調和

2019.02.08 Friday

 

朝の站椿功(立禅)が、好きです。

 

なにしろ、すっきりします。ごちゃごちゃしている思考や感情、体が、すっきり洗われて、1日のいいスタートになります。

 

朝は、鳥の声がたくさん聞こえます。季節によっては虫の声も聞こえます。午後になると、その声は潜まります。それはそれで、いいのですけれどもね。

 

站椿功をしているとき、耳を外に向けて大きく開きます。心を静めるための、ひとつの方法です。

 

瞑想などするとき、「心を無にする」と言うことがありますが、散り散りに乱れる心を、いきなり0(ゼロ)にするのは、大変です。

 

「散らかっている心を、ひとつにまとめる。1にすれば、それを無にすることはできる。」と、昔、気功の先生から教えていただきました。言い方を代えれば、1にできたら、無理やり消す必要もありません。

 

耳は、外に向けて大きく開きます。「聞く」意識を、手放します。

 

聴く感覚は、求心性です。開けば、入ってきます。それを積極的に聞きに行くと、逆に入ってこなくなります。

 

心身ともに静かになり、耳を大きく開いていると、いろんな音が聞こえます。

 

鳥の声、風の音、車の音や、人の声。ガッシャーンという何かが倒れた音や、自転車のブレーキ音、時間によっては工事の音も聞こえます。

 

それぞれ、関連性はありませんね。単語だけ見ると、異質な寄せ集めです。

 

でも実際には、これらの音は、驚くほど調和しています。どれもお互いを邪魔することなく、わたしも、どれにも邪魔されません。(もちろん、すぐ横で大きな工事の音がしている場合は、別です。)

 

宇宙の調和って、こういうことなのかもしれないと、感じます。

 

宇宙は柔軟で、余白があって、ある程度の生活音も、その中で調和させてしまうような気がしています。

 

これは、とってもいい体験になりました。

 

 

「予定調和」ということばがあります。

 

哲学用語と、日常で使う場合と、ちょっと意味が違うような気がするのですが、

 

哲学用語の場合は、17〜8世紀のドイツの哲学者、ライプニッツが唱えたもので、「異なる世界が神によって調和がとられていること」です。英語では、pre-established harmony (あらかじめ確立された調和)、上記でわたしが感じた調和は、たぶんこちらですね。

 

日常で使う場合は、あらかじめ誰の目にも結果が明らかで、実際に予定通りの結果になること、のようです。英語でいうと、Things happen as expected(ものごとは、予想したとおりに起こる)です。「起こる」がhappenという”偶然起こる”という意味を含む単語で、原因→結果の起こる=occurとは違いますが、それでも、as expected(予想通りに)というように、人間が予想した通りに起きることを意味しています。

 

だいぶ、イメージが違いませんか?

 

後者だと「予定調和は好きじゃない」という表現で使われたりすることもありますよね。

 

哲学的に使われている前者は、人間の予想外のことまで含まれているのではないでしょうか。

 

わたしが站椿功をしているときに感じた調和は、まさにそうじゃないかな、と思うのです。自転車のキーッというブレーキ音と、チュンチュンという鳥の声が調和するとは、予測していませんでしたから。

 

 

わたしが信じていることの中に、「美しいものは、美しく見せようと意図しないから、美しい」というものがあります。

 

太極拳にしても、「ああ、いいなあ」と感じるとき、演武している人は、「きれいにやろう」とは思っていません。

 

「きれいに見せよう」という思いは、エゴになり、飾りをつけたように不自然に見えるのかもしれません。

 

歌も、同じかもしれませんね。この前「たまうた」という「魂につながる歌い方」というワークショップに参加したときに、ガイドしてくださった方は、「たくさんの人の歌を聴いてきて思うことは、聴く人が感動するとき、歌い手は、ほとんど何も考えていない」と言っていました。

 

「感情を込めて歌おう」としないほうが、聴いている人が感動する、というのです。

 

その話を聞いたとき、島倉千代子さんの「人生いろいろ」を思い出しました。軽く、明るく、「人生、いろいろ」と歌う声には、ぐっとくるものがあります。

 

逆に、もしあれを、存分に感情を込めて歌われたら、苦しくなってしまうかもしれません。

 

感情は、そのときにしかいられません。過去の感情を、今に持ってくることはできません。過去の出来事を、苦しいと感じているなら、それは「今」、その出来事を振り返って湧いてくる感情なのです。

 

つまり感情は、都合よくも悪くも、増幅されたり、違うものにすり替えられることもあるわけです。

 

