陰と陽のおはなし

2017.05.22 Monday

 

先日、面白い話を伺いました。一輪挿しのお花を見ていたときのことです。

 

「花は、光の方に向かうというでしょ?でも実際には、茎は逆の方に伸びていて、その結果、花が光の方を向くんですよ。」

 

植物は、暗い中で育つのだそうです。

 

「もやしは暗いところで、にょきにょき伸びるでしょ?」とも。

 

光合成のためには光は必要ですので、暗いところに置き続けるほうがよい、という話ではないと思います。育つためには、光だけではなく、暗さも大切、ということではないでしょうか。

 

「陰陽と同じですね。陰のベースがないところには、陽は育たないから」とお話したら、「そう!良く知っているね。」

 

一日で見てみると、昼間は陽気が強く、夜は陰気が強くなります。朝日を浴びて元気になるのは、陽気を取り入れていることになります。光を浴びることは、セロトニンという”しあわせ物質”を脳内に分泌することにもなります。

 

では、陰気はどうでしょうか?夜の公園を歩くと陰気が入ってきてしまうため、避けている人の話を聞いたことがあります。でも逆に、自分を癒すため、夜に木々の多い公園に行く人の話も聞いたことがあります。陰気のとらえ方の違いかもしれませんね。

 

陰のないところに陽は育たないという点から見れば、夜の公園はNGではありません。わたしは積極的に行くわけではありませんが、時々は、夜、静かな樹の気配を感じたいときもあります。ただしこれは本人の感覚次第ですので、心地よいと思えば行けばよいし、居心地悪いと思ったらやめた方が良いですよね。

 

太極拳とか気功は、陽のエネルギーを育てると教わったことがあります。陽のエネルギーは、成長エネルギーです。太極拳とか気功などの動功は、外から取り込んだ栄養や水分を成長のエネルギーにしていく過程全般にかかわるすべてを活性化させます。

 

でも、陽が育つためには、ベースとなる陰が必要です。それを育てるのは、站椿功などの静功だと教わりました。瞑想や坐禅も、ここに入ると思います。

 

心身を健やかに育むためには、陽の動功(太極拳や気功など)と陰の静功(站椿功など)、どちらも必要です。ただし、静功がなければ、動功が活かされないということで、これ以上、言葉で説明することはできませんが、自分の体験にあてはめると、すごく納得できます。

 

花のケースを見てもわかるように、人はどうしても目立つ方に意識がいきがちです。でも実は、地味な土台(陰)がなければ、華やかな部分(陽)は生まれないのだと思います。

 

その土台は、地味ではありますが、よく言う人生の暗さと明るさのように、つらく苦しいものであるわけではないのだと思うのですけれどもね。

 

 

☀「陽だまり」とは

ブログタイトル「みんみんの陽だまり太極道日記」の「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると素晴らしく居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、どことなくキリリとした印象もあります。太極拳を通して、こんな時間と空間を創っていきたい、陽だまりにつつまれて暮らす人、心身ともにゆとりある人を増やしたい、と思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧 / みんみん)

太極道家

体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

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本当の願いに気づくこと:お稽古の回数は、どのくらいが良いのか?

2017.05.18 Thursday

 

お稽古について、わたしがずっと大切にしてきたことがあります。

 

「あまり来られなくても、来られるときに来たら良いよ。間が空いても、気にせず来てね」というものです。

 

これは自分の体験から来ているものなのです。自分が習っていたときは、多いときで週3日、4.5クラスを入れてお稽古していました。たいていのことよりはお稽古を優先させていたのですが、それは強制されたわけではなく、やりたかったからです。

 

それでも、時々は何かの理由で行けないことがあります。そんなとき、「来なかったから、○○を経験するチャンスを逃した」というような言われ方をしたことが、何度かありました。

 

”お稽古にたくさん通うのが良い、回数が少ないのはダメ”というような、感覚が生まれていました。

 

