邪気や怒りを、ためないために

2018.12.08 Saturday

(中国、武当山)

 

スワイショウという、中国古来の養生法があります。

 

やり方はいろいろありますが、わたしが気に入っているのは、シンプルに腕を前後に振るものです(詳しくは、こちら)。

 

これをするとき、腕の重さを意識します。前から後ろに動くときは、筋力頼りではなく、腕の重さで落ちて動きます。後ろから前は、反動でかえってきます。

 

聞いた話ですが、このときに「手の先から邪気が出るのをイメージする」人もいるようです。後ろから前に振るときに、指先から邪気が抜けていくのをイメージするのだとか。

 

邪気を貯め込むのは、病のもとにもなります。抜けた方がいいですよね。実際、スワイショウでも抜けると思いますので、その考えに反対なのではありません。でも「邪気を振り切るっ」と意識しすぎると、体は力みがちになります。

 

力んでしまうと、スワイショウの良いところである、無駄な力が抜けていくこと、体のめぐりがよくなることが、上手くいかなくなってしまいます。

 

「流れる水は腐らない」というように、流れば、”詰まり”はなくなります。邪気も、めぐれば自然に流れていくものではないでしょうか。

 

怪我や不調が治るとき、いつ治ったか覚えていなかったりしませんか?「そういえば、最近は痛くない」とか。「治っていく、いま、治っていく」と感じていたりしないでしょう。やるべきことをやって、タイミングがくれば、不要なものは自然と落ちていくのではないでしょうか。

 

邪気の場合は、「今、邪気がここに籠っている」と実感することはあまりないかもしれませんが、怒りなどの負の感情は、自覚がありますよね。

 

怒りを貯め込まないために、わたしがしている方法は、”いったんそこから離れる”です。スワイショウをするときに、邪気に意識をむけないのと同じことです。

 

日常、いつもご機嫌なわけではなく、イライラすることもあります。そんなとき、站椿功をします。足が大地に根をはり、頭が天に向かって伸び、体が落ち着いて、心が落ち着いて、天地とつながって意識が拡大していくと、それまでのイライラが、小さく思えて、どうでもよくなってきます。(ある朝の站椿功のお話は、こちらから)

 

それでもイライラするものは、無理にどうにかしようとせず、イメージで、蓋の開いた保留箱に入れています。保留箱ですので、すぐに解決しなくてもいいのです。でも蓋は空けておき、時々ちらっと見ます。「まだダメ」と思ったら、保留箱に戻します。見てもイライラしなくなるときがくるまで、時間をたっぷりかけます。

 

蓋をしてしまうと、「臭いものには蓋をする」ように、なかったことにされてしまうので、開けておくのがコツです。

 

保留箱に入れるのも、いったんそこから離れる方法のひとつですよね。

 

太極拳のお稽古も、”日常のあれこれから、いったん離れる”良さがあると思っています。自分のベースラインに戻ってくるような感じでしょうか。

 

いったんベースラインに戻ってから、日常のあれこれを見てみると、渦中にいるときとは違って見えたりします。

 

あるお稽古のとき、「先生に相談があって......」とやってきた生徒さんがいらっしゃいました。ひととおりお稽古を終えて、スッキリした顔になったなとは思いましたが、最初に言われていることもあり「相談があるんだよね?。」と声をかけました。すると、「いえ、もう大丈夫です。」と言うのです。

 

お稽古のときは、いろんなお話をします。どうやら、その何かのお話にピンときて、自分で悩みを流すヒントを見つけたようなのです。その時点で、ほぼ流せていますよね。

 

お顔も、すっきりしていました。

 

すごいです。

 

体に浄化作用や、治癒能力があるように、いろんな悩みに対しても、自分で浄化する力はあります。その力を発揮できるようにしてあげれば、いいだけです。

 

ひとつの方法は、問題からちょっと距離を置くこと、だと思っています。

 

たいそうなことをしなくても、一度深呼吸する、とか、暖かいものを飲む、とか、お散歩する、とか、寝る、とか、なんでもありだと思います。

 

渦中にいると、渦の大きさもわかりません。何しろぐるんぐるん一緒に回っているのですからね。でも、一歩外に出てみたら、渦は案外小さいかもしれません。

 