すでにある歌詞とメロディーに、自分の中にある感情を込めて歌うと、この「ずれ」が出てしまうのかもしれません。

 

歌詞やメロディーには、それ自体に力があります。さらっと歌う方が、そのパワーが表現されるのかもしれませんね。

 

 

踊りをされる方から体の使い方を習っていたとき、「天地をつなぐ透明なパイプになる」と教えていただきました。パイプが透明だからこそ、いろいろな表現が現れます。

 

それは、自分の予測の範囲を軽く超えて、驚くような感覚や、何かをもたらすことがあります。

 

それがライプニッツの唱える予定調和で、宇宙の調和の現れなのかもしれないな、と思っています。

 

 

そういえば、どなたか女優さんが、「すごく難しくて、どう言ったいいかわからないセリフがきたら、棒読みするのがいい」と言っていらしたことがあります。なんだか、すごいな、と思いました。棒読みとは、宇宙にすべてを預けることで、それが調和を働かせるコツかもしれませんね。

 

 

 

【特別クラスのご案内】

2月10日(日)14:00-16:30は「内なる自然に還る旅:魚からの進化をたどって若返ろう!」第1回 進化は背骨に現れる です。詳細とご応募方法はこちら

2月16日(土)14:00-16:00 は「しあわせひきよせ ハッピーウォーク」です。詳細とご応募はこちら

2月17日(日)14:00-16:30は「たのしい太極扇(第18回)」です。詳細とご応募方法はこちら

3月  3日(日)14:00-16:30は「やさしい站椿功第5回)」です。詳細とご応募方法はこちら

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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だんだん、わかってくる

2019.02.06 Wednesday

(中国、武当山の南天門)

 

武当拳をはじめて4年目の2012年、武当山にお稽古に行っていたときのことです。

 

先生から、「あなたの動きは外見はきれいだけど、中が悪すぎる。体が緊張して硬すぎる」と、指摘されたことがあります。

 

「がーん」という衝撃でしたが、すんなり受け入れられました。こんなにまっすぐに指摘してくれた人はいなくて、ありがたかったですし、先生の言い方や雰囲気から、真摯なものが伝わってきたからかもしれません。

 

それから体をリラックスさせるお稽古が始まりました。(そのときのお話は、こちらから「先生との出会い」)。

 

最近になって、なぜあのときそう指摘されたのか、わかった気がしました。教えているとき、今の自分なら、あのときの先生のように言えるかもしれないと、思えるようになりました。

 

7年くらいかかっていますね(笑)。

 

 

太極拳は、相手を想定した攻防の連続で型ができていて、それを套路(とうろ)とよびます。でも套路自体は、実際に相手と組むことはなく、ひとりで行います。

 

そのため、たとえば相手の腕をとって引くとか、押すという動作のときに、実際にどのくらい力が出ているのか、わかりにくいです。つまり、見た目では、力が出ているものか、ないのか、わかりにくいのです。

 

もちろん、見る人がみれば、しかもずっと見ていたら、ちょっとしたタイミングのずれなどから、冒頭の先生のようにわかると思いますが。

 

太極拳の力の出し方は、勁(けい)といいます。筋力頼りではなく、力の使い方を学んで使うことにより、自分の力を合理的に最大限に発揮させます。

 

上手く表現するのは難しいのですが、”力が通っている”感じです。

 

この勁を発するためには、条件があると思っています。

 

心体の無駄な緊張がないこと(あると、そこで力の通りが途切れてしまいます)、

勁を発する原理(陰陽のバランスや、力の元など)を理解して動いていること、です。

 

先生に指摘された頃のわたしは、このふたつとも、わかっていませんでした。わかっていなければ、やれませんよね。

 

 

太極拳のお稽古は、やればやるほど、基本が大事だと気づかされます。「基本が全然できていない」と悩むことも多かったです。

 

でも「できていない」と思うと、そこにアンテナが立つのか、いろいろと教えてくださる方との出会いがあります。

 

 

今、教えていると、「基本ができていない気がする」とか、「好きだけれども、どうやっていいかわからない」という方に、お会いすることがあります。

 

ご本人たちは悩んでいるのですが、ある見方をすれば、いいところに来ているな、とも思います。

 

わからない、と頭では思っていても、心の奥の深いところで、何か大事なことに気づいている感じがするからです。それは、続けてきたからこそ、得ている感覚なのです。

 

でも、ひとりだと煮詰まってしまって、出口が探せないこともあります。わたしがそうだったように、です。そんなとき、ちょっと違う視点をくれたり、風通しをよくしてくれる人がいると、状況は大きく変わります。