お稽古という面で見たら、言われたことはそのとおりです。でも、もっと広い視点で見たら、違う経験をしたのだから、それはそれで良いのではないかしらと、モヤモヤと思っていました。

 

そんなこともあり、自分でクラスを始めるときには、誰にとっても来やすい場所、それぞれが自分のタイミングで来られる場所にしたい、という思いが強くあり、それで冒頭のようなことをずっと言っていたのです。

 

でも実はこれ、大切なことを大切にしていたつもりが、別の大事なことを無視してきてしまっていたのです。

 

今年に入って、週2回通い始めた生徒さんが、メキメキと上達し始めました。身体の使い方、套路の覚えのスピードなどなど、それまでとは全然違います。何よりも、意識や向き合い方も、大きく変わりました。それまでは「○○をやりたい、○○もやりたい」と言っていたのが、「丁寧に、今やっているものをできるようになりたい」と、どんどん他のものをやりたいと言わなくなりました。これは、大きな変化でした。

 

その生徒さんが、ぽそっとおっしゃったのです。「もっと早く週2日にすればよかった」と。

 

それは、わたしのせいなのです。わたしがその違いを伝えていなかったのです。

 

この話を友人にしたとき、「みんみんにとって、週3お稽古に通うとか、毎日お稽古するということが、あまりにも普通すぎて、きっとわざわざ言うことではなかったのだよね。でも他の人からみたら、言わないとわからなかったと、今、わかったということだね」と言われました。

 

身体を使うものは、頻度が多いほど受け取れるものは大きくなります。週1回と週2回は、単純に倍になるわけではなく、自分と周りの傾向をみていると、それをはるかに超える結果を導きだしてくれます。

 

体を使う場合によく言うことは、「結果を出したいのであれば、本当は週3日やるのが良い。無理であれば週2日」です。自分でウォーキングをしていたときには、2日空けずにやる(つまり週3回ペース)を心がけて、周りに明らかにわかるほど、すっきりと痩せました(カンフーを始める前のことです)。ほかの種類のトレーニングをしている方も、同じようなことをおっしゃいます。

 

週1回では意味がない、というのではありません。ただ、状態でいうと、毎回ふりだしに戻って始めるような感じに近く、「套路が覚えられない」というのは、当然といえば当然なのかもしれません。

 

わたしが武当カンフーを始める前に習っていたときは、月に3回のお稽古で、週1回に満たないペースでした。先生はとっても良いと感じたのに、自分はいつまでたってもピンと来なかったのは、もしかしたら頻度が大きく影響していただけかもしれない、とも思うのです。

 

繰り返しになりますが、頻度が少ないことがダメと言いたいわけではありません。”やる”という選択をしてやることは、自分だけの経験になることは間違いありません。それによって、何かに気づいたり、感覚が育ったり、何かのきかっけになったりする可能性はたくさんあります。

 

ただ、カンフーで結果を出していきたい、体なり心なり、何かを変えていきたい、というのであれば、週2回以上やるほうがいいことは確かです。週1回でも、間、自分で練習する、という方法もあります。

 

それは、やっていない人にはわからないことです。経験している人が言わないといけないことだったと感じます。

 

その一方で、タイミングがあうときに自分のペースで来たら良い、というのも、これまで通り大切にしたいと思っています。矛盾するようですが、意味が違うので、わたしの中では比べるようなものではないのです。

 

どちらにしても、せっかく始めるのであれば、長く続けていくことが大切です。それがもたらしてくれるものは、はじめたばかりの人には、まだわかりません。得られるものは人それぞれですので、”こんな風になる”という確証もありませんが、どの方向になるにしても、自分の可能性をより信じられるようになったり、自分をもっと好きになれること、尊重できるようになることは、確実に起きてくると思います。

 

自分をもっと好きになれて、尊重できて、「もっとできるんだ」という可能性が信じられたら、素敵じゃないですか?

