だから今日は、プレゼント(英語のpresent)と言うんだよ。)

 

今を大切にする、ということです。

 

それでもたまには、1年前に見た過去の夢を振り返ってみたら、いいと思うのです。ひとつでも叶っていたら、今の自分は夢を現実に生きています。

 

そして未来の夢に想いをはせても、いいと思うのです。それをしている自分がおだやかで幸せそうだったら、それを受け取りながら今を生きる選択をしていきたいと、思うのです。

 

時間や空間は、ほんとうは制限などなく、越えられるものだと感じます。

 

「そこにいてくれるだけで良い」彼女の存在は、わたしにとっては、現実に目の前にいなくても、十分感じられます。そういう”つながり”が持てていることに、心から感謝しています。

 

過去の夢を現実にしたお〜にゃ〜の人生は、ここで終わりではなく、また夢が現れてきています。それはわたしにとっても、同じです。「夢を持ち続けるのは自由だ」と、それを精一杯受け取り続けていきたいな、と思います。

 

”受け取る”ことは、水が上から下に流れるように、ほんとうは、自然で無理がないのことなのかもしれません。だから、わたしは彼女を「背景に溶け込んでいるような人」と感じたのかもしれないな、と思います。

 

いつもありがとう。これからも、よろしくね。

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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陽だまりの人Vol.1: 近藤陽子さん(やさしさ活動家)

2017.04.21 Friday

 

(左が近藤陽子さん。名古屋のカフェコスモスにて)

 

新しくはじめるインタビュー「陽だまりの人」は、わたしが大切にしたい、”陽だまり”な世界を感じる方のお話をご紹介していきたいと思っています。

第1回目は、名古屋で“やさしさ活動家”として「カフェコスモス」を運営されている近藤陽子さん(通称:お〜にゃ〜)です。

 

カフェコスモスは、誰もが自分の心地よい感覚で生きること、それが当たり前の世界であることに共感する人々が出会い、つながり、深め合い、ひろがる「場(ステージ)」という、会員制の空間で、このたび6周年を迎えました。(カフェコスモス HPは、こちらから

 

 

☀カフェコスモスの誕生のきっかけ

2009年の6月、コーチングを学んでいた頃、「コーチングセッションのしやすいカフェを自分がつくる」という、あり得ない規模のイメージが降り注いできたことがあります。

 

そしてその先に2つの道が思い浮かびました。1つはコーチングをしながら研修講師をしていく道です。そうやって活躍されている方々は、すでに周りにもいらっしゃいました。2つめは”やさしさを解放する”場を作ることで、それはまだ誰もやっていませんでした。

 

2つの道を考えてみたとき、それをしているどちらの自分が幸せかを、考えてみました。研修講師をしているわたしは、毎日に追われて頑張っているイメージが見えました。それに対して、場を持っているわたしは、やさしく幸せそうに感じました。

わたしはどうも、のんびりしているうえ、おせっかいに人に関わっていく性分でもなく、教えるのも性に合わず、対人関係の仕事は、到底ムリそうに思えました(笑)。

 

場を作ることも、あり得ない規模だと思ったのですが、逆にありえなさすぎて、どんな場所なんだろうとイメージや妄想が、どんどん豊かに広がっていったのです。

 

人脈も、経営の知識も、資金も何もなく、それまでの経験と言えば10年間の専業主婦(子供2人)と10年間のアルバイト、派遣社員だけです。カフェコスモスを思いついても、一瞬にして「ムリムリムリ〜!」と叫んでいましたが、気を取り直して「夢を持つこと、手放さないことは自由である」と、勇気を出して、精一杯前向きに受け取ってみることにしたのです。

 

それで、いろんな人に会うたびに「こんな場所が作りたいの」と話し続けていたら......20114月に現実になり、「あれ、どうしよう」と(笑)。

 

プレオープン当日も、「誰か来たらどうしよう(汗)」です。ふつうは「誰も来なかったらどうしよう」ですよね。内装や最低限の備品というハードをあわただしくそろえただけで、会員手続き書類などのソフトが追いついていなかったのです。

 

その日、「3か月前、たまたまブログで見て、面白そうなので来てみました」と、いきなり初対面の方がいらっしゃいました。あっという間にその場に馴染んで、訪れる方々にはスタッフに間違われるほどした。しかもなんと!入会してくださったのです。「まだ入会手続きの手順もわからないのです」とお話ししたら「そんなものでしょ、やりながらわかれば良し」とおっしゃるのです。こんな風に、初日から(初日も?)素敵な出会いがいくつもありました。

 

 

☀カフェコスモスの立ち上げ期

どこにもないような場所だったので、「何でもできるのだ!」と、新しいことをやりたい、作っていくエネルギーに溢れた人たちが集まって、すごく楽しかったです。皆さん、会員さんなのですけれども、必要な時期には必要な人が集まるものですね。

 

「やりたい」という思いを受け取って、最初の一歩を踏み出したときはひとりでしたが、2歩目からは、楽しみながら本気で関わってくれる仲間が与えられました。

 