 

先生とは、そういう存在だと思います。

 

だから、悩んでいる人がいても、きっと大丈夫。自分がなんとかしたいと願っていれば、ちゃんと出会いはあるし、先は開けます。

 

だから、きっとみんな、大丈夫。

 

こういうものは、いろんな準備ができたとき、だんだん、わかってくるものです。続けていれば、必要なタイミングで、必要なものが、やってきます。

 

 

 

 

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「感覚で動く」から、それを言語化できるまで

2019.01.07 Monday

 

新しい年があけて7日目、今日で松も明けますね。お正月気分から、だんだん日常に戻っていきます。

 

わたしの場合、一般に言うオンとオフは、ほぼありません。

 

まとまった時間が持てるお正月には、資料のまとめや作成などをしていました。そんな時間も楽しく過ごせたことは、ありがたいと感じます。

 

 

中国の武当山にお稽古に行くようになって、10年が経ちました。

 

早いですね。あっという間だった気がします。

 

武道をする者としては、10年は、まだ”ひよっこ”です。知らないこともたくさんありますが、それでも年々、基盤がしっかりしてきた気がします。

 

上手く言えないのですが、何か疑問が出たときでも、「こうではないだろうか?」と、考えられる力がついてきました。

 

そして昔は”部分”を動かしていたところも、だんだん全身が連動して、自然に動くようになってきました。

 

たとえば、”ここでお腹を回す”と動かしていたところも、全身が協調して動くようになってくると、自然にお腹が回るようになりました。

 

同じ套路でも、昔とは体の使い方が、まったく違います。その変化は新鮮で、ものすごく嬉しかったりします。つくづく「オタクだなぁ」と思いますが、好きとは、そういうことですよね。

 

 

武当山でお稽古してきて良かったと思うひとつは、先生や兄弟子の動作を見ているとき、「何か、自分と違う」と感じる瞬間があることです。

 

違うのはわかるのですが、どうやっても同じようにならないものもあります。それが何年か経って「これだ!」とわかる時が来るのも、ものすごく嬉しいのです。

 

たとえば下記の写真は2012年の春、習っていた太極扇です。

 

 

 

「大きく開く」と、先生が教えてくださっているところなのですが、見てのとおり、下の先生に比べて、上のわたしは小さく、縮こまっています。

 

もちろん努力してはいます。ですが、いま見たら、体の緊張が強すぎて、これでは大きく広がりようがありません。

 

ちょうどこの数日後、この先生が帰省することになり、兄弟弟子に教わることになりました。そのとき「あなたの動きは、外見はきれいだけれど、内側の体の緊張が強すぎて、全然だめ」と、ばっさり言われました。

 

体の緊張が強ければ、部分的に動かすしかありません。それでは全身からの力など、出るわけがありません。

 

「体の緊張を取るための練習を教えるから」と、教えてくれたものが、武当五行六合功です。

 

これは、ひとつの大きな転換期でした。

 

 

さて、上の写真に戻ると、「大きく開くとは、これだ!」とわかったのは、なんと6年後の昨年、剣を習っているときでした。

 

体の緊張がとれて、力が出る体の使い方がわかってきてという、積み重ねの延長で、わかるタイミングがきたとも言えますし、先生の説明がわかりやすくなったことも、あると思います。

 

自分が教えていてもそうなのですが、経験を積んでくると、何が違うのか、どうすればいいのかなどを、言語化するのが上手くなってきます。

 

自分がそれなりにできて、感覚としては掴んでいても、言葉にできるまでわかっていないときって、あるのです。

 

でも続けていくうちに、その感覚を言葉に変えることができるようになり、説明ができるようになってきます。

 

それは、とってもうれしいことです。

 

今年の初稽古でも、今までことばにできなかったポイントを、言語化できるようになったところがありました。そうしたら、生徒さんたちの動きが見違えるほど変わりました。すごくうれしかったです。

 

 

太極拳のお稽古とは、無意識を意識できるようにしていくことでもあります。ことばにできる、ということは、意識できていることでもありますからね。

 

ことばだけの、頭だけの理解では足りませんし、

感覚で、体が動くことが大事です。

さらにその次、その動きをことばで解説できたら、もっといいです。再現率が高くなりますよね。自分も、そして他の人も。

 

今年は、さらにお稽古で体感を深めつつ、それをわかりやすい言葉で説明して、みなさんに体感していただくようなクラスを作っていきたいと思います。

 

今年も、どうぞよろしくお願いします。

 