 

本当に大切なことを大切にするためには、とにかくやってみることだと思います。やってみてはじめて、わたしの今回の場合のように、「あれ?」と気づくこともあります。気づいたら、修正して、またやってみることですね。

 

そんなことなので、これからはちゃんと言います。「上達したいのであれば、週2回ペースのお稽古がおすすめですよ。」と。

 

なお、冒頭のわたしのモヤモヤに戻ると、当時の先生の発言自体は、それで良いのだと、今のわたしは思うのです。「来なければ上達しない」というのは、ある面では真実ですし。大切なのは、それを自分がどう受け取るか、そしてどう選択するか、だと思います。当時のわたしは、その受け止め方と、選択が、あまり上手ではなかったな、と思います。

 

わたしが生徒さんに向き合うときには、そのあたりも含めてやっていきたいな、と思っています。

 

何ごとも、経験ですね。そして、失敗してもやり直せるところが、すばらしいところです。(ご迷惑をおかけした方には、ごめんなさい、ですが。)

 

 

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1,000本キックにチャレンジするとき

2017.04.18 Tuesday

(中国、武当山)

 

夕方、なんとなく気分がのらなかったので、「こんなときは走るに限る!」と、外へランニングへ。

 

ぐったりしているときでも、動けるときは、頭を使いすぎていたり、気持ちが落ちていたりするだけで、体は疲労していません。こんなときは、動く方がバランスが取れて、スッキリします。

 

案の定、すんなり走れて公園まで行きました。まだまだ元気そうなので、久々に1,000本キックをしてみることにしました。

 

お稽古は、やりたいと思う分だけやる主義です。つらいことを我慢しながらやる志向はないため、「だめなら途中でやめる」という気楽なオプション付きで、はじめます。

 

前、横、後ろ蹴り、外回し、内回しなど、バリエーションを変えて、間にちょっと休みを入れながら、続けます。今日は暖かかったこともあり、すぐに玉のような汗がたくさん出てきました。

 

1,000回とは言っても、所要時間は30分程度、あっという間です。やっているときは、そこそこハードですが、終わるとすっきりです。帰り道は、体がまっすぐ伸び、目がぱっちり開いて、なんだかとってもかっこよく歩けた気がします。(ほぼ、自己満足です)。

 

1,000回キックを初めてやったのは、4年くらい前のことです。いろいろ思い悩んでいたときに、相談した人から「そういうときは、ぶんぶん体を動かして、くたびれてコテンと寝るのが一番!」と言われたからです。

 

心身のバランスを取る以外にも、そのときの自分の状態のチェックにもなります。1,000本どんな感じでできるかは(または、できないかは)、そのときの体力や気力の状態を教えてくれます。

 

動ける体であること、動く気力があることが、わたしにとってはとても大事です。

 

太極拳を始めて、10年前より今の方が、ずっと元気です。風邪をひくことも熱を出すことも、ほとんどありません。(大きく崩れる前に、さっさと休むから、ということもありますが)。

 

体力が衰えてきたと感じることも、ありません。(もともと体育会系ではなく、スタート時点のレベルがたいしたことないから、とも言えますが。)

 

昔はもっと、ひ弱でした。初めて中国の武当山に行った2008年の年末は、金頂という山頂まで足で登ったとき(片道、約4時間)、ひねったわけではないのに足首が腫れてしまったほどです。翌日からも、体中筋肉痛でした。

 

今では名刺にも使っているこの↓ポーズも、当時は脚が弱すぎて、下がるとそのまま座りこんでしまい、立ちあがれませんでした。

 

その後も、武当山にお稽古に行くときは、毎日の練習の後の足首のケアが欠かせませんでした。膝の話をする人が多いですが、足首も、結構、弱いのですよ。

 

振り返ってみると、体は、少しずつ、少しずつ、強くなっていきました。そこにはいつも、”ちょっとのチャレンジ”があったように思います。

 