 

特別クラス「やさしい站椿功」は、12月22日(土)14:00-15:30、九品仏駅・自由が丘駅近くの和室で開催します。詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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「やさしい站椿功」を、初開催しました

2018.11.26 Monday

(中国、武当山にて、朝の站椿功)

 

先日、ずっとやりたかったのに、なかなかできなかった「やさしい站椿功」を、ついに初開催しました。

 

站椿功といえば、

 

地味で、

大変で、

痛くて、

 

という、マイナスなイメージを持つ方もいらっしゃるでしょう。

 

站椿功は、体をしっかりさせ、パワーもつきますし、しあわせ感も膨らみます。心身ともに、得るものは多く、「ぜったいにいい」という確信はあります。それでも、わたしもここまでやってくる間に、多少なりとも根性が必要だったことは、否定できません。

 

もしかしたら、わたしの中にも苦手意識のようなものが、あったのかもしれません。

 

今回「えいっ」と開催したのは、だからこそ、です。

 

本当は、

 

自分にやさしく、

人にやさしく、

地球にも、宇宙にもやさしいものなのだと、

 

今のタイミングで伝えたくなったからです。

 

当日は、経験者、未経験者、どちらもいらっしゃいました。

 

みなさんのこれまでの経験や、希望などを伺いながら、わたしからも站椿功をする意味や、自分自身の経験や感覚など、いろいろお話しました。みなさんのご興味が深かったおかげで、大切なお話を、たくさん引き出していただけた気がします。

 

実践は、今回は主に下半身の使い方に注目しました。

 

骨という構造を上手く活かして楽に立つ方法、大変な方法、

軸がある立ち方、ない立ち方、

 

あれこれと試して、「骨の構造を活かして、軸がある立ち方は、楽なのだ」を、実感していただきました。

 

よく思うのですが、人は誰でもいつもベストを尽くしています。特に体については、そうです。

 

ただし、それはその時の自分なりのベストです。「力が入っていることに、無意識だった」という感想も出たように、実は負担をかけてしまっていることに、気づいていない場合が多いのです。

 

自分だけの世界で過ごしていたら、他のやり方はわかりません。特に感覚は、外からわかりにくいために、人と比較もしにくいです。こういうときこそ、人の助けを借ります。新しい体の使い方を試してみることで、自分のベストがどんどん更新されていきます。

 

理解を助けるために、骨の構造を絵でもお見せしました。

 

中国でお稽古するとき、骨や構造の話をされた経験は、ありません。中医学は、目に見える解剖学からではなく、感覚をベースにしているところがあり、武当功夫(カンフー)も、その流れの上で成り立っているからだと思います。

 

もし長い時間をかけられるなら、その間に「これは大変だけど、これなら楽だ」というポイントを、自分で見つけていくことができます。

 

でも日本で過ごしている人たちのように、関わる時間が限られている場合、なかなかそこまでは難しい気がします。そのため、多少は構造からの理解も、有効だと感じています。人間は理解すると、その部分が上手く使えるようになりますからね。その結果、自分で感覚が持てるなら、それでいいわけです。

 

 

やさしい站椿功には、緩んでいることも大切です。

 

人の体は、6−7割が水分でできています。水の特性は、抵抗しないこと、変化に対応できること、流れ続ける(変化しつづける)、です。そう考えると、もともと人の体は緩んでいますよね。

 

水の入った袋をイメージしてみてください。床にそのまま置いたら、べったりつぶれてしまいますが、軸にさくっとはめてみれば、縦に伸びる形を作れます。楽に立つとは、そんなイメージです。

 

軸がしっかりできれば、緩むこともできます。でも緩んでいないと軸もできにくいという、ニワトリと卵みたいなところも、面白いところです。

 

軸があって、緩んだ感覚を感じてもらいながら、さらに無駄な力が抜けやすいスワイショウという腕振りをした後、いよいよ、じっと立つ時間です。今回は時間が押してしまったために、15分くらいだったと思います。

 

わたし自身も気持ちよくて、もっと続けていたかったのが、ちょっと惜しいところでした。

 