それにしても、上の文章、「嬉しい」ばかりですね(笑)。

そう、太極拳のお稽古を続けることって、嬉しいことばかりなのですよ。ありがたいです。

 

 

 

【1月の特別クラス】

1月14日(月・祝)14:00-15:30は「やさしい站椿功第3回)」です。詳細とご応募方法はこちらから。

1月27日  (日)13:00-15:00は、「麗屋 弘鈴庵の『立って、歩いて、太極拳」です。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

☀「陽だまり」とは

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やさしく立てたら、やさしくなれる:「やさしい站椿功」

2018.12.25 Tuesday

 

12月22日(土)の午後、第2回目の「やさしい站椿功」を開催しました。

 

站椿功とは、日本風に言えば立禅ですね。「立つ」ことについては、すごく思い入れがあります。

 

太極拳をはじめて5年くら経った頃から、自分がいかに立てていないか、ひしひしと感じるようになりました。

 

たとえて言うなら、土台が不安定な感じです。そこに積み重ねたり、装飾しても、土台が崩れれば、ぜんぶあっという間に崩れます。

 

そんな様子だと、一生懸命にお稽古すればするほど、路頭に迷うような感覚になるときがあります。帰る家(土台)がわからないような感じかしらね。

 

あのころ、「ちゃんと立てるようになりたい」というのは、わたしの切実な願いでした。

 

「ちゃんと立つ」というのは、骨の構造を使い、無駄な筋力を使わずに、楽に立つことです。必要のないところは、ゆるんでいます。ゆるんでいれば、水のように抵抗せず、状況に応じて自由に形を変えることができます。ゆるむのは、筋肉も、関節もです。

 

ちゃんと立てるようになってくると、体も心も安心して、楽になります。わたしはお稽古の迷いも、人生の迷いも、少なくなりました。

 

だからこそ、普段のクラスでも「立つ」ことは常にわたしの中心にあります。しっかり時間をかけるクラスを作りたくて、11月から月1回のペースで「やさしい站椿功」を始めました。

 

「やさしい」の意味は、いろいろです。

 

・辛く大変なものだと思われている站椿功は、実はそんなに難しくない

・楽に立てたら、自分の体にやさしい

・楽に立てたら、自分の心にもやさしい

・楽に立っている人は、周りの人も気楽にさせる

・楽に立つ人が増えれば、やさしい世界が広がる

 

実際、この「やさしい立ち方」を経験された方は、顔がふんわり優しくなります。とっても嬉しそうなのです。立ち姿も、しゅっと上にすっきり伸びて、美しいのですよ。

 

 

「立つ」ことは、あまりに普通のことで、「この立ち方はどうなのか?」とじっくり考えることは、ないかもしれません。

 

なにしろ人の体は、とにかくその人を立たせるために、あらゆる工夫をします。たとえば軸が傾いていても、筋肉を固めてつっかえ棒のようにしてしまったりします。骨という構造を使って立てていない場合、筋肉を固めて骨のようにして使います。

 

それらは楽な立ち方ではないのですが、「立てた」ことで「よし」としてしまうのです。実際には、どれだけ無駄なことをして、負担をかけているかにも、気づきません。

 

そんな積み重ねが、コリや痛み、怪我に、つながります。

 

さらに言うと、自覚がないまま、頑張ったり、踏ん張ったりして立っていると、日々の生活がすべて大変です。その体で動こうとしても、軽やかに活動的には動けません。

 

そんな人は、周りから見ても、大変そうですよね。

 

そんなに踏ん張らなくてもいい、

そんなに緊張しなくてもいい、

世界は敵ではないし、

立つことは、必ず地球が助けてくれるから。

 

そんなことに気づいて、やさしく立てる人が増えたらいいな、と思っています。

 

 

次回の「やさしい站椿功」は、1月14日(月・祝)14:00−16:00です。前回までは1時間半でしたが、しっかり立つ時間をとるため、今回から2時間になります。

 

はじめての方も、これまで参加された方も、それぞれ新たな発見があるはずです。ご参加をお待ちしています。

 

なお、第1回目は主に下半身の使い方、2回目はそれに加えて上半身に触れました。第3回目は、木を抱えるように腕を上げる渾圓椿( 渾元椿)(上の写真)のコツなどにも触れていきたいと思います。

 

第3回の「やさしい站椿功」の詳しいご案内とお申込み方法は、こちらからどうぞ。

 

 

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「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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広がる可能性

2018.12.22 Saturday

 

教室をやっていると、生徒さんのおかげで、自分では思ってもみなかった新しい可能性が広がることもあります。

 