この”ちょっと”が肝心です。わたしは自分を追い込んで練習するアスリートタイプでもなく、打たれ弱く、反骨精神などなく、あるのは「やりたいことを続ける力」という、ごくふつうの人だからです。

 

でも、その”ちょっと”を続けていくことで、いくつになっても「もう○○歳だから」と、あきらめたりしなくて良くなるような気がします。きっとそれは、誰にとっても同じことです。人と比べるのではなく、自分なりに進めばよいだけですしね。

 

カンフーの良いところは、体を大切に扱うところです。少ない労力で大きな力を出すためにはどうするか、膝や腰を痛めないためにはどうするかなどの体を守る方法や、老化を遅らせるコツなど、さびない体にするための智慧がたくさんあります。それがなくてただ体を動かしてきただけだったら、今の状態にはなっていないような気がします。

 

とりあえず、今日は1,000本クリアしたことに、ほっと一安心です。終わりに近づくにつれてちょっぴりヘタレになってきても、気にしません。終わった後、スッキリかっこよく歩けたことに、大満足です。

 

この先、おばあちゃんという年齢になったときも、動ける体と動く気力をもっていたいと思います。そんなおばあちゃんやおじいちゃんがたくさんいる社会は、なんとなく明るい気がしませんか?

 

(2017年秋、中国武当山の南岩宮で)

 

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岐阜で太極拳の講演会を開催しました

2017.04.14 Friday

4月12日、岐阜の瑞浪市で太極拳の講演会&体験会を開催させていただきました。

 

昇瑞会という地元の名士さまの会で、毎月1回ゲスト講師を呼んでいるそうです。古くからの友人が幹事を担当するときに、声をかけていただきました。

 

太極拳とは?というお話から、イメージの力、楽な立ち方、軸があるとき&ないときの体感の違い、陰陽バランスで出す力、戦いを終わらせるための太極拳の体の使い方、などなど、ちょこちょこワークをはさみながら進めました。

 

(陰陽バランスで出す力の体験)

 

太極拳という言葉は、誰でも知っていますが、それがどんなものかは知られていないと感じます。伝統的に伝えられてきた”生きる知恵”を、たくさんの人に知ってもらえたら、日常生活がもっと楽に、楽しく、そして元気になるかもしれないと思っています。こういう機会に、今日から使えるヒントを少しでもつかんでいただけたら、うれしいです。

 

当日は、ご自分が参加できない会員さまが、会社の部下のみなさまにご案内くださったり(そして、ご本人はお忙しいのにもかかわらず、開始前に顔を出してくださいました)、太極拳を長くお稽古されている方々もたくさん来てくださったり、広い会場が狭く感じられるほどたくさんの方にご参加いただきました。

 

人集めは、大変です。「わざわざ東京から来るんだから」と、友人をはじめ、みなさまが、たくさんの方に声をかけてくださったのだと思うと、本当に感謝しかありません。

 

 

「話が上手だね」とおっしゃっていただき、それはとってもありがたいのですが、本当は、わたしに感心するよりも、もっとみなさんがご自分の体や感覚に夢中になって、わたしのことを忘れるくらい、意識されないくらいになりたいな、と思いました。

 

ちょうど友人が「頑張っているなあ、と思って見ていた」と言ってくれて、それは決して悪い意味ではないのですが、これからは、その一生懸命さが表に出ずに、さりげなく、みなさんをもっと自然に流れに乗せるようにしたいな、と思いました。

 

主役はわたしではなく、ご参加いただくみなさんなのだから、です。

 

まだまだ未熟ながら、今の自分にできる精一杯でやっていくしかありません。一期一会の機会なのですから、もっともっと目指したいものがある、と思いました。

 

ご参加いただいたみなさまには、真剣に話を聞いて、ワークにも取り組んでくださり、驚いたり、戸惑ったり、笑ったり、そんな時間をご一緒できて、とても幸せでした。主催の昇瑞会のみなさまにも暖かく迎えていただき、大変お世話になりました。おかげさまで、とても暖かい気持ちで開催できました。