終わった後の、みなさんのほんわり笑顔を見ていて、とても嬉しかったです。「力が入っていると気づいた」とか、「いつもこんな風に立てれば、いいなあ」というご感想もいただいて、開催してよかったと、本当に思えました。

 

いろいろ気づく機会になったこともうれしいいですが、「気持ちよかった」という経験を一緒にできたことが、何よりもうれしいです。

 

ね、站椿功は、やさしいのです。

 

わたし自身、「えいっ」とクラスを立ち上げ、楽しく開催できたことで、またひとつ、大切にしたいものを大切にすることができました。

 

うれしくて、たまりません。

 

ご参加のみなさま、興味を持ってくださったみなさま、ありがとうございます。ここまでいろいろと教えてくださったり、ヒントをいただけた先生方をはじめ、たくさんの方々、生徒さんにも、感謝です。

 

 

次回は12月22日(土)14:00-15:30、九品仏駅・自由が丘駅近くの和室で開催します。今回は脚に着目したため、次回は上半身にも注目してみたいと思っています。今回参加されていない方も、された方も、お時間があえば、ぜひどうぞ。なお第3回は、1月14日(月・祝)の午後の予定です。

「やさしい站椿功」:詳細とご応募方法はこちらから。

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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朝の站椿功

2018.11.16 Friday

(中国、武当山の南岩宮)

 

站椿功をする時間は、決めているわけではなく、今は一日のうちで時間がとれるときにしています。

 

その中でも特に、朝が好きです。

 

じっと立つだけですので、音はたくさん入ってきます。

 

朝は、鳥の鳴き声が、いろいろ、たくさん聞こえます。それがなんとも心地よいのです。

 

夏の間は、虫の声も主張していましたが、今の季節はひっそりです。

 

その他に、生活音もたくさん聞こえます。車の音や、窓を開ける音、何かしらの音。

 

何の音か、わからないものもあります。ほのかに聞こえてくる音を、わからないままにしておくのも、いいものです。

 

 

じっと立っていると、いろいろなことが頭に浮かびます。

 

今朝は、ちょっと反発を感じたことがあって、悶々としていたせいか、それが頭に浮かんで、ぐるぐる、モンモンしていました。

 

ちっともピシッと集中して、立てていませんよね。

 

「嫌だと思うことの裏には、自分が本当に大切にした願いがある」と言いますよね。

 

そちらに目を向けていく方法もあるのかもしれませんが、それはちょっと違う気がして、そのまま「ああ、これが嫌なんだ」と、しておきました。肯定も否定も、しません。

 

その間も、鳥の声は聞こえます。いろんな音も、聞こえます。今日はいいお天気で、肌に感じる空気も、さらっとしていました。

 

わたしは站椿功をしているとき、ふわりと浮くような感じがあります。例えて言うなら、飛行機に乗っていて、ちょっと高度が下がるとき、ふわんと浮くような、あれです。

 

いろいろめぐるものも、感じます。体の中も、外も。ぐるぐると。

 

そんな感じで続けていると、いつの間にかモンモンとしていたあのことも、どうでもよくなっていました。

 

中国にいらっしゃるわたしの先生が、「站椿功で、天と地とつながると、日常の気になっていることが、ささいなことに思えて、どうでもよくなるよ」と、おっしゃっているのですが、まさに、そのとおりです。

 

ひとことで表すなら、「ま、いいや」です。

 

気になっていたことが、気にもとまらないほどの小ささに変る、と言えるかもしれません。

 

昨日のブログで、「あるがまま、存在の本質とは、『静』であり、なにごともそこに帰るのだ」というお話を、スノードームにたとえて書きました。

 

站椿功をするのは、この「静」に帰ることでもあります。

それは中国語でいう「喜悦」、内側から満たされている感覚でもあります。外からの刺激への反応としての喜びではなく、内側からあふれてくるものです。

 

「静」に帰ると、そのあとの一日が、ゆったりと、穏やかになるのです。しずーかに過ごすわけではなく、わりと活動的だったりします。

 

站椿功は、これまでわたしにいろいろなものを感じさせてくれて、もたらしてくれましたが、今でもこれをすると、どんなことがあるのか、ことばで説明しつくせるほどには、わかっていません。

 

わかっていることは、まだ先がある気がすること、です。

 