いくつかあるのですが、今日は2つあげてみようと思います。どちらも自分では「なし」だと思っていたことです。

 

 

ひとつめは、クラスに参加してくださる生徒さんのことです。

 

太極拳は、自発的に取り組むものです。套路(型)も覚えなければなりません。「自分でやる」という意志と行動力が必要です。

 

でも、過去の自分や周りを見ていると、自発的に動けない人や、動けないときがあるのも、わかっています。

 

動けない人の背中を押すきっかけになればと、セラピストのような仕事を試みたこともあるのですが、元来、サービス精神旺盛ではないためか、続けたい気持ちは生まれませんでした。

 

「すべての人に、何かができる自分にならなくてもいい」と、その部分は諦めました。

 

でもあるとき、生徒さんの言葉で、その認識は覆されました。

 

「今の状況では、普段から自分で練習したり、新しいことを覚えるんだ!という気持ちになれないけれど、クラスで一緒に動いていると、とっても気持ちがいい」とおっしゃるのです。

 

クラスで一緒の時間が、よいリフレッシュになり、大変な時期の支えになることもあるようです。「太極拳をやっていて、よかったと思う」とも。

 

忙しかったり、くたびれて1分でも早く多く休みたかったり、いろいろありますよね。套路を覚える意欲までたどり着けないことも、あるでしょう。覚えることへの得意、不得意もあるかもしれません。

 

「そういう人たちには何もできない」と諦めるのではなく、その時間、一緒にやるだけでも十分だと、思うようになりました。

 

クラスという場所は、他の生徒さんの”気”や、わたしの”気”があるところです。波動と言ってもいいかもしれません。その時間、わたしは常にありのままの自分でいるように、心がけています。大きく見せることもなく、卑下することもなく、いまの自分のベストを尽くす、という意味です。

 

ダメなものはダメと言いますが、誰かや何かを否定することはなく、起きることはすべてよし、と思っています。思ってもみないことも起きるため、「えっ?」と驚くこともありますが、表面に現れる出来事に惑わされるのではなく、その奥にあるものを見るようにしています。

 

前に別の生徒さんが「他の人と自分を比べて、気にするようなことはない」と言ってくださったことがあります。それぞれの純粋さが作る雰囲気が、お互いの助けになっているところもあると感じています。

 

そこで気持ちよい時間が過ごせるなら、それはすごいことだと、思います。

 

いまでも、ひとりで全てできなくてもいいと思っています。でも、生徒さんもわたしも、諦めることもないとも、思っています。

 

 

もうひとつは、これから新たに取り組もうと思っていることです。対面ではなく、オンラインの講座です。

 

以前は「絶対無理。ありえない」と思っていたことですが、今年に入って「通信講座はないのですか?」と聞かれたとき、なぜか否定せずに可能性を考えてみよう、という気持ちになりました。

 

そのときは、そのまま流れてしまったのですが、最近また希望してくださる方が現れたため、いま、具体的に準備を進めています。来年からスタートできたらいいな、と思っています。

 

流れてしまった最初の件で免疫ができていたためか、今回は躊躇せず、「どうやったらできるだろうか」と、考え始めることができました。

 

オンラインでの指導は、過去にちょこっと経験があります。企業内でクラスを持っていたとき、転勤で東京から離れた生徒さんと、ビデオ会議形式でお稽古したことがあります。

 

オンラインでは、直接触れて確認することができません。そこは生徒さんにとっても、わたしにとっても大切な要素です。触れることができないのは、状況としては難しくなります。

 

見えるものは、形だけです。

 

そして、これはわたしの感覚ですが、対面と映像では、見えるものも違います。対面で感じられる空気感のようなものは、映像には映りにくいと感じています。

 

でもその形は、何をやったかの結果でもあります。普段のお稽古でも、最後に現れる形を見て、そこに至るまでに生徒さんがやっていることを感じながら指導しています。つまり形には、その奥にあるものも現れるのです。

 

実際にやってみないとわかりませんが、これができれば、遠方の方にご参加いただく道を、増やすことができます。

 

準備の段階でも、今までやったことのないことに、一つひとつ取り組んでいるわけですが、なんと、この作業が楽しいのです。リクエストをいただいたおかげですね。

 

 

新しい可能性が開くのには、タイミングもあると思います。1年前なら、オンライン講座には取り組む気持ちになれなかったでしょうし、準備を楽しく進めることもできなかったと思います。

 

あのときダメだったからと言って、いま諦めることは、ないのですね。

 

 

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