 

瑞浪市では、ちょうど桜が満開でした。川沿いに咲く姿が美しく、夜にはライトアップもされています。灯りをつけるのは毎日当番制で、消すのは夜の10時半だとか。「消す時間になって行ってみたら、ちょうどカップルがいてね。時間なんだけどあと10分待ってあげようか、とか。消したら真っ暗になっちゃうし、その時間がこの2人の将来に大きくかかわってくるかもしれないしね。」なんて、笑いながらおっしゃっていました。

 

友人とも、おそらく15年振りくらいの再会でした。20代の頃に知り合った友人から見ると、今のわたしの姿は想像できなかったそうですし(自分でもそう思います、笑)、太極拳をやっていなかったら、そしてfacebookがなかったら、こんな形での再会もなかったかもしれないと思います。そもそも、その友人とつないでくれた共通の友人がいなかったら、知り合うこともありませんでした。

 

人生は、予測不可能です。環境も、自分も、変わっていく部分もあれば、変らない部分もありますが、いつのときも、ご縁には、心から感謝です。ありがとうございます。

 

(All photos by N. Ando)

 

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基本がいちばん難しい

2017.04.05 Wednesday

(2016年秋、武当山にて五行六合功のお稽古中)

 

先日のお稽古での話です。

 

十三式武当太極拳を最後まで覚えた生徒さんに「よく覚えたね。体の使い方も良くなってきたし」とお伝えしたところ、「うーん......」という浮かないお返事が返ってきました。「良くなったと言われたら、ちゃんと受け取るべきですよ」と続けたら、「でも、基本の方が、まだ腑に落ちていない」と言うのです。

 

五行六合功のことです。太極拳の基本がたくさん入っている気功で、基本練習でもあります。

 

「基本がいちばん難しいからね。立つ、歩く、が、実は一番難しい。」と答えると、「面白いですね、基本が一番難しいって」。

 

基本が難しいのは、動きが単純な分、ごまかしがきかないからです。

 

太極拳の套路は、動きがたくさんあるため、特に初心者の場合は勢いに流されてしまいがちです。表面的な動きにとらわれてしまい、本当に大切な部分が見えず、自分で再現しにくくなってしまいます。

 

太極拳の体の使い方、意識の使い方は、人間であれば誰でもできるものなのですが、今までの(通常の)使い方とは、ずいぶん違います。無意識にやっていることを一つひとつ丁寧に意識してやっていくことになるのですが、それが”感覚”を育てていくことにもつながります。

 

五行六合功は、「これだけ40年間お稽古する人もいるくらいだよ」と教えられたもので、わたしの体の緊張をっていくためには欠かせなかったものです。太極拳のあるひとつの套路を習わなかったとしても、今のわたしの状態に大きな違いがあるとは思えませんが、この五行六合功だけは、代替できるものはないと感じます。

 

中国にいる兄弟子のひとりは、「五行六合功を終えていない人には太極拳は教えない」と言っていました。「教えても、頭でも体でも理解しにくく、嫌になってやめてしまうから」だそうです。

 

長く伝統的に伝えられてきた太極拳は、「何か良いからここまで続いてきた」とも言えます。これまでわたしにもたくさんのものをもたらしてくれたのですが、最初でつまずいて諦めてしまうのは、とてももったいないです。そうならないために、最初はちょっと大変かもしれませんが、基本を丁寧にやっていくことが大切だと思っています。

 

今月から、毎週木曜日の夜に新しいクラスを作りました。太極拳の套路はせずに、立つこと、歩くこと(太極歩)、五行六合功を含めた基本功だけを練習するクラスです。套路も楽しいですが、こういう基本練習も、とっても楽しいのですよ。じっくり取り組む中で、どんなクラスに育っていくのか、とっても楽しみです。

 

(五行六合功のひとつ、”巧云太极”)

 

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