その頃のわたしと言えば、植物を育てたり、机を拭いたり、モノを動かしたり……。ここ、植物がとってもよく育つのです。こうやって“場を整えること”が好きだなあと感じます。そんなことをしていたら、みんながいろいろやってくれて、決まっていったのです。

 

「セミナーとかやったらどうだろう?」と案が出て、参加費をどう決めたらよいのかもわからず、「じゃあ500円にしよう」。その頃は「参加費3,000円とれるセミナーができるようになったらいいよね」なんて話をしていましたが、今では、ちゃんと金額に見合う充実した内容のセミナーも開催できるようになりました。

 

今年6周年を迎えて、みなさん「すごいね」とおっしゃってくださるのですが、実はわたし自身はその重みをあまり感じていないのです(笑)。カフェコスモスが6年続いて、7年目に入った事実と、その歴史はすごいな、と思うのですけれどもね。

 

カフェコスモスができる前に、仲間と「名古屋だけでなくて、東京や全国から『あのカフェコスモスだからセミナーを開催したい』という講師が現れる!」という妄想をしていたのです。今、それは実現しているし、さらに関東、関西、東北の方も会員となっていただいているのって、なんだか面白いくらいしあわせなのです。わたしが何をしているのかわからないのだけれども、こういう場はあまりないのかしら、と思います。(注:カフェコスモスには、東海3県以外の方向けの“エンポー会員”があります)

 

 

(カフェコスモスのラウンジ)※画像はHPからお借りしました。

 

☀変化

最初は、毎日とにかくカフェコスモスにいました。営業時間を10時から2045分 にしていたので、朝から晩まで、ずっとここにいました。会員さんが、いつでも来られる場所にしたかったのです。わたしはカフェコスモスのことしかしていませんでしたし、そうしたかったのです。(注:日曜日と祝日はお休みです)

 

何事もそうだと思いますが、やっていくうちに変わってきますよね。

 

わたしの状況も、少しずつ変わってきました。4年ほど前、北海道のセミナーに参加するために、数日間カフェコスモスを留守にしました。はじめての経験です。

 

去年は毎月、東京で開催するセミナーに通うために、週1回お留守番をお願いするようになりましたし、今は営業時間も変更しました。土曜日は10時スタートのままですが、平日は12時半からです。会員さんにお願いして外出できるときも、あります。

 

カフェコスモスは、特別な場所です。わたしも東京に行ってここに帰ってくると、「ここはいいなあ」と、しみじみ思うのです。だからここは、大切にしたい。今、思ているのは、わたしもカフェコスモスを外から見たり、わたしが訪れて、楽しむ場にしたいな、ということです。

 

ここは、誰もが自分の心地よい感覚で生きること、それが当たり前の世界に生きることに共感する人がつながる場所です。だからこそ、わたしが居心地よくいられること、自分自身とつながっていることがすごく大切だと感じます。そのためには、今はわたしも自由にあちこち行けたらいいな、という思いもあります。

 

 

☀これから

わたしがしたいことは、わたしの”やさしさの解放”です。カフェコスモスは、それを「空間」として実現したひとつです。これからも大切な場所であることに変わりありませんが、ここだけを守っていくこと=わたしがしたいこと、ではないのです。

 

ここは、とても便利な場所にあります(名古屋駅からひとつめの伏見駅から徒歩3分)。大きな窓もあり居心地は良いのですが、もっと緑のある場所にもあこがれます。それで、庭のあるカフェコスモスガーデンを作りたいという思いもあります。

 

でも、すぐにカフェコスモスガーデンを作る!と具体的に動くのではなく、わたしが自由で、自分らしく生きることで、それは出現するのだと思っているフシもあるかもしれません(笑)。

 

 

☀好きなことは、詩を書くこと

手に職がある人を見ると、いいな、と思うのです。セミナーを開いたり、地方に講師として呼ばれたり。わたしには、そいういうものは、ないのです。

 

たとえばタロットカードをやっている人や、カラーセラピーなどをされている人を見て、わたしも学べばできるかも!と思うこともあります。でも、でもなんだか違う、自分らしくない。これはダメだと思うのです(笑)。

 

「居てくれるだけでいい」と、みなさん言ってくださるのですが。

 

好きなことは、詩を書くことです。その人の中にあるやさしさをしに表現した、“やさしさの詩”を書くことが好きです。書くことも、それを作品にすることも、とっても楽しいのです。去年から、その人をイメージした詩を書くことを始めてみて、これまでおふたりに書いてみました。自由に旅をしながら、詩を書いたりしたいな、と思います。わたしは、あちこち行きたいだけなのかもしれませんね(笑)。

 

(”やさしさの詩”最初の作品)

 

 

お〜にゃ〜の詩 “やさしさの白色”は、こちらから

 

カフェコスモス HP:http://cafecosmos.net/

近藤陽子さん(お〜にゃ〜)のブログは、こちら

 

 

みんみんのインタビュー後記は、こちらからご覧いただけます。

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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