1回だいたい30分、これを聞くと閉口する方もいらっしゃいますし、実際にやったことある方は、「足が痛い」「腕がいたい」「苦痛だ」などなど、顔をゆがめてしまうかもしれません。

 

でも、苦行ではなくて、本当は楽しいのです。それは、これまで体験していない楽しさなのかもしれません。

 

知らないことは、自分がそれを「知らない」ことも、わかっていないこと、ありますしね。これは、ちょうどそんな感じです。

 

 

☀「やさしい站椿功」は、11月24日(土)15:00〜16:30、九品仏・自由が丘で開催します。詳しくは、こちらから。

 

 

 

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「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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緩めていけば、自然にあるべき状態になる

2018.10.29 Monday

 

太極拳を続けてきて、よく思うことのひとつは、「自然に”そうなる”ことを、形で真似してしまうことがある」ことです。

 

そうではなく、ただ無駄な緊張を緩め続けていけば、そのうち自然に、あるべき状態になっていきます。

 

例として、足指、呼吸を、あげてみます。

 

 

≪足指≫

太極拳の練習で「足指で地面を掴む」と習った方も、少なくないのではないでしょうか?

 

足指の裏(地面につくところ)に掴む力があれば、自然と掴む力が生まれます。

 

でも現代の人、特に都会で暮らす多くの人は、足指に掴む力などありません。その状態で足指で掴もうとすると、足が緊張します。つまり、無駄な力が入ります。

 

紛らわしいのは、キュッと掴むと、膝はグラグラしなくなります。一見よさそうに見えますが、これは緊張させて固めているだけです。この固さは氷のようにもろく、大きな力がかかれば砕けます。

 

積極的に掴もうとする前に、まずはほぐすことを心がけます。気づいていないかもしれませんが、靴に保護されて、足裏は関節があることも忘れてしまった状態になりがちです。足指を伸ばしたり、ほぐしたりして、バラバラに動くようにしていきます。

 

わたしは、これを続けていたら「掴むとは、このことだ」と、実感できた経験があります。掴もうとしたわけではなく、足指が自然に「くっ」と地面を掴んだのです。中国にいるときに先生が「足で掴むときは、ちょっとね」と言っていたことも、腑に落ちました。

 

掴みに行くのではなく、自然と生まれる掴む力だけで十分です。それ以上は、緊張させてしまいます。

 

 

≪呼吸≫

「太極拳の呼吸は、逆腹式呼吸を使う」と言われることがあります。

 

普通の腹式呼吸(順の腹式呼吸)は、吸うときにお腹が膨らんで、吐くとお腹がへこみます。逆腹式呼吸は、吸うときにお腹がへこみ、吐くときにお腹が膨らみます。

 

順の腹式呼吸は、肺の下部を広げるために効果があり、逆腹式呼吸は肺の後ろ側や側面が大きく広がるのだそうです。

 

この順と逆の腹式呼吸を合わせると、次のようになります。

 

息を吸うとお腹が膨らむ(順)→腹部がへこむ(逆:内臓が引きあがる)→息を止めると、持ち上げた内臓が下がって腹部が膨れる(逆)→息を吐くとお腹がへこむ(順)。

 

もしかしたら、これを形から入って修得していくやり方も、あるのかもしれません。

 

ですが、お腹をわざと膨らませれば、腹筋運動をしているだけで、腹式呼吸にならないこともあります。腹式呼吸とは、空気が肺に入り、緩んでいる横隔膜が下に押されて、お腹が自然に膨らむものだからです。膨らませると、膨らむ、の違いですね。

 

さらに、わざと膨らませたり、へこませたりすると、緊張を促します。

 

こんな理由で、逆腹式呼吸を積極的に取り入れようとはしてきませんでした。

 

ただ、ある中国の先生のお腹と背中を触ってみたとき、背中とお腹が龍のようにうねり、上記のような順と逆を合わせたような、複雑な動きだったことは、覚えています。

 

そして、呼吸を吸ったあと、吐く前に少し「止める」のは、7年前、中国で六字訣を習ったときに経験していました。でも当時は、息を止めると、苦しくなっていた気がします。そのため自分で練習するときには、さほど気にしませんでした。

 

変化に気づいたのは、今年に入ってからです。站椿功をしているとき、「息が長くなったな」と気づきました。よく観察してみると、自然と、順と逆を合わせた形になっていました。

 

大きな動きではなく、ささやかですが、それがきっと、今のわたしの体や状態にふさわしいものなのでしょう。

 

呼吸については、先月、武当山にお稽古に行ったとき、站椿功のやり方の話の中で、先生がこんな話をしていました。「站椿功は、まず体を整え、次に心を整える。そうしたら、呼吸は自然になる。眠るときに、どうやって呼吸しよう、とか考えないでしょう?呼吸とは、自然に行うものだから。」

(参考:武当山日記:站椿功がもたらす「喜悦」(2018年9月26日)/  太極拳と呼吸(2018年10月19日))

 

老子の教えの中に、「無為自然」があります。何も為さなければ、自ずと然り、自然になる、というものです。この何も為さない、という理解は、じっとしているということではありません。「動かない」というのも、作為的、つまり為していることになるからです。

 

この無為自然を、太極拳に当てはめてみると、自分の心身の無駄な緊張を取ることが、ひとつの大事なポイントだと思います。

 

緊張に対しては、無自覚にしていることがほとんどです。気づいて緩めていく方法を学ぶことは、大切です。それが太極拳のお稽古でも、あります。

 

あくまでもわたしの経験に基づいたものですが、「足指で地面を掴む」とか、「呼吸は逆腹式呼吸を使う」は、結果として生じるもので、いわば枝葉です。根を張って幹を伸ばす前に、枝葉を目指すのは、無理が生じないでしょうか?

 

足指で地面を掴むことも、逆腹式呼吸を使うことも、その通りだと思います。でも、その前に、緊張をほぐすことの方が大切だと思うのです。

 

無駄な力が抜ければ、”自然と”、それはやってきます。焦らず、のんびり、そのときを待ってみるのも、いいのではないかしらね。

 

 

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太極拳と呼吸

2018.10.19 Friday

(武当山で)

 

以前、「太極拳って、呼吸法でしょう?」と聞かれたことがあります。

 

深くて質のよい呼吸は、すこやかな心身のためには大切です。ただ、いろいろなご意見はあると思いますが、太極拳は呼吸法ではないと、思っています。

 

太極拳での呼吸(目指す呼吸、と言うべきかもしれません)は、”自然”です。自ずと然り、あるべき呼吸です。

 

そのために、まず体を整え、心を整えます。体から無駄な力が抜け、緩み、”放松(ファンソン)と呼ぶ状態になり、心が落ち着いて静かな状態になったときには、本来の呼吸が戻ってきます。(例として、体と心を整えて自然な呼吸に至る、站椿功のやり方は、こちらから:武当山日記:站椿功がもたらす「喜悦」

 

人は生まれたときから呼吸をしているのですから、生まれながらにして達人です。余計なことをしなければ、自然とよい呼吸になっているはずです。

 

よい呼吸とは、腹式呼吸、そして鼻呼吸です。

 

まず、腹式呼吸から。

 

人は進化の過程で二足歩行になったときに、胸式呼吸になりやすくなったと言われています。四つん這いだと腹式、ハイハイする赤ちゃんは、普通に腹式呼吸をしています。

 

胸式呼吸は、交感神経を刺激します。舞い上がったり、爆発したり、興奮度が上がるイメージですね。胸式の浅い呼吸では、吸った空気が肺の中まで到達せずに吐き出されるため、肺に炭酸ガスなどの不要なものが溜まるのだそうです。

 

腹式呼吸でも胸式呼吸でも、息が入る場所は肺です。腹式の場合、呼吸によって横隔膜が上下するため、それが下に押し下げられたときはお腹が膨れてくるのです。ときどき勘違いして、お腹を動かそうとする人がいますが、それは腹筋運動です。

 

横隔膜が上下することは、内臓のマッサージにもなります。こうやって日常的にマッサージすることで、内臓の機能を応援してくれます。

 

横隔膜が自然に上下しないとき、どんなことが起きているのでしょうか?

 

人の体は、骨と、それを支える筋肉を使うだけで、立てます。このときに使う筋肉は緊張筋と呼ばれ、赤い色をしていることから赤筋ともよばれます。主に下半身に多く、緊張していることを感じない筋肉です。いちいち「緊張してるー」と感じたら、立っていられませんから、上手くできています。

 

でも、いろんな理由や事情により、たいていの場合、骨と最小限の筋肉で立てていません。こうなると、体はその人を立たせることを優先させるため、本来使う必要のない筋肉を固めて、骨のようにして支えようとします。いろいろ固めるなかで、横隔膜もギュッとしてしまうと、呼吸しても動きませんよね。

 

防衛本能なので、このがんばりには「ありがとう」と感謝を伝えたいところですが、緊急事態が続くと負担が大きすぎます。太極拳で体を整えていくのは、この無駄な緊張に気づいてやめていく過程でもあります。

 

次は、鼻呼吸です。

 

現代人は、やわらかいものばかり食べていて、あごや口が弱くなりがちです。無意識に口がだらん、と開いてしまうのは、このためです。さらに胸式で浅い呼吸だと、たくさん息を吸おうとして、口を使うこともあるようです。

 

本来、口は食べるところ、鼻は息を吸うところです。口から吸ってしまうと、いろいろ不都合が出ます。

 

口が乾燥して、唾液が出にくくなり、

唾液が出ないことで、食べたものの殺菌が不十分になり、胃が弱ったり、

いろんな菌が途中で防御されずにそのまま肺に入り、風邪をひいたり、です。

 

太極拳では、口を閉じて、舌は上あごにつけ、鼻呼吸をします。

 

そう言われても、無意識にだらーん、と開いてしまう人は、口を動かす体操が、おすすめです。以前、テレビでお医者さんが、インフルエンザの予防として、口を大きく開けて「あ・い・う・べーっ」と言う体操を紹介していました。だらーん癖のあった人も、これで解消されていましたよ。

 

体を整えたら、次は心です。

 

心がわさわさ落ち着かない状態だと、交感神経を刺激し、胸式に傾いてしまいます。心は静かに、穏やかに、です。(整え方の一例は、上にもリンクをはった武当山日記:站椿功がもたらす「喜悦」に、書いています。)

 

体と心を整えれば、結果として自然にでてくるものだという点で、わたしは”方法”ではないと思っているのですが、その過程を方法だと呼ぶことも、あるかもしれません。

 

太極拳での呼吸については、もうひとつポイントがあります。

 

いつ吸って、いつ吐くか、です。自然であれば、呼吸は自ずと出てくると言ってしまえば、その通りですが、何が無駄な力を使うことになるのかわかっていないと、難しいですよね。

 

息を吐いたとき、吸ったとき、どちらが緊張すると思いますか?

 

吸ったときではないでしょうか。体が膨らむと、多少ではあっても、緊張は起こります。

 

このため、太極拳で攻撃する動きのときは息を吐き、その準備をしているときは吸うことになります。これだけは、原則というか、法則のようなものと言えるかもしれません。

 

でも、あくまで原則です。

 

ときどき、「ここは吐く場所だから」と、息が切れているのに、吸うのを我慢してしまう人もいます。苦しいですし、体が余計緊張しますよね。本人は必死、まじめなのですが、悲しいことに、これでは本末転倒です。

 

だから、息が続かなくなったら、そこで吸ったり吐いたりしてもいいのです。体が楽であることの方が、優先です。

 

いろんな本を読んでいると、ときどき「呼吸は自然で」という文章にあたります。「先生に呼吸を聞いたら、『自然』としか答えてもらえなかった」というものも。

 

「なら、なんでもいいのか」とも読めてしまいますが、シンプルな答えでありながら、奥が深い答でもあります。ふつうの生活の中では、不自然であることが、普通だからです。人はどうも、無駄なことをするほうが得意みたいですからね(わたしも含めて)。

 

こんな風に、わたしにとって呼吸は、ひとつの結果だったり、体や心の緊張を教えてくれるサインだったりしたわけですが、最近、気づいたことがあります。

 

6年くらい前、站椿功をしているときの1分間の呼吸は、6−7回でした。その後、あまり回数は気にしていなかったのですが、最近は3−4回になっていました。深くなったのかしら。ちょっと、いえ、とっても、すごく、うれしい。

 

 

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